Dunk Like Lightning2


第三章  梅雨の晴れ間に


 勢いに乗る湘北は、武里との決勝リーグ進出をかけた試合にも快勝した。
 序盤こそ武里のパスワークと戻りの速さに苦戦したが、元木を入れた湘北が高さで圧倒、リバウンドを支配してロングシュートを封じ、そのまま桜木、流川、トム、中田が得点を重ねた。
 その試合が終わる直前、ちょっとした事故が起きた。
 ルーズボールを追った花道が自陣に飛び込み、スコアブックをつけていたマネージャーの晴子を押し倒したのだ。
 花道は、ボールを弾き飛ばした直後、危険に気付いてとっさに、晴子を抱きかかえてかばったため、二人とも怪我はなかった。
 だが、花道は大事を見るために一旦ベンチに。古傷の不安もあるが、見るからに試合どころではない、と察してであった。
 晴子も怪我はなかったが、念の為に医務室へ。そこで晴子は、不思議な胸の高鳴りにじっと耐えていた。
(びっくりした・・・大丈夫かな、桜木くん)
 そして、今まで花道と自然に話していた事が思い浮かぶ。一つ一つに体が熱くなる。
『大好きです。今度は嘘じゃない』
 山王戦で、負傷した花道の言葉を思い出す。
『大好きです。大好きです。大好きです』
 その言葉で言った、大好きなのはバスケ、分っていても、その一言だけが激しくリフレインする。
 万力のような力で自分を抱きすくめた、鋼のような肉体の感触が、全身を濡らした汗の匂いが、熱い体温が強くよみがえってくる。
(何て力だったんだろう、もう!)
 真っ赤になって顔を伏せ、汗が吹き出る。
(頭、打ったのかな?)
 と、タオルを頭に乗せたまま、混乱をまとめようとしていた。
 そこへ、ドアがノックされた。
「晴子?入っていい?」
 松井の声。
「うん、」
 藤井もいっしょ、わけもなく胸が痛む。
「大丈夫?」
「うん、平気平気。桜木くんがかばってくれたし」
 言ってしまって、藤井の事に気付いて背筋が凍る。
 藤井はそれを認めたが、晴子の紅潮した表情を見、微笑して
「試合はもう50点差、決まったも同じよ。安心して休んでて。」
「ありがと。大丈夫なのに」
「ベンチの仕事は彩子さんと三千代ちゃん、元木君がやっててくれてる。心配ないわ。」
 元木は武里の厳しいオフェンスで無理を重ね、前半に退場している。
 晴子が苦笑、
「あの子、マネージャーとしても優秀だもんね。心配ない、か。」
「桜木くんも、別にどこか痛い、とかはないみたい。よかった」
 言いかけた藤井に返事をしよう、として笑顔が凍った。
 無言。あまりにも長く。
 藤井が何かを切り出そうとしたとき、ドアが開いて花道と桜木軍団が飛び込んできた。
「本当に申し訳ないっす!」
 土下座してどこから取り出したものか白装束に着替え、短刀に懐紙を巻いて作法通り三方を後ろに回し、切腹しようとする花道を止め、
「大丈夫、ホントに何でもないんだから!で、試合はどうだった?」
「もちろん大ショーリ!」
 野間が、得意げに点差を説明する。
「よかった・・・ホントによかった。勝てて、それに桜木くんも無事で。大丈夫だった?古傷は痛まなかった?」
「大丈夫ですよハルコさん、このアイアンボディ桜木、あの程度の事でどうかなるほどやわじゃないですって!」
「ならいいんだけど・・・無理はしないでね。」
(ハルコさんがこんなに心配してくれてる・・・)
 すっかり舞い上がってる花道をよそに、試合報告は続いていた。
 その空気が今までのようで、微妙に異なる事を、藤井は察していた。

 決勝リーグを控えた湘北で、厳しい練習が続いている。部員は更に減り、残った皆、毎日の厳しい走り込みと基礎練習に耐えている。
 減ったとは言え決して少ない数ではない、いくらインターハイ出場の実績があるとは言え、体育館を独占はできない。二つか三つに分かれ、走り込みと基礎練習、そして普通の練習とローテーションを組んでいる。
 全員(月曜を除いて)毎日最低でも10kmは走っている、ということで練習の激しさは察せられるであろう。
 特に大変なのが雨の日。走り込みができないので、その分ドリブルでの階段昇降を、彩子が強引に認めさせたものだ。効果はあるが、非常にうるさい。
 チーム練習では、やはり桜木、流川、トムの息が合わないのが悩みのたね。トムはあれ以来おとなしくはなったが、やはりチームメイトを信頼していないのがわかる。
 また、やはりトムとの差を意識している流川は、今まで以上に練習に気合いが入っている。それを追う桜木も。それで、個人の伸びは非常に大きい。
「よし、集合!外の連中も呼んでこい」
「ついに決勝リーグね。」
「おう!」
「今年こそは優勝するぞ!」
「おう、海南を倒す!」
「で、他のブロックは?」
「Aブロックの海南は200点ゲームで圧勝、Cブロックの陵南も危なげなく勝ってる。Dブロックの翔陽は津久武に追い縋られたけど、危なく逃げ切ったわ。」
「面白くなってきたな。松岡、緒戦はどこだ?」
「陵南です。」
「よし!センドーとフク助はオレが倒してやる!」
 花道がうそぶくのを横目に、流川が拳を握り締めた。県No.1プレイヤーの決着の予感に、触れると火傷しかねないほどの闘志が充満している。
 ふと、三千代と晴子が、まぶしげにその横顔を見詰めた。
 その日の練習が終わり、初心者と花道が基礎練習を始めた。
「どうですか?」
 安西監督が、彩子と晴子に問い掛けた。
「ええ、とてもいいです。元木は以前に、かなり経験があるんじゃないですか?」
「二人とも、熱心に練習してますよ。他の初心者も期待以上に上達しています。」
「少なくとも、基本の大切さはいわれなくても分っているようです。欲を言えば、もう少し桜木くんみたいな」
「才能が必要?」
 と首を突っ込んだのは、もちろん花道。
「まあ、それも才能のうちですが・・・めちゃくちゃさがあれば。」
 安西監督が帰り、風馬、元木、花道の三人が残った。
「おい、元木、お前ダンクはできないのか?」
「よし、この桜木大先輩が手本を見せてやろう」
 と、花道がボールを片手で持って疾走、フリースローラインから豪快なダンクを決める。
「おおーっ!」
「こうやるんだ、やってみたまえ」
「よーし」
 風馬が、素早くドリブルをして両手でダンク、わずかに届かなかった。
 そしてもう一度挑戦、今度はジャンプを高くして、見事にゴールを撃ち抜いた。
「やったあ!」
「すげえ」
「お前だってできるって、やってみろよ」
「でも、今は基礎を固めるほうが」
「いいって、この桜木大先輩が許す」
 しぶしぶ、と言う感じでボールを手にし、そのまま、かなりのスピードのドリブルから、一気にジャンプして片手のボールをゴールに、全体重を乗せて叩き付けた。
「うおっ!」
 言葉がない。元木の手に、リングの感触が伝わって・・・震えが全身を包んでいる。
 その表情が、微妙に変化してきた。
「すげえじゃねえか、お前・・・」

 ついに湘北と陵南の試合が始まる。去年、県予選の決勝リーグでインターハイ出場最後の椅子を賭けた死闘を演じ、ついに湘北が全国への切符をもぎ取った、あの試合は語り種である。
 その雪辱を誓う天才、仙道を擁する陵南と、迎え撃つ湘北・・・折りからの大雨にもかかわらず会場は満員で、沸き立つような熱気にあふれている。

