Dunk Like Lightning2


第二章 雲の重さ


 湘北バスケ部、予選初日の朝。
 ランニングに出た花道は、いつもの公園で晴子の姿を見た。
「おはよう、桜木くん!」
「ハルコさん!」
 去年も同じように、二人で語り合った事を思い出す。
 ふと、どちらからともなく見つめあい、言葉を失った。
「・・・いよいよですね。」
「いよいよね。あたしね、今年もきっと、去年以上に行けると思ってる。」
「当たり前ですよ、この桜木花道がいるんですから!」
「そうね!桜木くんの成長は本当にすごいと思ってる。もう強豪の一流選手と比べても、そんなに見劣りしないと思うわ。お兄ちゃんや魚住さん、花形さんにも負けてなかったもの!」
「はっはっはっ、当然です!」
 ふと、晴子の目がまぶしげに、花道を見上げた。身長が伸びた、だけではない。リハビリ中徹底して取り組んだ筋トレの成果か、去年と比べても格段に、鋼のような筋骨が盛り上がっている。
(腕、あたしの脚より太いかも。ふしぎ、なんだかまぶしい)
 どき。なぜか心臓の音を意識する。
(あれ、試合だからかな?)
 どきどきどき。そして、何となく前に、藤井が花道に告白したシーンを思い出してしまう。かすかに、胸に痛みが走る。
 それを振り払うように
「もう湘北も、去年と違って強豪なのね」
 晴子が、感慨深げに漏らした。
 花道の五体を衝撃が貫く。
(強豪なのだ、強豪・・・となると間違っても負けられない)
 である。
(絶対に、とんでもない差で・・・500対0ぐらいで勝たなくては!)
 である。
(勝てる、この天才がいるのだから!)
 となるのが彼の得なところだ。緊張するのには変わりないが。
 他の部員も約二人を除き、緊張は似たようなものだろう。

「今年もいいメンバーが揃ってると思う。県、いや全国でもトップレベルの選手が何人も・・・」
「ほほう、そうですか」
「まず桜木くんね。」
 花道の後頭部から満開の桜が飛び出した。去年は(初心者だったので当たり前だが)名前が最後まで出てこなかったのである。
「シュートレンジも広がったし、リバウンドは県内最強と言われてるし。去年なんか、山王の野辺さんにも負けてなかったもん。この間の試合では、お兄ちゃんや魚住さん、花形さんにも負けていなかったし。去年の今ごろは、こんなにすごいプレイヤーになるなんて、思ってもみなかったな」
「天才ですから!」

「それに宮城主将も、県でも最高のポイントガードって言われてるし。去年はなかったロングシュートもできるようになったもの、無敵よぉ。」
「そ、そっすね。一応主将ですから」

 宮城は眠れず、ベッドで徹夜。時間を待っていつも通り、彩子の写真にキスして着替え、素早く飛び出した。
「緒戦は大事だからな・・・よし、いくぜ、アヤちゃん(はあと)」

「それにトムくん。三井先輩が卒業して、ロングレンジをどうしようかと思ってたら、あんなすごい人が入ってくるんだもの!スリーポイントはもちろん、インサイドだってなんでもできるし、速攻もこなせるし・・・。」
「ま、まあね・・・、それもすべてこの、桜木花道のリバウンドがあってこそですよ!はっはっはっ」
「そうよぅ、リバウンドがなかったらどんなにすごいシューターも力を発揮できないわ。試合は桜木くんのリバウンドにかかってるのよ!」
(となると、一本たりともリバウンドは落せん!とにかくとってとってとりまくってやる!)

 トムは、大あくびしながら、ドリブルで安西宅に向かった。昨日あまり眠れなかったのか・・・明日の試合よりもむしろ、兄からの脅しとも取れるメールがきつかったようだ。[V]ただ一文字、だからこそ最も雄弁なメール。

「それに流川君!去年ももう凄かったけど、今はもう、あの時の流川君からも想像できないほどの選手よ。スリーポイントも確実だし、パスも自在に回せるし、スタミナもついてきた・・・間違いなく仙道さんと並んで、県内No.1プレイヤーね」
「No.2ですよ、No.2!No.1はこの桜木花道」
 と、言いつつ花道も今は、流川の凄さを知っている。そして、愛しの晴子の口から流川の名が出た事に、結構傷ついている。

