Dunk Like Lightning2


第一章 風の中


「ふぬ〜っ!」
「させるか!」
 合計210kgが空中で激突する。
 花道は、強引に赤木のブロックを押し切り、リングにボールを叩き込んだ。
 新生湘北と、神奈川卒業生ドリームチームの練習試合は白熱の度を強めている。
「いよっしゃ!」
 花道のガッツポーズをよそに、冷静に藤真が牧にパス。
 ボールは柔らかく牧の手に吸い込まれた、と見た瞬間、トムがそのボールを弾いた。
「ちっ!」
 だが牧は、機敏なフットワークでボールとトムの間に回り込み、ボールに触れた、いや弾いただけで藤真に返す。
「ナイス」
 語尾にハートマークさえつけて、ぱっとドリブルして軽くシュートした。
「リバン!」
 藤真の声に応えて、花道と元木がゴール下に走り込む。
 二人を追うのが赤木と魚住!
「うぉっ!」
「させるか!」
「くっ・・・」
「甘いぞ!」
 あわせて8m10cm以上が押し合う。
 赤木と花道がまた、正面から押し合い、一瞬赤木が視線を逸らして、つられた花道の隙にゴール下に滑り込んだ。
 魚住は、身長で上回る元木を経験で圧倒、ゴール下のベストポジションに。魚住もブランクはあるが、その実力は健在だ。
「逃げるな!その体は何のためにあるんだ!」
 ファウルを恐れて下がる元木を、魚住が怒鳴りつけた。
 リングに弾かれたボールを追って四人がジャンプ、花道より一瞬早く魚住がボールをキャッチ、そのままジャンプした。
「!」
 花道が、赤木を押しのけるように手を伸ばし、ブロックする。それで弾かれたボールを元木がキャッチ、だが魚住が奪い返して、その瞬間花道を抜いた赤木にアリウープパス、ゴリラダンクがリングも折れよと叩き込まれる。
「ウホッ!」
「うおーっ、ゴリラ健在!」
「いや、久々にすごいものを見た・・・」
 魚住と赤木の手が打ち合わされる中、嘆息が体育館を埋める。
 その、嘆息も消えぬ間に、流川が鋭いパスをトムに送った。
 パスの方向も見ずに受け取ったトムは、恐ろしい鋭さで切り込むと、小さなフェイクから唐突に3Pシュートを放った。
 それは高い放物線を描き、きれいにゴールを貫く。
「HA!」
 藤真が首を振り、田岡監督の表情が凍り付いた。予選では、あれが、自分の陵南に向かうのである・・・。
 すぐさま、牧がボールを受け取り、宮城の厳しいチェックを抜けようとする。右へ左へ、小さなステップを踏む。
「抜かせねえぜ!」
「成長したもんだな・・・だが、俺だって遊んでたわけじゃねえ!」
 牧が鋭くドライブ、と思ったら三井に向けたロングパス。
「止めろ!」
 受け取る、と同時に半歩引いて3Pゾーンに。
 湘北にとって、最も心強かったピンポイントミサイルが、今新生湘北のゴールに向けられている。
 流川が跳んだ。
 わずかに、指先がボールに、
「リバウンド!」
「おうよ!」
 と花道がゴール下に走りこんだ。
「元木、右から!」
「はいっ!」
「させるか!」
 宮城の指示を守ろうとする元木を、魚住が鋭くチェックする。
 大きく広がったゴール下で、今度は花道が赤木を押しのけ、赤木以上の高さでボールを取った!
「リバウンド王桜木!」
「よぉーし、そうだ!」
 赤木はつい、叫んでしまって悔しそう、それでいてとても嬉しそうに、
(あの桜木がここまで成長するとは・・・もう本物か。今度こそ俺達の悲願、全国制覇を達成してくれる、)
 だが、
(そのためにもこの試合は別だ!とことん鍛え上げてやる!)