「よし福田、桜木を頼むぞ。去年とは別人だからな?魚住を相手にしているつもりで行けよ。ゴールもだが、リバウンドをさせるな!そしてどんどん点を取れ。」
 その時、修行中の魚住が、くしゃみをして父親に殴られた。福田が無言でうなずく。
「彦一、トムをお前に任せていいか?」
「ああ、外人なんぞに負けへん!」
「仙道、流川は全面的に任せる。スタミナを絞り取ってやれ。彦一のヘルプもできるか?」
「はい」
「越野、多分スタメンは中田だろう。気がつかないうちに得点を重ねているからな、充分気をつけろ。ボールを持っていないときの動きが実にうまい。だから、一見何でもないようにレイアップを決められるんだ。」
「任せてください!」
「植草、湘北はまだパスワークが甘い。今までの試合では、流川、トム、桜木の能力におぼれて、的確なパスワークができていなかった。必要がなかったのもあるが、その分指令塔の宮城を抑えれば、自分勝手が三人、にできるはずだ。とにかく速攻を潰す事だ。」
「はい!」
「今日、この時のために練習してきた。もう、思い出したくもないほどにな」
 仙道が、練習のすさまじさを思い出したのか、吐きそうな表情で言った。
 田岡監督が表情を引き締め、
「去年はやりすぎかな、と思うほどに練習した。だが、あれから今日まで、更に厳しくしてしまった。それを耐え抜き、より上を求めてやり遂げたおまえ達には、賞賛の言葉もない。もしこれで負けたら、全部おれの責任だ。できる練習は全部やった。さあ、この一年間の地獄を、湘北にぶつけてこい!」
 監督が腕を組んだまま、選手を送り出す。
「はいっ!」

「よーし、今年こそセンドーはおれがたおぉす!」
「トム、陵南ってチームには仙道と言う中心がいる。オールラウンドプレイヤーで、ノールックパスを得意とする。ドリブルやシュートの技能も超一流だ。ポイントガードとフォワード両方でNBAでも通用する、と思えよ。お前のポジションじゃないが、くれぐれも目を離すな。」
「ふん、ジャップのプレイヤーか」
「まあ、試合開始から五分もすれば分るだろう。」
「させねえ。」
「何?」
 流川から、すさまじい殺気が吹き出している。
「あいつには今日、なにもさせねえ。おれが倒す」
 全員が言葉を失った。あまりにもすさまじい迫力・・・。

 試合前の練習で、示威としてか花道、流川、トム、そして元木と風馬もダンクを叩き込んだ。
「お前らもできるのか?ま、当然か。実戦ではまだ早い、無理に使うなよ。」
「はい」
 観客が息を呑んでいる。
「あの新入生は・・・」
「なんてでかさだ」
「見たか、あのスピードとジャンプ力」
「湘北には2mが二人もいるのか!」
「高さでは間違いなく県No.1だな」
 対抗して、陵南は仙道のパスから、素早く福田がダンクを決める。早くもゴール下に駆け寄った仙道が、落ちたボールをつかむと後ろ向きダンク。
「仙道がどれくらい成長してるかな」
「実力では今年の陵南、最強って話だ」
 にらみ合って、流川と仙道が火花を散らした。桜木が割り込んでくるのは去年と同じ。違いは赤木の拳骨ではなく、宮城の飛燕斬である事。

 スターティングメンバーの紹介・・・湘北はゴール下の要、センターが桜木、ゴール周辺での攻撃、リバウンド、パスワークの補助をこなすパワーフォワードが中田、万能の得点源、スモールフォワードは流川、パスワークを補助しつつロングレンジを打ち込み、場合によっては自ら斬りこむシューティングガードはトム、キャプテン&チームの指令塔、ポイントガードが宮城。

 陵南はセンターフォワード福田、フォワード仙道、ガードが越野、相田彦一と植草。
 センターの福田と花道がジャンプボールの準備、早くも流川と仙道が火花を散らしている。
「いくぞ、フク助!」
 福田が無言で、バネをためている。
 トムが素早く距離を取り、ボールを待っている。

 ホイッスル、二人がジャンプした。かなり上で花道がタップ、そのまま宮城に、バレーボールのスパイクのように叩き付ける。
「っとよし、」
 速攻、の叫びは出なかった。越野がしっかりと押さえ、その一瞬に布陣されている。
「くそ!」
 宮城が足を止め、深く切り込んでいたトムにパス。
「チビジャップが」
 素早く彦一を抜いたトムが、一瞬コートを見回す。
 流川をマークしている仙道からの、すさまじいプレッシャーを感じる。一目で、その実力は見抜いていた。
 ゴール下で花道が福田と押し合い、抜くと見切ったか。唐突に、下がると見せてその場からパス。
 同時に福田を抜いた花道がジャンプ、空中でボールをつかむと両手でゴールに叩き込んだ。そのまま、リングにぶら下がる。
「うお〜っ!」
「きゃーっ!」
「桜木くん!」
「桜木!」
「向こうの金髪もすげえ」
「ああ、確か某州大会MVPのトム=J=キングだよ!」
 どよめきが会場を埋めている。
「どんまい、今のはしょうがない!一本決めよう!」
 冷静に、越野がボールを運ぶ。
 宮城をかわしたパスが仙道に渡る、それでまたどよめき。
「仙道!」
「いくぞ」
 流川に一言、一気にドリブル。一瞬後ろに回った手が得意のノールックパスか、と反応した、その瞬間にボールは股をくぐって再び仙道の手に。
 そのまま切り込み、ゴール下に待つ花道と!
「センドーはおれが倒す!」
 雄叫びを上げ、しっかりと腰を落して待つ、その花道の前で鋭い回転。去年、ファウルさえできずに抜かれたのと同じ、だがもっと疾い動き。
「させるか!」
 と、花道が素早いステップで追いつめるが、ボールはいつの間にか後ろから走り抜けた福田に。そのまま福田が、中田のヘルプをしのいで空中でボールを減速させ、リングに落とした。
「くそうっ!」
 仙道が複雑な笑みを浮かべる。花道も流川も、去年とは別人だった。特に花道、動きも相手を読む経験も、すでに本物の輝きを身につけ始めている。まだ粗砥だが。
 だが、それは逆に、楽しみが増えた事でもある。去年の春、始めて花道を見たときから見抜いていた素質が、思った以上の形で開花し始めているのだから。
 次いで、トムが強引にドリブルをしたのを仙道と越野が囲み、パスカットから福田に長い縦方向のパス、切り込むボールをつかみ、花道が引きずり倒した・・・もちろんファウル。
「いいぞ、桜木花道!」
「パスを回して!」
「リバウンドしっかり!」
 陵南は外からボールを回し、中から取った仙道がパスフェイクで流川を引かせ、素早くシュートを決めた。
 湘北の速攻、花道のミドルシュートが外れ、リバウンドを奪った仙道がまた鋭いパスを前線に。じっくりとボールを回し、いきなりのノールックパスを受けた彦一がスリーポイント、ゴールネットを微動だにさせずにリングを通った。
 宮城は今度はゆっくりとボールを前線に運び、流川に高目のパス。受けた流川、一瞬パス、左と見せてフェイクで仙道を抜き、鮮やかなジャンプシュートを決めた。
 仙道が、流川、花道、トムの三人の壁に突撃・・・と見せて越野へバックパス。中田が懸命に跳んだが、飛び込んだ植草へ、ミドルシュートが決まる。
 湘北は今度はボールをゆっくり回し、トムと流川がボールを交換。そしてローポストから花道が飛び込み、その隙に越野をトムにこすりつけるようにスクリーンさせ、走りこんだ中田に流川がフックパス。中田がふわりと決める。

 立ち上がりの遅い湘北は、好調の仙道と福田の前に苦戦気味。
 互いにシュートがなかなか入らず、ストレスのたまる厳しいディフェンス争い。
 チームワークの差も大きい。陵南は仙道の下、まるで一つの生き物のように動いているのだ。
 花道のミドルシュート、福田のブロックでリズムが狂い、落ちて仙道のカウンター、点差が湘北10-陵南19と目立ってきたのを機に、安西監督がタイムアウトを取った。
「どうですか、陵南は?」
「強い。」
 中田がつぶやくように、当たり前の事を言った。
「そう、確かに強い。でも、君達も本当は強いチームですよ。」
 この言葉、「本当は」のとき、ほんの一瞬だが目から殺気がほとばしった。髪は逆立っていないが・・・
「もっと丁寧にパスを回していきなさい。お前のためにチームがあるんじゃない、チームのためにお前がいるんだ」
 口調が、一瞬だが白髪鬼といわれた頃に戻った。
 そのまま、穏やかな顔に戻って黙り込んだ。
(何を馬鹿な!この天才桜木がいるのに)
 監督の一瞬の変貌に、目をこすった花道は福田と仙道をにらみつけ、トムが、何かを思い出したように顔をしかめる。