 流川は相変わらず、眠気に耐えながら走っている。
「きゃっ!」
 悲鳴を聞き、車道に飛び出して、猫を抱きかかえたままトラックに轢かれそうな女の子を抱き上げ、そのまま反対側の歩道にダッシュ、それも半ば寝ぼけての行為だ。
「ぅ〜ねむ」
 つぶやいてそれを下ろした。
「流川先輩!あ、おはようございます」
 三千代が、猫を抱いたまま頭を下げた。
「ん〜あ、松本・・・だっけ」
 流川はほとんど、特にバスケットボールのプレイヤーでない他人に関心がない、と言っていい。
「松岡、です・・・本当に助かりました。」
 黙って、鼻提灯を浮かべながら走り出そうとする。道端の石でも蹴飛ばしたような感じなのだろう。

「中田君だって、十分新人王を狙える器だと思うわ。素質もすごいし、毎日あの流川君とトム君にもまれているもの。入部したときとは別人ってぐらい成長してる。あの速くて正確なプレイ、気がついてみるといつも助けられてるわ。」
「ま、所詮中学レベルですけどね。」

 中田はそのとき、寝ぼけ眼で目覚ましを見て、青ざめていた。

 緒戦、武園戦が始まろうとしている。
 体育館は既に満員、武園名物女子生徒応援団がスタンドを埋めている。
 反面、流川楓ファンクラブも垂れ幕をさげ、気炎を上げていた。
「せぇ〜の、ル・カ・ワ!」
「ル・カ・ワ!!!!」
「相変わらずね」
 とベンチで、晴子がむしろ羨ましそうにつぶやいた。
 小田が花道を見かけ、
「やっと勝負できるな、桜木」
 と、嬉しそうに口にした。
「さあ、始まりますよ。」
「おう!絶対勝つ!」
 花道が気合いを入れているが、気合いが入りすぎて浮わついた感じがある。線が左手画のように角張っているし、頭から火を噴いている。
「スターティングメンバーは宮城君、風馬君、トム君、中田君、流川君です。序盤から全力で飛ばして下さい。トム君、フォワードもいけますね?」
「当ゼン」
「おい待てオヤジ、何でおれがスタメンじゃねえんだ!」
 花道が文句をつけた。復帰後、練習試合などではセンターとして、湘北の新しい大黒柱としての自負がある。去年のような半誇大妄想ではなく。
「緒戦ですから、強豪の経験がある人でまとめます。」
「どういうことだ!」
「るせえ、このがちがち男、今のてめーじゃ何もできねえ」
 流川が花道を押しのけ、コートに飛び出した。
(く、くそうこのヤロウ、ハルコさんの目の前でいいとこ独占する気だな?強豪の強さを見せつけてやらなきゃならんのに)
「流川君、センターは頼みますよ。ディフェンスでも負担をかけます。」
「うす」
「風馬君、とりあえず緊張はしていないようですね。足を活かしてボール運びを助けて下さい。あせらず、正確に。」
「ッス!」
 風馬にわかっているかどうか。とりあえず、強豪の経験があるから、何とか動けるからのスタメンで、すぐに退場になるのを見越しての、事実上時間稼ぎである事に。
「中田君、積極的に速攻を仕掛けます。点を取って下さい。」
「おおっ!」
 花道の焦りをよそに、流川が呼吸を整えた。
 強敵相手なのに勝って当たり前と思われている、絶対に負けられない・・・そんな精神状態は中学時代、散々経験して慣れている。風馬もバスケとしては始めてだが、陸上では全国を経験している。公式戦の緊張感が、むしろ心地よかったし、リラックスの方法も知っていた。

 あいさつ、そしてジャンヌボールの準備。
 独特の緊張感が走る。
 ジャンプボールは流川と小田、凄まじい闘気が充満する。
 ピーッ!ホイッスルと共に、ボールが宙に舞った。
 身長は同じくらいだが、ジャンプ力で勝る流川が小田の上でボールをタップ。それをキャッチした宮城が鋭いドライブでボールを持っていき、流川を警戒したディフェンスを突いて自ら決めた。
「おし!」
 小田が鋭く反撃し、鮮やかなジャンプシュートを決めた。
「速攻!」
 瞬時にトムと流川、風馬、中田が超高速で武園コートに飛び出す。
 トムが鮮やかなフェイクでマーカーを抜き、宮城のパスを受けると同時にスリーポイントを決めた。
 そのまま、流川とトムの圧倒的なテクニックと中田の地道だが正確なプレイで武園を圧倒する。
 流川も花道ほどではないが高さとスタミナも伸びており、テクニックが去年とも比較にならないレベル・・・小田に対抗できる相手ではなかった。
 インサイドプレイにおいても、流川とトム、そして中田の三人で充分武園の華麗なプレイに対抗でき、前半だけで三人が二十点ずつ取る猛攻。
 そして前半10分頃から入った元木の、圧倒的な高さが加わり、インサイドの高さで完全に武園を圧倒した。
 元木はもちろん始め、がちがちに緊張していたが、ファウル4つと追いつめられてから、長身を活かしたリバウンドと的確なパスでチームを盛り立て、リードを広げるのに一役買った。無論後半10分頃に退場したが。

