自己紹介(短)

 自己紹介?
 見回すが、暗いわけでもないのに何も見えない。肉体に不快感は感じられない。
 とにかく自己紹介をしなければならない? 誰に……何に? 自己紹介を求めているのは誰だ? 何だ?
 炭素ベースでない異星人だったら? 24次元のゲログベチャな怪物だったら? 剣と魔法世界の魔術師だったら? 時空やエネルギーなどの概念を絶した形容できない存在だったら? 神や天使や悪魔だったら?
 相手は日本語と数学と論理はわかる、と。それを信じるしかないか。そっち側には理科年表はじめ大量の本がある、と。こっちにも欲しいけどないならしょうがない。
 そうだな、相手が誰だか分からないんだから、私にできるのは、せいぜい「多次元宇宙探索船であちこち探検していたら新しく生物のいる惑星がある宇宙を発見したので、そこの知的生物について詳しく報告する」かのように描くぐらいのことだ。その報告には、私の、後述する人類としてのさまざまな見方の偏りがたくさん入っていることを前提として読んでほしい。

 新しい時空に到達した。センサー類の多くが故障し、観察している「地球人」とやらが知っている程度のことしかわからない。送れるのも地球人の言語だけだ。

 まずこの時空の物理について報告する。
 最も小さいスケールでは確率が支配し、ある程度より短い時間・空間が意味を持たず、この宇宙の普遍定数の一つの整数倍が本質に入る。
 かなり大きくなると実数四つ組の集合で近似できる。時空の曲率はほぼゼロ、よって四つの直角で交わる直線座標系で表現できる。また特別な方向などがなく、どの位置・変化具合などで観測しても、物理法則は変わらない。
 ただしそのうちの一つ……「時間」と呼ばれる……が別の役割を果たし、一方のみに進み逆行できないし、その進行につれて、大きいスケールで無秩序が増す法則がある。
 また、「時間」につれて他の三つ、「空間」内の「物」などが「変化」することがあり、それが「人間」の認識対象だ。
 これはやや大きいスケールで作られたものの見方だが、四次元時空の各点には、知られている限り「いくつかの方向性のある、力場と呼ばれる方向性のある量」と、「物」がある。
「物」は超極微で見ると、すべて「波」と「粒子」の二重性を持ち、確率と整数倍に支配される量子の集まりだ。波は三角関数および指数関数、周期に関わる数学でよく近似される。粒子は座標内の位置と時間の関数で近似され、移動しても位置以外は変化しない。
 変な話だが、「波」も「粒子」も、量子が大量に集まって確率が均された、大きい物を大きいのが観察した挙動に近似される数学構造でしかない。それが何で小さい世界に出てくるのかは知らん。
 力場は重力・電力と磁力・弱い力・強い力と呼ばれる四種類が知られている。
 重力は極端に弱く、時空そのものの曲率としても表現できる。その力に反応する「物」には「質量」があるとされ、その質量は、力を受けた際に「物」の位置が変化すること……「運動」と呼ばれる……にも関わる。引力のみであり、斥力が知られていない。逆二乗則に従う。逆二乗則は幾何学的には四次元の中の三次元位置座標空間において、ある点から等距離の球表面の面積と距離の関係だ。またその重力は二つの質量物の質量とその距離のみで定まり、その定数はこの宇宙の普遍定数だ。
 電力と磁力は本質的に同じで、重力同様逆二乗則に従う。電は電荷と呼ばれる、正負双方の値を持つ「物」が存在し、その「物」どうしが周辺の時空にある、波でも粒子でもある量子の交換によって力を及ぼし合う。電荷の正負が同じだと距離を離そうとし、違えば近くしようとする。
 その媒介量子の波としての表現は、電磁場の性質として電場が変化すれば磁場の変化となり、また磁場が変化すれば電場が変化するので、その振動が時空を伝わるとも表現できる。その式から、その(三次元)位置変化の時間微分=速度も決まり、その速度はこの時空の最高速度と一致する普遍定数だ。
 電磁気力の方向と大きさは、二つの「物」の電荷と相互の位置関係で決まる。それは一方の「物」が周囲に「場」を作り、その「場」に「物」が力を受けるとも表現できる。電荷には正負、ある値の三分の一が知られている限り究極的な基本単位。磁は電に似ているが、単一の磁荷をもつ「物」が見つかっておらず、一つの「物」が空間的な拡がりの中で一端は正、もう一端は負の磁場を出す。
 弱い力・強い力はごく小さいスケールでしか働かない。
 後述する「人類」は、主に電磁波と反応する「物」を認識する。観測可能宇宙全体の重力源・エネルギーの大半は、電磁波では観測できない正体不明の代物だ。「人類」の知はごく限られている。