 である。
「ゼロ!」
 と元木に返したボールを、元木は魚住の手をかいくぐって流川に向けて弾いた。
「あーっ!なにやってるんだゼロ!」
 流川に活躍されるのがいやな、花道が悲鳴を上げた。
「いいぞ!ナイスパス」
「ちいっ!やるじゃないか」
 魚住が本気でくやしがる。
 流川の鋭いレッグスルーに三井が抜かれ、そのまま一陣の風のように、流川が藤真と牧の脇をくぐりざま、一見無造作に後ろに放り上げ・・・ボールはバックボードに当り、ゴールをくぐる。
「キャーッ!」
「ナイスパスよ、元木!桜木花道!」
「流川君、すごーい!神奈川で一、二を争った、あの二人を抜くなんて。ナイスリバン、桜木くん!」
 興奮は高まっている。
 が、花道は晴子の声には反応し、ほんわとなる。
「バカタレ、試合中だ」
 ゴス!久しぶりに、赤木の拳骨が炸裂。花道が頭に大きなコブを作ってうめいた。いつもの延長なので、テクニカルファウルは取られなかった。
 神奈川OBドリームチームの反撃、牧と藤真がパスを交換しつつ新生湘北を切り裂き、流川が三井にスクリーンされた瞬間、止めようとした元木が牧にぶつかったが・・・そのままゴールされ、バスケットポイントワンスロー。
「ひゅう、さすが」
 嘆声が上がる。
「じい!」
「まだまだお前らには負けられんよ。三井、ナイススクリーン!」
「おうよ。」
「ナイスファイトだ。今みたく向かっていけ、そのでかい体は」
 魚住が元木の肩を強く叩く。
「そのためにあるんだ!」
 元木の表情が、悔しさの中はにかみがちに輝いた。
 湘北は反撃しようとしたが、宮城が牧にスティールされた。牧はそのまま大きく切り込み、藤真を経由したパスが三井に、そのまま3Pが決まった。相変わらずの切れと正確さである。
 三井はガッツポーズと共に、
「これでおれが7本中5本、お前が8本中5本・・・勝ったな」
 と、同じシューターのトムに対抗意識を燃やしたものだ。
 そのお返し、トムは三井を抜くやすさまじい鋭さで切り込み、牧と赤木、魚住をかわしてゴールにボールを放りこんだものだ。

 ここで両チームメンバーチェンジ。神奈川OBチームは三井に代わって花形、湘北は元木の代りに中田、トムの代りに風馬。
 神奈川OBチームは前線の三人が平均2m近い超長身、湘北は100m走平均11秒を切る超高速チームになっている。ちなみに、トムは11秒14。しかも、フルマラソンを二時間半で走れる。
「おい彩子、あの風馬ってのも初心者だって?」
 赤木が怪訝に問い掛けた。
「ええ、でも運動能力は抜群よ。」
「中田・・・今年のルーキーで、実力は最高と言われる選手か。三井、同じ元MVPとしてどう思う?」
「噂には聞いてる、スコアブックエース。試合中は目立たないが、試合が終わって記録を確認したら得点、アシスト、ブロック、リバウンド全てずば抜けてる、そんな選手だったらしいぜ」
「一番嫌なタイプかもな」
 昔中学MVPを争った三井と牧が、軽くうなずき合った。
 花形が眼鏡の下で花道を見、
「桜木には去年のインターハイ予選でやられて、選抜では予選に出なかったら湘北が三回戦負けで、」
「もう治ってたんだ!オヤジが大事を取れ、って言うから」
 花道がまぜかえす。花形が苦笑、
「ってわけで、結局勝負できなかった。藤真、どんな感じだ?」
「とんでもない、な。赤木レベルのプレイヤーだと思えよ。」
 かつての翔陽チームメイトが微笑を交わし、フィールドに飛び出した。
「まだまだだ!」
 と、赤木がツッこむ。
「よし、速攻!」
 パスを受けた宮城が、もう前線にダッシュしている風馬にロングパス。
「え?」
 藤真があまりの速さに面食らった。牧も、想定とはパスの角度が違う、それほどの風馬のスピードに目測を誤った。
「流川先輩!」
 風馬は受け取った、と一回だけボールをついてパス、そのまま流川が的確なレイアップを決めた。
「ナイスアシスト、風馬!」
「何て速さだ・・・」
 田岡監督が呆然としている。
 桜木、中田もその、凄まじいダッシュに追いついていた。
「戻れ!」
 宮城の声と同時にもう、自陣に全員が走りこんでいる。
「みんなムチャクチャな速さや」
 相田弥生が呆れた。
「返すぞ!」
 牧を宮城がマークする、が藤真が簡単に風馬を抜き去った。
(やはり初心者、だが去年の桜木の例もある、侮ってはいけない)
 カットイン、花形にパス。
「メガネ!」
「いくぞ、桜木!」 
 花形の低く柔らかなドリブル、そして小さなフェイクから右へ抜け、正確なレイアップが決まった。
「くそう!」
 花形は、悔しがる花道の反応に戦慄し、
(成長したな、もう初心者じゃない)
 と苦笑した。
「よし、返すぞ!」
 宮城が素早く飛び出す。
「パス!」
 風馬がまたダッシュし、パスを要求・・・だがパスの対象は流川。
「来い!」
 ゴール下に、赤木が立ちふさがる。
 流川の厳しい目、そして一瞬のドライブ!
