魔力、いや神のそれ、神力。東京からかなり離れた校舎でも感じた。 「どこだ?どうなってる?」  瓜生はいくつかの魔力の編み目を読み、その流れを幻覚呪文の変形で窓ガラスに投影する。 「東京タワー?」  日本列島に絡み合う地脈や海脈、そして日本人全体の力や思いの流れ。さまざまな魔力の横糸が、高い鉄のモニュメントに絡みついている。  時を越えて積み重なる膨大な縦糸がこもる東京タワーは、そっちの目で見れば悲鳴を上げるほどの異形でさえある。  展望室に、その力と反応している、強い力。たくさんの少女たちの中ひときわ目立つ三人の少女。姿だけでなく、魔力の織り目も一瞬読む。  一人は、背は低いが鍛え抜いているのがわかる。強烈な瞳、幼く少年の印象だが整った顔。剣の天才、いや勇者。  一人、長い髪と衝撃的なまでの美貌と気品。王族だ。  一人、年齢より成熟した、穏やかな印象の美貌と、恐ろしく鋭い知性。ギフテッド、百万に一人の天才児。  その三人の強い魂の力が、絶大な魔力と反応する。幻水と化した床に飲まれ、異界に召還される、その流れがはっきり見えた。同時に、彼女たちの体力もその心の強さを反映し、強化されている。 「くそっ!」  瓜生は聞こえぬように叫ぶと、マヌーサとメダパニをごく弱く操り、周囲の目と出席簿をごまかす。そして東京タワーの情景を利用しルーラで飛ぶと、即座に自分自身の肉体と魂を構成する編み目をほどき、人を召還する桁外れに強大な流れ、織り目に混ぜた。  唐突な落下に慌て騒ぐ三人。当然だ、と瓜生は見下ろしながら、いつでもトベルーラを彼女たちにもかけられるよう魔力を編んでおく。 「ここはどこだ!」  背の低い少女が叫んだ。  空に浮かび滝が流れる島。  遠くに見える火山。  広い海。  落ちながらしゃべっている少女たちが、下から飛んできた巨大な空飛ぶ魚の背に、桁外れの魔力で吸い寄せられる。 (すごいな)  その強大な魔力を読み、半ば呆れる思いで見下ろしながら、飛翔呪文で減速しつつ手元に愛用のサイガ12ブルパップフルオートカスタムショットガンを出す。整備は済んでおり、マガジンも初弾も装填済みだ。  昔とは違い、魔術の応用で少し補助しているので、トランクを空けるなど手間取ることはない。ハンマースペースの整備済み武器なら、スリングで負った銃を構えたりホルスターから抜くより、手元に出すほうが早い。  手を広げ、身を軽くなで、はぐれメタルの精髄・水の羽衣・竜の女王の鱗・力の盾・カーボンナノチューブ・耐熱繊維などいろいろ合成した魔衣の力を、現在普通に着ている薄ジャケットとオーバーオールに染みこませる。  ヘルメットをかぶり、ゴーグルをかける。  念のためパラシュートも背負い、紐を確認する。  もう一度見下ろすが、凄まじい魔力で召還され、実体を保っている飛魚の背は、そこらの船より安定している。少女たちが落ちる心配はない。 「あれ、上にも人が落ちてるよ」  魚の上でわいわい騒いでいた女の子たちがふと周囲を見回し、上に気がついた光が叫ぶ。 「あの、どちらさまですか?」  風が、瓜生に気づき、声をかけた。 「瓜生といいます」それだけ叫ぶ。 「ちょっとちょっと、あの人誰!」  海が怒鳴る。 「危ない、こっちに乗れないのか!」  と光。 「だいじょうぶですわ。あの方、自分で飛んでいますもの。それにパラシュートも背負っていらっしゃいますし」  風は平静だ。 「すごいな、飛べるんだ」  光が、目を輝かせていた。 「おかしいと思わないの、普通は人は飛べないわよ!」  海が叫ぶ。 「おかしいって今更。おかまいなく、もし助けが必要なら言ってくれ」  瓜生はそれだけ言って、パラシュートを引いた。  少女たちを載せた聖獣は、パラシュートで減速した彼が見えなくなるほどの速度で降下し、三人を地面に振り落とした。  海は少し体を打ったが、怪我はないようだ。それから三人が会話を始める。  瓜生は遅れて、パラシュートでゆっくりと降下する。下で三人に話しかけている、外見は量の多い服を着た少年に見える凄まじい魔力を持つ魔導師に、瓜生は強烈な畏怖を感じた。 (バラモス級だよ。ミカエラがいればビビることもないんだが、おれはただの人間なんだからな)  そうしながら、自分を襲おうとする飛竜にマヌーサをかけて別のほうに行かせる。 「お前たちは、元の世界には戻れん」  魔導師が宣言した、その少し離れたところに降り立ち、パラシュートをしまって、そこに向かう。 「ハーゲンダッツもないこの世界に」とわめいている海に、スーパーで売られているカップのハーゲンダッツを差し出しながら、軽く言ってみる。 「戻れないこともない、おれの生命と引き替えでよければ、だが」 「そうだな」  魔導師は瓜生を見ようともしない。 「え、ハーゲンダッツ!で、でも、こんなのじゃなくって、ダブルとかトリプルとか、チョコミントとか」  海が強い怒りをぶつけてくる。 「悪いな、店ごと出して水道と電源整備して技術身につけて、それには何年かかかるよ」 「それじゃ意味ないのよ!」  叫びながら、アイスはしっかり食べ始める。 「瓜生さん、でしたね」風の笑顔が、心から笑っていないことに気がつく。軽くうなずきかけた。 「生命と引き替え、って?」  光が聞くのを、魔導師が答える。 「彼は少しは魔法が使えるようだ。だが自分ひとりが召還魔法の力に乗るならともかく、複数の、それもこの召還に使われた力に対抗して世界の境目を超えさせるには、生命そのものを魔力に変え、さらにこのセフィーロを破壊し尽くすような別の力も使わなければならないだろう」  瓜生はただうなずくだけ。メガンテと水爆の融合、それが必要だと彼自身わかっていた。復活させてくれる僧侶もいない。 「そ、そんなのだめだよ」  光が烈しく叫ぶ。 「彼女たちの心を最優先すれば、黙ってそれをやってしまっていたほうがいいかもしれないがね。まあ、生命を犠牲にしても十回に一回成功するかどうかだ」 「だが、それは……」 「ああ、かなり難しくなったな」瓜生は微笑む。魔導師はいつでも自分の魔力を封じられる、対抗しようとしても無駄だ。実力が違いすぎる。 「この方を犠牲にして、その負い目を一生負って生きるか、それとも……」と、風が魔導師を見る。 「ああ」 「やはり困りましたわね、わたし先生に提出するレポート作成が残ってますのに」  などと、また風たちがのんきな話を続ける。 「迷惑と言っても、自動車事故の確率は常にある。それにさっき言っていた富士山の噴火や関東大地震、小惑星の衝突、核攻撃などがあれば、そういう日常は瞬時に崩壊する。今は君たち三人だけだが、そんな非常事態だと思って切り替えたほうがいい」  瓜生が言うが、あまり聞いてもらえていないので軽くため息をついた。  やっと、光が丁寧に、どうすれば戻れるのか魔導師に聞く。 「この『セフィーロ』を、救って欲しい」魔導師の目の苦渋に、瓜生は気がついた。 (やれやれ、どんな裏があるのやら。まあ、いざとなったら、やるだけやるさ)覚悟を固めて見つめる瓜生に、魔導師はかすかにうなずきかける。  魔法で、言葉を使わず情報交換しようともしたが、それは拒まれる。  瓜生は一歩引き、魔導師と少女たちの話が続く。  魔法騎士の名に燃えている光、現実感がなく怒りが強い海、同じく現実感が薄いが冷静な面もある風。  突然魔導師の背後から出現した魔物に、魔導師がごく短く「稲妻招来」と唱えるだけで、数本の稲妻。  瓜生は、自分には到底使えない魔力に驚いていた。 「エメロード姫はこの世界の『柱』なのだ」という言葉に、改めて瓜生は小声で呪文を唱え、この世界全体の『理』を探し始める。だが、ある程度探った時点で、強大な魔力の妨害を感じて、軽く立ちくらみを抑えた。 「この『セフィーロ』を救うことができれば姫の『願い』はかなえなれ浄化される」魔導師が言葉をまとめる。 (どんな裏がありえる?)瓜生はまずそれを考える。(神官と王室の争いはよくあることだが。詳しい歴史を知っておく必要がある、うっかり間違った側に立って無辜を虐殺させたら、わざわざ来た意味がない) 「その前に、その装備を何とかせねばな」という魔導師の言葉。 「よければ、ある程度の装備ならおれも出せるが」瓜生が言うが、魔導師は首を振り、光の衣類を調べ始めた。  勘ちがいした海が大騒ぎしているのに苦笑する。 「装備を確かめただけだ!そんな薄布でこれからの戦いに備えられるか!」  と、魔導師が膨大な魔力を惜しげなく振るう。 (限界ないのかよこいつは。神々に近い)瓜生がつぶやく中、彼女たちの服にいろいろな飾りができる。  瓜生には、全身をきっちり魔力が覆い、板金鎧に最新の防弾チョッキを重ねるよりえげつない防御なのははっきりわかる。 (魔法の鎧と同等。拳銃弾なら防げるし、呪文攻撃も半減できる) 「ますますRPGですわねえ」  風の言葉に瓜生が苦笑した。 「なんでしょうか、その苦笑は」 「鉄の鎧を着て、隊商を護衛しつつ砂漠を歩くのを一度やってみたら、ってことさ。最初からそんな強力な、魔力でできた軽い鎧を手に入れるなんて贅沢な話だ」 「でも、この人もぬののふくじゃない」  海が魔導師に文句を言う。 「いや、彼の服には、別のきわめて強力な魔力鎧が目には見えぬよう重ねられている」  魔導師が当然のように見抜き、軽く手を振ると、不可視化された魔衣が見えるようになった。  時に水銀のように輝き時に海水のような深青に染まる水が、蛇のように彼の全身を這い回っている。胸板、手首から肘、膝から下は頑強な甲羅のような金属板が覆っている。 「なんかカッコいいじゃない、着てる人はあれだけど」海がくすくす笑った。 「ほっとけ」瓜生は憮然とした。 「おまえたち、『魔法』は使えるか?」と魔導師が問いかけ、彼女たちが抗議する。 「おれや彼女たちの世界の人間は、こんな形で」と、瓜生が軽く指を振って魔力を編み……昔の仲間の仕草の真似でもある……魔導師に情報を伝える。「保護されてる。別の世界で習わない限り、絶対に魔法は使えない。ただしその魔法というのは、おれのような道具なしで、言葉と意識の変容を使うものであり、彼女たちもいつも魔法を使っている。スイッチを入れて湯を沸かし、丁寧な言葉遣いや物腰で階級をアピールし、笑顔で自分や他人の心を操っているんだ」 「仕方がない。おまえたちに魔法をひとつずつさずけよう。魔法伝承!」魔導師が叫び、杖を掲げた。  その瞬間湧き出した、彼女たち一人一人の奥底からの凄まじい魔力。  光は炎に包まれ、海は水に一体化し、風は湧き上がる風と歌になる。  その凄まじい魔力に、瓜生は呆然とした。自分とは比較にならない、勇者、神々の領域の魔力だ。見るだけで目が潰れそうなほどに。  魔法を軽々しく使おうとして殴られた海に、瓜生は苦笑する。自分も魔法を覚えたころ、似たような目にあった。その頃の仲間たち、自分を厳しく鍛えてくれた老魔法使いのことを、懐かしく思い出す。 「『魔法』の使用方法を教えていただけますか」と風が魔導師に聞く。「せっかくいただけたんですもの、正しい使用方法で……」 「その前に。最初に一つ、選択してくれるか」瓜生が三人に話しかける。 「な、何を?」光がまっすぐに見つめてくる。その目に一瞬気おされたが、気を取り直す。 「小さい子供のように保護されてあらゆる行動を監視され命令されるか、それとも自分で選んで行動するか、だ。君たちの年齢は、微妙だからね」 「ば、バカいわないでよ!なんであんたなんかの言うとおりに、保護なんかされなきゃいけないのよ!」海がわめいた。 「兄様と、同じ眼だ」光が目を閉じ、真剣に考える。 「そのほうが楽なのは確かですね。ですが、わたくしは自分の意思で歩みたいのです」風は即座に迷わず告げる。 「結果を、引き受けるか?」瓜生の言葉に、光が強くうなずき、 「うん!」と小さめの声で叫んだ。 「もちろんよ」海が同調し、光の肩に手をかけて瓜生をにらむ。 「なら、君たちが無事に旅ができるよう最善を尽くす」瓜生が厳しい目で言う。「だが、虐殺・拷問・強姦はお断りだし、おれの視界内でやったら、誰であろうが殺す」 「ば、バカ言わないでよ、なんでそんなこと」海がわめく。  