 試合再開、中田が冷静に切り込んでシュート。それが外れたのを花道が取り、そして、一瞬の直感で下にパスした。
 弾んだボールは流川の手の中、
「あ!」
 花道の悲鳴をよそに、仙道がふさいだコースを微かにそれて、流川のフェイダウエイジャンプショットがゴールを貫いた。
 ボールを回そうと、越野が彦一に出したパスをトムがスティール。一気に切り込んで、仙道が立ちふさがるのを見る。
 一瞬殺気を見せ、鋭く切り込むといきなり半歩引き、丁寧なジャンプシュート。それが鮮やかに決まる。
「うおっ!」
「仙道の上から!」
「やるなあ」
「凄い」
 思わず田岡監督が漏らし、
「やらせるな!早めに止めろ!」
 と、仙道を怒鳴りつける。
 その仙道が運ぶボールを、トムが襲いかかって・・・センターライン近くで厳しい攻防、パスしようとしたのを奪った!
「ファウルだ!」
 笛は鳴っていない、
「速攻!中田、花道、パス積極的に出せ!」
 宮城が声を上げる。そして、仙道をよけて大きく弧を描いたトムが、突然スリーポイントを打った。
「リバウンド!」
 花道が素早く移動、リングに弾けたボールを空中でつかむとシュートしようとしたが、福田が跳んでいる・・・着地前に体をねじり、中田にパス。
「中へ!」
 声と同時に外にいる宮城にパス、宮城は矢のように返す。
 花道を警戒した仙道を抜き、流川が後ろ向きに受けると跳んで、強烈なバックダンクを決める。
「ルカワくーん!」
 ファンクラブの歓声が上がる。
 だが、次の攻撃で花道が抜かれ、福田の、ゴールの下を通りすぎてから背中に叩き込むようなダンクが決まって、また勢いが陵南に傾く。
 返そうと、花道が強引にドリブルで越野、福田を突破、大きく伸び上がってフックシュート。
「うおおっ!」
「なんて突破力!」
 ボールはリングの奥、前、と弾み、一瞬迷ったがこぼれて激しいリバウンド争い、花道が仙道を押しのけてボールを取る。
「リバウンド王桜木!」
 間違いなく、花道のリバウンドは県内最強。
 そしてそのまま踏み込んで
「庶民シュート!」
 が、それは仙道がブロックした。
「くそう!」
 仙道は拾うとドリブルで一気に、と見せて福田、越野と波状攻撃。それで中に人が集まった瞬間、待ち構えていた彦一へのロングパス、トムを植草がスクリーンして彦一のスリーポイントがネットを揺らす。
 宮城がボールを運び、突破と見せて、横に飛びながら唐突に流川にパス。そのまま、流川がスリーポイントを決めた。
「よし、お返し!」
 興奮は高まっているが、なぜか不安な感じが強い。
 陵南はきちんとパスを回し、組み立てられたプレイをするようになってきた。彦一はトムがほぼ完全に抑えているが、味方のスクリーンで決めてくるし、スピードと正確さを活かしてパスワークにも参加している。
 仙道を中心にした、陵南自慢の強力なディフェンスもよく湘北を止め、リズムを狂わせている。
 仙道は流川が厳しく抑えているが、それでもペースを崩されてはいない。今度はレイアップと見せて越野にバックパス、中田を福田が牽制した瞬間、ミドルシュートを決めた。湘北19=陵南26!

 そこで、安西監督が、唐突に交代を宣言した。トムと花道を外し、代りに安田と元木。
「一体なぜ、トムと桜木の二人を」
「信じられない」
 ギャラリーが、悲鳴にも似た声を上げる。
 陵南の田岡監督も、その意図を読みかねていた。
(一体、何のつもりだ?安西先生、二人の得点源を外すとは)
 むしろ、交代した元木と安田のほうが意外だったろう。
 安西監督は流川に、ただ一言「チームプレイ」と告げた。
 試合再開、宮城と安田が慎重にボールを回す。速攻はできない。
 安田が、落ち着いた動きで彦一のスピードを空回りさせ、バウンドパスを流川に送り込んだ。
「パス!」
 中田が外から要求、そのままかなり強引なシュート。案の定外れたが、元木が取るとフリーの宮城にパス、受けた宮城はその場でスリーポイント!外れたボールをまた元木が取り、今度はフリーの中田に。そのまま二歩、空中で頭に寄せたボールを越野の上からふわり。ネットを揺らした!
「福田さん、その元木はせぇはでかいが初心者やで!」
「経験の割に冷静なプレイだが、素人には違いない。福田だ!」
 田岡監督の指示で、元木とマッチアップした福田にパスが集まる。
 仙道の、突然のパスと福田の早く複雑な動きに、やはり元木はほとんど反応できない。
 フェイクから素早く抜いてシュートが決まり、
「おれの勝ちだ」
 勝ち誇る福田に、元木は静かに
「そうですね、でもチームが最後に勝てばいいのです」
 言うとハイポストに駆け込み、高さを活かしてパスを中田に回した。ヘルプしようとした仙道を流川が抑え、パスを受ける振りをして元木が福田を牽制、その隙にまたまたレイアップが決まる。
 意外な事が起きた。
 湘北は明らかに大きく得点力は落ちた、はずだが、湘北ボールの時間が長くなってきている。得点差も、むしろ縮まっている。
「中田だ!」
 陵南ベンチから悲鳴が上がった。
「中田がもう8点、いや10点め!」
 田岡監督が愕然とした。
(しまった、流川が仙道に抑えられているから、もう大丈夫だと油断した!皆が流川を意識している間に、他のメンバーでボールを回してリズムを作っている!そして中田と宮城がフィニィッシャーに!)
「ペースとっかえすで!」
 彦一が声を上げ、安田からボールをカットする、が、流川が奪い返してロングシュート。恐ろしくリズムの早い、それも3Pすれすれで決まった。
「福田、元木を抑えろ!リバウンド!」
(今のシュートは元木と中田のリバウンドを信頼してだ、このままじゃまずい!)
 叱られた福田の動きが荒くなり、ミスとファウルが多発する。よく見ると、元木は抜かれるより、わざと抜かせている事が多いのだ。冷静な布石として。
 外を大きく、安田、宮城と回して元木へ、そして高いパスを受けた流川が切り込んでシュート、と見せて中田にパス。レイアップが決まったとき、田岡監督が耐えかねてタイムアウトを取った。前半十五分、湘北30=陵南31。

「すまん、追いつかれたのはおれのミスだ。」
 田岡監督が頭を下げた。
「監督!」
「いや、おれのミスでもあります。あいつががんがん突っ込んでこないから、勝ったと思っていたら・・・流川にもパスを回された上、こっちも抑えられてた」
 抜いてシュート、ではなくパスが多い、それで勝ったと思ってしまったのだ。パスを通させるのは抜かれるのと変わらない。
「よし、認めよう。いいチームを相手にしている、ここから試合開始だ!」
「はいっ!」

 ベンチで、安西監督はぎりぎりまで無言だった。
「少しはわかりましたか?チームの強さが」
 トムは憮然としている。
(何をあたりまえのこと、レベルが違うからパスできないだけだ)
「リョーナンって、あんなに弱かったっけ?」
 花道が首をかしげる。
「ちがうわ、桜木くん、きちんとチームプレイができていたら、リズムとペースをつかんでいたら、あれだけの力があるの。」
「ハルコさん」
「チームプレイも実力のうちよ。がんばって身につけて。」
「はい!」
 花道は、晴子にだけは、素直である。

