Dunk Like Lightning


第9章 遠雷

 話を花道が晴子に告白した日、湘北と翔陽の試合の直後に戻そう。
 昼休みの間、海南と陵南の試合を前に、会場はざわめきに包まれていた。
 両校が出てきた直後、歓声が爆発。
 相変わらず、海南の高頭監督と陵南の田岡監督がにらみあっている。
 会場の熱気が膨らんでいき、外の熱さをもしのぐ。

 客席には湘北メンバーがスタンバイしていた。横に赤木がやってくる。
「あ、赤木先輩」
「ゴリ!」
「ああ。OBの赤木だ、よろしく!」
「しゃす!」
 一年が、特に風馬と中田が元気に叫んだ。
「っす。さっきはよくやったな。しっかり見ておけ」
「どちらが勝つと思いますか?」
「難しいな。力は互角。高さのない陵南に海南がどういう戦法を取るか、何より仙道をどう封じるかだ」
「うわ、赤木先輩…本物だよ」
「ほんとにごついな…」
「練習試合で見たけど、やっぱ恐そうだぜ」
 一年たちがざわめいている。
 トムは無関心に、半ば寝ている。

 もうすぐ試合、両校選手の紹介。
「青のユニフォーム陵南高校、スターティングラインナップの紹介です」
「今年の陵南は本当に強いわ。」
 相田弥生が、目をハートマークにして仙道を見つめている。
「キャプテン、背番号4番、仙道彰、192cm」
 アナウンスだけで、会場が揺れる。
「事実上神奈川No.1プレイヤーか。」
「きゃーっ、仙道さん!」
「流川、トム、桜木の三人を一人で抑えたのは圧巻だったな」
 観客の声に、流川と花道、そしてトムが悔しさをむき出しにし、目から火を飛ばした。つかみかかった花道は、赤木のゲンコツを久しぶりにもらった。
 何より、負けたのは事実。
「背番号5番、福田吉兆、192cm」
 わあっ、とまた客席がどよめく。湘北戦での花道との息詰まる対決は目に新しい。
「6番、越野宏明、175cm」
「7番、植草智之、171cm」
「陵南のガードコンビ、実力は湘北戦で証明済みだ。背は低いが総合力は優れているし、ミドルレンジのシュート力が大幅に上がっている」
 と、例の店長がつぶやく。
「9番、相田彦一、170cm」
「彦一、頑張りや!」
 プレス席から姉、弥生の声。
「これで姉は終わりや、こっからは記者やで。容赦せんさかい、きばり!」
「やかましぃ、黙って取材しぃや!」
 相変わらず仲のいい姉弟ではある。
「スピードもかなりだし、速攻も切れる。ディフェンスもいいし、もちろんスリーポイントもすごい。もう陵南の、大切な戦力だ」
 赤木が今更気づいたように、
「今年の陵南はやはり高さがないな、おまえらに比べればだが」
「でも」
 彩子は後を続けられなかった。
「ああ。高さがなくても強いチームはある。その例をよく見ておくんだな」
 赤木の口調は別に責めていないが、状況は分かっているようだ。悔しさも危機感も現役と変わらない。
 否、手が出せない分もどかしさは強い。

「白のユニフォーム海南大付属高校、スターティングラインナップの紹介です。背番号4番、キャプテン、神宗一郎、189cm」
 客席が大きく揺れる、女子の嬌声も多い。
「意外ともてるんだな、あいつ」
 宮城が苦笑する。
「美形だしね」
「アヤチャン!」
 彩子は笑って、宮城の頭を押さえると顔をコートに向けた。
「5番、武下晴信、189cm」
「控えではずば抜けてたな。シュートセンスのいい選手だった。」
 赤木がつぶやく。
「手強いす。インサイドからもアウトサイドからもかなりやられました」
「7番、清田信長、180cm」
 客席からかなりの嬌声。全国二位の立役者の一人で全日本ジュニア、かなりの人気がある。
 もちろん、流川楓親衛隊とは雲泥の差があり、清田はそれが不満そうだ。
「まったく、インターハイ三回戦落ちの流川よりなんで女の子の声が少ないんだ。」
「顔の差だ、気にするな」
 と、神が励ましにならない励ましをかける。
「気にするよ!」
「10番、上原輝虎、196cm」
 中田が闘志をむき出しにしてにらみつけた。上原もそれに気付き、歯を食いしばって強い視線を返す。
「お前が戦るんじゃない」
 と、宮城が苦笑。
「あいつにだけは負けたくない。徹底的に今、見ておきますよ」
「そうだな、目を離すなよ」
「15番、服部誠治、187cm」
 紹介された選手は、細身だが鹿のようにしなやかな体躯。顔つきはかなり精悍で、無駄がなく厳しい印象。
 物音。
 見ると、風馬が立ち上がっていた。
「どうした?」
 凄まじい形相。
 陵南ベンチで田岡監督が、
「春の練習試合(本編中では描いていません)ではベンチだったな?スターターガードの北島を外すとは、そんなにいい選手なのか?新入生だと?」
「北島サンは足痛めたそうや。」
 ここは彦一のチェックが冴える。
 客席、
「どうした、風馬?おい花道」
 言われた花道が強引に、引きずるように座らせる。
 服部はその騒ぎを知らず、集中して静かにボールを弾ませている。