瓜生は風に軽く言った、「世界の少年兵の推定数は?」  風が目を見張り、うなずいて海と光に話す。 「私たちが『東京』を出発した時点で、アフリカ・中南米・中東など政情不安定な国々を中心に、何十万人もの十五歳以下、六歳ぐらいすら含む子供たちも武装集団にさらわれ、戦わされているんです」 「そんな、そんなひどいことって!」光が叫んだ。 「それが、おれたちの世界の現実だ。そして人間の本性だ」瓜生が言い捨てた。 「違うわ!そんなの、別の世界の」海が怒鳴るが、 「同じ人間、同じ時、同じ地球上だ。交配可能な、同じ種の動物だ」瓜生は吐き捨て、一歩引いた。 「人間の本性の、一面です」風が言うのに、瓜生は眉を哀しくひそめながらうなずく。 「そなた名前は」と、魔導師が光に目を向け、魔法の使い方を教えた。  その直後、森の向こうが騒ぐ。  瓜生が延ばした糸のような魔力にも強い敵意が触れ、彼は素早く森に滑り込み、イオラで牽制しつつカールグスタフ無反動砲を発射する。反撃にと稲妻の魔力が凝縮するのを感じ、寸前にマホカンタで弾き返す。別のどこかに稲妻が着弾した手ごたえはあった。 「なんだと?ザガートの手の者が?」魔導師が叫び、別の精獣を招喚した。  広い翼をもつグリフォン。これまた凄まじい魔力だ。 「早く乗れ!!」と、三人を送り出す魔導師。瓜生はそれを聞きつつ、マヌーサを唱え81mm迫撃砲を連射し、何食わぬ顔で一度戻った。あちこちで巨大な爆音が上がる。 「貴方はどうするんだ!!」 「ここに残る」魔導師の言葉に、光が絶叫した。  最後に、「まだ名前を聞いていない!!」と叫ぶ。 「クレフだ。導師クレフ。おまえたちを導き、『魔法騎士』となるべく見守るのがエメロード姫との約束」 「クレフ!!私もいっしょに戦う!」と叫ぶ光に、瓜生は苦笑した。 「どうやってだ?魔法の使い方も習ったばかり、武器も持たないのに」これだから若さは、と瓜生はクレフと顔を見合わせる。 「心配ない。いいからいけ」クレフが笑顔で見送る。  飛び立つグリフォンに、クレフが叫ぶ。「西へ行け!!西の『沈黙の森』にプレセアがいる。そこで武器とモコナを……!!」  風に、叫び声が薄れる。「それから、伝説の鉱物エスクードを採りに、伝説の泉エテルナへ!絶対にモコナを敵に渡すな……」  もう聞こえない、とわかったように、瓜生を振り返った。 「そなたは……」 「異界にしょっちゅう旅している者だ。一応少し魔法も使える。彼女たちが、間違った虐殺などをしないように来た」 「そうか。なら、そなたも彼女たちを助けてくれ。先払いの報酬だ、使う時に使ってくれ……」  クレフの指が瓜生にかざされる。集中した彼に、今までは想像もしていなかった魔法の使い方が見えてくる。 「竜や、周囲の人や敵にも変身できるのなら、それを少し応用すれば、特にここセフィーロならば『守りたい』という心が充分に強ければできるだろう。そなたは、神々と接して尽きぬものも得ているのだから」 「ありがとう。レムオル、トベルーラ」  自らの姿を消し、重力の方向を制御して宙に飛び立つ。空気抵抗を切り開きながらグリフォンに追いつく。  バレットの高倍率スコープで見る彼方では、一角獣に乗る女性がクレフと言い争い、巨大な獣を招喚して襲わせて自らは光たちのグリフォンを追った。  クレフは簡単にその魔物を倒すと、そのまま瞑想を始めたようだ。 「あの程度の敵に破れるようでは、というわけか。まったく……」瓜生は姿を消したまま、グリフォンと女魔法使いの中間に位置する。 「氷槍投射!」  呪文とともに放たれる光の槍の嵐。グリフォンに直撃する弾だけを、瓜生は姿を消したまま魔力で相殺した。 「戻ろう!クレフの所へ!」光が叫ぶ。 (まったく、クレフの実力がわからないとはな)瓜生は苦笑しながら、バレットM82のスコープに女魔法使いをとらえ、静かに呪文を唱え続ける。もし食らっても致命傷を免れるよう、彼女たち一人一人の魔法防御力を高めておく。 「戻ってはいけませんわ」風が静かにクレフの心を慮り、光を励ます。  見えているのか、素早い動きで瓜生をかわした一角獣が、グリフォンの前に立ちはだかり、女魔法使いが魔力を集中させる。  バレットのトリガーに指をかけた瓜生だが、光の体から凄まじい魔力を感じ、別の呪文を唱え始める……魔法が失敗したとき、また別の敵が攻撃したとき守れるように。  立ち上がった光が指を振るう、瞬間強力な炎の矢が数十本、女魔法使いを襲う。  直撃は魔法防御で弾かれたようだが、バランスを崩して落下、そのまま逃げた。  主を失った一角獣はふっと消えうせる。  光を抱きとめた海が喜んでいたが、瓜生は胸を痛めていた。  幸い、あれで死ぬような相手ではなかったからいいが、下手をしたら光は、人を殺していたかもしれないのだ。 (メラミやテルミット弾に匹敵する千度級の炎を、一度に二十発以上。空爆用焼夷弾と同じかそれ以上だ。満員のコンサート会場やラッシュ時の駅でぶっ放せば万に及ぶ人が死ぬ火力だぞ……)  瓜生が、人間の魔法使いが使える最大呪文メラゾーマの三倍以上の総熱量。悪用を許したらとんでもないことになる。  その瞬間、見えない彼方から飛んでくる魔力を帯びた矢を、瓜生がかけていた風の守りが弾いた。バレットのスコープで地上を探るが、もう放った相手の気配はない。  グリフォンは西の森に向かう。瓜生は途中から、姿を消したままグリフォンの爪に身を引っかけていた。  荒野の中の、円形の大きな森。その上にさしかかると、強い違和感を感じる。 「まいったな、ここは魔法が使えないのか」瓜生は舌打ちして、レムオルが解ける前に飛び降り、着地点と思える家に向かって加速だけして、パラシュートを開く。  瓜生の物資を「出す」能力は魔法とは違い、竜が炎を吐くのと同様どんな状態でも、ピラミッドの地下や魔王の爪痕でも使えることはわかっている。  パラシュートで着地はしたが、その家まで結構あるし、魔物がいるかもしれない。 (武器を出すのに、魔力の補助がないと前みたいに手間取る)  サイガブルパップもしまいMk48、ミニミ7.62mm×51NATOを手に、長い弾帯を大型リュックに入れて背に、デイバックに大量の手榴弾を入れて前後逆に担ぐ。また、諸刃の剣と合成された、身長ほど長い刃の両手剣を出し、柄部分を肩に金具で固定する。  常人なら歩くこともきつい重量。 (これで、なんとかするか)  と、見える小さい家に近づこうとする。三人が家に入り、ドアが閉まる、直後聖獣は消えた。 「さすがクレフ、凄まじい魔力でこの世界につなぎとめていたんだな」  同時に、脚が地面から伸びる触手につかまれそうになる、瞬間両手剣がそれを、豆腐を斬るように断ち切った。 「襲うものは殺す!」  叫ぶと、出現した巨大な本体に手榴弾を投げ、常人には不可能な速度で飛び離れて重い銃弾を浴びせる。  背後からわらわらと出現した、数十体の、不気味な羽で飛びかかる足が多すぎる蜘蛛を弾幕でなぎはらい、また手榴弾を投げて離脱。  遠くから足音を響かせ、恐ろしい速さで襲ってくる、八脚の30mはある四頭の虎。  ほんの数秒の時間にクレイモアを仕掛け、飛び離れて首の一つを両手剣で切り落としつつ至近距離で炸裂させ、さらに手榴弾を二個放って、また一連射ぶちこみながら逃れる。  背後に吹き上がる爆風をぎりぎりで避けて、目に見えない山猫に腕を噛まれたのを至近距離から腹を銃撃。それで力が緩み姿が見えた瞬間、ナイフで喉をえぐる。はぐれメタルの精髄と水の羽衣、ドラゴンローブの力が合成された防具のおかげでダメージはない。  その家を包囲し攻撃しようとする魔物に、100m8秒を切る走りで撃ちまくりながらレーザーワイヤーを仕掛け、伏せるとM2重機関銃を手早く準備し、連射。重低音とともに放たれる重弾が次々と魔物を貫通し、脆いものは粉砕し、柔らかいものはミンチにしていく。  その家の中で、モコナと遊んだりプレセアに捕まったりしている三人は、その家の高い防音性のため外でどんな戦いがあるか、まるで知らないままだ。  瓜生が乱射する重機関銃が激しい衝撃を受け、崩壊する。魔衣のおかげでダメージはないが、衝撃は激しい。 「暴発、じゃない。狙撃か」  素早く岩陰に隠れ、周囲を双眼鏡で見回す。 「向こうも魔法は使えないはず……」  双眼鏡の、熱画像増幅がやや遠くの木陰に、かすかな温度の違いを見た。機関銃が、かなり高く空を向いて咆哮する。  数十発の銃弾が、大きな放物線を描く。その中の二発の曳光弾だけがその軌跡を見せる。 「ち、もう逃げたか」  機関銃を構えなおして別の岩陰に移る、その途中で首筋に細い紐がかかるのを感じ、後ろにナイフを突き出す。  魔力を帯びた不可視の衣が首筋も覆っていたから助かった。 (でなければ、首が落ちてたな)  何の手ごたえもない、そして気配も何もない。ただ、血痕だけがかすかに地面につく。  それに機関銃を向けようとするが、別の魔物に襲われ応戦する。 「遠距離からの狙撃、見えない暗殺者、それに多数のザコ、か。厄介だな」  と、言いつつ最後の一連射と焼夷手榴弾で、巨大なナメクジが焼き尽くされる。  ドアが開く。  その瞬間、おびただしい魔物の骸が、あっという間にのびる植物の葉に覆われる。 「ここは、場所が定まっていないのか」  瓜生が嘆息する。  飛び出してきた少女たち。光の腕には、卵のような丸く柔らかい、額に宝玉をつけた動物が抱えられている。  少女たちの後ろからは、長い髪をポニーテールにした美しい女性も出てきた。 「ああ、やっぱり鳥さんがいない」と海が探すのに、瓜生は軽くため息をついた。 「ええと、瓜生さん、でしたね」風が瓜生を見る。瓜生は軽くうなずいた。 「なんか花火の匂いがする」光が鼻をひくつかせる。  プレセアが最後に、三人と話す。 「モコナ、みんなをお願いね」 「いってきます!!!」と、変な動物を抱えた光が手を振り、立ち去る。  瓜生はそのまま周囲の警戒を続けつつ、少し離れて三人を追おうとする。  見送り、深く祈っていたプレセアが、瓜生に話しかけた。 「あなたは」 「瓜生。あの三人と同じ世界、異世界の旅人で一応賢者。彼女たちを守るために追ってきました。顔が崩れる病気で島に流された人々を魔物と吹きこまれて虐殺し、あとでそれと知るようなことにはさせたくない。あなたは?」  プレセアがうなずく。 「創師プレセア。彼女たちが、伝説の鉱物エスクードを手に入れたら、魔法騎士のための武器を作るのが役目です」 「それが、無辜の血で染まらないよう、全力は尽くしますよ」  プレセアが、瓜生の硝煙まみれの全身を見る。 「あなたには、あなただけの、ただひとつの武器は必要ない、ですね」 「多くの武器を必要に応じて使えますし、この沈黙の森でなければ魔法という選択肢もありますから」 「一つの武器と、心から愛し合い一つになる喜びは、あなたにはない」 「おれもそれは、前からとても哀しいことでした。でも……これ一つで完全に満足、というのは、おれにはありえません。  2m、20m、200m、2000m、それぞれで最強の火器はまったく違います……2mならショットガンのフルオートかアンチマテリアルライフル、20mなら手持ち対戦車ロケット、200mなら対空機関砲、2kmなら核砲弾。  こんな能力を持たない普通の歩兵は、弱いアサルトライフルで満足するしかない……いや、アサルトライフル・手榴弾・グレネードランチャー・手持ち対戦車ロケット・銃剣・シャベル・支援要請といくつもの選択肢から選ぶのは同じです」 「わたしは、そうではないと信じています。その人だけのための、たった一つの武器を作るのが仕事です」 「軍では、現実はともかくライフル一つに対する忠誠と情愛を叩きこまれます」 「それはともかく、どうかあの子たちを、守って」 「もちろん。そのために来たのですから」  言うと深く礼をし、三人を追って沈黙の森に向かった。  モコナと旅する三人は、特に海がどう行けばいいのかわからなくて混乱していた。  戻ろうとしても道が見えていない。  