「おう!」
 赤木が流川のシュートを叩き落とした。伝家の宝刀、元祖ハエタタキ!
 それを花道がキャッチ、
「桜木先輩!」
 花形にはばまれた桜木は、後ろにつけていた中田に、肩越しパス。体が勝手に動いたのか、パスの方向を見なかったのに正確だった。受けた中田が軽くフェイクを入れ、レイアップを決める。
「よっしゃ!」
「いいじゃないか、あのルーキー。中田っていったっけ?去年の流川とはタイプが違うが。」
「動きにまるで無駄がない・・・いい選手だ。」
 牧と藤真が、そのプレイに感心している。
「桜木も、いつパスを覚えたんだ?味方の動きが見えてきてるじゃないか」
 魚住が赤木に、そっと聞いた。
 今度は藤真が大きく切り込み、中の花形にパス。花形は花道に押されつつシュート、それが外れたのを赤木が拾い、押し込んだ。
 すぐさま宮城が大きく前線にパス、それをもう駆け込んでいた風馬が受けてレイアップ!
 外れたのを、流川が空中で押さえ、むしろ、気の抜ける金属音と共にゴールに叩き込んだ。
 今度は牧が宮城を抜き去り、鋭くペネトレイトしてくる。
 流川が止めようとしたが、赤木に牽制されて一瞬遅れた、その間にインサイドの魚住にパス。
「させるか!」
 必死で中田が飛ぶが、それはフェイク。だが、その半歩の移動を風馬が捉え、ボールをつかみしめたが、魚住は力任せに奪い返した。
 そして後ろの赤木にパス!赤木と流川の1on1だ。
 体育館からあふれる観客のどよめきが上がる。
「遠慮はいらんぞ」
 赤木のすさまじい威圧感。
 流川は無言で腰を落し、じっと次を待っている。赤木はゴール下でゴールに背を向け、じっとドリブルを重ねている。
 赤木がターンと同時にシュート、それが弾けたのを拾った魚住が、リバウンドからすさまじいダンク。
 が、次の瞬間、相手ゴールに突っ走っていた流川に中田がロングパス。
 そして受けた流川は一期にドリブル、牧を空中でかわし、落下しながらボールをゴールに放りこんだ。
「キャーッ、流川君!」
 嬌声が上がるが、流川はまだ悔しそうに赤木に突っかかっている。自然にセンターを花道から奪う形で、赤木と流川の変形センター対決になる。
「愚かな・・・ルカワごときに止められるゴリか」
 花道がつぶやいたものだ。だが、流川は明らかに本気で、神奈川卒業生の猛者全員に1on1勝負を挑むつもりらしい。今までにもう、三井と藤真、魚住は事実上抜いている。
「くれ!」
 赤木の叫びに応え、藤真が切りこむと丁寧なパス。大きく体を伸ばした赤木が片手でキャッチ、流川と1on1。
 一回、二回ドリブルを重ね、小さなフェイクからターン、それを流川が読んで追いつき、ボールを弾こうとする!が、赤木もとっさに手を引きつけ、後ろにパス。そこには花形!