 また重要な不変量がある。力場において、力場に反応するある物がその力場の力により、時間につれた位置の変化を起こすことがある。その位置の変化と質量から出る数値と、力場上の位置と質量から出る数値の合計は不変量となる。
 他にもその不変量と同値な量はあちこちに出る。それどころか、光速を基準に考えれば質量そのものもその不変量と同値であり、「エネルギー」と呼ばれる。
 波は波長が短いとエネルギーが増す。
 エネルギーは上記の、無秩序増大則と関わりがある。エネルギーが変化するときには常に、より無秩序になる。
 そのことを考えれば情報もまた、エネルギー・質量と等価だ。

 大きいスケールに関わる重要な物理法則として、上述の光速以上の速度は禁じられていること、どんな位置・位置の時間変化があっても物理法則は変化せず、光の速度はどの立場で観測しても変わらないことがある。それにより、全時空を統べている特別な時間や空間の測り方が存在せず、どこを基準にしてもいいことがわかる。
 また中間のスケールでの近似として、質量物の位置の時間当たり変化率は力をかけられない限り変わらない、変化させるための力は変化率の変化率と質量に比例する、力は二つの質量物を結ぶ直線上で互いに同じ強さで働く、という法則を用いると多くの「物」の働きがわかりやすくなる。

「物」の基本粒子として、各六つのクオーク・レプトン・ニュートリノがあり、それぞれ電荷・質量、そしてスピンと呼ばれる量がある。すべての基本粒子には反粒子があり、反粒子と接すると質量を失って、多くは電磁場振動量子となる。反粒子はほとんど性質が変わらないが、いくつかの物理法則に微妙な差があり、たとえば電子は一方の電荷をもつものが圧倒的に多い。
 クオークは三つずつ強い力で集まり、単独観測が不可能。ニュートリノは弱い力としか反応せず、質量もごく小さいので観測が難しい。
 クオークが三つ集まった、決まった電荷を持つ陽子と呼ばれる塊・陽子が電荷を失ったような中性子という塊、それに陽子とは逆の電荷を持つレプトンが特異な形で集まった「物」が、「人間」の主な認識対象だ。陽子と電子が同じ数だと安定する。陽子と中性子が強い力で集まり、その周囲に電子が波として特定の確率的な軌道を維持する。陽子や中性子の集まりに質量の大部分が集中し、大きさで見ると電子軌道に比べとてつもなく小さい。電子は陽子や中性子の集まりから順に、段ごとに特定の数入ることができる。その集まり全体を「原子」と呼び、それが「物」の基本単位だ。
 原子の種類はその原理上自然数全部つまり無限だが、安定しうるのは少ない数だけで、ある程度以上だと崩壊しやすくなる。
 また原子どうしは、電子を共有したりしてくっつくことがある。その原子の集団が「物」を構成している。くっつき方や陽子の数から、ふらふらする電子がある金属とかいろいろある。そのくっつき方などは主に陽子数に依存するため、中性子の数だけ違うということもある。
 原子は光を反射したり散乱したり、特定の波長の光を吸収して分子のつながりを変えたり電子の軌道を変えたり色々する。

 時空全体がどうなっているか、少し観測してみた。
 現在の時間では、空間そのものは広く、微妙な揺らぎ以外均一だ。その中に、やや不均一に物質が分布し、その周囲を電磁波で観測できない重力源が覆っている。空間全体が拡大しており、遠距離にある物ほど互いに高速で離れている。どの距離だとどの速度になるか、それもこの宇宙の普遍定数といえる。
 それを時間の、無秩序が増える方向の逆側にたどると、時空ぐるみ物全部が一点に圧縮されていたと考えられる。その状態から時空が拡大し、物がばらまかれ、統一されていた力が分かれたようだ。
 地球人にとって観測しやすい物の多くは、かなりの量が集まって重力で圧縮され、陽子が少ない原子核がぶつかってより陽子が多い原子核になる現象が常に起きている。それは膨大なエネルギーを出し、そのエネルギーは原子の無秩序な運動となり、その運動がまた電磁波を出すため、強い電磁波や高速の粒子を出しているし、強い重力源ともなっている。