 安西監督は、花道が強豪の名の束縛を忘れる事を、ただ純粋にバスケの楽しさを求める、原点に戻るのをじっと待った。
 やっと花道にGoサインを出したのは、なんと後半も半分をすぎてからである。その頃には完全に勝敗は決まっていた。
「さあ、行っていらっしゃい」
「おう!」
 一散に飛び出す。
 そして花道は、ふと照明、周囲の歓声、ライト・・・それらに違和感を感じた。
 約一年ぶりの公式戦。独特の緊張感、そして圧倒的な実戦の迫力・・・体を燃やすように、半年近いリハビリで餓えに餓えていた渇望が解き放たれる。
「桜木花道!」
 観衆が沸き立った。
「桜木く〜ん、がんばって!」
 晴子の声には反応するが、それすらむしろ上の空。
「桜木!」
 小田が疲労を忘れ、嬉しそうに振返る。勝負はほぼ決まっていたが、それを度外視してでも花道との決着をつけたかった。
「よおぉおおし、いくぞ!」
 雄叫びと共にフィールドに飛び出す。
 ホイッスルと共に、一気にダッシュ!もう動きに硬さはない。
「よし、パァス!」
 凄まじい大声、だがパスは反対側の中田に飛んだ。
 誰もが花道を警戒しており、故にほぼフリーでレイアップが決まった。
「よっしゃ!」
 今度は武園が切り込み、小田にボールが渡る。
 その前に花道が立ちふさがった。
「行くぞ!」
「こいや!」
 ごく低いゆっくりとしたドリブル、そしてキュッキュというバッシュの音。
 静かなリズム、そして隙を見出した小田が左に抜け、ジャンプシュートの体勢!
 そこを鋭い動きで回りこんだ花道が、去年の赤木を思わせるジャンプで、後ろからシュートを叩き落とした。
(なにぃ!?去年とは別人だ、もう二年も三年もバスケットをやっているような・・・これが高校から始めて一年ちょっとしか経っていない、それも半年近くリハビリに費やした男か!?去年のインターハイまで、復帰してから、どんな濃厚な時間を過ごしたんだ?)
 であるが、
(だが・・・確かに高さとスピード、パワーはけた外れだが、総合的なテクニックと経験は俺のほうが上だ!中学三年間の練習と経験は伊達じゃねえ!)
 と冷静に見直す。
 去年の練習試合では、必死で練習してきた自分の中学時代と、道を見ずケンカ三昧を過ごしてきた花道を比べ、誇りをむき出しにして激しく面罵した事もある。
 だが、今はもう対等のプレイヤーとして認めている。
 ルーズボールを追う。必死で追い縋る花道の目にも、もうボールしか見えない。
「うおおおおおお!」
 飛び出すように、去年そのままのがむしゃらさでボールに飛びつき、そのまま投げ出す。直後、パイプ椅子が車でも突っ込んだかのように散乱した。
「OK」
 トムがキャッチし、即座にシュートが決まる。
「よっしゃ!」
 花道は地面に頭から叩き付けられ、またあいもかわらぬタフさで素早く立ちあがり、コートに駆け込む。この激しいプレイを見たくて、湘北、そして花道を応援するものは多い。
 そしてまた小田との1on1。慎重にタイミングを計り、小さなパスフェイクで花道を抜いた小田が、流川のヘルプをかわしてシュートを決めた。
「くそう!」
「おあっっ!」
 冷静な小田に珍しい、激しいガッツポーズ。
 今度は湘北の反撃、トムが鋭くカットインしてシュート、と見せて花道にノールックパス。
 フリースローサークル付近。小田が厳しく守っているが、花道は構わず大きく跳んだ。その2mの身長、1mを超えるジャンプ力、それに1m以上の腕を足した、絶対的な高さはブロック不可能。ボールはゴールに滑り込んだ。
 花道がガッツポーズ。
(くそ、何て身体能力だ・・・こいつが中学時代にバスケを始めていたら、全中優勝だってできたかもしれない)
「お前が中学時代、バスケを知っていたらな」
「ああ、だったらおめえなんかに抜かれてねえ」
(かもな、天才か・・・だが、負けるか!)
「勝負だ桜木!」
「おうよ、こい!」
 気合いがぶつかり合う。もはや勝敗すら度外視し、闘志だけが弾けていた。
 春の終わりを予感する、雲も弾けよとばかりに。