「それでは、ただいまより海南大付属高校対陵南高校の試合を始めます!」
「シャス!」
 気合の入った声。
 そして、福田と上原がセンターサークルに。
 会場が静まりかえり、切れた、
「海南!」
「陵南!」
 大音声、ホイッスル、ボールが柔らかく宙を舞う。
 二人が跳び、上原の弾いたボールが服部の手に飛び込んだ。
「うおっ!」
 観客の怒号。
 一陣の風。凄まじいスピードのドリブルが陵南を切り裂く。
 風馬だけが、そのスピードに驚いていない。
「センドー!」
 それをいち早くふさいだ仙道、服部は鋭くストップ、神にバックパス。
「スリーポイントだ!おれはディナイ!」
 仙道がはっきり声をかける。
「いけぇ神!」
 神はシュート、と思わせて素早くインに入れ、受けた清田が斬り込む。
「ヘルプ!」
「ハンズアップ!」
「うおおっ!」
 福田が大きく跳んだが、小さくフェイクを入れた清田がリングの下を走りぬけ、基本通りのパスで神に返した。
 その直前に神が越野を抜いて受け、即座にスリーポイント、ふわっと上がったボールがリングを抜けた。
「よっしゃ!」
 大歓声。
「陵南は、越野を神に密着させるようだな」
「だが、身長差があるし神にはスタミナもある。きつい」
 と、宮城が首をかしげた。
「返すぞ!」
 越野が植草にパス、素早く交換して前線に。
「仙道!」
「止めろ!」
 仙道にボールが行った瞬間、上原と神のダブルチーム。
「二人以上で当れ、仙道をフリーにするな!」
 高頭監督の怒号。
「お!徹底仙道つぶしか。」
 赤木が身を乗り出す。
「でも、そうなると福田と相田がフリーになんじゃ?仙道が動かなくても、植草と越野でもゲームは動く」
 宮城が軽く首をすくめる。
 仙道が二人がかりのディフェンスをかいくぐり、越野にパス。
「おっ!」
 越野が鋭くドライブ、レイアップ!
「だぁっ!」
 清田がブロック、
「高い!」
「まだだ!」
 まだ生きているボールを福田が取り、ゴールのあるバックボードから見て横に飛びぬけざま上原に半ば体を預けて放り上げ、ねじ込む。
「うお、ねじこんだ!」
「よっしゃ!」
「やっぱりやるなあ」
「いいぞ福田!」
 歓声、その中素早く清田が、もう突っ走っている服部に野球のようなロングパス!
 一気に通る、
「あいつは速いだけじゃない」
 風馬がつぶやく、
「させるか!」 
 植草が必死でブロックするが、遠くから素晴らしい距離を歩くように跳び、圧倒的な高さでダンク!
「うわあぁっ!」
 怒号、一気に会場が盛り上がる。
「すごいジャンプ力だな」
「走り高跳びでも全国、もしかするとオリンピックに行けた奴だ」
 と、歯がみをした風馬に、彩子が
「知り合いなの?…陸上時代の」
 答えはない。
 試合は構わず進行。仙道が一気にボールを運び、清田にはばまれた瞬間足の間にボールを通してドリブル、シュートと見せて逆サイドのコーナーにいた彦一にパス、3Pシュートが決まる。
「うおおっ!」
「行ったぞ!」
 声と同時に、清田が福田を抜いて斬り込み、ダンク…仙道が伸びて
「たけーっ!」
 止めた、と思ったらバックボードの下にいた武下にパス、武下はほとんど手だけを出して放り上げ、落ちたボールがリングをくぐる。海南7=陵南5で海南初リード!
「よっしゃあ!」
「いいぞ、絶対負けるな!」
 高頭監督が叫んだ。
 陵南の反撃、仙道の目配せ一つで福田が服部をスクリーンで止め、その瞬間に植草が清田をドリブルで抜く、と見せてボールだけ置いていった。それを拾った越野が、仙道が上原を抑えた隙にレイアップ、同点!
「見たか?桜木」
 赤木が花道の耳を引っ張る。
「なんだよ、ゴリ」
「あれがお前らの敗因だ。あんなチームプレイができていたら、負ける事はなかったはずだ」
 花道は、悔しそうにかみつこうとして理解し、硬直した。
「すみません」
 宮城が、苦しげに頭を下げた。
「本当に、陵南は仙道を頭に、一つの生き物みたいにチームが動いてる」
 彩子がつぶやいた。宮城がそれで、落ち込む事を知っていてだろうか。
 それからしばらく、見ごたえのあるチームプレイの応酬。
 海南の新ポイントガード、服部のスピードを活かした活躍も目立つ。

 前半十分、陵南17対海南17で同点。互いにしっかり守っている。
「一歩も引かねえな」
 清田がボールを受け、彦一を抜こうと…が、抜ききれないでバックボードの裏に。
「ちくしょ!」
 と、そこで仙道のヘルプ。
 はさまれた清田は、必死で右、左とボールを振るが、抜けないしパスもできない。
 三秒。
「カウンター!」
「させるか!」
 福田から清田がボールを奪い返し、一気にダンク!
 が、それを仙道が弾いていた。
「うわあっ!」
「なんて高さだ、」
「いけえっ!」
 越野が一気に運び、仙道に返す。
「神、仙道を止めろ!」
 神と清田のダブルチーム。
「止めたか?」
 仙道が、高さに任せて強引に、超ロングシュート。
「入るわきゃねえ!」
 が、リングに弾けたボールを福田が空中で捉え、そのままダンク!
「うおおおおっ!」
「がああっ!」
 清田が右拳を、左手に叩き付けた。
「福田の成長は思った以上だ」
 赤木がつぶやく。
「仙道がうまく活かしています。」
「ああ、もし」
 言いかけてやめる…だが、宮城にもわかっている。
 花道と流川とトム、この三人の並外れたプレイヤーを本当に使いこなせるのは、多分仙道。仙道の手にこの三人がついた時には…
「宮城!」
「は、はい」
 落ち込みかけた宮城に赤木が、
「お前はおれが選んだ後任だ。お前が湘北のキャプテンだ。いいか、自信を持て!お前にしかできないプレイだってあるんだ」
「そうよ、あんたの努力は知ってるから。しゃんとしなさい!」
 彩子が、強く宮城の背を叩いた。
 宮城が、うるみかかるように。

 海南は、武下と清田がたてつづけにゴール下を決めた。
 陵南がマークをきつくすると、即座に外の神へ、鮮やかなスリーポイントが決まる。
「神を完封できないのが辛いな。」
「服部が素早いプレイでかき回してるわね」
「くそ…」
 風馬の、漏らしたような声。
「ジンはおれがやる」
 トムが、静かにつぶやいた。
「まかせたぜ、トム」
 宮城が軽く一言、目はコートを注視。