それを、影から見ている瓜生は、声を出さないように腹を抱えて笑っていた。 (魔法の世界で、目に見えるものを信じるのは馬鹿なんだけどな)  モコナが走り出すのを目で追う、その向こうに、熱画像に魔物の気配があり、瓜生は銃を構えなおす。  一つ目で翼のある、長い爪の巨人。動きは鈍いが、炎さえ吐く……が、三人とも無事なようだ。 (ま、あれだけの鎧があればな)  援護しようとした瓜生を、別のほうから似た魔物が七体ほど襲う。また、モコナと呼ばれた変な動物が瓜生の肩にとびついてきた。 「襲うものは殺す、退けば追わない!」  瓜生はモコナを、前に回したバックパックに押しこむ。ちょっと土手になっているところに伏せ、Mk48の一連射で動きを止め手榴弾で全滅させて、三人の少女の、少し見えにくい背後に回る。  長い両手剣を構える光、弓矢を手にする風、細長いレイピアの海。  光の剣は、鋼であれば彼女の体には大きすぎるが、彼女たちが招喚された時点でその並外れた『心』の力が肉体的な力になっている。  追いつかれた海と風に、巨大な爪が迫る。瓜生のフラッシュライトがその目をくらませ、勢いが緩んだ爪を光が剣で受け止める。めまいがしたほどの無謀と勇気だ。  瓜生は魔物の足をぶち抜いてさらに力を緩め、すぐ女の子たちの背後から迫る巨大なザリガニを両手剣で切り刻んだ。  風の矢が魔物の目を貫き、海のレイピアが脇腹を切り裂く。 (なんて冷静さだ、初の実戦なのに。いや、幼くて現実感がないからか?心が極端に強いからか)瓜生は複雑な思いだ。自分の初の実戦を思い出すと……巨大蜘蛛の糸にからめとられ、失禁し泣き叫んでいた。  影から瓜生の銃が、魔物の両肩を打ち抜く。  なおも暴れる魔物を、光が正面から真向唐竹割りに断ち割る。  元の世界では絶対にありえない、身長の三倍を越える垂直飛びも、『心』の強さが肉体的な力になったものでもある。だがそれにも、彼女たちは違和感を持っていないようだ。 「たいしたもんだな、三人とも」瓜生が微笑を浮かべ、その背後から高速で襲う頭二つの狼に十発以上の銃弾を叩きこむ。『沈黙の森』だけに、銃声もわずかに離れたらろくに聞こえなくなるようだ。  三人が楽しそうに語り合っている、そこにはなんの警戒もない。  モコナが暴れるのでバックパックを開けてやると、そのまま光の腕に飛びこんで甘えている。瓜生は、見ようと思えば見える場所にいるが、顔は出さなかった。  警戒は瓜生の仕事だ……別の、無数の太い、トゲだらけの、タコの腕のような蔓のようなので立つ、花のような牙のような中央部を持つ魔物。銃を向けた瓜生だが、別の気配を見て発砲をせず、周辺警戒に戻る。 「お前たち何者だ!?」という、巨大な刀を持つ少年の声。  瓜生にも向けられた言葉だが、瓜生はただ銃口を向け、周辺を熱暗視双眼鏡で警戒し続けるだけだ。  光たちはそれぞれの武器を構える。  突然、モコナがその少年に飛びつき、遊び始めた。  光は笑顔で、「助けてくれてありがとう」と呼びかけた。  だが海と風の二人は警戒しているようだ。「親切で助けてくださったのかは、これから確認すればいいことですわ」 「あ、瓜生、よね」海が瓜生に気づく。「どこ行ってたのよ、乙女たちが危なかった時に」  瓜生は肩をすくめるだけ。 「あなたは、どうお考えですか?」風が瓜生に聞く。  瓜生は首を振り、「おれは、きみたちの行動を一切束縛しない。好きにすればいい、危なくなったら助ける」 「無責任ね、レディーを守るナイトじゃないの?」海が怒鳴るが、 「ナイトなんて資格はないさ」というと、また双眼鏡を出して周囲の警戒を始める。いかにも、自分はノンプレイヤーキャラクターだ、と背中で主張して。  風はうなずいて、少年との会話を再会する。同じくエテルナへ向かう、エスクードを取りに……そう聞いた時点で、瓜生はその少年を殺すことを覚悟した。 (人殺しの血は、おれがかぶればいい)  風が、フェリオと名乗る少年と慎重に交渉を始めた。一段落してから、瓜生もいくつか聞く。 「ザガートがめちゃくちゃ強い、と言っていたが、誰に聞いたことだ?ともに戦ったか稽古でもしたか、それとも伝聞?噂?常識?」 「いやまその、誰もが知ってることだ」フェリオの言葉には、ごまかしがあった。 「それで、武人階層と神官階層の対立は?収税権・立法権・司法権はそれぞれどの層が持っている?」瓜生が聞くが、フェリオには意味がわからないようだ。 「対立など、このセフィーロにあるわけがないだろう」 「人間ならないわけがないんだがな。その、柱とかいう王はどの階層を基盤にしてる?」 「階層も何も、このセフィーロに、そんな違いなんかない。みんなで柱であるエメロード姫を守りつつ、永遠の平和を謳歌する生活だったさ」と、言いながらフェリオの表情にかすかな翳が混じる。 「そのザガードの、王位継承順は?そしてクレフの」 「王位継承?そんなことは考えられない。『柱』の寿命はなかば永遠だから」  瓜生は軽くため息をつき、 「ま、そっちにはこちらの世界が、わけわからないか」と一歩引いて、また交渉を風に任せた。  いつしか瓜生はそこを離れ、熱暗視双眼鏡に引っかかった魔物に応戦して片付け、遠くから突進してくる魔物にRPG-7を叩きこんでいる。  その防衛線からもれた魔物を一体、フェリオが叩き切った。  そして、モコナの額の宝石が光を放ち、森の出口を示す。  土中から出てくる魔物、かなりいたが、少し孤立した場で出た二体を除き、瓜生が形をとる前に破壊した。  その二体は光と海が倒し、フェリオが「なかなかやるじゃないか」と感心する。  さらに空を飛んでくる、足が一本の魔物を銃撃するが、銃弾が効いていない。そのまま光を襲い、彼女の剣もすり抜けた。 「あの魔物には武器がきかない!」というフェリオの叫びに、瓜生は考えこんだ。武器が効かない魔物と戦った経験はあるが、その時は車の機動力で逃げ切るか、ニフラムで消し去った。この森では車は使えず、魔法も使えない。  炎の吐息。スピードまかせに四人の前に移動すると、巨大な鉄板を目の前に出して一瞬防ぐ。  そのまま、素早く物陰に戻り、周囲から襲ってくる別の魔物を次々と銃撃する。  フェリオがその魔物から逃げるように動きながら、着地した足元を崩して木のトゲに貫かせた。 (なるほど、地形を使えばいいわけか)  瓜生はもう一匹の同じような魔物が襲ってきたのを、自分は岩の隙間に爆薬を入れて、その破片で仕留めた。  その間に、魔物の断末魔が風を灼こうとしたのをフェリオがかばう一幕があった。それを守れなかったのに唇を噛みしめたが、周囲を見ていた熱暗視双眼鏡が、もう見慣れた影をつかむ。気持ちを切り替え、素早く海とその影の中間に移動し、一連射。  矢と銃弾が、高速で交錯する。 (おかしい)気がついた瓜生は、遠隔操縦できるようにしたミニガンを置いて少し移動し、さらに使い捨てカイロを近くの木のトゲに刺し、見当をつけた場を遠隔操作で銃撃する。  反撃の矢が、使い捨てカイロとミニガンを次々とぶち抜く。  その二発から勘で三角測量した方向に双眼鏡を向けるが、影はいつの間にか消えていた。  ちょうどその時、モコナが示した出口に向かって走り出す海と光…… 「危ない!止まれ!」振り返った瓜生が叫ぶ。 「ぷぅうう!」モコナも叫び、光が足を止める。  瓜生が伏せて、Mk48の引き金に指をかけた、瞬間に海を氷の槍が無数に襲う。  その向こうを、瓜生が銃撃するが、防御魔法で弾かれたのがわかる。 「近づくな!助けようとするのを狙撃するのが、よくある手だ!」  と、瓜生がダネルMGLグレネードリボルバーを瞬時に出し、岩の上に立つ女魔法使いとは別の、自分が狙撃兵なら隠れる茂みや岩陰一つ一つにグレネードを放り上げる。  瓜生が、もう二発グレネードを近くに当てて爆発させ、それを煙幕に沈黙の森の結界を飛び出す。まずマホカンタを自分にかけ、海にベホイミをかける。それで死は免れたはずだ。  マホトーンとマヌーサを女魔法使いに向けて放つが、それはあっさりと相殺され、攻撃呪文を一発食らうが、それはマホカンタで弾き返した。 「その程度の魔力で」言わせない、手榴弾を投げつけ、そのままピオリムを自分や光たちにかけて走り去ると、森に潜む狙撃者とMk48で銃撃戦を始める。 「やっと捕まえた。彼女たちを攻撃する者は殺す!」  瓜生の叫びに、ふっとまた影が気配を消そうとする、瓜生は手元の小型コンピューターで、上空に投げた無人機の熱画像を見る。 「いた」  位置を特定し、そこにバレットを連射する……  まったく別の角度から、矢が左肩に突き立つ。  言葉にならない悲鳴。なんとか回復呪文をかけ、トリガーに紐を結んだバレットをのこして移動する。 (敵は熱源ダミーも使える。熱源もわかる。試すか)  と、数メートル離れたバレットのトリガーを、紐で引く。  次の瞬間、巨銃を矢が貫く。 (よし、敵も全知全能じゃない。となれば)  素早くマヌーサとレムオルを唱える。  その向こうで、光はアルシオーネと激しい魔法戦闘を続けていた。  双方の強大な魔力に、瓜生は驚きながらも狙撃手を無人機で探す。時にアルシオーネを大口径銃弾で狙撃、直後に飛んでくる矢をテトラポッドで受け止めて移動するのを繰り返す。  無人機は多くの熱源を探知した。可視光線の解像度を上げ、なんとか、偽装した人影と弓矢と見えた……それに迫撃砲を向けようとして、一瞬ためらう。  別の呪文を、かたわらの木にかける。  そして、慎重にほふく前進で移動し、それから……遠隔操作の迫撃砲、一時使い魔とした木の放つギラが同時に放たれる。  迫撃砲が矢に貫かれるが、 (こっちか)  攻撃呪文に焼かれながら上空を飛んでいる、奇妙に巨大で美しい蝶。それに、瓜生のMk48が放たれる。それで弱ったところに、瓜生のメラゾーマ、岩をも蒸発させる超高温の極炎が襲い、機関銃にえぐられた穴から内部を焼き尽くした。  絶叫がどこかから上がり、森のあちらこちらで、曲がった枝を弓とした木が、呪縛を振り払われて元の姿に戻っていった。 「人の姿、それ自体が幻惑だったってわけか」  そうつぶやき、別の魔力を広げると……光に背後から、姿のない何かが迫るのがわかった。  それを瓜生が狙撃し、影が弱り消える。  そのとき、海がモコナを通じ、クレフから魔法を受け入れた。光にとどめを刺そうと狙うアルシオーネを、莫大な量の水が超高速で襲う。  瓜生は海の治療に向かおうとするが、周囲から膨大な数の魔物が襲ってくるのがわかる。  森の中に駆け入った瓜生。 (クレフから習った魔法、試してみるか)  まず、目の前にヴィーゼル空挺戦車を出す。  それから、ドラゴラムを応用し、地竜とヴィーゼル、そして自分自身を一体化させる。  一つ一つの、鉄の部品が、魔力で別の本質を見せる。鋼の、幾何学的な法則が、竜そのものの別の本質と共鳴する。 (やばい)瓜生の魔力、編む複雑さが、限度を越える。さっき戦った敵との、疲労も。  だが呪文は中止できない、全力で、続けるほかない…… (助けたいんだ、あの子達を!)瓜生の心が、叫ぶ。それが、崩壊しかけた魔力を編み上げ、一つの力とする。  そこには、中型トラック程度の、鋼の肌を持ちキャタピラと太い足で地面に立つ竜がいた。  襲う魔物に、竜の口が炎を放ち、同時に上から伸びる機関砲が20mm弾をばらまき、魔物の巨体を次々と貫通する。  移動する速度も、時速100kmを越える。ヴィーゼルの最高速度をはるかに上回る。  瓜生が、自らの一部となったエンジンを最高速で回し、その力を竜の生命に直接注ぎ、荒れ狂う。  その間に、風もモコナを通じてクレフから魔法の使い方を習い、海を完全に回復させた。  元の姿に戻った瓜生が、抱き合って喜んでいる三人のところに戻る。海も風が治したようだ。  そしてちらりと、モコナを魔法のやりかたで見ようとする、それだけで圧倒された。 (神)他に考えようがない、絶対の、形容不可能な圧倒的な力とありよう。賢者となった時に垣間見た、そしてその知識から改めて理解したエゼキエル書やヨハネ黙示録の記述すら体で思い知る。  