 試合再開。湘北はスタメンに戻している。
 パスを受けたトムが素早くドリブルし、彦一の前でストップ、加速して抜き去り、ヘルプに出た仙道の前で鋭くレッグスルー、パスと見せて鋭くターン、大きく一歩、二歩、きれいなレイアップを決めた。逆転!
「うおおおおっ!」
 歓声が沸き上がる。
 そして、宮城は反撃をスティールすると、すぐさまゴール近くの花道にパス。ドリブル、と全員が読んでいたのか、花道が一瞬フリーだった。
 花道はすぐさま福田を抜き、シュート。
「リバン!」
「自らとーる!」
「どあほう!」
 リングに当たって弾けたのを流川がキャッチ、そして仙道をかわし、柔らかで打点の高いジャンプシュートが決まった。
「くそうルカワ!」
「おおっ!」
 だが、ボールがゴールをくぐったのを確認し、次の瞬間全員の目が凍った。スコアボードを無視して。
 着地した流川がうずくまるように倒れこんでいる。
「きゃあああっ!」
 女の悲鳴が会場を包んだ。
「流川先輩!」
 ベンチから元木と三千代が飛び出し、駆け寄る。
 悲鳴がざわめきに変わる。
 衝撃に硬直していた晴子が、半歩遅れて駆け寄った。
「大丈夫ですか!」
「ねんざのようです。念のため医務室に」
「大丈夫、まだ」
 言って立とうとするが、そのままよろめいて三千代にすがった。
「大丈夫だ、心配するな」
 と、三千代が流川を離した。流川はそのまま苦痛に顔を歪め、倒れこむ。
「どこが大丈夫ですか、立てもしないのに!」
 三千代が厳しく告げた。
「何するのよ、三千代ちゃん!」
「もっとチームメイトを信じて下さい、みんなも!」
 三千代の、悲鳴に近い声。
 花道が、トムが顔を伏せる。
「さあ、早く」
「うん、医務室はこっちだから」
「僕も行きます」
「元木くん、あなたはチームを勝たせて。」
 三千代の言葉と晴子の目を受け、
「あ、はい!」
 言うと、救急箱を晴子に渡し、タオルをベンチに放った。
「流川が怪我、なんて・・・」
「どうするんだよ」
 正直、湘北ベンチに絶望感が広がった。色々な意味で、去年の赤木同様に精神的な支柱なのだ。
「心配するな、絶対勝つ!まだこの天才、桜木花道がいるんだ!」
 花道が怒鳴った。
「ああ、勝ツ」
 トムが合わせ、陵南ゴールをにらみつけた。
 安西監督が
「元木君、ゴール下でパスとリバウンド。中田君、三番(スモールフォワード)を頼みます。」
 と指示、試合が再開される。
「流川先輩の・・・」
 つぶやいた中田が、
「よおおし、やあってやるぜ!」
 と、吠えた。

 陵南側は、あまりの幸運に信じられない思いをしている。
「言うまでもないが、チャンスだ。手加減などという事は一切考えるな。仙道にボールを集めろ。センターを仙道にシフトする!」
「はいっ!」
「よし、いよいよ桜木との勝負か。」
「初心者だと思うな、だがおまえのほうが上だ!蹴散らしてやれ」
「おうよ」
 と、闘志に満ちた表情で仙道が飛び出した。

 湘北ベンチに、強烈な悲壮感が漂う中試合再開。湘北34=陵南31の湘北リードだが。

「センドー!やっと勝負できるな」
「ふっ、来い」
 仙道と花道が厳しくにらみ合い、火花を散らす。
「仙道さんと桜木さん、そう言えば1on1は始めてや」
 彦一が興味津々つぶやいた。彦一の姉で雑誌記者、弥生もカメラを構え、世紀の対決に夢中になっている。

 医務室、流川の応急処置をしている三千代と晴子だが、胸がつぶれるような不安を感じている。 
「出る。テーピング頼む」
 流川が立とうとした。
「無茶よ、そんなの!こんなに腫れてるのに」
 晴子が悲鳴を上げる。
「出る。仙道が待ってる」
 流川は体を固くし、痛みに耐えている。やっと廻ってきた仙道との勝負を、今逃したくなかった。悔しさに体が震える。
「出る」
 と立とうとし、三千代に押さえられる。
「放せ。出る。負けたくない」
「流川くん・・・」
「流川先輩」
「ゴリも、あのどあほうも、怪我してても出た。痛くても出た。負けたくない。あいつらにも、仙道にも負けたくない」
「流川先輩」
 三千代の目に涙が浮かんでいる。
「流川先輩は、仙道さんに負けたくないから出たいのですか?」
 無言でうなずく流川に、三千代の平手が飛んだ。
 軽い音。
 晴子が呆然と見ている。
「湘北が勝つ、負けるはどうでもいいの?」
 流川はその言葉にショックを受け、黙り込んだ。

 ボールを持った花道が、激しくゴール下で仙道を揺さぶる。
 仙道は厳しくプレッシャーをかけ、追いつめる。
 花道の総身に冷汗がにじむ。始めて、仙道の本当の恐ろしさが分る。初心者の頃はよく見えていなかった、ビデオには映っていなかった・・・じわりと押しつぶされるような気迫と技術が見える。
 自分より小さい仙道が、山のように巨大に感じる。
「いくぞ!」
「来い」
 花道がジャンプ、シュートしようとしたが、体勢が崩されている。
「リバウンド!」
 一瞬早くポジションを取った仙道が、ボールを吸いつけるように取るとすぐ、彦一にパス。
 彦一から越野へボールが回ったとき、もう仙道と花道は楽しそうに鬼ごっこをしていた。
「速い、二人とも!」
 風馬が目をみはる。
 そして仙道は、ゴールとの線を守ろうとした花道を肩で押しこみ、素早くVカットしてパスを受け、その場でターン、鋭いシュートが決まる。
「うおおおおっ!」
「めちゃくちゃ早いで、仙道さん!」
「なんて奴だ・・・」
「くそうっ!」
 花道が歯ぎしりをして、陵南ゴールに駆け込む。
 だが、仙道にまるで隙が無い。
 無意識のうちに、昔山王戦で見た、河田のステップを真似てパスを取ろうとするが、その間にトムが切りこんでシュートを決める。
「くそう!」
「いいわよ、トム!桜木花道もナイス、仙道を抑えたから今のプレイができたの!」
 彩子の歓声に少し救われる。
「勝つってのは、抜くだけじゃないのか?」
 花道は、向かい合っている仙道に問いかけたものだ。
「抜くのもあるし、チームメイトに得点させるのもある。どっちも勝ちだ」
「そ、か・・・」
 試合中に考え込んでしまった花道から、仙道が鋭く反撃する。が、花道が大きく跳んだ。
 高い手の壁・・・が、仙道は冷静に、見もせずにバックパス。
 福田が取った瞬間、そのボールを元木が奪った!
「ボールが来るのはここしかないですから」
 言うや、一回小さくドリブルして距離を置き、宮城にロングパス。
 駆け込んだ花道が左にフェイク、仙道をかわしてボールを取り、パスと見せかけて仙道の上から必殺のフックシュート!リングの上で回り、落っこちる、花道はジャンプして仙道の腕を押しのけ、力ずくでゴールに叩き込んだ。
 ホイッスルが鳴り、オフェンスファウルでノーゴールだったが。
「うおおお!」
「負けてねえよ!」
「桜木!」
「ナイスディフェンス、元木!」
 今度は仙道が自ら斬り込む。
「止めてやる!」
 花道の、赤木直伝ハエタタキをすり抜け、空中で一泊おいた仙道のジャンプシュートが決まった。
「くそうっ!」
 悔しがる花道が、今度は元木からのパスを受け、一気にゴールに、と見せて弧を描いて走り抜ける。仙道は元木がスクリーンとなって足を止められ、次の瞬間花道のジャンプシュートが決まった。
「うおおおおっ!」
 仙道がかわされた、これは陵南にとっては大きなダメージになる。
「簡単に負けるかよ!」
 仙道が一気に飛び出し、越野、福田と回して自ら3Pを決める。