 前半残り7分、一進一退。
 また、清田が鋭く切り込み、上原、武下のスクリーンを借りてスリーポイントラインにそって神が走る。清田がジャンプシュート、仙道と福田がブロック。
「高い!」
「いや」
 宮城の読み通り、空中で体勢を切り替え、フック気味のパス。
 神がフリーでボールを受ける。
 静かなスリーポイント。
「よっしゃあ!」
 海南応援席のガッツポーズ。
 が、ボールはリムに嫌われた。
「リバン!」
 福田が滑りこみ、ボールを抱える。
 上原が奪おうとして飛びこみ、半ば取っ組み合いになる。
 ピピッ、海南ボール。
 神が、手を見つめている。
「ドンマイ」
 清田が声をかけた。
 スローイン、素早く神がボールを受け、シュートフェイクを入れてミドルレンジに。
「スクリーン注意!」
 仙道が越野に叫び、上原を逆に抑えた。
「ディナイ!」
 武下ともみ合いに近く押し合いながら、福田が叫ぶ。
 清田がドライブと見せて服部にパス、服部は一瞬で向き直り、基本通りのチェストパスを逆コーナーへ。
「神!」
 仙道の悲鳴。
 フリーのスリーポイント。
「入る!」
 会場の全員が確信した。
 ボールは虹のように弧を描き、まっすぐリングに向かう。
「リバン!」
 叫んで上原をスクリーンアウトした福田も、外れるとは思っていない。彦一はスローインの準備をしている。
 仙道が走り出した。
 ボールが、リムに当たってダダダと左右に震える。
 ゆっくりとはずんで、転がり落ちると福田の手の中に。
 福田が、呆然と手のボールを見つめた。
 時間が、止まる。
「パス!」
 仙道の声に我にかえり、福田がロングパス…海南は全員凍りつき、仙道がフリーで同点ダンク!
 何が起こったのか、海南はわかっていない。
「リバウンドしっかり!どんどん攻めろ!」
 高頭監督が怒鳴った。
 海南は服部がボールを運び、北島がパスを受けてシュート!外れたボールを上原が取り、ドリブルでゴールから少し離れる。
 そこを、陣を斜めに突っ切った神が交差し、越野を上原にこすり落とす。そのまま手渡しパスを受けてスリーポイントラインを出、振り向くと追いすがる越野をかわしてシュート。
「今度は入る!」
 清田が叫び、自陣に走った。
「フォームはいい」
 宮城がつぶやく。
 ボールはリングに向かい、福田と仙道がゴール下に詰める。
 ガン!
 いやな音と共に、ボールが高くとんだ。びいいいん、とリングが震える。
 凍りつく神。
(どうしたんだ!リズムが狂ったのか?フォローはきちんとしていたし、タイミングはいつも通りのはずだ!)

「リバン!」
 仙道の、張りのある声。あっさりボールをつかむと、一気にドライブ!
 清田が必死の形相で止めるが、突っ込むと見せてボールは、背中を回って横に飛ぶ。
 彦一が受けると、次の瞬間
「福田さん!」
 叫んで、福田の横をすべるようにドリブル。
 ぬりかべのように、福田は彦一を追う神を受け止める。
 そして、彦一は静かにシュート…ネットが、水滴が落ちた水のように跳ねる。海南34対陵南37!
「よっしゃあ!」
 海南は、呆然とそれを見ていた。

 タイムアウト。
「どうするんだろ、海南」
 彩子が呆然とする。
「信じられない、あれほどのシューターが」
「いや、誰だって入らないことはある。当然起きることだ」
 赤木が重々しく、腕を組んだ。
「ここをどうするか、正念場だな」

「チャンスだ、今徹底的に攻めろ!」
 田岡監督が檄を飛ばす。監督自身、この事態が信じられないのだ。
「だが、外れることをあてにするな。神の練習量は本物だ。だが、ウチの練習量も本物だ!相手のミスに頼らず、自分のプレイをしろ!」
「おう!」
「仙道、インサイドをしっかり固めろ。スクリーンアウトが甘いぞ」
 仙道が軽くうなずく。
「越野、神のマークを外すな!お前のディフェンスがしつこいから、彼はリズムを崩したんだ。このまま守り続けろ。気を抜くとまた取り戻されるぞ。」
「任せてくれ!」
「福田、いけたらどんどん引き離せ。リバウンドも頼むぞ」
 福田が黙ってうなずく。

 海南サイド、皆が神を見ている。
 どうしよう。どうすれば。なぜ。感情が渦巻いている。
「どうした?」
 高頭監督が、静かに。重い声。
「誰でも落とすときはある。入らないときはある。それがどうした。試合は終わったのか?」
「いや!」
 清田が、会場全体が驚くほどの声で叫んだ。
「バカヤロウ野ザル、うるせえ!」
 負けない大声で、花道が。
「やかましい赤毛ザル!黙ってみてろ!すぐ逆転してやるよ!」
 しばし怒鳴りあい、
「神さん、どんどんパス回しますよ」
 清田が、大声疲れで息をつきながら微笑む。
「すみません!リバウンドを取れなかった。」
 上原が深く頭を下げた。
 高頭監督はやっと表情を和らげ、
「一人のシュートが落ちたら壊れるようなチームに、全国に行く資格はない。常勝海南はそんなにもろいか?」
「違う!」
 叫び。
「覚えておけ。『諦めたらそこで試合終了ですよ』湘北の安西先生がいつも言う言葉だ。
 絶対勝つんだ。リバウンドでねじこめ!セカンドチャンスを絶対逃すな!スリーポイントに持ち込めた時点で、こっちが勝ってるんだ。」
「おう!海南ファイト!」
「海南のバスケットをやってこい!」
「おう!」
 闘志に満ちて、全員が飛び出す。
 高頭監督は無言で、神の背中を叩いた。神は振り向かなかったし、口も開かなかった。