 その近くには、原子核の変化に必要なほど、物が空間あたりたくさんあり高速でぶつかり合うことがない程度の質量が重力で集まった塊も多くある。
 その一つが、今観測している「地球人」がいる「地球」だ。
 そこには割と陽子数が多い原子が多くある。単純に時空が広がるだけでは、陽子や中性子がくっついて陽子数が多い原子核を作るのに必要な力はないはずだが、前に大きな塊があって、それの中で上述のように原子核がぶつかり、さらに……要するに陽子数が少ない原子しか核融合しない、でもそれが有限で陽子数が多いから質量だけはある原子がたまるせいで、質量で自壊し大きなエネルギーを短い時間で出す。それがより陽子数が多い原子核もたくさん作ってばらまく。そのあと、そういうのが集まって新しい核融合する塊と、その周囲で重力によって近づきたがってるけど、自分自身は上記の「時間当たりの位置変化を変えたがらない」ことから、まあ大きい塊の近くで楕円軌道を保つのがずっと続いてる、ってわけだ。
 その核融合してる塊の重力に引かれながらほぼ等距離を移動し続け、核融合のエネルギーからくる膨大な電磁波などを浴び続けている。
 陽子数が多い原子は同じ体積でも質量が大きくなり、それが高いエネルギーを持って混じり合っていると、重力により強く反応するため、長い時間で見れば球形の中心側に移動する。その中には電磁気力との独特な反応がある元素も多くあり、そのため磁力を周囲に出している。
 集まった物の重力で押し下げられているそれは、上から順に原子すら構造を半ば失い高速で飛び交う、陽子数の小さい元素。それからある程度、重力が決める上下の、上に積み重なる原子のぶつかり合う力で押され、頻繁に衝突して、二つの同じ原子が繋がって安定した、気体と呼ばれる状態のものが、大半は二種類、そして多くの別の物と混じっている。
 その下は、原子が規則的に集まってあまり変型しなくなった固体や、かなりきつく固められてはいるが自由に形を変える液体が広がっている。その液体を構成している「水」という物質が、これからの話の主役だ。
 そこから下は、より陽子数が多い元素が多くなり、体積あたりの質量が大きく、さらに陽子数が多い元素が自然に崩壊するため本来なら高速で飛ぶようなエネルギーを一つ一つの原子が持っている……その状態をそれぞれ高圧、高温と呼んでいる。
 その高温高圧と動いていることが、面白いことに強い電磁場となっている。