 トムのスリーポイントもあって一進一退のハイスコアゲームが続き、双方とも42点の同点で前半終了。「いい試合になってきたな」
「流川の負傷は意外だったが、桜木が頑張ってる」
「でも仙道ってすごい、あの三人でもチームを動かしてる」
「足し算じゃないから、スーパープレイヤーが三人いても、バラバラじゃ駄目だ。一人の仙道がチームを手足のように使う、ある意味理想だな」
「どうなるかな」
「ああ、すごい試合だよ」
 客席のざわめきが強くなっている。

 湘北控え室、三千代と晴子に左右から支えられ、
「流川!」
「出られるか?」
「出」
 言おうとする流川の足を、三千代が踏んだ。
「ぐあっ!」
「というわけで出られないです」
「三千代ちゃん!」
 晴子の非難の声にも、流川の殺気さえこもった視線にも、三千代は動じなかった。
「そのようですね。大事を取ってしばらく休んでもらいましょう。でも、もうしばらく休んだら出てもらいます。」
 安西の穏やかな声。流川の、絶望に沈みかけた顔に生気が戻った。
「でも、同点とは思わなかった。スゴイじゃない、桜木くん」
「はっはっはっ、この天才桜木の前にセンドーも手も足もでない」
「バカヤロウ、抜かれてんじゃねえか」
「いや、実際よく押さえてるよ。去年からは想像もできない、仙道にここまで通用するなんて」
 宮城と安田が、去年の赤木と小暮のようなアメとムチになっている。
「すごいじゃない、桜木くん!」
「でも、流れを分断されています。速攻のリズムを作らないと」
 中田は冷静に流れを読んでいた。
「そうですね、後半は速攻から始めます。風馬くん、出られますか?」
「ッス!」
「トム君、フォワードに入って下さい。トム君、中田君、桜木君でインサイドの速攻。風馬くんと宮城くんが外で走り回り、ボールを入れて下さい。」
「はい!」

「流川は出てこないようだが、油断は禁物だ。現に同点だぞ。」
「特にリバウンドに気をつけよう。それでやられてる。」
「桜木と元木がいるから、高さでは不利だ。ポジション取りを意識しろ。全てのシュートが落ちると考え、必ず取れ!」
「そしてちゃんとペースを守らないと。」
「仙道、流川は出ないようだ。桜木を引き続き抑えてくれ。攻撃時のポイントガードも頼む。そしてトムは、越野と彦一がダブルチームで。」
「しゃーない、なんとかせんと」
「はいっ!頼むぞ、彦一」
「頼りにしてまっせ!」
「植草、ダブルチームの分おまえに負担をかける。」
「はい。」
「そして得点は福田。頼むぞ。」
 無言で闘志を燃やした。前半、花道にブロックされていらいらしている。

 試合再開、仙道と花道のジャンプボール。最大到達地点が違うから、仙道はボールを奪う事はできなかったが、花道の姿勢を崩して一瞬の間を置いた。
「しまった!」
 宮城のタイミングが一瞬ずれ、速攻の出鼻を潰される。
「風馬!」
 一気にダッシュ、パスをもらってシュート、しようとしたが植草が潰す。
「回せ!」
 花道にパスするが、仙道がスティール。
「くそうっ!」
 仙道に追いすがるが、素早いパス&ゴーで切り込み、そのまま花道のブロックを空中でかわし、ダブルクラッチで下からボールを放りこむ。
 花道が屈辱で震えた。
 湘北の速攻、高速チームの利点を活かし、一気に切りこむ。彦一がトムに追いついたが、鮮やかなターンできれいに抜き去り、パスを受けるとダンク!
 後半はしばらく、陵南の厳しいプレッシャーの中、仙道と花道の1on1を中心に進んだ。その中でトムと福田が得点を挙げている。

 ふと、仙道を激しくマークしている花道が、仙道の目を見た。
 その目には全員の動きが細かく映っている。
(センドー、って何を見てんだ?)
 次の瞬間、鮮やかな見ていない方向への(ノールック)パスが福田に決まり、そのまま福田が決めた。
「ナイスパス!」
「いいぞ、福田!」
「福田!」
「絶妙や!」
(こいつ、どうやってこんなことしてんだ?)
 花道がじっと考え、考えながら走り出した。
 なぜか、その目にコートが大きく映る。
(なにやってんだ、金毛ザル)
 トムが彦一を抜き、宮城とパスを交換する。
「いくぞ、センドー!」
 花道は仙道と押し合い、何とかパスを受ける。
 その時、また何かが見えそうになった。
(センドー・・・何を見てんだ?)
 次の瞬間、自分の肩から仙道の体重が消える。
「あ!」
 そして、リターンパスを受けて切り込んだトムを抑えていた。
「Damm」
 舌打ちしたトムが左右に鋭く揺さぶり、
「よこせ!」
 叫んだ花道と仙道を二人抜きするような感覚でジャンプ、きれいなシュートが決まった。
「くそ」
 何かが、花道の頭に引っかかっていた。
「どうした桜木、試合の最中に考え事か?流川が気になるのか?」
「冗談言うな!センドー、勝負だ!」
 仙道が一歩引き、中田をスクリーン。その瞬間に福田が飛び込み、それに目を奪われた花道を抜き去って、仙道がボールを受けると福田にリターン。そのまま福田が決めた。
「??????」
 何が起きたのか、花道にはよく分らない。
「センドー、何で今引いたんだ?」
「企業秘密」
 ふと、また今度は、速攻を止めようとする植草と、それを抜いてトムとパスを交換した宮城が・・・速攻のために陵南ゴールに向かっている花道にとって、背中なのに見えた。
 なぜか、身構えた花道の脳裏に、一瞬でその後も浮かんだ。越野を抜いたトムが彦一に一瞬てこずる。そこを抜いた、次の瞬間仙道がトムからボールを奪い、そしてフリーの福田にパス。
「ヘタクソ!」
 花道の唐突な叫びに、全員がびくっとする。
 半ばとっさに花道は、トムからスティールしようとした仙道を押していた。
 もちろんファウル。だが、安西監督がベンチから激しく立ち上がった。
「それだ!」
 素晴らしい大声、花道がびっくりする。
 仙道も驚いていた。
「それですよ、桜木君!」
 呆気にとられるベンチ。流川が半ば立ち上がっている。
「先生、どうしたんですか?」
「彩子君、今桜木君はゲームを読んでいました。桜木君、やってみなさい!見えるのなら、そこで自分が何をしたら、チームが勝てるか!」
 珍しく、否希有、興奮気味に安西が叫ぶ。
「花道にそんなこと、できるわけねーだ」
 宮城が笑いかけ、その笑いが凍り付いた。
「チームが?おれが、じゃねーのか?」
「湘北が勝てば、君の勝ちです!シュートしたのが中田君でもトム君でも、君でも誰でも、チームが勝てば勝ちです!」
「おれが、おれがセンドーに勝てる・・・」
「おもしれえ・・・」
 仙道が笑うと、素早くパスを交わす。
「やれるもんならやってみろ!」
 花道に、鋭いドライブで迫る。
「よおおぉし、いくぞ、センドー!」
 花道の脳裏に、壊れたテレビのように、断続的に映像が浮かぶ。
 目が、全員の動きを少しずつ見ている。
「こっちがお留守だぜ」
 仙道が花道を抜き、自分で決めた。
 が、その中花道は、木偶の坊のように立っていながら、全員の動きを頭の映像と照らし合わせていた。
「ほー、みんなそこまで考えてたのか」
「考えてねーのはおめーだけだ」
 宮城が花道を蹴飛ばした。
「ま、それが分かっただけでも上等だがな」
 湘北の反撃、先頭に立って走ると、変な風を感じた。同時に、なぜか自分がスティールされているのが見える。
「ここじゃだめだな」
 言うと、半歩方向をずらしたところに仙道がいた。
「なんでこんなとこに、邪魔だ!」
「おい、ほんとかよ!読めるのか」
 驚く仙道。
 同時に、花道の脳裏に飛び交うボールが、トムの切り込むラインに福田が走り込むのが、一瞬見えた。
「??」
 目をこすると、福田は中田とにらみあっている。
(金毛ザルがシュートするには、フク助が邪魔だ。それを止めてやれば、こっちの得点にはなる。奴がシュートしても、おれの勝ちなんだったな)
 こう、考えたというと正確ではない。
 人は、考えというと言葉での考えを思い浮かべるが、そうではない。
 動物が脳というものを持ってから何億年の歴史のなかで、言葉で考えることを始めたのはせいぜい二百万年かそこらなのだ。つい昨日といっていい。
 言葉で考えるのではなく、もっと深い部分で判断し、それがごく自然に、花道の体を動かしたのであろう。
 花道が、仙道をかわして無関係のところに飛び出した、その瞬間福田の足が止まった。そして、そのスペースを突いたトムの、鮮やかなシュートが決まる。
「うおおおお!」
「ヨシ」
 と、トムが威張ったが、明らかにそれは花道のプレイからである。そこまで判るものは、満員の観衆にも少ないが。
「金毛サルの奴がシュートしただけじゃねーか、これでおれの勝ちなのか?」
「それでいいです、よく見て、自分もチームメイトも活かしてください!」
 安西の声に少し納得するが、まだ頭と感情は腑に落ちていない。
 花道の戸惑いをよそに、試合は続いていた。