 結局、試合は湘北の圧勝だった。
 小田は、涙と笑顔を混ぜ、
「絶対に負けるなよ!」
 と花道と握手した。

 直後、タオルをもってきた葉子に小田が、
「どうだ?どっちの勝ちだったと思う?」
「さあ・・・どうでもいいって顔してる。まぶしいくらいに輝いてたよ、二人とも」
「二人ともか、なあ・・・中学の頃、あいつをふった事、後悔してないか?」
 闘志の余熱を苦笑に隠し、表面上は嫉妬を見せて問い掛けた。
 葉子はくすっと笑って、
「ねえ、あの時、なんで桜木くんに「バスケット部の小田君が好きなんです」って言ったか、知らないの?」
「え?」
「あの時、桜木くんと同じクラスに、もう一人”小田”君がいたからなの。野球部でも帰宅部でも不良でも、私の好きな人は小田竜政一人よ。」
 言ってしまって真っ赤になる葉子を、小田は不器用に抱き寄せたものだ。
「とんでもないよな、あいつ・・・ミニバス時代から合わせて、6年間の俺の努力を一年、いやリハビリもあるから実質半年で追いつきやがった。」
「インターハイ優勝、できるかな、湘北」
「できるさ。そうじゃなきゃ、来年倒す楽しみがない。」

 その帰り、藤井が花道にタオルとドリンクを差し入れ、それをマネージャーとして取り次いだ晴子の胸に、ふしぎなとげが刺さった。
 だが、晴子にはそれが、なんだかわからなかった。直後に、流川にタオルを手渡して、触れた手の感触にぽーっとしていたから。
 晴子を密かに想っている元木がそれを見、哀しげに苦笑していた。
 花道は、藤井の目をまともに見られなかった。もう、隠しもしない情熱。自分がいつも燃やしてきた、最も激しい感情。だから、それに答える事がどれほど傷つけるか知っているから、その目を恐れていた。
 想われる辛さは、彼にとっては始めてだった。
 そこに三千代が話しかけた。
「桜木先輩?」
 しばらく沈黙のまま、彼の荷物を渡して、
「そんな時、女の子ははっきりと言って欲しいですよ。昔、あたしも藤井さんに似た想いを抱いてたんです。好きな人が、あたしの親友を好きだって知ってたから、ずっと心に秘めて、出さないようにしてた。」
 花道は衝撃に言葉もない。
「先輩も知っていますよね?大和台の筒井一臣くん。あの人の彼女、すっっっっごく鈍感で、全然筒井くんの気持ちに気付かなくって、ずっと憧れのアイドルばかり見つめてて。彼が可哀相で、彼女に腹を立てた事もあったわ。でも、二人とも大好きな人だったから、二人に幸せでいて欲しかった。」
 目を伏せる花道に構わず、
「あたしの気持ちを知られちゃったとき、筒井くんは・・・はっきり、ごめんって言ってくれた。そしてあたしの気持ちを、あたしを真正面から受け止めてくれた。「松岡は松岡でいいよ」って・・・本当に哀しかったけど、でもとても嬉しかった。」
 責められている、と察した花道が肩を落す。
「一臣くんって、彼女がどんなに鈍感でも、平気だった。見てて可哀相になるくらいつくしてつくして、つくし抜いていたわ。言ってたの、「りんごが笑っててくれるならなんだってするんだ」って。人を好きになるって、相手の笑顔が一番大事・・・。それを教えてもらっただけでも、恋人にはなれなくとも、あの人を好きになってよかったと思ってます。」
 花道に、素直な涙があふれてきた。
「おい花道、そんなに勝ったのが嬉しいのか?」
「泣き虫ヤロウ」
「てめーっ、ルカワ!」
 三千代は、わずかに涙を拭って後を追った。