とっさに、これまで積み重ねていた、神に対する激しい恨みと憎しみが爆発しそうになる、が武器を手にすることもできず、その存在自体に打ちひしがれ硬直する。  一瞬、完全に石になって、また元の姿に戻される。敵意を向けただけで。 (ヨブ、か。たしかにオリオンの鎖を解くことはできない、存在の次元が違いすぎる、人間の善悪など……貴様にとっては!)  瓜生が呆然としているうちに、三人の少女たちは熱く語り合っている。 「私たちは仲間だ。まだ出会ったばかりだけど」と、海と風に訴えている光。意識を取り戻した瓜生は一歩引く。 「瓜生も」光が言うのを、軽く首を振る。 「え」光が泣きそうな目で見上げる。海が怒りの目で見た。 「おれを、仲間と思ってもらったら困る。こちらからは攻撃しない、でもおれはいつだって、きみたちが……虐殺をしようとしたら、止めるつもりでいるんだ。たとえ殺してでも」感情を抑えきった、疲労にしわがれた声。 「そのために、いるのですか」風が哀しそうに瓜生を見る。  瓜生は、昔の仲間の気持ちがわかった。いつでも自分や、幼い頃から知る勇者を殺すために、苦楽をともにしつつ監視していた賢者。 「そ、そんなこと、するわけがないじゃない!」海が叫んだ。 「すまない。でも、もし自覚がないのなら……きみたちは、人を殺したのかもと、思わなかったのか?」  海の表情が凍りつく。 「あの女魔術師は、ダメージは受けたが逃げたよ」瓜生の言葉に、光がほっとする。風は表情を変えない。 「自分や仲間を襲う相手を殺すのは当然だ、特殊なキリスト教徒やガンジー主義者でない限り。責めてるわけじゃない。ただ、今まで倒してきた魔物も、どれかは姿を変えられた人間かもしれない。もしかしたら、別の魔物に追われた、何もわからない子どもかもしれない」  軽く、目を閉じる。 「おれは、おれやきみたちに牙をむく者は、どんな姿をしていようが殺す。花束持った小さい子の腹に爆弾が巻かれてる、ってことは地球でもよくあるんだ、撃つしかない。だが襲ってこない限りおぞましい魔物でも、どんなひどい話を聞いていても殺さないし、きみたちが武器を向けたら殺してでも止める。それだけなんだ」瓜生は言って反応を待たず、また森に消えた。  その森にも、多数の魔物が出現している。  巨大すぎる、一つ一つの腕が蛇のようになったヒトデ。足の一本を両手剣が断ち切り、メラミがその体全体を焼く。  切れたのが再生しようとするのを、頭上に自動車ほどの庭石を出して押しつぶし、それで別の敵が襲い掛かるのを止めて、その影に隠れて岩越しに手榴弾を放る。  飛び出すときには身長より巨大なダネルNTW-20を持っており、20mm砲弾が頑丈な、表面が金属のような、ワニの頭とヤマアラシのようなトゲを持つ魔物の後ろ半分を爆発のように吹き飛ばす。  目の前に巨大な鉄板を出し、それに突進してくる頭が岩のような魔物が激突するのを横にかわし、また巨大な機関砲弾をボルトアクションで装填し、はらわたにぶちこんで手元から消す。  上を巨大な、八枚の羽の蛾が飛び去り毒鱗粉を撒こうとするのを、キアリーを唱え解毒しつつ小さいが風速が強い高密度の竜巻をぶつけ、爆風手榴弾で竜巻ごと吹き飛ばす。  その目の前に、肌が岩でできているような、巨大な魔物。近すぎる。  瓜生は振り落とされる腕だけを両手剣で切断し、ルーラの応用で十メートルほど瞬間移動するとRPG-7を発射し、弾が着く前に素早く呪文を唱え、魔物の足から下半身に氷の刃が降り注いで氷像となったところに着弾、粉砕。  そうして戦いながらも、瓜生は三人とフェリオも見ている。フェリオが牙をむいたら、瞬時に殺す覚悟を固めて。  心を通わせあった三人が、決意に満ちて固く手を握り合う。  その三人とフェリオの会話に、何かおかしいことが多くあるが、考える暇はない。  モコナが別の道を示し、そしてフェリオは立ち去っていった。風の手に指輪と、キス一つ残して。  合流した瓜生が、フェリオの、魔力の編み目を見ようとふっと魔力の糸を伸ばすが、フェリオは鋭くそれを断ち切った。  魔法使いとの交流もよくあるらしい。  しばらくモコナが示す方向に歩く。瓜生は適当に、時々消えては魔物を皆殺しにし、また合流するのを繰り返している。 「おなかへっちゃった……」と光が倒れた。 「旅に必要なものはモコナが、とプレセアさんが言っていましたね」風がモコナを見つめる。 「おれが出すこともできるけどな」いつしか合流していた瓜生がつぶやく。 「材料さえあればねえ」海が光を抱っこしてなでながらぼやく。 「お菓子!?アイスクリームも作れるのか!?海ちゃん」光の嬉しそうな顔。 「今すぐ東京に帰れるなら、てっさが食べたいですわ」風がいうのに、瓜生は商品として売られてないか、適当なカタログを出してめくってみる。フグを出して自分が調理するのは危険すぎる。 「あることはあるな」と苦笑し、自分はチョコバーを口に詰めこんだ。  光たちが、モコナの額の飾りを通じてクレフに連絡し、それでモコナが額から、かなり巨大な果物やマンガ肉をいくつか出した。  三人は大喜びで食べている。 「食べないのか?」光が瓜生に聞いた。瓜生はイチゴを一つだけつまむと、 「そっちも、あっちの地球で売られているのなら、何でも言えば出すよ」と言ってレディボーデンのバケツを光に、パックされたフグ刺身と醤油、それに自衛隊用の缶飯を風に出し、缶を魔法で加熱してやる。  海を見ると、彼女は少し考えて、「スパゲッティ」と言ったのでコンビニ弁当をそのまま出し、魔法で加熱してやった。 「ありがとうございます、何から何まで」と風。 「どうやって出したんだ?」光が聞く。 「おれも知らない。商品か、軍正式採用品だけだ。魔法が封じられる場でも使えるし、量に制限もない。地球全体に十個しかないものを千個出すこともできる」と瓜生。「でも、きみらの旅は、モコナの助けを使うのが本筋のようだ。おれの食物は、ちょっと余計なおやつが欲しいときにすればいい」  他にも塩飴やスポーツドリンクなどを渡した。 「あと、そろそろ足も疲労しているはずだ。靴下を履き替え、裸足の足をぬぐってマッサージするんだ」と、替えの靴下とウェットティッシュ、フットパウダーと絆創膏を渡す。  三人とも、足の痛みに気がついたようで、あわてて足の手入れを始めたが、すぐに女の子同士くすぐり合いっこになってしまった。  瓜生自身は、(平和な暮らしをしてたのがこんな激戦の連続で、よく食欲があるな。現実感ないんだろ)と呆れていた。  それからしばらく歩いていると、日が暮れてきた。 「そろそろ寝る支度をしたほうがいい。五時間は歩いて、足もかなり疲れているだろう」と、いつのまにか合流した瓜生が三人に言う。 「あ、はい、そういえば」風がこらえた痛みを、素直に顔に出す。  瓜生は周囲を見て、小川を見つけた。  水を試験管に入れていくつかの試薬で安全を確かめ、大きなビニール袋を出して汲み入れ、近くの木の枝に吊り上げた。それから、その枝の上からテントを張る。簡易シャワーだ。  別のところに深めの穴を掘り、別のテントで覆ってトイレットペーパーとアルコール消毒スプレー、念のため生理用品と蓋つきのゴミ箱を用意する。 「あしたにそなえてもうねなきゃ」と光がモコナに話しかける。 「ねるっていったって、この大自然の中でどーしよーっていうのよ」海が突っ込む。  突然モコナの額の飾りが輝くと、目の前に卵を立てたような大きな部屋が出現した。 「便利なもんだ」瓜生がつぶやき、三人に声をかける。 「トイレとシャワーならこっちにあるから、使ってくれ」  引き上げた袋の水を魔法で暖め、石鹸とタオルも置く。 「のぞくんじゃないでしょうね!」海が怒った表情でいう。 「その気になれば、おれは魔法で透視だってできるし、盗撮カメラだっていくらでも仕込める。それに、アダルトビデオとテレビとデッキと発電機と燃料を出せる」瓜生の言葉に、海が嫌悪に悲鳴を上げた。 「信じてもらうしかない。それに、緊急事態では羞恥心は制御できるほうがいいぞ。想像を絶する習俗の村に入るかもしれない」そう言って、双眼鏡で周辺の警戒を続け、モコナが出したのとは少し離れたところに自分用のテントを張った。 「こっちで寝ないのか?」光が無邪気に聞いてくる。 「な、何考えてるのよ男なのよ、あいつも!」海が光をどなるのを、光はわかってないように見返す。 「ありがとう、でも男が女の子たちの寝室に入るわけにもいかない。おれはこっちでどうにかなる、さっさと足をマッサージして休め」とだけ声をかけた。   言いたいことがもう一つあったが、いわなかった。(普通なら着の身着のままの野宿、いろいろな工夫が必要なんだぞ。それを学ぶ機会を失うのは残念だが。まあこうして異界に招喚されること自体、普通じゃないけどな……) 「まあパジャマや歯ブラシまで……いたれりつくせりですわ」風がモコナが出したテントを確かめていた。 「ここはホテルかーっ!」海が叫んでいる。 「それに、こちらにはシャワーとお手洗いまで、なんて便利な旅でしょう」風が、今度は瓜生の出したテントを確かめる。 「まったく便利なもんだな。まあおれがいるだけで、同じようにはできるんだが。睡眠導入剤だ、眠れないようなら飲め」と瓜生は薬瓶と水ペットボトルを渡して自分のテントにもぐりこみ、激しい疲労に崩れ落ちながら栄養ドリンクを飲む。  眠れるのは、ごくわずかな時間だけ。モコナが出したテントは魔物を遮断するようだが、瓜生はそれは無理だ。  わずかな居眠りで最低限の魔力を回復し、テントの中で濡れタオルで体をぬぐい、カップスープにオリーブ油を、ヨーグルトに蜂蜜を大量に加え、食欲もないのに腹に詰めこむ。  無人機で周囲を警戒し、魔物がいれば向かって、魔法だけで音を出さぬように倒す。  テントの中では、それとは全く別に何か騒ぎがあるようだが、それはもう放置。  朝になると、光は元気に、プレセアから借りた剣で素振りを始める。 「百本でやめておけ、あとで体がきかなくなったら馬鹿らしい」と声をかけながら、瓜生も自分の両手剣をゆっくりと振りかぶり、振りおろす。  まず足を開き気味に、長い両手剣を担ぐように振りかぶり、斧で木を切るように斜めに叩きつける。  剣を抱えるように腰を深く落とし、一歩前進しつつ体ごと突く。  それを百回ずつ、ゆっくりと。  ナイフを手に出し、大きく踏みこみながら袈裟、突きをこれまた百回ずつ。 「剣を使うのか!稽古しよう!」光が一段落するまで待って、すぐそばまで寄ってきた。  瓜生は防具と竹刀を出し、少し考えて、首を振って消した。「腕が違いすぎる」 「え」 「そっちのほうが上すぎる。下手と稽古しても腕が落ちるだけだ。それに試合で勝てなくなるぞ」 「情けないわねえ、大人の男でしょ!」海が軽蔑したように言うが、笑うしかない。 「彼女は天才だよ。元の地球でも、彼女に試合でも……真剣でも勝てる男は、大人を含め全国で数人もいない」瓜生の言葉に、光が哀しそうにうなずく。「会わせてやりたいな。昔、別の異界での仲間に。彼女も天才だったから」 「でも、うぬぼれちゃだめだって、いつも兄様たちにいわれてる。一番下手だ、初心者だと思って毎日竹刀を握れ、と」光が、少し悲しそうに瓜生の目を見上げた。 「だろうな。おれは、ただ稽古を続けているだけだ。何十年も、毎日百回だけでも続けていれば、たどり着けるところはある、っていわれたから」 「剣道とは、離れてる。別の基本、螺旋が入ってる、人間相手の剣ですらない。捨て身防御なし、一撃で鎧ごと叩き割る戦場剣」光が目を閉じ、一度下ろした自らの剣に手をかけた。 「よせ!自分の剣を疑うな。見たものは忘れたほうがいい。出かける支度をしよう」 (ラファエルがゾーマから学んだ技がもとだしな、後で調べたら八卦掌に似た技があったけど)  瓜生はそういうと、モコナが出していた食事とは別に、かなりの量の菓子やパンを積み上げ、自分もいくつか食べ始める。  それからまた水を汲み、シャワーに吊り上げ、女の子たちが大喜びで飛び込む。  そんな旅が、数日続く。  