 試合再開、武下が服部にロングパス。服部は受けると、速いドリブル。
 服部の速さに追いつけたのは、仙道だけだ。
 服部がゴールに迫り、大きな歩幅でレイアップの準備、
「あ!あいつに追いつけるなんて」
 風馬が潰れた悲鳴をもらす。
 仙道が並んで走り、ジャンプ…
「おまえ、ドリブルとランの差が大きいな。バスケ初めてそんなにたってないだろ」
 仙道がブロック、がボールはバックボードにはずみ、後ろへ。
「清田!」
 追いついていた信長が、一気にダンク!が、仙道がそれも弾き飛ばす。
「リバン!」
 服部が取って、またダンク狙いのジャンプ、と見せて大きく後ろへ。
「神!」
「リバン!」
 神がフリーだった。セット、
(まずい、リバウンドのフォーメーションがまだだ)
 一瞬ためらう。外れるイメージが浮かぶ。
「神さん!」
 清田の悲鳴、越野が強引に、ボールをむしりとる!
 そして、仙道にボールが渡った。
 そのまま彦一にロングパス、彦一はシュートと見せてゴール近くにふわりと浮かせる。
 上原を越野がスクリーン、福田のアリウープ…が、もう服部が追いついていた。
「高い!」
「なんて速さだ」
 が、重さの違いか。服部は吹っ飛ばされて椅子を吹き飛ばし、床に叩きつけられる。ボールはリングをぶち抜き、地面に激しく当たる。福田はリングにぶら下がり、服部を見下ろしてから飛び降りた。
「オレの勝ちだ」
 服部の表情が、歪む。
 風馬も、信じ難い目で見ていた。
 花道も、去年の屈辱を思い出した。
「陵南!陵南!」
「福田!福田!」
 会場は陵南、福田コールで埋まる。
(福田も本物になったな。プレイに華が出てきた。今年こそ、陵南が県を制するときだ)
 田岡監督が、感慨深げにうなずく。
 服部が静かに立ち、福田の前に立つ。
 顔がふれあわんばかりに、正面から目を見据える。
「オレの勝ちだ」
 福田が繰り返すが、その言葉を堂々と受け止める。
 表情を変えず、言葉も返さず、ポジションにつく。
「風馬、彼って負けず嫌い?」
 彩子の問い。一瞬硬直したが、
「オレの知っているあいつは、人に抜かれたら手がつけられなくなるッス」
 誰にも視線を合わせず、つぶやくように。
 海南はまた、服部を軸にした速攻。
「仙道がファウルすれば…疲れれば、それだけでも大きい」
 赤木がつぶやく。
 とにかく速い。
(陸上競技なら負けるな)
 仙道が、心中つぶやく。
「パス!」
 服部は一気に前線で受け、そのままレイアップ。小細工はしない。仙道のブロックもおかまいなし。
 後から上原が追いつき、リバウンドからふわっとフック気味に決めた。
「よっしゃあ!」
 陵南は今度は仙道のポストプレイ、鮮やかなターンで清田を抜き、きれいにジャンプショットが決まる。
 前半残り三十秒。
 なんとしても差を詰めたい海南、清田が斬りこんでジャンプショット!
 福田が高いブロック、ボールを仙道と上原が争う。
 こぼれたボールが神の手に、
「フリー!」
 会場の目が、集中する。
 神はワンドリブルで越野を抜くと、スリーポイントシュート。会場が息を呑む。
 ボールは高い放物線を描いて、リングに弾かれた。
 皆が呆然とする中、福田のロングパスから仙道が、上原を抜いてあっさりとレイアップ。
 前半終了、海南36対陵南43。

「シューター中心のチームは、どうしてもこれがつきまとうな」
 真っ先に口を開いたのは、宮城。
「だからリバウンドが重要なんだ。」
 赤木が、ぬおおおおと花道の前にそびえた。
(花道の妄想モード、簡略絵でお読みください)神のシュートは全部はずれる、花道はリバウンドを取ってそのままスラムダンク、ハルコさんに…
 そういえば今日、ハルコさんに告白する約束なんだった!どうしよう、(と花道は頭を抱えた)でもリバウンドとスラムダンクをいっぱい決めればルカワにも勝って(すごすごと消える負け犬キツネ)ハルコさんが
 ゴ。ぷしゅううう。
 赤木のゲンコツが、花道の夢を覚ました。
「いいか、だからリバウンドが大切なんだ。次の海南戦で負ければ全国はなくなる、海南戦の鍵を握るのはお前なんだ!集中して、しっかりみとかんか」
 赤木が花道の耳を引っ張る。
「流川君」
 安西監督が流川に声をかける。
 一見居眠りのようだが、違う。仙道のプレイを目に焼きつけ、一つ一つ再現し、検討しているのだ。
「仙道くんのプレイだけを見ても、仙道くんは見えませんよ。ゲーム全体が分かれば、仙道くんがもっとはっきり見えます。」
「それに、海南戦に集中しろ!仙道とはインターハイでリターンマッチだ」
 赤木が、軽く叱りつけた。
 トムは離れてノートに英語で記入している。

 後半開始。
 ジャンプボールは上原が高さで取り、清田に。清田は冷静にボールを持つ。
 仙道が立ちはだかる。
「誰が県No.1か、いくぞ仙道!」
 清田が叫ぶ。花道が怒鳴り、流川が繭一つ動かさずに怒ったが、無視して鋭いドリブル。
(くそぉ、隙がねえ)
 必死で右、左と揺さぶりながら、なんとかコート中央に向かう。
 横の線に追いつめられるのは避けたいが、仙道はそれを読んでいる。
 中央へ、と見せて、神のスクリーンを借りて右サイドへドライブ、上原へパス!
 が、高いボールが空中で弾かれる。仙道のジャンプに、客席がどよめく。
 読みの的確さに、トムがうなった。
 越野が拾って彦一にパス。彦一は素早く低いドリブルで斬りこむと、きれいにレイアップを決めた。