 大和台高校男子バスケもまた、インターハイ県予選が始まろうとしていた。去年準優勝しているため、シードされてはいるが・・・
 緒戦は、前回ベスト8の強敵、麻生高校である。
「よし、ここからが俺達の挑戦だ。準備はいいな!!ここを勝ち抜かないと湘北には、挑戦もできないんだ!」
「おう!」
「大和台・・・ファイオッシ!」
 声を合わせ、スターティングメンバーのセンター七緒、パワーフォワード一臣、スモールフォワード卓巳、シューティングガード竜也、ポイントガード竜次が飛び出した。
 予選が始まる。
 静かな緊張感の中、礼をしてジャンプボールの準備。七緒と麻生のセンターがにらみ合い、タイミングを計る。
 ホイッスルと同時に、ボールがトスされる。七緒が、素晴らしいジャンプでボールを弾き、受け取った竜次が一気に切りこんで自ら決めた。
 圧倒的な強さ。今大会屈指のポイントガード、竜次がゲームを組み立て、抜群のスピードとパワー負けしない体で、ファウルをもらいつつゴールを決め、フリースローと合わせて三点を重ねていく。
 竜次をマークしようとすると、竜也が、卓巳が、そして七緒が次々とアウトレンジからのスリーポイントを打ち込む。攻撃範囲の広さと速攻の速さで、ディフェンス力を誇る麻生がほとんど反応できない。
 ロングシュートを支えるリバウンドにおいても、七緒と一臣が高さとジャンプ力で他を圧しており、ダンクシュートを含むインサイドプレイでも問題なく得点を重ねる。
 そしてポイントガードが哲太と交代したら、その冷静で素早いパスワークと正確なシュート、鮮やかなスティールで麻生にボールも持たせない。
 りえこやゆきの悲鳴をよそに、始まって五分も経たないうちに勝負あり。終ってみれば100点ゲームだった。

「りんごちゃん、どうだった?」
 むしろ恒例となったりんごと三千代の電話。悪く取ればスパイ行為かもしれないが、湘北と大和台は互いを深く信頼している。それに、県が違うのにそこまで目くじら立てることもない。
「もう圧勝圧勝!こんなすごいチームだとは思わなかったな。湘北はどう?」
「圧勝!もう流川先輩が大活躍で・・・」
 と、互いに試合報告をする。一臣については気を遣っているが。りんごも最近は、どれほど三千代に借りがあるか、少しずつ意識できるようになっている。
 三千代は一臣の活躍を聞きたいし、その事はりんごも分っているが、自分の口から言うとのろけになるので言いにくい。三千代もそれを察しているので、気安く聞けないのだ。気を遣おうとするとするほど負担をかけてしまう、もっと自由にしていいのだが。
「何かあったの?」
「ううん、ちょっと流川先輩の親衛隊があたしに目をつけて。大丈夫だから」
「あのトムって外人はどうしてる?」
「う〜ん、もう竜也君たちのおかげでぼこぼこになって、すっかりおとなしくなってる。試合でもスリーポイント6本も決めて、三十点以上とってた。」
「へえ〜、すごい!あ、スリーポイントって言ったら、大和台では松浦君が後半、ディフェンスとアウトサイドシュートで大活躍してた。古傷も問題ないらしいし、竜次先輩も哲太が控えていれば安心だ、ってのびのびプレイできてる。」
「いいチームみたいだね。うちって、流川先輩と桜木先輩、それにトム先輩の三人、一人一人はすごくいい選手なんだけど、すっごく仲が悪いの。チームメイトというよりライバルみたい。宮城主将が苦労してる。」
「そっか。全国で、戦えたらいいね。」
「うん、きっとそうなるよ!チームさえまとまってくれたら。」
「今度さ、また遊ばない?」
「うん!ちょうどもうすぐ定期テストで練習禁止になるしね。どう?勉強は」
「りんごちゃんこそどう?やっぱり辛いよね」
「今度また、社会と現国教えてね!」
「うん、代りに英語よろしく。」
「おっけ。じゃ、がんばってね。」
「おやすみなさい。」

 

 二回戦(シードがあるため他校にとっては三回戦)は湘北が二百点を超える得点で圧勝。ただ、元木と風馬は比較的早く5ファイルで退場。
 特に花道の、去年の赤木を思わせるゴリラダンクの連続に注目が集まった。
 三回戦も、湘北は圧勝した。序盤からスピードで圧倒、一気に点差をつけて桜木、元木のツインタワーがインサイドを固め、トムと流川、宮城が外から打ちまくって試合を決めた。
 特筆すべきなのは元木の奮闘だ。前半12分から後半いっぱい、退場せずに闘い抜いたのだ。ディフェンスでは決して無理にカットしようとせず、仲間のヘルプを信頼して時間稼ぎに徹することで、抜かれても相手に思い通りのプレイを許さなかった。
 またその長身を生かしたリバウンドと的確なパス、幸運なフリー速攻レイアップシュートでの公式戦初得点に大きな拍手が送られた。2ブロック、5アシスト、11リバウンドは初心者とは思えない活躍である。
 その冷静な、試合の流れを長期的に見るプレイも評価された。
 中田の30得点とトムの5連続スリーポイントシュート成功の記録も印象的である。
 風馬は、得点にこだわったのが災いしたか、前半17分に5ファウルで退場。さすがに落ち込んでいたが、「経験者」花道の励ましで立ち直ったようだ。
 が、その試合で少し目に付いたのが、花道、流川、トムの三人が三人ともプレイが自己中心的な点である。そこをパッサーである宮城と元木がカバーしているが。
 三人とも個人としては優れているが、なかなかチームプレイをしないきらいがある。それゆえに何度か、チャンスを逃してカウンターを食っていた。