瓜生はやや離れたところで、時々いなくなっては多くの魔物を掃討する。  夜の娯楽はどんどん贅沢になっていく。携帯用ゲーム機、テレビとビデオデッキと発電機……瓜生の睡眠不足もたまっていく。  三人が瓜生を尾行しようとしたことがあったが、マヌーサとメダパニでごまかして、ただタバコを一服していただけと見せかけた。  ある日、海がいい滝を見つけた。何事もなかったように合流した瓜生は、その水圧落差を利用して、簡易浴場をいろいろ出してつくり、ゆっくり入浴させた。  高くそびえる、オベリスクのような岩に囲まれた芝生のような場に、モコナが三人を導いた。  瓜生は、まずそこが安全かどうか事前に見る。しばらく待たせて先行し、強力なフラッシュライトで照らし、魔力を探り、無人機の映像をパソコンで確認する。  そして戻って許可を出し、駆ける三人の後方を警戒する。  警戒せずに前進するな、海の痛い経験から学んでからは、三人も素直に瓜生に任せている。  そこには、中央の細い一脚で支えられた、テーブルのような薄く丸い岩があった。その岩の上にも芝生が生えている。そして、線。  瓜生には、強力な魔力があるのはわかる。それが、象徴的に『泉』と表現するのが一番簡単であることも。 「こんなお弁当でも広げたくなるような場所……」と海がモコナを怒鳴りつけている。  そしてモコナに導かれた光が、上から見ると水があるのを見つけた。  騒いでいるうちに、モコナが突然消える。 「でも深さもわからないし、水の中での呼吸はどうするの?」と海が慌てるのに、瓜生がアクアラングセットとウェットスーツを三つ出し、着替え用のテントも素早く張る。 「ありがとう、でも、なんか違う気がするんだ。大丈夫だよ」光が言って、三人がうなずき合い励ましあった。 「おれには、何もしてやれないな」瓜生がじっと、三人の目を見る。昔のことを思い出す。一人で洞窟に入る勇者に、銃の扱いを教えるだけで送り出した、その辛い数日間を。 「いいえ、待っていてくださる方がいる、というだけでも心強いですわ」  風が微笑する。 「一人でできないことも、三人ならできるかもしれない!」 「がんばろう!」と、三人が声を合わせ、岩によじ登り、飛び込んだ。  横からは『線』にしか見えない水面から、激しく水しぶきが上がり、そのまま静かになる。  何もできないことに唇を噛みしめる瓜生。だが、感慨にふける暇はなかった。  膨大な数の魔物が、『伝説の泉・エテルナ』を囲み、襲いかかってきた……  レーザーワイヤーでのけようとしたが、傷も構わず巨体で障壁を破り、侵入してくる。明らかに敵意のある動きだ。  かなり近いところから出現する魔物、どうしても接近戦となり、さまざまな武器を使い分ける。いつものことだが、「おれは接近戦は苦手なんだ。三十メートルあればRPG-7で」とぼやきながら。  接近戦時には特に愛用する、サイガ12ブルパップフルオートショットガンと、両手持ちの魔剣と長柄ナイフ。  さらに状況によってはAK-103、Mk48、バレットM82、ダネルNTW-20、そしてカール・グスタフ無反動砲のフレシェット弾も使い分けている。  ブルパップ式のショットガンは短く室内戦でも取り回しがいい。AK機関部の高い信頼性、高連射速度でスラッグとOOバックショットを至近距離の敵に叩きこむことができる。鳥用散弾、非致死性弾、グレネードと弾種の豊富さも魅力だ。フォアグリップと一体化した強力なフラッシュライトで眼をくらませ、探ることもできるし、標準装備のダットサイトに暗視装置を加えれば闇の中でも敵を探れる。  両手剣とナイフ、そして柄一体ペティナイフとメスは、四つに見えて本当の実体は一つ。普通の鋼に諸刃の剣やはぐれメタルの精髄、メドローアの魔力を、ゾーマ城に隠されていた邪神の祭壇で合成し、さらにルビスの祝福を受けている。紙のように薄い刃だがこの世に切れないものはなく、実体のない妖魔も斃せる。逆にまな板まで豆腐のように切ってしまうため、普通に包丁としては使えないほどだ。  両手剣は50cmほどの柄、単純な丸鍔から1m50cmほどの細長い両刃。薄いが金剛不壊、密度も高いため四キロ近い重さがある。  ナイフは包丁正宗を思わせる、牛刀のように薄く長い刃が、少し湾曲した長めの、刃と同じくステンレスに見える柄につながっている。長い柄の端を握れば脇差ほどの長さとなり、鍔元を握れば包丁同然。  AK-103は軽く扱いやすく、装弾数も多いし、大口径重量弾は至近距離のストッピングパワーと貫通力のバランスもいい。固い敵が多数出てきたときは遠ければ一発ずつ狙い撃つことも、近ければフルオートの掃射でなぎ払うこともできる。至近距離に巨大な敵が出ればフルオートで乱射すればどれかは急所に当たる。魔法を応用して「出す」ことが瞬時にできるようになる前は、ずっとサイドアームとして左腰に固定していた。  Mk48は定評のあるFN-ミニミの7.62mm×51NATO弾バージョンだ。FN-MAGよりはかなり軽く、確実に強力な銃弾を連射し続けられる。近距離から中距離の多数の敵に、走りながら撃ち続けたり銃身を交換しながら弾幕を張ったりには最適だ。  バレットM82は強力な、M2重機関銃と同じ.50BMG弾を10+1発、セミオートで連射できる。マズルブレーキとバネで反動も制御できる。長く重く取り回しは悪いが、複数のきわめて強大な敵を叩ける。1kmの距離があっても人間を両断できる威力、それが至近距離で複数ぶちこまれれば……  ダネルNTW-20、これはめったに使わない切り札だ。2mを超える長大さ、26kgに及ぶ重量、常人の膂力では立ったままの射撃は不可能。20mmまたは高初速の14.5mm機関砲弾をボルトアクションで三発。本来は南アフリカの荒野、2km以上の長距離で敵の軽装甲車両・飛行機・通信設備などを粉砕するための規格外アンチマテリアルライフル。至近距離で喰らえば人なら赤霧、象サイズの魔物も四分五裂する。  カール・グスタフは後方噴射スペースを必要とするが、至近距離の対人制圧に用いられるフレチェット弾は1100本の鉄棒が百メートルにわたり一メートル四方に十本以上、鋼のヘルメットも軽く貫通する威力で着弾する。もちろん距離があれば成型炸薬弾頭で主力戦車の正面装甲以外は撃破できる。  さらに、場所の余裕があればすぐにM2重機関銃を出して伏せるし、小口径野砲のキャニスター弾やボフォース40mm機関砲の対空牽引版すら使うことがある。  わずかな距離さえあれば手榴弾、さらに後方噴射に対する安全域があればRPG-7も叩きこまれる。  膨大な敵を全滅させた、その瓜生に女の声がかかる。 「ありがとう、その魔物から、いくつかの金属を取っていただけますか」  プレセア。その傍にはモコナもいた。  瓜生は軽くうなずきかけて、魔物の骸にナイフを突き刺し、ビニール手袋すら灼く魔血にびっくりしながら、いくつかの奇妙な何かを取り出し、プレセアに渡していく。 「それの脳内の、粘つく油のようなものもフアメと呼ばれる素材です」  などと指示されながら、いくつもの骸を切り刻み、おぞましいものを抜いてはガラス器、ガラスを溶かしてしまう代物は白金るつぼに入れて渡す。 「そろそろですね、もし生きているのなら」  プレセアが、『伝説の泉・エテルナ』を見ると、奇妙なことに周囲の草や地面が、魔物の骸を呑みこんでいった。  直後、泉の上に三人の少女が出現する。その甲冑も姿形を変えていた。  彼女たちの上に、奇妙な結晶がまばゆく輝いていた。  それを見たプレセアがほっとして、笑いかける。  三人は泉の上に浮いている状態に慌てていた。 「さ、降りてらっしゃい『伝説の魔法騎士』たち。『セフィーロ』で最高位の『創師』であるこのプレセアが、その『伝説の鉱物・エスクード』で最高の武器を作ってあげるわ」  その微笑には、凄まじい決意があった。神の金属から神の武器を鍛え上げた、故郷を離れた鍛冶屋のように。  瓜生はそれを察し、見てはならないと隠れて、周囲を警戒し始める。  突然、凄まじい速度で何かが襲い、斬りつけてくる、なんとなく両手剣を構えていたからそれが弾いたが、体をかなり深く切られた。 (この魔衣を、20センチ厚の鋼板に匹敵するのに)瓜生はショックに硬直しつつ、ベホマで自らを癒し、ピオリムを重ねてかける。  モシャスで、光の姿を一瞬盗む。彼女の才であれば、高速で動く敵の気配もとらえられる。  両手剣を青眼に構え、じっと目を閉じる……光の姿のままで。その彼、いや彼女を無視して、薄絹を舞わせるプレセアを襲おうとする高速の……実体がない、影だけが見える何か。  それが、凄まじい魔力に襲われてひるむ。  そこを光の姿の瓜生が斬った。その断末魔すらかき消す、神レベルのすさまじい力の気配。  ちらと見ると、恐ろしいほど強大な魔力が凝縮した、三つの神武器が輝いていた。  光のそれは、広刃で頑丈な両手剣。  海の細身の長い剣。  風も、広場で長さがあり、アンモナイトの殻のようでもあるが鳥を意匠化した、横から見て円形の鍔がついた剣。  三人の手の飾りから、それまで使っていた武器が飛び出し、プレセアの手に戻って消える。 「今のあなたたちには、『伝説の鉱物・エスクード』で作ったその武器のほうがふさわしいからよ」と言うと……そのままプレセアは崩れるように倒れた。  モシャスを解除した瓜生が歩み寄り、吸い飲みにスポーツドリンクを入れてプレセアの口にあてがい、同時に脈を診る。 「大丈夫、単なる過労だ。ショックには至ってない」  と、光にうなずきかけた。  それからプレセアが三人に話しかけるのを、瓜生はまた一歩引く。  立ち上がった彼女が、三人の手を握って「死んじゃ……だめよ」と厳しい目で告げる。  直後、モコナが目の前に、半球形で翼がある乗り物を出現させた。 「これを食べろって言ってるのなら」という海の言葉に、瓜生は思わず笑い転げた。 「いきなさい『魔法騎士』たち」プレセアの言葉。「『魔法騎士』となるためには『魔神』を蘇らせなければならない」と、奇妙な伝承を三人に告げる。 「でもプレセアが心配だ」光が哀しげに言った。 「ヒカルにもらった食べ物、すごくおいしかったわ」 「ほんとうに!?」と光が表情を輝かせる。瓜生にはわかった、それが一番、光が喜ぶ言葉だから。  別に持っていなかったか、とポケットを探る光の手をプレセアは取ると、「帰ってきたらぜひもう一つほしいわ」とウィンクする。  そして「待ってるわ」と、優しく額に唇を落とす。  かなり大きな乗り物に、光たちが登ろうとするのを、瓜生が呼び止めた。 「おれはこれには乗れない、『魔法騎士』じゃないから。これをもっていて、どこかに着いたようなら落として、この呪文を」と、呪文の魔力の展開を示しながら、ビニール袋に入った奇妙に輝く砂を風に渡す。 「わかりました」  風がそれを受け取る。 「これに登るのは結構大変だな」と、瓜生が脚立を用意した。下手をすると身長ぐらいの高さはある。  奇妙な乗り物は翼を広げ、空に飛び立つ。三人がプレセアに、繰り返し「ありがとう」と叫んでいた。  見えなくなった瞬間、プレセアがまた倒れて、激しく息をついた。瓜生がすばやく、酸素の呼吸補助器つきスプレーをあてがい、もう一瓶栄養ドリンク剤を飲ませる。 「『心』を使いきっただけですから、医薬では治りません」 「あなたは、安全なところに移動できますか?」瓜生が訪ねる。  プレセアはつぶやき、「すぐに、導師クレフが迎えにいらっしゃるはずです」と微笑みかけた。  それから立ち上がり、瓜生に手を差し伸べる。 「せめてもの、感謝の『心』です。今あなたが使っているサイガブルパップフルオートと、魔剣が合成された両手剣を」  瓜生は静かに、短い銃と長い両手剣を、プレセアに手渡した。  いとおしむように彼女は二つの武器を見つめる。それから、先ほど瓜生が魔物からえぐった、奇妙な素材をいくつか宙に浮かべ、手から伸びる薄絹で軽く握るように包んだ。  と、プレセアは薄絹をひるがえし、引き締まった裸身もあらわに踊りだした。  