 そのまま、陵南ペースが続く。
 何より、仙道を崩せない。
 神もリズムを取り戻せない。
 後半開始から五分で、陵南56対海南42…14点差。
 神が、かろうじてミドルシュートを決めた。
「ねじこんだ、って感じだな」
 赤木が首を振る。
「さすがに勝利への執念は伝わってくるわね。でも」
 彩子が宮城と、視線を交わした。
「ああ。神のスリーポイントが決まらない限り、海南に勝ちはない。牧がいないんだ」
 陵南の反撃、仙道が正面から巧みなドリブルで斬りこむ。
 清田が必死でへばりつくが、鮮やかなターンで抜くと彦一にロングパス。
 ボールは中に返って、仙道が一瞬触れると…バレーボールのトスのように、ぽんとゴールに上げる。
 福田が、上原を一瞬押し込んでから逆に抜け、空中で取ると、ロッカーの上で何か取ってロッカーの上の箱にでも入れるように、ダンクではなくゴールに放り込んだ。
 観客が、どっと沸く。
(なんとか、流れを引き寄せないと。ダンクだ!)
 清田が、低く強引なドリブルでゴール下に割り込もうとする。福田に体をぶつけながら、神にパス。
 福田が立ちふさがる。
 清田はボールを受け、正面を向いた強気のドリブルで福田を牽制した。
「しつこい…」
 微妙に、ポジションを取る。
「外出せ!」
 監督の声が聞こえたが、無視した。
(絶対ダンク!)
 一瞬、右手のボールを後ろに回す。
 後ろからのパスか、と福田が思った瞬間、左手、もう一度右手と後ろでドリブル、そのまま右にドライブした。
(仙道!)
 読んでいた仙道が、立ちふさがる。
「おれが」
 急停止から左、右と揺さぶる。
 その手がこわばる。仙道の威圧感。
(おれが仙道を抜く!他にねえ)
 必死で、踏み込むと一歩、飛ぶように歩幅を広げる。
「持ち過ぎるな!まわせまわせ」
 仙道は惑わされず、腰を落として低く構えている。
「食らえ!」
 小さくパスフェイク、ジャンプショット。
 鋭い動きだ。
 が、仙道はすべてお見通し、無造作に、空中でキャッチする。
 屈辱に、清田が言葉を失う。
「カウンター!福田、走れ!越野、右コーナーチェック!」
 仙道が叫ぶと、一気に運ぶ。
 寄った植草と、小さくボールを交換し服部を抜く。
 福田がハイポストで、しっかりとゴールに背を向けて武下を圧迫する。
 仙道の鋭いパス。
 福田は即座にパスフェイクを入れる、清田が反応して、一瞬仙道のほうに体重を移す。
 その瞬間、福田が動いた。鋭いターン、武下をふりきってフリースローライン付近からシュート!
 見事にゴールを貫いた。
「こりゃ決まりかな」
「福田は去年、ミドルシュートが入らなかったのに、努力したな」
 赤木がうなずいた。
「くそっ!」
 清田が地団太を踏む。
 海南、神のスリーポイントが落ちた。
「どうなってんだよ!」
「あいつがあんなに落としてるから」
 とうとう、ブーイングさえ始まる。
 清田が必死でリバウンドを取るが、着地の瞬間仙道が奪ってロングパス。なんとか守りをしく海南だが、仙道が越野からボールを受けると斬り破った。
 必死でブロックする清田の上から、仙道の長く跳び、体で押しのけるクローズアップシュートが決まる。
 倒れた清田の前に仙道が、巨大に見える。
「絶対カツ!」
 大声で、吠える。
「吠えたってなにもさせねえ」
 仙道が笑った。
「清田!熱くなるのはいいが、ゲーム全体を見ろ!」
 高頭監督が怒鳴った。
「無理だ。清田の立場に立てば、彼が仙道を抜く以外海南の勝ちはない。だがそれは不可能だ。だからウチの勝ちだ。ふふふ」
 田岡監督がぶつぶつ。
 また清田と仙道の一対一。
 今度は、小さく視線を動かすと逆に鋭いドライブ。
「抜いたか!」
「いや、そこは」
 植草と福田が待っていた。
「自滅!」
 田岡監督がにやりと叫ぶ、その瞬間清田はボールをつかみ、強引に一歩飛びこむと福田に半ば体当たりした。福田も必死で押し返す。清田は吹っ飛ばされながら、ボールを放る…派手に地面に叩き付けられる。
 ボールは、リングをくぐった。清田はうめき、起き上がらない。
 ホイッスル…
「ディフェンス!」
 会場が爆発する。
「バスケットカウントワンスロー!」
「よっしゃあ!」
 起きた清田の両手にVサイン。
「演技かよ」
「やるな」
 武下が、清田の頭をぐしゃぐしゃなでる。
「フリースロー!」
 会場が静まる。
 時間一杯に休んで、静かにセット。
(上原、武下さん…神さん、頼む)
 清田のフリースローが、リングに弾けた。
 上原が福田を抑えて取ると、清田にパス。
 仙道が立ちふさがる。
「うおおおおおおっ!」
 清田が体ごと押し込み、ターン!
「鋭え!」
 仙道が追いついたが、ボールは手にない。
「神!」
 悲鳴。
 神のスリーポイントは…またリムに嫌われるが、福田が一度両手にはさんだボールを清田が弾いた。
 おいかけっこをし、ボールを弾く。
(絶対取る!)
 もう一度落下地点まで走り、清田はフロアに飛びこんでボールに抱きつき、頭から倒れた。
 ボールを、神に転がす。
 神は左コーナーで拾い、清田を見た。
(何度でもとる!うて!)
 もう、迷いはなかった。
 武下にパスすると二歩右に走り、彦一を服部にこすりつける。次の瞬間パスを受け、静かにセット。
 ゆっくり離陸し、腕が伸び、ボールを放つ。
 時間が止まった。
 それだけで感動するほど美しいフォーム。
 神はその時、全てを忘れていた。
 練習が足りなかったのか、気合が足りないのか…自分を責める気持ちはどこかへ霧消し、自信と闘志がよみがえったのだ。
 会場が、陵南も酔った。
 ボールは、ゆっくり回転しながら静かに飛ぶと、リング中央を抜けた。
 ネットが跳ね上がる。

「やったあ!」
 海南応援席が爆発する。
 顔をしかめて起き上がった清田と、神が強く手を打ちあわせる。
「たった一本がなんだ!ひるむな、攻めろ!」
 流れを変えさせまいと、高頭監督が怒鳴る。