「いくぞ!」
「来い、メガネ!」
 鋭く左右にドリブル、花道を振りきろうとする。
 そこを、花道が必死で追いすがっている。
 反応の鋭さが異常だ。間違いなく、人間の限界を上回っている事に気付いたのは花形と、そして安西監督、それに流川か・・・。
(まさか!人間が目で見て反応、実際に動くまで0.12秒は必要なはずだ!こいつは0.09くらいで動き出している・・・)
 である。
 転瞬、上のフェイクで花道を浮かせ、その着地までの一瞬の隙に柔らかなフックシュート。だが、瞬時にまたジャンプしていた花道の指先がボールに触れ、リングの回りを回って落ちる。
 それを花道がつかむと、両手で持ったボールを頭上で振り、
「リョータ君!」
 力任せのロングパス。受け取った宮城が一瞬、もう追い越していた風馬にパスし、またリターンを受けた・・・が、牧が立ちふさがっている。
(くそ、相変わらず戻りがはええ)
 じっと、ドリブルを低める。
(ドリブル、これだけは誰にも負けねえ!)
 と、静かにリズムを確認する。手の平に吸い付くボールの感触、これだけが宮城にとって自信の源だ。
 2mほどの間合いに、真剣の鯉口を切って、または拳銃を腰に向かい合うような、すさまじい緊張感が走る。
 鋭いドライブが右に、それを牧がはばんだ。だが宮城は、恐ろしい速さで弧を描いて走りこんだ流川に手渡し。
 そのまま流川が切り込み、切り裂くようなドリブルで赤木を抜き、花形に一度手を引っかけられつつ空中でかわし、ゴールの下を抜けながら空中で体をひねり、片手バックハンドのダンクを叩き込んだ。
「ディフェンス!バスケットカウントワンスロー!」
「うお〜っっ!」
 怒号。
「流川君・・・・・・すごい・・・・・・」
 晴子は、むしろ呆然としている。
 それから双方、恐ろしいほどの執念のこもった守りで、4分間以上無得点。
 藤真が風馬のスピードに慣れ、速攻を止められるようになったのが大きい。
 風馬がダッシュできないのだ。
(くそ、こいつは俺がスタートする瞬間を見抜いていッスか…?)
「風馬、落ち着け!」
(もっと速く、もっと鋭いスタートダッシュ!)
「風馬とか言ったな、バスケは五人でやるものだ。」
(なにを当たり前の・・・だから俺は、あんたを抜かなきゃならないッス。それが俺の役目ッス)
「もっと、心で仲間を見ろ。コートに吹く風を感じて、心を乗せてみろ。風はお前だけのものじゃない。相手の風、チームメイトの風、それが、本当のスタートを教えてくれる。」
 藤真は言うや、風馬がダッシュする直前、コースに飛び込んだ。
 ホイッスル、風馬のファウル。彼が、藤真の言葉を噛み締め、活かせるようになったのはかなり先の事である。
 牧と宮城の対決も佳境に入っている。
 身長差にも関わらず、スピードのあるドリブルで抜こうとする宮城と、それを全国の強豪相手の豊富な経験と抜群の運動能力ではばむ牧・・・。
「全国No.1ガード・・・か、抜いてやる!」
「させねえよ」
 海南は去年、インターハイ準優勝。前キャプテンの牧は最高のガードと言われている。
「いけーっ、リョータ!」
「アヤちゃん・・・(はあと)」
 とよそ見と見せかけ、得意のビハインドザバック(背中越しに後ろから)パス、だが牧はそれをも読んでいた。
「同じ手は二度通用しねえ!」
「くそっ!」
 風馬が走りこんで助けようとするが、藤真にはばまれている。
 そのまま、ボールを奪った牧が切り込んだ。
「勝負だ、桜木!」
 花道が立ちふさがり、通すまいと腰を落し、両手を広げる。
 牧は微笑って低くドリブル、鋭くドライブをかけた。
「もらった!」
 花道が伸ばした手はボールに触れなかった。
 既に魚住がボールを取り、中田の上からシュートを決めた。
「くそう!」
「気にするな、見違えたぞ」
 牧の労りが余計に、花道の屈辱感をあおる。
「リョーちん、返させろ!」
 花道がパスを要求、ハイポストでボールを受ける。
 牧との1on1・・・静かにドリブルをしながらゆっくりと大きな円を描く。牧は焦らず、慎重にタイミングを計っていた。
 一気に花道のドリブルが加速、と思ったら脚の間を通して左手に回し、逆に一歩ドライブしてジャンプシュート!牧は高さについていけず、ボールがネットを揺らした。
「おーっ!」
「やるじゃねえか」
 赤木が苦笑気味に舌を巻く。
 そして藤真が、流川のディフェンスをかわしてカットイン、赤木に入れて、リターンを受けてシュート・・・花道が叩き落としたが、牧が拾って流川と対決。
 素早く後ろからドリブル、それを後ろから狙う宮城をかわして加速・・・外に誘い出して花形にパス!