誘惑のための裸と踊りではなく、心を高め、魔力を展開するためのそれ。限りなく美しいには違いないが。  瓜生も、彼女の言葉ならぬ要求に応じて魔力を展開し、自らの世界の鋼や異界の金属に注いでいく。  その舞いが終わり、彼女が崩れ落ちつつ瓜生の、愛用の武器を返す。  短い、フラッシュライトとダットサイトがついた散弾銃。鋼の銃身が深緑色に、アルミ合金の体はかすかに透き通る氷のような質感となり、かなり軽くなったことがはっきりしている。 「一発弾(スラッグ)が装填されている状態で魔力をかければ銃口初速が速くなります。機関砲弾に匹敵する単純な破壊力です。また鹿弾(バックショット)に魔力をかけて放てば、狭い範囲ですが消滅呪文(メドローア)となります」  両手剣の見た目や重さは変わらない、何の飾りもない、光をあまり反射しない細長い剣。ただ、柄頭に見慣れぬ飾りがある。 「この切れぬものなき剣の、柄を魔法の杖同様に短距離の瞬間移動(ルーラ)を魔力を消耗せず使えるようにしました」 「ありがとう、大丈夫ですか?」 「このセフィーロでは『心』がすべてなのです。その他者を心配してくれる優しい心、それに感謝の心で返しただけです」  そこに、一瞬天が暗くなると、上空から大きな鳥が舞い降りてきた。 「クレフ!」プレセアの表情が輝く。半裸の彼女に、瓜生は広めの毛布をかけてやった。  感謝の目を瓜生に返す。  鳥の背から飛び降りたクレフが来ると、杖を向けて強大な魔力で彼女を浮かせ、鳥に乗せた。 「プレセア、ありがとう。できるだけのことはする」瓜生がそう告げる。 「見ていた。ずっと彼女たちを守って、戦い続けてくれていたようだな」クレフが瓜生を見た。 「すぐ、おれなど役に立たなくなりますよ。もう、全面的に戦えば、多分彼女たち三人のほうが強い」  瓜生が言って、魔力を探る。砂が使われた気配に自らの魔力を開き、自分の存在をほどいて、別の織り目の糸に縒り継いでいく。 「では。祈っていますよ」三人の使命が、偽りではないことを。三人が本当は無辜の虐殺を強いられたのなら、クレフを敵とするかもしれない、その覚悟を、消える瞬間の目にこめる。  クレフはその目をしっかりと受け止めた。  瓜生がリリルーラに呼ばれ、出現したのは広い神殿の空間だった。 「大丈夫か」と呼ぶ間もない。光と風が、巨大な燃える魔物に襲われている。そして瓜生のデイパックに、モコナが飛び込んで中からジッパーを閉めた。 「水、水の呪文を!」風の叫びに応じ、ほんの一瞬の判断、瓜生の手が複雑に舞う。  ヒャダインの呪文を構成し、さらに集中して解き放つ。本来なら広範囲に飛び散る、周囲の空気すら液化させるほど低温の氷刃が、一点に集中した。槍は虚空を飛びぬけて近くの滝に突き刺さり、一瞬で膨大な水を凍結させる。 「惜しい、やられる前に消しちゃったよ」  目の前にいた、目を隠した少年の魔法使いが一歩飛び下がる。 「魔法騎士のお姉ちゃんたちには、変なお兄ちゃんが一緒にいるって話だけど」 「彼女たちを攻撃するなら、殺す」瓜生が容赦なく銃を構え、ベホマラー・スクルト・ピオリムと呪文を続ける。  少年がにっこり笑うとともに、柱の影から刃が、そして天井から魔力の衝撃波が、同時に瓜生を襲う。  肩を切り裂かれ、激しい衝撃を受けて吹き飛ばされた瓜生は手に両手剣を出すと、瞬時に消えてかなり離れた柱の影に出現した。  ベホマを唱える間もなく、二刀流の剣士が切りかかってくる。背後から、その剣士には当たらないように、生き物のように重い鎖が銃弾並みの高速で襲う。 「魔法と剣、同時か」傷の痛みを振り捨て、両手剣を振り下ろす、剣士は切れぬもののない刃の鎬を鮮やかに打ち、懐にとびこんで脇腹を突き刺す、と思った瞬間瓜生の姿は消えている。  また別のところに出現し、サイガブルパップを構えて発砲。剣士が何かに押しつぶされるように転んだ、その背後の石柱が粉砕され消し飛んだ。普通のスラッグではありえない破壊力。 「ベホマ」一瞬の隙に完全回復の魔力を自らにかける。 「剣と魔法を同時に使える魔法剣士は、セフィーロひろしといえど神官・ザガート様の弟御、先の親衛隊長ランティスのみ。だが、剣闘士の」「魔導師のわたしたちが組めば、同じように」 「口上を聞くつもりはない。あの三人を攻撃するなら殺す、手を止めてくれるなら話し合う、それだけだ」  瓜生が、二人を見る。地味な、同じ服装、同じ身長。男か女かもわからない、顔を布で覆っているから。 「そうですね。なら、わたしたちは」 「全力で殺すだけだ!」  剣士が風の呪文に乗って、いや自らを風に変え閃光のように斬りこんでくる。  瓜生はそれに散弾を数発撃ち、魔法防御されたと知り自らを地に投げ、致命的な一撃はかわした。  起き上がる瓜生を襲う、X字に斬りこまれる双剣。受けた両手剣が、二本の剣の一方を根元、もう一方は半分ほど斬り飛ばす。半分の剣が反転し、真上から頭を狙うが、その剣跡に瓜生の姿はない。  次々と、短距離の瞬間移動を重ね距離をとり、数歩走って、また瞬間移動で岩をも貫く闇の投槍をかわす。倒れた柱の影に一瞬隠れ、それから神殿の隅へ。  かすかに、少年が招喚する魔物に圧倒されている光や風の姿は見えるが、それどころではない。 「追い詰めた」魔法使いのほうが、呪文を唱え始める。  剣士が走り寄る。その手の双剣は再生していた。  瓜生が地に伏せる。目の前に、ミニガンが出現する。  同時にマホカンタを唱え、その体が一瞬輝き目の前に目に見えない盾が生じ、早いタイミングで飛んできた火球を跳ね返す。  ブウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン  独特の、唸り声のように連続された銃声。  剣士と魔法使いの全身に、7.62mm×51NATO弾が突き刺さる、と見えて防御呪文で銃弾がそらされ、魔法の煙に視界がふさがれる。 「挽肉だろう」叫ぶ瓜生の口に刃が深々と突き刺さり、次の横閃に首がはね飛び、血の噴水が吹き上がる。 「風は誰にも防げない」剣士が血振りをし、そのまま魔法使いと合流して、巨大な魔物たちと戦う海を襲いに駆ける。 「魔法騎士、わたしたちが」「斬る!」  二人が、倒れた柱のせいで狭くなっているところを走りぬけた瞬間、強烈な爆発が起きた。  クレイモア地雷。多数の鋼球が、二人を貫く。 「マヌーサ、すべて幻だ」生きていた瓜生がもういちど呪文を唱え、二人とも頭をショットガンで吹き飛ばした。  名乗りもしなかった剣士と魔法使い……ヴェルファイアとノアの姉弟が最期に見たのは、魔法騎士の三人を倒して復命する自分たち、ザガートの笑顔だった。  それを振り返ることもなく海を援護する。影から何度か、ショットガンについているフラッシュライトで魔物の目をくらませて隙を作り、海がアスコットを捕らえるのを助けた。  あとは海がアスコットと話し、瓜生は警戒しつつ口も手も出さなかった。  海がアスコットを説得した言葉。「なら胸を張ってなさい」……強すぎるほどの、凛冽とした強さ。 (世間、歴史という魔物の前に、その強さがどこまで通じるか。自分の無力に崩れ落ちるか、それとも親友に裏切られ、家族が破滅し拷問に肉体を砕かれても貫けるか……知らないのだろう、拷問の下で、歴史の流れの中でどれほど人間が脆いか。知らずじまいですめばいいんだが。本当の強さかどうか、試されないでくれ)ただ、祈るほかはない。  また、瓜生には「ザガートの手下になって悪いことさせたら」という言葉が少し引っかかった。 (おれは、誰が悪なのか判断していないんだが……海は、この子たちは自分が正義でザガートが悪だ、と確信しているんだ)恐怖に身を震わせる。(ひとつ間違えばヴァンデやアルビジョワ、女子供を虐殺することにも慣れてしまうだろう)  突然、少女たちの鎧や剣が変化する。巨大な竜が姿を失って巨大な人型と化し、海を認める言葉を告げて海の鎧飾りに消え……そこに吹き上がる、神々が動く魔力の凄まじさには瓜生は呆然とするほかなかった。 (こんな力、神の力、人が手にして大丈夫なのか?だから、心の強さを示せ、か。だが人間の心の強さで、神を操ることなどできるのか……) 「先に行っていてくれ。アスコットをクレフに保護してもらう。また役に立てないかもしれないが、何かあったらリリルーラで呼んでくれ」  瓜生はそう言って、三人を先に送り出した。 「ちらっと、見たわ。すごく強そうな誰かと、戦ってるの」海が申しわけなさそうに告げる。 「助けたかったんだがな」瓜生もすまなそうに言って、三人とモコナを送り出す。  三人の乗る、翼ある奇妙な乗り物が深海の水に消え、急速に上昇する。 「さて、と」  見えなくなった時点で、手に出現したバレットM82が巨弾を放ち、膨大な砲口炎が神殿の空気を揺るがす。 「お、見ていたんだ」  そこには、年齢も性別も不詳な、顔を覆った誰かがいた。 「アスコットを殺しに来たか」  瓜生が静かに告げる。アスコットがショックに目を見開いた。 「あの女魔法使い、彼女もザガートは殺したんだろう?敵に膝を屈した君を許すはずはない」瓜生がアスコットに告げる。 「それに、キミとも遊んでみたかったんだ。さんざん、ボクが操った魔物たちを叩き潰してくれたよね」 「……『ファーレン』からきた、魔物操りのアバンテか!魔物たちを道具のように使い捨てる」アスコットが、憎しみと嫌悪に満ちて叫ぶ。  その、顔を覆ったアバンテの口調が、それ以上に冷たい憎悪と嫌悪に満ちる。 「そうさ、魔物を友だちだなんていう偽善者のアスコット……二人とも死ねえっ!」  その手が複雑に舞うと、膨大な海水を隔てる結界から、無数の半水半陸の魔物たちが飛びこむ。 「くそおっ、魔物にだって、心があるのに!友だちなのに」アスコットが怒る。 「後方噴射危険域から離れろ!操られていようがいまいが、おれを攻撃する者は殺す!」瓜生がカール・グスタフをぶっぱなし、さっき使ったミニガンを一連射して魔物の前線を挽肉にすると、両手剣を構えて瞬時に消えた。  アバンテの真後ろから、一気に突くが、その鎬を持ち主のいない、人間用の十倍はある巨大な剣が弾き飛ばした。その剣の背後に、外から膨大な水が流れこみ、高圧で押し固められて青黒い、常人の三倍はある巨人の姿になる。 「ザガート様が造ってくれた、水鉄魔のエクシーガ。ボクの道具さ……さあ、殺せ!」  ミニガンが簡単に叩き潰され、床石も深く割られる。回避した瓜生の手からバレットM82の巨弾が二発巨体にぶちこまれるが、着弾した周囲から水しぶきが上がるだけで本体にダメージはない。アバンテを狙っても、素早い動きで盾になる。 「無駄さ。莫大な水を圧縮した魔物なんだ、ちょっとやそっとの攻撃なんて効くはずがないよ」  蔑笑とともに、凄まじい勢いで剣が打ちおろされ、神殿を破壊していく。  持ち替えた、魔力のかかったブルパップショットガンから白い光の渦が走り、それは人型をした塊を容赦なく食い破るが、射程の短さで本体には届かない。  だがそれで隙は作り、どうしていいかわからず怯えていたアスコットの隣に瓜生が並んだ。 「二人まとめて、死ぬんだね」  アバンテの笑みと同時に、巨人が剣を振りかぶる。 「アスコット、この強さで火炎呪文」瓜生が丁寧に、炎を浮かべて消す。 「え」 「招喚があれだけできるなら、普通の魔法も少しぐらいは使えるはずだ。やってくれ、制御はおれがやる」  怯えながら、アスコットの掲げた手から五芒星印が浮かび、炎に変わる。  瓜生はそれを見て、逆五芒星円に冷気を吹き上げさせる。 「あ、ああ」要求される、微妙な調整にアスコットが怯えた。 「君を叱ってくれた海を守りたいか、そして友だちの居場所を作りたいか?なら力を制御しろ!戦うんだ」瓜生が厳しく言いながら、魔力を制御する。  きわめて複雑な、舞い踊る糸をからめ、虚無を描く華麗な織物に編み変えていく。  二つの五芒星が重なり十の槍先が突き出る図形、「メドローア」呪文の完成とともに目の前から巨剣を振り下ろす巨人が、光の渦に消えうせた。  すぐさま瓜生が手にしたAK-103を一連射。