 仙道が一気にドライブ。
 清田が追いすがり、止めた瞬間服部が背後からボールを弾く!
(しまった)
 ボールを拾った武下が服部に返す。
 服部はそのまま切り込む…
 仙道が追いつく。
 服部はダンクを狙ってジャンプし、仙道を飛ばせて後ろにパスした。
「清田!」
 清田が跳ぶ。福田が跳ぶ。
 ドカン!派手な音をたてて、ボールが地面に落ちる。
「バスケットカウントワンスロー!」
「清田!」
「うおおおおっ!」
「福田、四つめだ!交代するっきゃねえよ」
 タイムアウト、陵南。

「よくやった!だがこれからだ。勝つぞ!」
「逆転勝利だ!去年だってできたんだ、決めるぞ!」
 海南は、まだ十点差以上あるのに沸き立っている。
「清田、わかったようだな」
「次は必ず仙道を抜くぜ。でも、無理があったらよそに出す。五体五だ。選択肢はいっぱいあるんだ」
「そうだ」
 神は、静かにに集中を深めている。もうこうなったら止まらないことを、みな知っている。
 清田は浮かれ、ハイになっている。
「十点差あるが、油断するなよ。去年の屈辱を繰り返すのか?」
 田岡監督が、対照的に厳しく問いかけた。
「いいや、絶対勝ちます!」
 田岡監督はうなずくと福田に視線を向け、
「自分を責めるな。誇れるプレイをしなかったのか?過去を見ても意味はない、勝つことを考えろ。」
 福田がうるみかかる。
「体を完全にリラックスさせろよ。残り三分で出す」
 田岡監督は福田に言うと、仙道の肩を強く叩いた。
「絶対勝つ!」
 仙道が叫び、飛び出す。
「海南、ファイ・オオシ!」
 海南も飛び出した。
 清田のフリースローを前に、会場が静まりかえる。
(おれは、)
 静かに、冷静に放った。
(去年のおれとは違う!おれが神奈川No.1だ)
 ボールが、リングを抜けた。
 残り五分十二秒、陵南62=海南52、十点差!
「十点差だぁ!」
「おいつける!」
「追いつかせるか、今度こそ勝つ!」
 仙道が手を叩き、
「落ちつこう。このターンに集中するんだ」
「おう!」
 皆が手を叩く。
 仙道が、一気に攻める。
 清田と上原が跳ぶ…
 お得意の、ダブルクラッチから腕の隙間に抜け、ふわりと決める。
「返すぞ!」
 清田が服部にロングパス。
 服部がドリブルで走り出す、と見せて、神にロングパスを出した。
 フリー。静かにスリーポイントシュート、あっけなく決まった。
「よっしゃあ!」
「神!」
 陵南は、福田がいないので高さが落ちた。
 ただでさえ、福田でも上原とのミスマッチに苦しんでいた。去年赤木に圧倒された、控えセンターの菅平は今190cmで、196cmの上原とはかなり差がある。
 仙道が前に出るしかない。
「仙道がフロントラインに、点取り屋に戻る気か?」
 赤木が叫んだ。
 流川ののどが鳴る。
「仙道を封じないことには…」
 清田も上原もファウルは三つ。それでも、果敢に…ラフプレイといえるほど、激しくあたっている。
「いいぞ、あたれ!」
「まわせ!彦一が開いてる」
「させるな!」
 激しい声。プレッシャーの中、仙道は悠々とドリブルしている。
 三十秒が迫る…
「四、三、」
 清田が、息を読もうと仙道の口元を見る。
 瞬間、仙道がドリブル。
 清田の股間を、ボールがくぐる。
 跳ぶと、空中でシュートの構えを取り、上原の手を誘った。ボールを左手に持ち替えて、ゴールの下をくぐりながら片手ダンク!
「バスケットカウントワンスロー!」
 会場が、沸く。
「信じられない」
「この状況であんなプレイを」
 冷静にフリースローを決める。
 4ファウルの上原に、交代はなかった。
「積極的にいけ!仲間を信じろ」
 高頭監督の一言、上原が両頬を自分で叩く。
 清田と強く手を打ちあわせた。
 海南の反撃、仙道にはばまれた清田が、ドライブと見せて後ろにパス。すぐさまゴールに走り、武下のリターンパスをアリウープ、
「高い!」
 仙道が巨大な壁になる。
 が、清田は空中で、真横にボールを放った。
 右コーナー、神がフリー。
 虹がゴールを貫く。
「スリーポイント!」
「とまらねえ」
「一歩も譲らねえよ!」
 仙道、また清田と上原を相手に。
 彦一にバックパス、すぐさま越野に上原を押しつけ、ゴールに向かう。
 彦一は神のディフェンスから、体ごと倒れるように逃れて高いパス。
「アリウープ!」
 稲妻のように清田が走った。
 仙道とぶつかりあい、清田が地面に叩き付けられる。が、ボールはリングから弾けていた。
「ディフェンス!」 
 清田、4ファウル。
「よく止めた!」
「おしい、清田…試合中、どんどん成長しているな」
 赤木が重くうなずいた。
 仙道はフリースローをやすやすと二本とも決める。
 海南、今度は神がボールを運ぶ。
 越野と彦一が、ふたりがかりで追いすがる。
 後ろから走り寄った服部が、ボールを受け取ると一気にドライブ!仙道が反応した瞬間、ボールは横に。
 清田のジャンプシュートが、低い弾道でリングを貫いた。
「王者海南をなめるな!」
「うおおおおおおおおおおおおっ!」
 残り三分、陵南タイムアウト。
「福田、お前も上原も清田もあとがない。今に集中しろ!去年、湘北戦の魚住を覚えているか?集中さえしていれば、退場などしない。集中力を研ぎすませ!」
 田岡監督の言葉に、福田が拳を握り締めた。
「皆、これまでないほど苦しいだろう。だが、向こうも苦しいんだ!最後の最後まで全力を尽くせ。自分と仲間を信じろ。必ず勝てる!」
「おう!今度こそ勝つ!」