 トムのスーパープレイと、仙道の巧妙なパスによる、福田の強引な得点が競り合い、微妙な均衡ができている。
 その中、試合も残り時間10分を切り、湘北63=陵南57で、皮肉にも花道が仙道をかわしてダンクを決めた、そのことから均衡が大きく破れた。
 沸き返る大観衆の中、仙道の表情を見て、田岡監督がポイントガードを仙道から植草にシフト。
「仙道、点をとってくれ!」
 田岡の声に答え、仙道の気迫が花道を圧倒した。
 パスを受けると同時に、一気にドライブ。花道が反応する余裕もなく、電光石火のシュートが決まる。
「しまった!」
「行かせてくれ、オレじゃなきゃだめだ」
 流川が立ち上がる。
「痛みはないですか?」
「ああ」
 メンバーチェンジ、風馬に代わって流川。スタメンに戻った。
 仙道が笑みを浮かべた。
「そうこなくっちゃ面白くない、三人まとめてかかってこい!」
「大丈夫なの、流川くん」
「ザケやがって」
 トムが叫ぶと、そのままドリブルして斬り込んだ。
「彦一!」
 仙道が彦一に指示、素早く彦一がトムの後を追う。
「てめえニ抜けルか」
 嘲笑しつつ抜くが、一瞬時間の余裕ができる。そこを仙道が襲いかかった。
 さすがにトムも油断なく、低いドリブルに切り替える。が、集中した仙道がボールを奪った。
「!」
 そこに立ちふさがったのは流川!
「大丈夫なのかよ」
 仙道が心配したものだが、
「るせ」
 流川は両手を広げ、トムと厳しいダブルチームでプレッシャーをかける。
「なんて集中力、痛くないはずないのに」
「あれが流川だ」 
 湘北ベンチが息をのんだ。
「なんてディフェンスや」
 あきれる彦一に、どこからかボールが飛んできた。そう言う他ないほど、巧みなパスだった。
 驚きながらも素早くドリブル、追いついてきた宮城と競り合う。
「仙道さん!」
 彦一がパスを返し、そのまま仙道が、花道を空中でかわしてダンク!
「うおおおおお!」
 仙道のスーパープレイに、会場がどよめく。
「何てプレイヤーだ、こんな時に」
 翔陽戦に勝利し、観戦しに来た海南の高頭監督が呆れた。
「湘北は強い。だが、まだ不安要素がある。まずファウルトラブル。もう桜木と宮城は3ファウルだ。」
「去年と違い、ベンチも充分使える。特に元木と風馬、あの二人の初心者を使う事で、チームの性質を大きく変えることができる。二人とも、去年の桜木ほどの輝きは見られないが、能力は非常に高い。流川の負傷は大きいが、それも決定的にならなかった。桜木の成長も確かだが、ベンチの強さも評価できる。」
 田岡監督と観客席の高頭監督がつぶやく。
「湘北最大の不安要素は、やはりプレイヤーのあくが強すぎる事だろう。宮城や中田、元木がカバーしているが、チームプレイになっていない。流川、トム、桜木の三人とも、個々の能力こそ高いが自己中心性が強く、プライドが高い。だからまたパスを回さなくなってきている。それに、三人とも仙道を意識し過ぎている。」
「湘北は元木を使う事で桜木204cm、元木207cm、流川192cm、トム190cmとずば抜けた高さになる。そして風馬を入れると、そのスピードで次々に速攻を決めてくるチームに変わる。多彩なチームだ」
 神が清田に話しかけた。
「あんなの、全然怖くない!バスケはでかいやつだけのもんじゃない、昔バスケを教えてくれた人が教えてくれた言葉だ!」
「そうだな。あと、中田の存在も大きい。スコアブックエースの実力健在ってとこか。全く大変な奴が入ったもんだ」
「いや、春の練習試合の頃とも比較にならないほど進歩してますよ。流川とトムにもまれていては、あたり前かもしれませんが」
 中学時代のライバル、中田を観察した、海南のルーキー上原がつぶやいた。
「そして、流川の負傷という大きな不安要素が加わった。」
 と、田岡監督がぶつぶつつぶやいている。調子のいい証拠だ。
 湘北は、点差では勝っているのに追いつめられるような感じになっている。
 仙道のプレイが一つ一つ、強いプレッシャーになっているのだ。
「止めてやる!」
 流川の、傷の痛みも感じないドリブル。小さなフェイクを重ね、鮮やかなロングシュートが決まる。
「流川君!」
 観衆がざわめく。
「痛いはず、なのに。もう、とうに肉体が精神を越えている」
 彩子がつぶやいた。
「外は構わん、慌てるな!」
「リバウンドしっかり!」
「陵南ファイト!」
「流川く〜ん!」
「仙道、仙道、仙道!」
 魅せられた観客と必死で声を出す観客席の部員、そしてベンチの声が交錯する。

 試合終了五分前、湘北71=陵南67で、安西監督がタイムアウトをとった。
「流川君、まだ行けますか?」
「うす」
「無理しないで休んだらどうだね、この天才にまかせて」
 笑い飛ばす花道に、流川が無言で裏拳。もちろん、休むとすさまじい痛みが脈を打ち、体を芯から貫く。だが、もう彼には仙道しか見えない。そして、痛みに耐えて戦い抜いた去年の赤木の姿もはっきり見えている。
「ててて、てめ」

「仙道、どうだ?」
 田岡監督の声に、かなり疲れている仙道が反応した。
「やっぱり、流川との1on1はおもしれー」
 苦しい息。だが、その笑顔はまさしく最高であった。
「彦一、大丈夫か?」
「大丈夫や、わいだってあれから、必死で走ってきたんや。毎日毎日、血のしょんべんでるまで練習してきたんや。もう負けへん!湘北に、そして全国で大和台に勝つんや!」
「そうだ、絶対に負けない!おれはお前らの監督であることを、心から誇りに思っている。ここからは気力だ、この一年吐いてきたものを、全力のプレイでぶつけてこい!そして、バスケを思い切り楽しもう!」 
「はいっ!」

「この状況で四点差か、差はないと思ったほうがいいわね。」
「宮城君、疲れていますか?」
「いえ、まだ行けます」
 言うが、これまでチームを引っ張ってきて、精神的にも疲れている。ポイントガードとしての仙道と、後半の序盤張り合って、肉体的にも限界を超えている。
「二分間だけ休んでください。風馬君、頼みますよ。」
「ウ、ウッス」
 ポイントガードの重圧に、風馬が震えている。
「気楽に行けよ。ボールを素早く運んでパスを回すんだ。」
「ウス」
「よく状況を見ろよ」
「ここからは気力と、チームとしての強さです。さあ、行ってきなさい」
「おう!」
「湘北、ファイオオシ!」