 そのせいか、試合後安西監督が、少し複雑な表情だった。

 厳しい予選はどこも同じ事、麻生学園女子バスケ部も県予選準決勝で、関北高校に辛勝した。
 大きく成長した岡川りえこと、関北のエース富永悠里の1on1は語り種となったものだ。
 高さと技術で押す富永に、スピードとややラフだがセンスあふれるプレイで押すりえこ。結局チームを上手くリードしたキャプテン、柳川秋衣の勝利だったといっていい。
 その午後、大和台男子は初のベスト4入りで勢いに乗る、関北高校の男子と対決する事になった。

「ここが正念場だ。絶対勝つぞ!」
「オウ!」
「確か、関北の二年の海堂が今のところ、得点王候補だったな。筒井、抑えられるか?」
「でも、先週見た感じでは、怖いのはむしろポイントガードの能勢です。あのパスがあるから、海堂もあんな大量得点ができていると思います。」
 竜次が苦笑し、一臣の頭を押さえつけて拳でぐりぐり(通称梅干)、
「なにが言いたいんだ?わかった、抑えてやる。」
「お願いします。」
「哲太、最近古傷は痛まないか?」
「ああ、完治してる。竜也こそ大丈夫だよな?」
「心配すんな」
「よし、行くぞ!」
「おう!」

 ジャンプボールで七緒が一臣にボールを弾く。一臣は素早く竜也にパス、それを能勢がスティール!何度か斬り込もうとし、それでディフェンス陣が一瞬乱れた瞬間フリーの海堂にパス、シュートが決まった。
「ちっ!」
「返すぞ!」
 ボールを受けた竜次が鋭く切り込もうとするが、能瀬ががっちり抑えて速攻にできない。
「くそ、戻りがはええ!」
 卓巳が舌を鳴らした。
「おちついて、ハーフコート!」
 七緒が指示、竜次に目配せ。
「一本決めよう!」
 竜次はドリブルを低め、丁寧に動き出す。一見ラフな竜次も、基本の技術は誰よりも高いのだ。
(すげえ、こんなポイントガードだったとは・・・盲点だったな) 
 凄みのある笑みを浮かべ、右に鋭くドライブ、と見せて後ろにバウンドパス。
 受けた竜也が素早くスリーポイント、
「リバウンド!」
 一臣が海堂をスクリーンアウト、ボールを拾ってパス、と見せて自ら鋭く飛び込み、下からふわりと浮くようなシュート。バックボードに当たったボールが、しばらく迷うようにリングの回りを回って、ネットを揺らした。
「よっしゃ!」
 関北はまた能勢が竜次を抜き去り、豊富な運動量と正確なパスで大和台を圧倒する。自分ではシュートしないのだが、気がつくと海堂始めフリーのメンバーにパスし、シュートされてしまうのだ。分っていても止められない。
「くそっ!」
「竜次先輩、落ち着いて!」
 一臣の声に苦笑し、冷静さを取り戻した竜次が、能勢に勝負を挑んで立ちはだかる。
「よし、県No.1ガードをここで決める」
 能勢は無言で、ボールを受けるとハーフコートに進める。
 ふっ、と一瞬能勢のドリブルが高くなる、それで気が抜けた瞬間、小さく切り込んでパス。それが海堂に通り、スクリーンもあってフリーで決まる。いつのまにか能勢のドリブルで、ディフェンス陣が切り崩されていたのだ。
「にやってんだぁ竜次!」
 卓巳が怒鳴りつけた。
 大和台が反撃し、一臣が切り込むと見せかけて半歩引き、鮮やかにスリーポイント。
 が、それも単発でまた海堂に決められ、焦りから大和台自慢のスリーポイントもミスを連発する。
 反撃しようとしても、巧みに能勢がファウルをもらって得意の速攻を分断。
 竜次のスピードがほとんど活きず、自分のリズムを作れない。
 大和台は自分のバスケができず、フリースローも決まらないほど追い込まれた。