右肩からへそまで円筒形にえぐられ、蜂の巣になったアバンテは、まだ歪んだ笑みを浮かべている。 「そんなのが効くとでも」  嘲笑に満ちた声、襲いかかる魔物たち。  だが魔物の一体が、別の魔物に切り裂かれて絶叫を上げ、操られていた魔物たちが突然呆然と動きを失う。アバンテと思われていた人が、突然球体関節の人形に戻る。 「魔物の言葉がわかるのは、ぼくもなんだよ。誰が操り手かぐらいは、ちゃんと聞けば教えてくれる」アスコットが、戻ってきた魔物の頭を優しくなでている。  切り裂かれた魔物から人間の姿に戻ったアバンテに銃弾が注がれるが、再び膨大な海水が集まって銃弾を吸収する。  それが再び巨人の姿となり、今度は自らがそれに飲みこまれるように、一体化した。  他にも、同じような巨人が数体襲いかかって来る。 「ひ弱な人間ごときが」  瓜生が一歩横に出ると、「この手だけは使いたくなかったんだが」とぼやき、呪文を唱える。 「人間の魔法で、このザガート様が創ったエクシーガと一体化した」  叫びが凍りつく。瓜生の姿が変わっていた。  おぞましさを通り越した、魂の底から冷え切る邪悪。闇と絶望の王。  モシャス。倒し喰らった大魔王の魂と姿。  その手が上がり、振り下ろされると、巨人たちが一瞬で崩れる。あらゆる魔法を解除する凍てつく波動。解放された、莫大な水……それがすべてを飲みつくそうとしたのを、吐かれた液化大気の嵐がことごとく凍りつかせる。  アバンテの本体を呑み込んだ巨人の跳び蹴りを片手で受け止め、何万トンもの重さに足元の床石が砕けるのも苦にせず力で押し返す。恐怖に絶叫しながら振り下ろされる拳を柔らかくそらし、相手の力をそのまま利用して懐に。そのままゆっくりと、全身が優雅な螺旋を描く。  人間の姿から繰り出す、最も真・善・美の動き。その手が触れた瞬間、冷たい輝きとともに巨人とアバンテは姿を失い、跡形もなく消えうせた。  すぐさま元の姿に戻った瓜生は激しく息をつき、地面に体を投げ出して震え上がった。危なく、そのまま身体と魂を食い尽くされ、大魔王をこの世界に呼び出し蘇らせすべてを滅ぼしていたところだ。  結界に守られ震えているアスコットの腕を取ると、リレミトを唱えて地上へ戻った。  待っていたクレフに、アスコットを引き渡す。 「彼を保護してくれ。海と彼が約束している」 「わかった」クレフはただ一言、そして瓜生の魔力と疲労を奇妙な魔法で、一時的に回復させた。 「この呪文は考えもしなかったな」瓜生は即座に身を消した。  瓜生が海にリリルーラで呼び出されたのは、奇妙な乗り物から風がかききえた直後だった。 「ややこしい魔法を使わせるわね」海は怒っていた。  瓜生は出現した瞬間、乗り物の床が抜けるように落下する。  光が「落ちる!」と叫んだが、そのままトベルーラを唱えて浮上し、すぐそばを飛ぶ。 「だ、大丈夫なの?」海が叫んだ。 「ああ、おれは魔法騎士じゃないから乗れないんだろ」瓜生はそのまま飛び続ける。 「風ちゃんが、何かに呼ばれたようにいなくなったんだ」光が、かなり強い危機感で聞く。 「そこの、神殿の主に呼ばれたんだろう」神殿を見るだけで、とんでもない力はわかる。 「アスコットは?」海が聞いてきた。 「導師クレフに預けた」それだけ答える。 「だいじょうぶ?もしかして強いのと戦ったのか?」光が聞いたのに、瓜生は答えなかった。 「さっきも、かなり強いのと戦ってたわよね」海にも答えない。 「ちょっと、ちゃんと答えなさいよ!」 「さっきはたいしたもんだったよ、あれほどの魔物を使う存在に、堂々と」瓜生が海に微笑みかけ、彼女は照れたように、怒って顔を背けた。  高い空に浮かび滝を滴り落とす巨大な山に、乗り物は翼をはためかせ着地した。  瓜生が周囲を一度警戒し、戻ってくると、美しい踊り子が踊っていた。 「けったいな兄ちゃんやな。このカルディナさんの踊りを見ていくかい?」  その踊りの魔力を察したときには、もう操られはじめているのがわかる。光と海は動けない、完全にやられている。 「すべての魔法を解除できる、大魔王の姿を」とモシャスを唱え始めたとき、別の、桁外れの力に魔法を封じられる。 (手出しは無用)と、凄まじい声が瓜生の脳内に響く。心の目に見えたのは、巨大な翼。風の支配者、ウィンダム。  それで動きが取れなくなった間に、頭が曇り始める。  最後にできたことは、自らの手と足を結束バンドで縛り、自らを眠らせることだった。  巨大な鳥の姿をした神と会って、戻った風。突然襲ってくる海と光、踊り子であり『幻惑師』でもあるカルディナが丁寧に自己紹介する。  そして仲間に襲われて逃げ回った末、新しい魔法で二人を封じると、カルディナに剣を突きつけた。 「殺せ!ためらうな!」自らを縛ったまま、目覚めた瓜生が叫ぶ。  だがカルディナは身軽に逃れると、また踊りだして風をも幻惑する。繰り返し、光と海を傷つけた風だが、最後に強い意志で呪縛を振り払った。  そして風は、瓜生の手足も解こうとした。 「これは、結束バンドではありませんか」 「ああ、刃物でなければ切れない」というのに、風がより大きくなった剣で切り離してくれた。 「自分で縛るなんて、なに考えてるのよ」海が怒る。 「それだけでなく、自分で自分を眠らせてもいらっしゃいました」風が、傷ついた瓜生の手首を見るが、瓜生は自分で素早く癒した。 「仲間と旅をしていた頃は、混乱させられると思ったら自分を縛って眠らせるのはしょっちゅうだった。その間に仲間がどうにかしてくれる、というのだけが頼みでね」 「強い信頼関係だったのですね」と風が静かに言う。 「君らも負けてないよ」瓜生が微笑みかける。 「その、仲間は?」光が聞いた。 「こっちの世界に戻ったとき、別れたよ。予言によれば、あいつらの子孫には会えるかもしれないけどな」瓜生が寂しげに遠くを見る。 「二度と、会えないの?自分でそこに行くことは」海が悲しげに口を押さえた。 「ちょっと無理だな」瓜生が表情を殺す。 「そんなかわいそうなことって!」光が泣きそうな顔をする。 「そんな顔しないでくれ」と瓜生が菓子を光に差し出した。 「ほな、うちは帰るわ」カルディナが光の頭をなでていた。可愛いものが好きらしい。 「裏口にあった、空を飛べる絨毯は破壊されていたぞ」瓜生が軽く言う。  カルディナが慌てて、なぜか踊りだした。 「ふしぎなおどりを踊るな。まあどうにかするよ、おっとそのまえに……ま、四人でお茶でもしてろ」  と、ティーセットとカセットコンロ、水とヤカンまで出し、菓子類を積み上げて立ち去った。  さっそくのんきに、魔法騎士の三人とカルディナはお茶を始めている。  光が、「もしかして、敵?」と聞いたが、瓜生は答えなかった。  瓜生は岩山の影で準備していた、大型のレーダーが警報を発したのを確認した。  地対空ミサイルのマニュアルをめくっている瓜生は、通信機からの声にびくっとする。 「まさか、そんな原始的な対空システムを見るなんて」  強引に割り込む声。奇妙なノイズがかかっている。 「何者だ?私は公的存在ではないが、導師クレフらの庇護を受けている。電波警戒網を構築する力があり、攻撃には自衛するが、交渉には応じる。所属を名乗り、敵対行動を取らずに交渉を始めてくれ」  法的にはむちゃくちゃな状況だ……瓜生の故郷でやらかしたら犯罪を通り越している。が、とにかく言えるだけのことは言う。 「ザガートに雇われた、ってことは敵だよ」 「魔法騎士の三人に危害を加えるなら、撃墜する」  通信機から強烈な笑い声。 「ぼ、ぼくを?この『オートザム』のファイターメカ、スタリオンをその原始時代の兵器で?」 「飽和攻撃には対処できないはずだ。貴機はロックオンされている」  瓜生の手が、対空レーダーを確認する。 「はっ!」  通信機の叫びとともに、レーダーから光点が消える。 「ハッキングできるコンピューターはこのレーダーにはついていないはず」と双眼鏡をのぞき、驚いた。完全なステルス形状をうかがわせる、YF-23グレイゴーストにそっくりな戦闘機。  次の瞬間、時間差のないレーザーが対空ミサイルシステムを赤熱させ、二秒後には爆発になる。  だが瓜生の姿はなかった。  生身で虚空に短距離ルーラした瓜生が、カールグスタフ無反動砲を空中で発射する。主力戦車の正面装甲以外は貫通する成型炸薬弾頭が直撃したはず。だが効いている様子はなく、容赦なく超音速で体当たりしようとしてくる。  空中城の入り口に瞬間移動した瓜生が手を振ると、そこにA-10の巨体が出現する。  それに魔力の網をかぶせ、その巨体の部品一つ一つを糸とみて縒りほぐしながら、自らを空を駆ける、鳥の翼を持つ竜の姿に変えつつ戦闘機と混ぜる。  糸の中でさなぎとなり、幼虫の内臓も組織もすべて溶けてまた再構築されるように。  クレフに習った、ドラゴラムの変形呪文。  機械・電子を問わず計器が、竜としての感覚器とも統合される。  以前、出して使おうとして、膨大なマニュアルと部品の山に一人では使えないと諦めた大型軍用機、それが手足を動かすようにわかる。  その翼に、瞬時に多数のミサイルや爆弾が出現し、ハードポイントに固定される。  姿はグロテスクとも美しいとも、なんとも言いようがない。  竜の姿と雷電を帯びた鳥の翼、それがA-10のまっすぐに広げた長い翼と奇妙に一体化している。  その変身は一瞬であり、そのまま短距離で離陸する。  それを見た敵機はあざ笑いながら人型に変形する。両の翼が切り離され、独立に動く無人機となる。  機首部は背に折りたたまれ、量の多いポニーテールのようにも見える。変形を終えると右腕から、長いビームサーベルが吹き上がる。 「見せてあげるよ、絶対的な技術水準の差を!」 「ここ『セフィーロ』では、『心』がすべてなんだろう?」瓜生が、サイドワインダーを八発同時発射した。 「ふざけないでよ!」叫びとともに、レーザーがミサイルを撃墜し、次々に機体表面を赤熱させる。だが、装甲の厚さで貫通しきれぬ間に、鋭い方向転換で命中箇所を変えながら、30mmガトリング砲が叩きつけられる!  人型機の膝部から放たれるミサイル。その弾頭が数百個の超小型ミサイルとなり桁外れの高速に加速し、高初速の弾芯をことごとく粉砕した。 「そんな低速弾で、『オートザム』のファイターメカと空戦できるとでも思っているのかい?」  応えない。もはや、瓜生は竜だ。戦うだけの獣の心しかない。  大きく旋回する。速度は鈍いが、大きい直線翼の旋回性能は高い。  そして、風上を一瞬つかむと、機首とは違う口が大きく開き、高密度の火球を吹き出した。  迎撃ミサイルを飲み込んだ炎の断片が、高速で人型機のあちこちに命中する。 「炎?う」  それで隙を作って背後から一気に真上を取り、クラスター爆弾を投下し追うように急降下する。 「甘いよ!」  人型機ならではの恐ろしい機動でA-10の背中にとりつき、ビームサーベルが機体をえぐる。 「かかったな」  瓜生はドラゴラムを解除し、人の姿で短距離瞬間移動していた。元々変身し続けられるのは長時間ではない。 「大容量の燃料庫に、硫安を大量に混ぜて爆薬にした。ついでに翼下パイロンには大型爆弾」  爆弾を抱えたままの、無人のA-10。周辺は、爆裂したクラスター爆弾の小爆弾がうずまいている。 「イオナズン!」  人の生身で落下しながら、瓜生が叫ぶ。  大型爆弾並みの爆発力が、無数の小さな魔法の流星となり、動くものすべてに吸いこまれて爆発する。  クラスター爆弾のすべての子弾が、A-10内部いっぱいの爆薬と大型爆弾が、ことごとく起爆して衝撃波の嵐を巻き起こした。 「なめるなあっ!」  表面の無数の穴を自動修復機構で癒しながら、爆煙からファイターメカが飛び出し、戦闘機形態に再変形して高速で空中城を狙う。 「おまえなんかに構っている暇はない、あの城を爆撃で」 「と、そのルートを取るのは最初からわかってたからな」  正面から待ち構える、二つのゴールキーパー対空システム。 「わずかな変形や傷、食い込んだ破片も電波を反射する」  超音速でレーダー誘導の、A-10と同じ30mmガトリング弾幕と正面衝突した戦闘機は、一瞬で蜂の巣になる。  