 試合再開、パスを受けた仙道が素早く飛び出した。冷静に試合を見ながら、トムと流川の中間を駆け抜けようとする。
「止める!」
 流川の腰が落ち、じっと構えている。同時に花道は、福田とにらみ合っていた。
「今回はおれの勝ちだ」
「いーやおれだ」
 私語をかわしながら、花道の背中が危険を告げる。
「ふぬーっ!」
 仙道から福田への鋭いパスをカットし、そのまま切り返そうとした、そのボールを仙道がたたき落とし、素早く伸び上がる。
 花道が必死でブロック、が、仙道の手はいったん下に。そのままふわりとシュート、それを流川が弾く。ボールが転がって、拾ったのは彦一。
「スリーポイントだっ!」
 悲鳴、同時にトムが走りより、素早くカット。
「速攻!」
 風馬の号令、素早く中田が前線に走り込む。
「桜木先輩!」
 越野に阻まれた中田が、無理せず花道に返す。そこに福田が立ちふさがる。
 まだ射程が遠い、小さくフェイクをいれた花道が福田を抜いた。
 一気にドリブル、
「おれの勝ちだ!庶民シュート!」
 花道のレイアップが決まって歓声。
「よし、絶対勝つ!」
「勝つのはうちだ!」
 剽げた仮面をかなぐり捨て、叫び返した仙道が彦一にロングパス。
「ヌかすか!」
 トムが立ちふさがり、素早くボールをカットしようとする。
「後ろから来てるぞ!」
 花道の悲鳴、彦一は後ろから走りよった植草に手渡しパス、そのまま植草が切り込んで来る。
(フクちゃんか、センドーか、それともヒコイチか)
 花道が福田を追いつつ、じっとイメージを浮かべる。
 仙道がインサイドから、Jの字を描いて出てきたとき、花道にその次が何となく浮かんだ。
「センドー、と見せてフク!」
 花道がパスをカットしようとしたが、ロブ気味の高いパスは止め切れない。
「福田、行け!」
 福田のシュート、わずかに花道の手が触れる。
「リバウンド!」
 花道が高いジャンプでリバウンドを取り、トムにパスした。
「トム、速攻!」
 中田が叫び、そのままダッシュ。
 トムはそのまま、パスを返さずにシュートしたが、外れたボールを植草が押さえ、そのまま投げ返した。取った彦一のスリーポイント、湘北73=陵南70。
「いいぞ!」
「彦一!」
 姉の弥生がプレス席から叫んだ。
「相田、相田」
「仙道、仙道、仙道」
 逆転を期待し始めた観衆。そして、仙道や福田の、何ともいえず楽しげな表情が湘北にとってプレッシャーになる。
 それをはじき返そうと、ボールを受けた風馬が直接斬り込もうとする。
「おれに追いつけるか!」
 叫びながら前線に長駆、だが残っていた植草に阻まれる。
「ジェット、パス!そこで取られたら、ええと、仙道が追いついて流川が」
 花道がイメージのままわけのわからないことを言い、追いつく。
 そのまま植草が冷静にボールを奪った。
「落ち着いて返そう、時間は充分ある」
 仙道の一声で、陵南がじっくりと腰を据えた動きに変わる。
 必死でトムが弾いたボールを追い、ラインを超えて跳びつき、返した中田が床に転がって起き上がらない。
「スタミナ切れか!」
「よし、中学をでたばかりのルーキーに、この試合は過酷だったようだな」
 田岡監督が笑みをもらす。
 中田はこの試合後半16分までで、23得点6アシスト、7リバウンド2ブロック。目立たないプレイだが、その記録と存在がいかに大きいか、試合後に湘北も、陵南も思い知った。
 試合中から判っていたのは安西、田岡両監督ぐらいかもしれない。相田弥生も気づいていなかった・・・レイアップばかりの、地味なプレイスタイルゆえか。
 だが、レイアップができるように、フリーになってパスを取るのが一番難しく、的確なプレイだ。
 安西監督が素早く交代を指示、中田に代わって元木、風馬に代わって宮城が戻る。
「すまんッス」
 肩を落とす風馬を、塩崎が労った。
「宮城さんのプレイ、よく見てろよ。お前の来年、いやこれからのポジションは、あのポイントガードなんだから。難しさは分かったろう?」
「ようし、一気に湘北を潰せ!」
 流れは完全に陵南に。全開になった仙道が流川と激しく勝負、巧みに得点を重ねる。流川も激しく競り合っているが、勢いには影響しない。個人の得点だからだ。
 技術的には流川と仙道はほぼ互角だが、流川は花道やトムを信じきることができない苦しさがある。怪我の影響はなく、個々のプレイでは並外れた技術と傷に負けない気迫で盛り立てているが。
 トムも持ち前の素晴らしい技術を見せているが、それもチームの流れではない。どうしても、花道も含めて、不協和音が強いのだ。
 その点、チームをしっかりとまとめ、一人一人を活かしつつ自分もプレイする仙道が輝いている。
 花道と福田の勝負も白熱している。
 技術面ではほぼ互角、高さがある分花道のほうがリバウンドではやや有利、得点力では仙道のパスがある福田のほうが有利か。花道もだが、福田の成長も著しい。

 残り二分、湘北80=陵南78。
 花道の脳裏に、流川に突っ込んだ仙道が、福田にパスするシーンが浮かんだ。
「させるか!」
 飛び出した花道が、仙道の見事なノールックパスをカット。
「なにぃ!?」
「速攻!」
 宮城が飛び出したが、明らかにスピードが落ちている。前半に動きすぎ、体力を大きく消耗しているのだ。
 スタミナにも優れたトムが大きく飛び出す、そこに福田のカットをかわした花道のロングパス。そのまま、フリーのダンク。
「うおおおおおっ!」
 リングと共に会場が揺れ、湘北が流れをつかんだかに見えた。
「落ち着いていこう、まだ充分追いつける!」
 仙道の一言で陵南は冷静さを取り戻し、植草がゆっくりとボールを運び始めた。
 安西監督がタイムアウトを指示、トムが仙道を止めようとしてファウル、タイムアウトに。
「全員、手を出して」
 と、ベンチの全員の手を集める。そして強引に重ねさせた。
「ぬおっ、手が、手が!」
 流川と重なってしまった花道が悲鳴を上げ、
「ジャップの男に!」
 と、トムもうめく。
「そのまま、ほらマネージャーも」
 全員がぎゅう詰めの円陣になり、手を重ねる。
「上を見なさい」
 上を向くと、ベンチに入れなかったメンバーが必死の目でみている。
「わかりましたか、湘北は今でている選手も、ベンチも、そしてあの子達もみんな一つです。一つになってください」
「わかりました先生、よし、絶対勝つぞ!湘北、」
「ファイオオシ!」

「1,2,3,打倒湘北!」
 陵南も怒号を上げ、フィールドに飛び出す。

 厳しいマークでトムが彦一を、宮城が植草を抑える。
「パス!」
「させるか」
 宮城が弾くが、そのまま植草がラインを越えて飛びだし、仙道に弾いた。
「よっしゃ!」
 流川が抑えるのを、恐ろしく低いドリブルで抜け、そのまま伸び上がるようなシュートが決まる。
「仙道!」
「よーし!」
 立ち上がった田岡監督が叫ぶ。
 湘北はやはり、得点の面で中田が抜けたのが痛い。元木がその緊張感に耐えきれず、わずかなミスが見られる。