 前半10分、竜次のファウル三つ目を機に、北野監督が竜次と哲太の交代を決める。
「ちょい、やつのプレイ見とけ。ポイントガードには冷静さも必要や」
 竜次は無言で、能瀬の動きを見つめた。
「哲太、頼むぞ!」
「任せて」
 言うと、素早く自分から斬りこむ。スピードの乗った速攻も、哲太は並みのプレイヤーではない。
 が、それさえ能勢が抑え込んだ。
「しまった」
 何とか、少しでも大和台に有利に、と布石を打つ哲太だが、まるで十手も二十手も先を読む棋士のように、能勢は更にその先を行く。
(なんてクレバーなやつだ)
 驚きつつ、止めようとしたブロックの裏をかかれ、また海堂にロングパス。チームメイトのスクリーンもあり、そのままボールがリングをくぐる。
「落ち着いて!まだ前半だ、流れを意識しよう」
 哲太はあくまで冷静さを失わず、能勢との読み合いに没頭した。
「竜也!中!」
 哲太の指示で、素早く竜也がドリブル。
「こんなやつ敵じゃない!」
 傲慢に声を上げ、ディフェンスにかかろうとする海堂の裏をかき、七緒にパス。
 七尾が小さく弧を描いてドリブル、一臣のスクリーンを借りてディフェンスを抜き去り、
「リバウンド頼む!」
 と叫び様のスリーポイント、リングに弾けたボールを海堂を押し出した一臣がキャッチ!そのまま、小さなフェイクを入れてダンクシュートを決めた。
「おれたちの敵はあんたじゃない、能勢さん一人ですよ」
 一臣が表情を消して。
「きゃーっ、一臣くん!」
「すごいスゴイスゴイ!」
 嬌声の中、全く動じずに能勢がボールを回す。一旦中に入れ、その間に哲太を抜いてパスを受け、また海堂に。
 どうしても関北ペースを崩しきれない。
 だが、前半終了五秒前、関北44対大和台35で関北ボール、十点差になるぎりぎりのところで哲太が海堂からスティール。ロングパスを受けた竜也の、スリーポイントラインからも3m以上離れた超長距離から、無造作に放ったスリーポイントがブザーと同時にゴールを貫いた。

 それがきっかけになり、大和台が一気に流れを引き戻した。
 北野監督の一言もあり後半、自分達のバスケを取り戻す。得意の速攻から、七緒と一臣がゴール下を固めて怒涛のスリーポイントラッシュで点差を広げる。

 冷静なプレイで押してくる能勢も、思い切って竜次と卓巳のダブルチームで封じ、それで海堂の得点が止まって勝負あり。最終的には大差で勝利した。

「一臣、こっちこっち」
「りんごとデートするのも久しぶりだな」
 りんごがすっかり舞い上がった。
「あ、竜也」
「おう!昨日はお疲れ。デートか。」
 竜也がバッグをかつぎ、駅前に来ていた。
「どうだった、今日の数学」
「壊滅!玲に合わせる顔がねえ」
 しばらく立ち話をして、りんごの携帯が鳴ると間もなく、三千代が現れた。
「久しぶり。」
「ああ。どう?」
「うん。」
 と、久しぶりに顔を会わせた三千代と一臣が微笑みあう。
「おい、誰だよこの美人。お前、野々原がいるのに、それに花森にもおっかけられてんのにまだ不足なのか?」
 と、竜也がやっかみ半分でからかった。
「松岡、今日は一人なのか?」
「ううん、バスケ部のメンバーもいっしょ。それにすごい人もいるわ、」
 と、信号の向こうを指し示すと、花道、赤木兄妹、桜木軍団らが信号を待っている。
「ま、まさか・・・赤木剛憲!ほんものかよ・・・」
「・・・サイン下さい!山王戦見ていました!」
 晴子と談笑していて上の空だった花道が、ふと一臣達に気付き、
「よう!やられ役クンたち」
「おう」
 と、竜也と花道は何の屈託も礼儀もない。一臣がむしろ、それに呆れている。
「そうだ、また勝負しないか?ついでにと言っちゃなんだが、スリーポイントシュートってのを教えて欲しいんだが。この天才には簡単だが、ルカワやトムに聞くことでもないし、オヤジ(安西監督)やリョーちんはまだ早いって言うしな。わっはっはっはっ」
 花道が恥かしさを押し隠し、豪放に笑ったが、誰も彼を笑わなかった。
「バカタレが、まだお前には早い!」
 と赤木が叱り付けたが、フォーム練習としても悪くない、と晴子が説得してやっと練習許可。
「ええ、僕でよければ喜んで。代りにリバウンドの特訓、お願いします!もしよろしければ赤木さんにも、お願いできるでしょうか?」
「ああ、この前、湘北バスケ部を助けてもらったお礼だ。思いきりしごいてやる」
 と、談笑しながら某ファーストフードで食糧を山ほど買いこみ、バスケットのゴールがある運動公園に向かった。