 花形が鋭くドライブするが、花道が追いすがった。が、小さなシュートフェイクで花道を跳ばせた花形から赤木にパス、赤木は大きく横っ飛びで豪快なダンクを決めた。
 今度は中田が中心に切り込み、魚住にブロックされる、その直前に流川にパス。
 流川は鋭く後退、アウトレンジからシュート!赤木がゴール下から出られないのを知ってのプレイだ。
「リバウンド!」
 花形と魚住、赤木の巨体がゴール下を埋める。そこから、ジャンプ力で上回る花道が飛び出し、ボールをつかんで着地して・・・小さくフェイクを入れ、花形と魚住のブロックをすり抜けるようなフックシュート!赤木の手も届かず、ボールはリングを通り抜けた。
「いしょっしゃ!」
「やるなあ・・・」
「フックシュートまで覚えたとは・・・フォームもなかなか柔らかいじゃないか」
「よっぽど練習してきたな」
「生意気な・・・」
 OBたちが視線を交わす。
「よし、このまま一気に行くぞ!」
「おう!」
 新生湘北が気合いを入れ、先輩たちをにらみつけた。
「負けてたまるか、もう手加減は終わりだ!この一本!」
 そして、OBの猛者たちも湯気を立てて走り出す。
 五月の風は柔らかく、体育館からの熱気を運んでいった。

 夜の体育館に、四つのバッシュがキュッキュと鳴く。
 小さな影が、かき消える、いや、人間にはありえないスピードで左にボールをドリブルする。
 大きな影が必死でそれを追う・・・が、人が車を追うように引き離される。
 無言。
 小さな、犬のような耳を一瞬見せた影が床に足を触れた、と同時に飛び上がった。
 男の体、いやそのブロックしようとした手を完全に飛び越え、落下中にボールをゴールに叩き込む。
 男はボールを拾い、慎重にドリブルを始める。
 また、犬のような耳をつけた女子が、消えた。
 が、男は事前に体を傾け、わずかにボールを狙う手をかわしていた。反応速度以上の出来事、直感と経験による予測だ。
 女子の背中には、犬のようなしっぽが生え、ユニフォームの短パンを押し下げている。そこを長めのTシャツで隠し、短パンはサスペンダーで支えている。それが妙にHな感じではある。
 激しい練習が続く。
 と、光が射した。
「まだ練習してるんですか?」
 声、と共に二人が硬直する。
「河合先輩」
「筒井!?」
 とっさにまいが飛び出し、その目が輝くと同時に、一臣が意識を失って崩れ落ちる。
「催眠術?」
「うん。記憶は消したけど・・・」
「やっぱり不用意だ、この練習。」
「でもそれだけ成長するでしょ?」
 卓巳は静かに首を振り、
「でも、もう止めたほうがいい。僕から頼んだんだけど、やっぱり危険だよ、みんなに打ち明けるつもりならともかく・・・僕は乱さんにまいの事、これからも守るって約束してるんだから。」
 そして慌てて、
「もしその約束がなくっても・・・ずっとそばにいる、いたい。」
 まいが真っ赤になって、卓巳の胸に飛び込んだ。
 が、その全てを見ている目を、二人は知らなかった。自動のレンズだったから・・・

「宮城さん、インターハイ予選でシードを辞退したって、本当ですか?」
 桑田の慌てた声に体育館がざわめく。厳しい練習で新入生が入ってきた頃より部員の数は半減しているが、去年よりははるかに多い。