 海南ベンチで、ひざを痛めて大事を取っていた北島が、出場を直訴した。
「ここで負けたら、回復後もくそもない!監督、どうか出してください。少なくとも、去年の赤木や豊玉戦と今年の陵南戦での流川、去年の山王戦の桜木には負けたくありません!」
「意地だけで将来を棒に振る気か?バカモン」
「自分は冷静です。服部のゲームメイクは仙道に読まれている。自分でなければ勝てない!チームのために言ってるんです」
「よし…泣き言は聞かんぞ。」
「はい!」
 服部も疲労がかさみダッシュが鈍っていたし、ファウルも4つ。ここでの交代もやむを得ない。
「バスケを始めて二年足らずのお前が、ここまでやれただけでも上等だ。
 清田、上原、最後まで全力を尽くせ!今一瞬に集中しろ。ファウルを恐れてバスケがやれるか!」
「あったりまえよっ!」
「はいっ!」
「神、頼むぞ」
 神は黙ってうなずいた。
「武下、頑張れ!」
「おう!」
「ここまでくれば気持ちだけだ。山王戦の湘北を思い出せ。逆転できる!」
「おう、海南…」
「ファイ・おおシ!」

 残り三分、陵南69対海南61、8点差。
 陵南、彦一が陣の周りを走りぬけ、神を越野にこすりつけた。
 北島が跳んだ。空中で痛みに気づいたが、構わず手を伸ばす。
 ボールは、下に。
「仙道!」
「させるか!」
 次の瞬間、仙道が鋭くターンする。おいすがる清田に、福田を追う武下がぶつかる!
 声なき悲鳴。
 一瞬のオープン、ボールを受けた福田が、フリースローくらいの距離から素早くジャンプショット。
 ボールがリングを貫く。
「福田!」
「これで決まりだ!」
 仙道と福田は、手を打ちあわせることもしなかった。
 即座にゾーンプレス。
「なにいいいいいっ!」
「なんて体力だ」
 高頭監督が立ち上がる。その手に、扇子などとうになかった。
 田岡監督は静かに、手を…深く腕に食い込ませている。
「どれだけあいつらが走ったか…」
「腰落とせ!」
 仙道が叫ぶ。
 北島を、仙道と越野のダブルチームが追いつめる。
(いてえ)
 北島の右ひざに、体重を乗せるたびに痛みが走る。
「八!」
 十秒まで、その瞬間…仙道の動きが見えた。
 得意のフェイント。右手で低く強く二回ドリブル、視線を動かし、逆に左にドライブ。
 右ひざに、体重が爆発する。
 痛みはなかった。
 仙道の横を駆け抜け、清田に高くパス。
 清田は彦一のディフェンスを、高いジャンプでかわして取ると空中で放るようなパス。
 受けた神は、即座にシュートした。
 スリーポイントラインからも離れた超長距離狙撃。
 ボールは、やや低い弾道で飛び、リングの後ろにあたってリングに飛びこみ、ネットを揺らした。
「わああああっ!」
 客席が、大逆転を期待して踊る。
 海南応援席が爆発した。
「止めろ!」
「返すぞ!」
「させるか!」
「ハンズアップ!」
「気合だ!」
 様々な声が、コートに響く。全員が気迫に輝き、疲れが吹き飛ぶ。
 清田が仙道に密着する。野獣の静かな気迫。
「すごい!」
 彩子が叫んだ。仙道が、動けない。
「なんてディフェンスだ」
 仙道は舌なめずりし、大きく上下にポンプフェイク。
 引っかからない!
 が、強引に後ろに跳び、高さを活かしてシュート。
「リバン!」
 福田が跳ぶ。上原が跳ぶ。
 上原がリングに弾けるボールをつかむが、体勢が無理でしりもち。
 越野がおどりかかり、必死で引っ張る。武下も清田も、福田も走りより、人団子ができる。
 高頭監督がびくっとする。上原と清田は4ファウルだ。
「ヘルドボール!」
 ジャンプボールだ。
 それでも少し、興奮してもみあっていた。
 ジャンプボールは身長差で上原。ボールを受けた北島が一気に、弧を描いてドリブル。
 植草が追いすがる、その上を通る北島の高いパス!
「清田、右!武下、スクリーン!」
 一瞬の指示、武下に越野がぶつかって清田が抜ける、清田は軽く跳んでボールを受け、着地と同時にゴールへドライブ!
 仙道が立ちはだかる。
「神さん!」
 清田は大声で叫び、一瞬減速、振り向いた。
 神が待っている。
 その瞬間、清田は鋭いカギを描いて仙道を抜いた。
 追いすがる仙道の腕を抜け、片手のダンクがゴールをきしませる。
「バスケットカウントワンスロー!」
 呆然が、会場を埋めて…爆発する。
「しゃああああああああああああああっ!」
 清田が叫んで、とびあがった。
「くそ…」
 仙道が、歯を食いしばった。笑いに変えようとしたが、変えきれない。
「残り一分で5点差。ここからの逆転はきついが、勢いがついたな」
 宮城がつぶやいた。
 静まる会場。フリースローが、リングに当たって…ためらいがちにリングを転がり、外に落ちた!
「ドンマイ、絶対逆転するぞ!」
 海南が叫ぶ。
「させるか」
 仙道がつぶやいた。
「ディフェンス!ディフェンス!」
 海南応援席が、声を限りに叫ぶ。
「福田!」
 仙道のパスが、福田に。福田は武下の前で、複雑なポンプフェイク。
 そしてシュート、だがこぼれる!
 福田がとびこむ。
 清田が奪い、前線にロングパス!
「神!」
 受けた神は、一瞬で越野を抜くとスリー!
 ボールは高い弧を描き、リングに当たる。そして何度か跳ねると、しぶしぶという感じでリングを抜けた。
「わあああああああああああっ!」
「1ゴール差!」
「死守だ!」
「神ぃいいいいいぃっ!」
「させるな!」
「海南っ!」
「守れ!ディフェンス!」
「残り三十秒!」
「守り切れ!」
 花道は、もうわけのわからないことを叫んでいる。
 晴子が、いつしか泣いていた。
「仙道!」
 力強いドライブ。一瞬彦一にパス、福田のスクリーンに清田を押しつけるとリターンを受け、勢いをつけてクローズアップシュート!
 が、上原がかろうじてボールの下に触れる。
「うおおおお!」
「時間がない!」
 清田が、福田が、手の林が伸びる。
 手に弾かれ、フリースローサークルを超えて飛ぶボール。清田が顔からコートに滑り込み、取ると北島に、福田の脇の下からパス。
 激しく皆走る。汗が滴り、視界がぶれる。疲労が体を蝕む。
「お〜せ〜お〜せ〜おせおせ海南!」
「陵南ファイト!」
 北島は神にパス。神は、受けると同時に追いついていた上原にパスした。
「仙道!」
 田岡監督の、陵南の絶叫。
「いけえええっ!」
 海南も負けじと叫ぶ。
 突進する上原の前に、仙道が立ちふさがる。
 ドリブルするボールを弾く、上原は横っ飛びにかろうじて取り直して、清田にパスした。
 清田はゴールから見て後ろ向きに、弧を描いた鋭いドリブル。福田を抜き、植草を体で押しこんで、強引にボールを放り上げる。
 こぼれるボールを、上原がつかむと空中で体をねじる。神にパスするつもりだったが、仙道がいるので方向を微妙に変えた。
 大きく踏み出した武下が受ける。神は武下に向かって走り、追う越野を押しつけてボールを受け取る。
「いけぇ!」
 応援席の絶叫。時間が止まる。
 静かに、限りなく美しいフォーム。
 白鳥の首のように優雅なフォロースルー。
 むなしく、仙道の手が通過する。
 高い放物線。ボールは、リングをかすりもせずに抜け、ネットが高く跳ね上がる。
「いやったあああああ!」
 陵南71対海南72、逆転!残り十五秒。
 海南応援席が爆発する。清田と神が抱き合い、とびあがった。
「バカヤロウ!センドーが狙ってくるぞ!」
「まだだっ!」
 応援席から花道と流川が、満場の歓声を圧して絶叫した。
 清田がはっとした瞬間、植草が仙道にパス。
 北島が追いすがる、ボールはその足の間をくぐって彦一に。彦一、ミドルシュート。神がはじく。
 仙道が拾う。ジャンプシュートの体勢。上原が大きく跳んだ。上原のブロックをよけ、体をひねってパス。
 福田が取って、すぐシュート。清田がはじく。リングに当たったボールを、仙道が右手でつかむとゴールに叩き込んだ。
「戻れ!」
 仙道が走る。残り5秒。
 神のスローイン、北島の前に、仙道がたちふさがる。
 北島はかろうじて清田にパス。
「がぬあああああああああ!」
 清田が…ワンドリブルで福田を抜き、ハーフラインあたりからシュートした。
 ボールが空中にあるうちに、試合終了のブザー。
 ボールはリングに弾け、バックボードに当たって、リングの内側に跳ねる。もう一度リムに当たって跳ねる。
 全員が息をのむ。
 ボールは、リングを外れて落ちた。
 まだ、時間は止まったまま。
「試合終了!」
 審判の声に、清田が崩れ落ちた。地面を拳の小指側で、何度も叩く。
 北島が倒れ、起き上がれない。
 上原が力尽き、倒れこんだ。武下が支える。
 仙道がガッツポーズ。
 息をついた彦一が、ぶっ倒れた。
 福田が泣き出した。
「勝った!勝ったんだ!」
「海南に勝ったんだ!」
 ベンチで、無表情だった服部が叫んだ。
「ああああああああああ!」
「ああなるとあいつ、手がつけられないんだ」
 風馬がつぶやいた。
 越野が仙道に飛びつく。彦一が後ろから。
 客席は総立ちで、ざわざわとわめいていた。