 すさまじい練習が済んだ後、ベンチで食事。皆は花道と赤木の、あまりの食欲に呆れていた。フライドチキン21ピースバレルを一人で食べて、まだ大きなハンバーガーをほおばる余裕があるのだ。
「よくそんなに入りますね。」
「これでも腹八分目だ。天才だからな!」
 あまり関係ない気がするが。
 またしばらく練習して赤木が帰り、三千代とりんご、晴子が飲み物を買いに出かけた、その隙に一臣が
「そういえば、晴子さんとの仲は、少しは進展しました?」
 花道の背中が凍り付く。
 これがRsの里緒が花道のために考えた秘策である。晴子と同じように、鈍感で石坂真人の事しか見ていなかったりんごを想い続け、ついに思いを遂げた一臣だから、それだけ花道の気持ちが分るだろう、と。
 だから仕掛人の竜也も、さっと席を外して個人練習を始めた。
「ぶしつけだとはわかっています。」
「シェフ、三千代さんに聞いたんだが、あの彼女とうまくいくまで、ずっとひたすらつくして、耐えてきたんだって?」
「はい。」
 軽い一言、だがその深さは花道にはわかった。
「それで・・・どうなったんだ?」
「松岡との約束で、告白しようとしたその時に、あいつがずっと憧れていたアイドルがりんごに告白して・・・」
「つきあい・・・始めたのか?」
「はい。」
 口調ほど軽い言葉ではない。その時の自分の全てが崩れるような絶望感、街をさまよったときのバッグの、肩に食い込む重み、雨の冷たさ・・・全て体に深く刻みこまれている。
 一臣の体が芯から震え、唇を噛み締めている事に気付いた花道に、その感覚が伝わった。
「ずっと、物心つく前から好きだった。だから、その時には情けなくって悔しくって、全てを投げ出そうとした。バスケも、番組も、何もかも。」
 無言の花道を無視するように、
「でも、ずっとおれは、りんごの事が好きだった。たとえ思いが通じなくても、おれにできる事が何かあるなら、してやりたかった。あいつの笑顔を、あいつの夢を守りたかった。あいつに振り向いてもらえるくらい、強い男になりたかった。」
 無言。
「で、できる事をとりあえず、バスケの練習とか、番組とか、テレビドラマとか・・・精一杯取り組んだんです。そしたら、いつのまにか、自然に告白できてた。そして、思いが通じて」
「おれだって、っ!そうなってくれたら、ハルコさんといっしょに登下校したくて、でもハルコさんはルカワが好きで、でもおれは天才だったからバスケを始めて、ルカワに勝てば、」
 言おうとしたが、花道には自分の感情を、上手く言葉で表現する力がない。
 もどかしく綴ろうとする意味不明の言葉、一臣は忍耐強く聞いていた。
 言葉にならない言葉が、切々と思いを語っている。いや、もう言葉など、心を隠す事にしかならない。その、もどかしく綴る声が、必死の目が、どんな言葉より雄弁であった。
 しばらく沈黙。そして、一臣が、
「松岡に聞きましたよ。晴子さんの親友に告白されてるそうですね。」
「ああ。でも、言えないんだ!何度も何度もふられてきて、それがわかってるから!あんないい娘にそんな思いをさせられん」
「わかります、おれにとっても松岡は大切な親友でしたし、とてもいい娘でした。おれなんかにはもったいないほど。でも、」
 また少し口をつぐみ、
「どんなに考えても結論は一つ、おれが好きなのはりんごだけ。そして松岡もそれを知っていた。だから、ためらいはかえって残酷。それに、松岡もそう、切り出しやすいよう言ってくれたから。ふられてきた、なら・・・はっきり言ってもらうほうが、変に引き伸ばされるよりもよかったのでは」
 一臣はあらためて、感謝に胸がつぶれる思い。
「強いな、おまえ、それに三千代さんも」
 花道が巨体を小さくして、うつむいた。
「桜木さんの優しさは、松岡も僕も知っています。でも、だからこそ」
 それ以上は無言だった。ただ、静かに花道の肩をなでてやる。
「さ、もう一本お願いします。もっとリバウンドの練習をしないと、これからの予選で、いや全国で通用しない!」
 一臣も、涙を振り払って立ち上がった。
 晴子とりんごが帰ってくる。
「大丈夫、時期が来れば・・・今はまず、とりあえずすべきことを。全国での勝負のために!」
「何の事?」
「何を話してたの?」
 鈍感娘二人組に、一臣と花道は顔を見合わせて苦笑した。
 三千代がそれを見つめ、優しく微笑んでいる。
 梅雨の気配を含んだ風が、色づき始めた葉桜を揺らしていた。

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