 トムがスリーポイントを決め、点差を5点に広げた。
「よし、差ができた!」
「まだ充分時間がある、冷静に!」
 仙道の声で、また陵南が復活する。
 お返しとばかりに、彦一がスリーポイントと見せ、仙道にパス、仙道が花道と流川のブロックを、お得意のダブルクラッチでよけてねじ込んだ。
 仙道のガッツポーズ。
 会場はもう、緊張感に静まり返っている。
「とどめだ!」
 トムがダンクを狙い、仙道がブロック。
「くそう!」
「無理するな、リズム!」
 宮城が叫び、ふらつく。限界か?
「リョーチン!」
「心配するな、まだやれる!」
「おうよ、根性見せろ!」
 そのまま回すパスを受け、花道が仙道に突っ込もうとする、そして流川に仙道の意表をついたパス。流川がそのままダンク!
「桜木くん、流川くん!」
 晴子が号泣した。
 即座に陵南がボールを回す。
 ボールを受けた彦一がシュート体勢、必死でトムがブロックするが、シュートはフェイクでそのまま、速さを活かしたドリブル。
「落ち着いて、一本決めよう!」
「一本、一本、一本」
「仙道、仙道、仙道、」
「ル・カ・ワ、ル・カ・ワ!」
「桜木くん!流川くん!」
「花道!」
「陵南ファイト!」
「湘北!」
 目が覚めたように応援の声が、雨を吹き飛ばすように会場を包む。
 仙道がパスを受け、強引に入り込んでシュート。流川と元木が高く、高くブロックしたが、シュートと思ったボールは針の穴を通して福田へ、必死でブロックした花道、浮かんだボールがゴールに吸い込まれる!
「ディフェンス、バスケットカウントワンスロー!」
「うおおおお、福田!」
 会場を怒号が包んだ。残り42秒、もう、福田は泣き出している。その背中を仙道が叩き、
「まだ試合はおわっちゃいねえ、フリースロー。ここからだ!」
「おうっ!」

 湘北87=陵南84・・・誰かの唾をのむ音がはっきり聞こえるほどの静寂と緊張感、フリースローが飛ぶ。
 リングの端に当たって、大きく跳ねる。ボードに当って、またリングに。そのまま静かに、ゆっくりとリングの周りを回って、転げ落ちる。
「リバウンド王桜木!」
 花道が取る、観客の叫び、着地の瞬間仙道がはたき落とす!
「しまった!」
 悲鳴とともに、パスが彦一に。中のほうで仙道を見ていたトムが、必死で戻るがボールは高い放物線を描き、ゴールに吸い込まれた。
「相田ぁぁぁぁぁっ!」
「彦一!」
 弥生が思わず、記者の立場を忘れて弟に叫んだ。
 土壇場で、陵南が追いつく。
「仙道!」
「桜木!」
「湘北!」
「陵南!」
「ル・カ・ワ!!」
 絶叫に近い声援の中、残り20秒、花道がゴール下に走りこんだ。
「センドー!」
「無茶するな、いったん戻せ!時間があるんだ、」
 宮城の声を無視、そのまま強引に、一瞬膝をためて、仙道の上からのジャンプシュートを狙って跳んだ。
「うおおおおお!」
 高くジャンプする仙道、が、その瞬間、花道の手は下にボールを。
 ゴール下でリバウンドの準備をしていた元木が、ボールを取った。
「ナイスパス!」
「元木、フリーだっ!」
 そのまま元木は一瞬周囲を見回す。そして、思い切りジャンプすると両手でボールをゴールに叩きつけ、
「ああっ!」
 たと、会場の誰もが一瞬思った瞬間、
「仙道!」
 鋭く走り込んだ仙道が、後ろからボールを弾き飛ばし、元木の手はリングにぶつかった。
「じっくり!」
 ルーズボールを越野が拾い、植草にパス。宮城が気力で追う。
 花道が、トムが、流川が駆ける。
「仙道!」
 流川が仙道の前に立ちふさがり、絶対に通さないという気迫を叩きつける。
 福田は花道が必死で押さえ、ゴールに近づけまいとする。
 彦一をトムが、ゴールから引き離した。
「4・・・3・・・」
 湘北ベンチのカウントダウン、仙道の、最高のパスが福田に通った。
「ほっ!」
 福田のフェイクにひっかかった花道の巨体がむなしく宙を舞い、だが花道はもう一度ジャンプ、シュートされたボールにわずかに触れる。
 瞬間、時が飛ぶ。
 リングに弾けたボールを、仙道がつかむとゴールに叩きこんだ。
 直後、花道の悲鳴と微妙なハーモニーを奏でて試合終了のホイッスル。
 陵南89=湘北87、仙道に彦一が体当たりをするように抱きついた。福田が、その彦一を押しつぶすように体当たりをし、仙道の頭を思い切りはたく。
 植草が、越野が飛び上がった。
 陵南ベンチが爆発する。

 そして、トムと流川は硬直したように凍り付いていた。
 晴子が放心状態で泣いている。
 花道が一度座り込み、立ち上がって元木に、
「これで終わりじゃねえ、決勝リーグはまだ始まったばかりだ」
 懐かしい言葉に、晴子が嗚咽を漏らす。
「泣くな」
 励ます花道にも、涙がこみあげている。
「でも、僕があそこでダンクではなく、確実に流川先輩に回していたら」
「ばかやろう、それで試合に勝っても、あそこでダンクしねえようなやつ、二度とつかわねえよ!あれでいいんだ!」
 宮城が励ましに加わる。
 放心状態から覚めた流川とトムがにらみ合う。そして、激しい音が二発響いた。二人が、一発ずつ思い切り殴り合ったのだ。
「わかってんな」
「You too」
 それを見て、宮城が肩を落とす。
 新生湘北にとって、あまりにも重い初の敗北だった。

 解散後、雨の中・・・たまたま、満員電車の中、藤井と花道がはちあわせした。
 情け容赦ない人の圧力に、藤井が花道の胸に顔を埋める。
「す、すみません!大丈夫ですか」
「ええ。」
 そのまま、静かに時間が過ぎる。
 硬直した花道の鼓動を直接聞きつつ、藤井はこの時が永遠に続けばいいと思っていた。
「今日は負けてしまって、すみませんでした」
「でも、本当に素晴らしかったです。元気を出して下さい!試合のたびに、すごい感動をもらっています」
「そうですか。いやーははは、照れるなあ」
 そんな時の、花道の巨体には妙な可笑しさがある。すぐしゅんとするが。
「桜木さん、」
「え?」
「桜木さんは、どうしてバスケットを始めたんですか?」
 気軽に言おうとして、花道の体が硬直する。
 その事を言うと、必然的に自分の、晴子に対する想いを言わざるを得ない。それは藤井の告白に対する、明白な答え・・・拒否になる。そして、藤井の硬くなった体は、藤井がそれを知っていて、あえて言いやすいように切り出したのだとはっきり語っていた。
 二駅分の沈黙。
 そして、
「ハルコさんのためです。ハルコさんがバスケットが好きか、と聞いてきて、その瞬間電気が走ったように、そして体育館でダンクを教わって、バックボードに頭をぶつけたのが」
 二人が降りる駅。押し出されるようにホームに、改札をくぐって・・・雨の中、駅前の広場、藤井が静かに泣いていた。
「すいません!おれ、おれ、どうしても、どうしようもなくハルコさんが、藤井さんもとても・・・」
 言葉がうまく出てこない。花道は、感情を言葉で表現できるほど、器用な人間ではない。
「うん、ありがとう。でも、ちょっと残念、かな」
「え?」
 藤井が苦笑を漏らす。
「どうせなら、晴子が見てる前でその一言、言わせたかった。」
「え・・・?」
「知ってたわ。もちろん。だから、晴子に桜木さんの答えを聞かせてやろう、それで二人がくっついてくれるといいな、って告白したの。もちろん、本気で好きだったけど、だから」
 そのまま、うつむく。
「行って。あたしは大丈夫だから。これからもバスケがんばって下さい。そして必ず、晴子にちゃんと告白して。きっと、大丈夫。」
 藤井の、自販機の照明に浮かぶ涙を含んだ笑顔は、花道にとって生涯忘れられないほどに美しかった。

 翌日。練習に出てきた、流川は頭を丸坊主にしていた。
「おれが怪我したせいで負けたからな」
 先手を打たれた花道に、返す言葉は無かった。
 そして、体育館の壁には去年と同じく、彩子書の「がけっぷち」が大書されていたのである。
 その翌日、トムも頭を丸坊主にした。チームプレイをしなかったせいで負けた、そのことはよくわかっている。そして、人種差別意識さえ抜けば、少なくとも流川と宮城は充分使えるレベルであることも、認めたくなかったが理解していた。

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