 今話題にする地球という塊は、太陽との距離や気体の働きなどのため、水が液体であるという、かなり制限された温度・圧力にある。といっても自転している軸の両極では太陽の光が当たりにくいので固体になっている。
 その水が液体になってまもなく、奇妙な物体が見られるようになった。
 本質は「自己増殖」。はっきりと内部と外部に分かれており、周辺からいろいろな原子の集まりを内部に入れて原子の組み合わせを変えて出すことを繰り返し、そのうちに二つに分裂し、その両方がまた周辺から原子の集まりを入れて変えて出しながら大きくなり、前と区別がつかないものとなる。
 言うまでもなく、秩序・情報は減っていくという熱力学第二法則に、根底から違反しているように見える存在だ。だがそれは、周辺から多くの「秩序の高い」原子やそのつながった物を入れて、より秩序の低いつながり方にして出しているから、全体で見れば違反していない。ちょうど、核融合する塊が周囲に比べ著しく温度が高いのと似たようなものだ……高い秩序の存在が、より広い範囲で見れば全体の秩序をより急速に低めている。
 それはあっというまに、その地球という塊のかなり奥まではびこり、大気の組成すら変えているほどだ。酸素という、水を構成する原子の一つが二つつながった気体が地球気体部の主成分なのだが、それは他の元素と反応しやすいから、本来不自然だ。
 そうなったのは、酸素を使って原子のつながりの変化を加速し、さらに太陽から来る電磁波という大量の高秩序エネルギーを活用できるようになったためだ。
 そうそう、その自己増殖するへんなものは、変わる。
 自己増殖を繰り返しているとき、たまに間違えるんだ。そして、間違ったものが増えてしまうことがある。
 その自己増殖自体が、内部のデジタル記号……四つの主要分子、仮に1234……まあACGTだが、たとえそれぞれの名前を書いても、正しい原子の組み合わせを描写してない以上意味がないし、ちゃんと原子のつながり方全体を描写したらえらく長くなる。それは1と2、3と4だけがつながり、3と2とかはつながらない。さらに一つの方向にそって、1と2、3と4がつながったセットがいくらでもつながっていくので、実質無限の一次元デジタル記録装置になっており、それを二つに分割しても情報が損なわれず、それぞれの1がそこらの2、2が1、3が4、4が3とまたくっつくことで元に戻ることで自己増殖を完結する。
 それと、そのデジタル情報の組み合わせが、きわめて多様性の高い分子と対応し、その分子がさらにいろいろな分子を作ったり、自分は変化せず別の原子のつながり方の変化が起きる確率を増したりすることで、膨大な分子からなる部品も作る。
 増えるのを繰り返すのは指数関数だから、あっというまにとんでもない数になる。どれだけ地球の表面が広く、液体の水や日光がたくさんあっても、あっというまにいっぱいになる。だから、それは増えたものの大半がまた大きくなって増えることができない。自分以外の、その「生物」を解体して構成している物質を吸って変えて出す生き方をする生物も多い。
 生物のいくつかは、外界の状態に応じて自らの形を変えたり決まった分子を出したりする、「刺激に対する応答」を行うものも多くある。外の電磁波を観測し、それで外界の情報を得て、それに応じて位置を変えるのが特に重要だ。
 その過酷な状態で、かなり長い時間……核融合する塊が形成されて核融合を始め、陽子一つだけの原子を消費し尽くして陽子二つ以上の原子の核融合から肥大し、最終的に冷え固まるまでの膨大な時間の三割近く……してから、複数の「生物」の、同じ情報を持つ単位が集まり、中の情報が同じなのに形を変えて別々の機能を果たし、結果的に大きな、それ自体が自己増殖する生物になるという変なことをするのが出た。ああ、その前から、二つの生物単位がくっついて情報を交換することで、複製間違いより早く情報を多様化させるのもあった。
 それが地球表面のかなりの重量を占め、多くの物質を用い、高秩序エネルギー源として太陽光や地球内部から放出される物質を消費し続けている。
 それを長期間続けられるのは、地球がかなり多くの条件を偶然満たしているからだ。水という物質が液体である、非常に狭い温度……原子の固有運動の平均速度……が、太陽との距離・真円に近い軌道、また表面を薄く覆う気体の組成などで保たれていること。太陽自体が非常に安定していること、など。
 生物は、地球表面に重力で引かれてへばりついている膨大な液体水から、液体水がない固体部分にも広く分布している。

 そのさまざまな生物の挙動はそれ自体興味深いが、中に、「異常な規模の増殖」「電波情報の送受信」「宇宙空間への行動拡大」をしている、やや大型・陸上生活・自らを変型させて移動する・同種が群れをなす多細胞生物がある。
 といっても、どちらも大きく見れば別の生物がしているとも言える。可視光を放つ生物は多数あるし、地球の外を漂っている岩の欠片が地球を作っていく時のように激突した時、地球の破片とともに多数の単細胞生物は宇宙に飛びだす。地球表面を構成する固体を利用して巨大な巣を作る生物も、別の生物の繁殖を制御して食糧を得る生物も多くある。
 話題にしている生物、人類は周囲の物質を、素材として組み合わせたり変化させたりして用い、さまざまな機能を拡張する行動を行っている。また食物としている生物の繁殖を制御すること、高温により大気の主成分である酸素と、生物を構成する分子の発熱化合を用いる、相互の情報交換が濃密であるなどが特徴だろうか。
 とはいえ、本質的には「他の生物全てを食い尽くして異常増殖し、自滅しつつある奇妙な生物」でしかない。
 動かず日光の高秩序エネルギーを用いて水と空気の成分を生物分子に変換する生物群を、上記の酸素との発熱化合に用いてより高い熱、高秩序のエネルギーとした。さらに地球表面の奥に溜まっていた、さまざまな生物遺骸を利用し始めてから、より大きな高秩序エネルギーを使えるようになり、そのサイズの割に極端な数に増えた。その過程で、地球陸上の広範囲を生命が非常に少ない状態にしている。次の高秩序エネルギーがなければ、増えすぎているのでそれで終わりだ。
 恒星間の距離を超えて電波情報を送受信したり、移動したりするのはこの宇宙で得られる物の性質・地球の重力の強さなどから困難と見られる。また地球周辺には、近隣の恒星系も含め、そのような形で電波情報を送受信している存在は検出できない。

 まあ、そのように奇妙に秩序の高いものがある宇宙、といえばいいだろう。それも別の、より強く秩序が無秩序になる過程の、ついででしかないのだが。
 要するになにかが起きて、大きな秩序が生じ、一定の時間の矢に沿って秩序が失われているタイプの時空の一つ、というだけだ。

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