「鼻の差だな」
 水戸洋平がつぶやいた。
「鼻の差って?」
 晴子が鼻をかんで、聞き返す。
「競馬で、馬が走るときってこんなふうに」
 と、野間が顔を前に突き出したり後ろに戻したり。
「首を突き出したり戻したりしてリズムを取るんだ。全く同時にゴールしたとき、一方の首が前に出ていてもう一方の首が後ろにあったら、その差で決まることもある。そんな感じだよ」
「ああ。でも、限りなく大きい鼻の差だな。競走馬なら、その鼻の差が嫁や生命すら左右する。やつらだって推薦入学、そして将来にかかわるんだ」
 宮城の言葉に赤木がうなずき、席を立った。
「明日、海南との一騎打ちだな。手負いの獅子の強さは並じゃない。どちらも負けたら全国はなくなるんだ。おれは試合で行けないが、全力を尽くせ!そして必ず勝て。」
「はい!せーの、」
 宮城が全員を振り向き、
「お疲れさまでした!」
 かなりの人数が唱和しない。絶句した赤木、
「勝てよ。インターハイのある長崎のホテル、もう予約しちまったからな」
 去ろうとし、思い出したように
「流川、」
 と、流川に声をかけた。
「去年の陵南戦前半、ひどいプレイをしてすまなかったな。テーピングが気になっちまった。桜木」
「あ?」
「流川は大丈夫だろうが…そのときは、一発ぶちかましてやれ」
「ゴリ」
 陵南戦で足を痛めた流川。明日の海南戦では、ちょうど去年の陵南戦での赤木と同じ状況になる。
 流川と花道が、闘志に燃えてうなずいた。

 陵南73対海南大付属72。湘北に続いて二勝した、陵南のインターハイ出場はほぼ決定となった。
 そして、海南と湘北が、もう一つの椅子をかけて激突することになる。
「インターハイでリターンマッチだ!その時は絶対勝つ」
 清田が涙を振り払い、仙道とがっちり握手。
「ああ、頑張れ!湘北は強いぞ」
 仙道は静かに手を握り返す。
「いい追い上げだった。だが負けは負けだ。気持ちを切り替えろ!湘北戦、絶対勝つぞ!」
 高頭監督が怒鳴った。
 海南全員が、叫ぶと湘北応援席をにらむ。
 湘北の皆、その目に気迫で答えた。
 梅雨明けはまだだ。戦いは続く。

第十章へ

ホームへ