 宮城と彩子がやっと抽選から帰ってきた、三千代に元木が合図をして、用意してあった冷たい麦茶を持たせた。
「ああ、サンキュ。」
「ありがと、生き返るわ」
 と、宮城と彩子が麦茶で一息。
 相変わらず、流川とトムは無関心で練習しているし、中田と風馬は彼らに何も考えず突っかかっている。
 花道はそれを、真剣なまなざしで観察している。文字通り、ビデオに録画するように頭に刻み付けている。
「そうだよ。まあ、二回戦からの出場になるけどな。」
 神奈川県のインターハイ予選は、前回の上位四チームは本来、ベスト8からのスーパーシードで参加できる。それに勝てばすぐベスト4、決勝リーグだ。
 去年の予選は海南大付属、湘北、陵南、そして武里の順だったので、湘北にも本来ならスーパーシード権がある。
 ちなみに、去年は湘北に破れた翔陽を除き、全てのチームがスーパーシードから決勝リーグに勝ち上がっている。わずかな番狂わせを除き、その他大勢のトーナメントはほとんど無意味なのだ・・・。
「前回以前の実績がないから・・・仕方ないし、それに・・・」
「それに?」
 三千代が、そっと聞き返した。中田が集合かな、と花道達に告げ、集めた。
「安西先生がそう言ったからな。」
 驚きが走る。
「危険な・・・決勝リーグまで上がれる保証はないのに」
「ベスト8からとそれまで這い登るのじゃえらい違いだよね・・・」
 ざわざわと騒ぎが広がる。
 その安西監督が、いつも通りの柔らかな微笑を浮かべて体育館に、それで騒ぎが静まる。
「確かに負けたら終わりのリスクはあります。でも、予選のトーナメントを出ずに、どこで実戦で25回もファウルができる機会がありますか?」
「去年俺もそれには・・・」
 花道が、屈辱の記憶に口をつぐむ。
「ソンナコトシタノカ?」
 トムが嘲笑、花道がつかみかかって皆が必死で止める、晴子の一喝で収まる、いつもの情景。
 安西監督、何事も無かったように
「そう、それがどれだけの密度の高い練習になっていたか。今でも桜木君は半分も解っていないはずです。去年のように、山王を破った時点で力尽きるような事なく全国制覇を狙うなら、どうしてもバックアップになるメンバーを育てておかなければ。桜木くんもまだまだ伸びは止まっていませんし、経験を積む意味はあります。」
 特に三年が口をつぐんだ。
 流川が、わずかに視線を逸らし、1度ほどうなずいた。
「かてばいいんダかてば!」
 トムが怒鳴った。
「その通り!この桜木花道が率いる湘北に敗北などありえん!」
 哄笑が体育館に響いた。数人の、率ーてねーよ、というツッコミを無視して・・・。
「で、緒戦の相手は?」
 彩子がトーナメント表を張り出した。
 湘北はBブロックで、流石に一つシードされている。
 Aブロックのスーパーシードは去年の優勝高、海南大付属高校。Cブロックに陵南、Dブロックに翔陽。
 Bブロックのスーパーシードは去年のベスト4チームの一つ、武里高校だ。
「緒戦は・・・多分武園だな。どうして湘北って、こうくじ運が悪いのかねえ」
「バカ、いいんだよ。それだけ強くなれるんだから。」
「どこだろうと勝つ!」
「そうよ、絶対勝たなきゃ!」
 闘志があらためて、湘北バスケ部全体から燃え上がった。

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