ファランクスがレーザーで吹き飛んだ、傍らの瓜生の姿がかき消え傷ついた戦闘機の正面に出現し、巨大なトイレットペーパーにも見える、家規模のロール鋼板を目の前に出す。  大質量に超音速で正面衝突した機体は、ひとたまりもなく崩壊し落下する。 「最初から、戦闘機形態で超遠距離戦に徹していれば、こっちはなすすべもなかったさ」  瓜生が戻り、「じゃ、行くか。クレフのところまで送る」と、カルディナを誘った。 「ええってええて、ちゃんと逃げられるし」と言っているのを構わず、瓜生はカルディナの肩に触れるとルーラを唱える。 「やっぱり大人の美人を送りたいのでしょうか」風が軽く言ったのを、海が硬直した。 「そうに決まってるわよ!あんなナイスバディの美女、まったくなにやってんだか!」海が自分の、年齢の割に均整が取れているとはいえカルディナには及ばない体の線を意識しながら怒る。 「なにか、悪いことなのか?だって、危ないから送っていくのは当然だろう?」光が首をかしげるのを、風が優しくなでる。  それから魔法騎士の三人は、いつの間にか出ていたモコナが出す乗り物に乗った。  ルーラでクレフに合流した瓜生は、すぐにカルディナを預けた。再会したアスコットとは、軽く微笑を交わすだけ。 「いくつか聞いておきたいんだが」クレフに言うが、彼は首を振った。 「彼女の安全は保証しよう。この『セフィーロ』が崩壊しなければ、の話だが」 「うちなら、そうなったら『チゼータ』に帰るとか、どこにでもいけるしな」カルディナが笑う。 「『セフィーロ』が崩壊したら、ザガートにも利益はない。宗教的妄執、外国への売国、人質を取られての強要なども考えられるが」 「どれも外れだ。これ以上は何もいえない……助けてくれ、魔法騎士を」 「彼女たちが充分に試練にあい成長するのを邪魔しない程度に、だろう?」瓜生の目はますます厳しくなる。  クレフはうなずくだけだった。 「『チゼータ』は前から、領土の拡張を望んでいたはずやで、そらあんなせまっくるしい土地やもん」カルディナがつぶやくように言う。「『オートザム』も、あの汚れた大地はどうもならへん」 「そうだな」クレフが悲しげに言う。 「大丈夫か?何か隠しているのが辛いなら、吐けば楽になるかもしれないな」瓜生が、その表情の哀しみをかすかに察した。 「一眠りできるならしておけばどうだ」 「お言葉に甘えて」と、瓜生はすぐにハンモックを木に張り、よじ登るとすぐに眠り込んだ。この何日も、一日三時間も寝ていないのだ。  だが、眠れたのはほんの二時間程度だった。  リリルーラの、砂の反応。  火山の神殿に出現した直後。出会い頭の、ただ一撃だった。  風が倒れ、海が必死で剣士と切り結んでいるのを見、割りこんでの突きが最後の記憶。  剛剣の一撃に瓜生の意識は消し飛び、次に目が覚めた時には到底動けぬ重傷を負ったまま、火山の隅に放置されていた。  その剣士と戦っている光を見て、何とか助けようと自らにベホマをかけたが、次の動きは炎の獣、絶大な力を放射する魔神に止められる。 「これはあの少女の戦いだ」圧倒的な力を持つ、炎をまとう巨狼の姿をした魔神の意志。 「これくらいはいいだろう」と、ピオリム・スクルト・バイキルトを光にかけてやる。剣士にボミオスやルカニをかけようとしたが、それは魔神に打ち消された。 (操られているな、あの剣士は。動ければ、ゾーマにモシャスすれば呪縛は解ける……制御をしくじれば光まで殺してしまうかもしれないが。無論、離れて機関砲叩きこめば……出会い頭か、どうしようもなかった……負けは負けだ)悔しさに唇を噛みしめる。  中距離なら圧倒的な火力がある瓜生だが、超接近戦における剣技だけはどうしようもない。集団の乱戦や、主導権をとった戦いでは豊富な経験と毎日の練習で充分に強いが、超一流の剣士との考える暇もない一合となれば、生来の才能と運だけの勝負だ。 (選択は間違ってなかった、互いに二の太刀不要じゃもう運だ。ずっとミカエラやラファエルに、出会い頭は任せきってたからなあ……次からはリリルーラで呼ばれるときは、目の前に鋼板ロールだ)と心の中でため息をつき、光を見守る。  剣技に魔剣の力を加えた風圧の遠距離攻撃が、動けない海と風を何度も打ちすえる。光はとっさに二人をかばい、仲間を見捨てるかの選択を迫られる。見捨てないことを選んだ彼女は、凄まじい勢いで剣士に斬りこんでいく。  その強い心が、そのまま速さと化したのか。  凄腕の剣士と天才少女が、激しく切り結ぶ。 「光!魔法を」という海の声に、 「相手は剣士だ!私も魔法は使わない!!」と光が叫ぶ。 「そのほうが賢明なんだ、魔法と剣の連携にはまだ慣れてはいまい。逆に相手は魔法使いとの戦闘には慣れているだろう。慣れ親しんだ剣だけで戦うほうがまだ確実だ」といいながら、瓜生が海と風にベホマをかける。  つばぜり合いをしつつ、光がエメロード姫の名を叫ぶ。  海が、魔法を使おうとして魔神に止められた。  光の小手が決まり、ラファーガの剣が弾き飛ばされる。  そして喉に剣をあてがい、止める、 「ばかっ」瓜生が叫ぶ間もなく、ラファーガの手刀が光の剣を弾き飛ばし、そのまま光の喉輪を決めながら押し倒し……光の剣に手を伸ばす。  手に取った瞬間、剣が炎を噴出し、ラファーガの全身をなめていく。  主以外が手にすることを許さない魔剣……よく、ある。瓜生の、切れぬもののない刃もそうだ。  その炎が顔の刺青を焼き落としたためか、ラファーガは突然呪縛が解け、「エメロード姫をお救いせねば」とかなりボケたことを言っている。  瓜生は深くため息をついた。  そしてラファーガを許した光と、そして海と風も凄まじい魔力に包まれる。 「見るな」瓜生が、ラファーガの目をふさぎ、別の方向を向く。  人が見てはならない、神々の魔力。  普通の人には影しか見えまい、少女たちの裸身と理解できない炎・水・風の乱舞しか。だが、ある程度以上力がある、その実体がわかる者が、見てしまえば失明ですめばいいほう、おそらくは死、それも普通の死よりまだ悪い、魂を砕かれる死。  背に、すさまじい力がわかる。 「直前まで、ザガートとエメロード、また親衛隊などの権力闘争はなかったのか?」瓜生が背後の、凄まじい魔力の嵐から結界でラファーガと自分をかばいながら聞く。 「いや、何も。つい昨日までは、神官・ザガートは忠実に姫をお助けし、『セフィーロ』をよく治めていた」 「ザガートが、何を求めていたか、噂などは?」 「前の親衛隊長、ザガートの弟ランティスの出奔、それに姫の弟、フェリオが勉強に身を入れないことを気にしてはいたようだが……」 (やはりフェリオは王族だったか)と思いながら、背から圧倒してくる力を相殺するために魔力を強める。 「これほどの力、一体何が」 「そちらのほうが知っているのだろう?魔法騎士の伝説は」 「いや、私も知らない。知っているとすれば導師クレフ、またザガートやフェリオ程度だろう」  神魔力の奔流が治まり、振り向くと、また姿を変えた甲冑に身を包み、完成された神剣を握る三人の少女が、炎・水・風の膨大な魔力に包まれていた。 「なんという力だ」ラファーガが震える。 「伝説の『魔法騎士』よ、汝の友を思う『心』の強さ確かに認めた」と、炎の魔神が言い、巨大な人型ロボットの姿をとる。  海と風の胸の飾りからも、それぞれの巨大ロボットが出現する。  そして、少女たちの剣が反応する。 「そういえば、『伝説の鉱物』エクシードで作られた武器が、『魔神』の鍵になるって」瓜生がつぶやく。魔法解析は、危険が大きいのでとっくにやめている。  三人の姿が消えると、巨大な魔神の中で、その魔神そのものを少女が肉体としていることがはっきりわかる。  瓜生にとってこそ、想像を絶する魔力だ。  そして、この姿になってまで、海がモコナを追い回していたのは大笑いさせられた。  三人が飛び立ってから、ラファーガとモコナが瓜生を見た。モコナはどこかに飛び去っていったが、心配する必要がある存在ではない。  瓜生は軽く唇を噛む。本当はラファーガに試合を頼み、自分の実力を確かめたい。 (でも実戦は一度きり、負けは負け。それに、おれは卑怯な戦い方もする。試合とは別の世界の人間じゃないか。負けは負けだ)  しばらく下を向いて歯を食いしばり、「クレフのところに送る」と言い、強引にルーラを唱える。 「だが私は神官・ザガートを倒して、エメロード姫を」と、森に着いてもラファーガは言っている。 「それはあの三人の使命だ」瓜生は言って、クレフに目を向ける。  アスコットとカルディナもいた。 「お、兄ちゃん」カルディナがラファーガを見つめた。「へんな幻惑は解けたようやな」 「はじめまして」というラファーガに、カルディナが非常に強いショックを受けた顔を、演技でしている。 「い、いや、ザガートと対峙して、それからの記憶がないのだ」ラファーガが慌てて弁解している。 「そんないけずいわんといてな、あんな熱い夜を過ごした二人やろ」カルディナの冗談に、身に覚えがないラファーガが真っ赤になっている。 「さてと……」瓜生がクレフを厳しく見つめた。「行ってみれば、何か真実なのかわかるだろう。改めて言うぞ、もしあの三人に無辜の虐殺を強いたのなら……」 「殺すがいい」クレフが瞑目し、軽く手を振ると、巨大な氷の滑走路が、ちょうど999の線路のように崖からはるか遠くの海上まで一瞬で出現した。 (冗談じゃない、なんて魔力だ)瓜生は呆れながら、滑走路の後端にF-15Eストライクイーグルを出し、クレフが協力して呪文を唱え始める。 「待て、ザガートと対決するだと?」ラファーガが絶望的な声を出す。 「無理だよ」アスコットも止める。 「別に戦うとは限らない。当事者の口から真実を聞くだけ、襲って来たら逃げてもいいし、逃げ切れなければ戦うさ」  瓜生は言うと、呪文を唱え終わる。  竜の姿がそのまま、優美な、それでいてB-29以上の大量の爆弾を積んだ戦闘攻撃機と混じり合っていく。  20mmバルカン砲だけでなく竜の炎息もあり、A-10と同口径の30mmガトリング砲もガンポッドに納められている。 『魔神』を『まとう』光たち魔法騎士の行いとは比較にならないほど弱く醜い、人の力だが、それでも人が作った最強の兵器と最強の魔獣との一体感が、危険なまでの力の実感となる。  そのまま、アフターバーナーを点火して滑走路を加速、離陸すると最高速で上昇する。  竜としての感覚器と一体化したレーダーが三体の『魔神』を確認したとき、三つの呪文が空に刺さると、巨大な鏡が割れる。  その向こうには、荒れ果てた荒野の城。背にしたセフィーロとは隔てられている。 『も、戻る』  瓜生が、羽竜/戦闘攻撃機の姿から人に戻り、F-15Eのコクピットに乗る。  昔、この能力を得て大喜びで出して、膨大なマニュアルに諦めたことがある。だが今はそれこそ命がかかっている。それに、操縦は今は最低限でいい、落ちない程度、安定するためだけに、指先で操縦桿を動かす。 「なんてことだ。この世界全部、鏡に囲まれたドーム世界だったのか」  激しく息をつきながら、それだけ言う。 「米軍や自衛隊の、F-15イーグル?」風の声が、通信機から聞こえる。 「魔神が無線を自動調節してくれているのか?」瓜生の問い。 「瓜生さん!ええ、そのようです」風が返す。 「あ、あんた、なんでそんな高価な戦闘機を」海の声。 「すごいや」光の声もする。 「それより」瓜生が見た方向に、巨大な岩のトゲトゲと、そこに黒く巨大な人型機の姿があった。 『ついにここまできたか、伝説の魔法騎士よ。そして呼ばれずに来る邪魔者よ』声が響く。 「応答せよ、神官ザガートか?」瓜生が返す。魔力を用いた心の会話、通信機は必要ない。 「そうだ」  と、その巨体が、馬上槍のように長い武器を操る。 「あれは『魔神』?」光が叫び、戦いの構えを取る。 「ザガートも『魔神』を持ってたの!?」と海。 「これは私の持てる『心』の『力』のすべてを注ぎ込んで『創造』りあげたもの。伝説の『魔法騎士』を倒すために!」すさまじい力が、瓜生に魔力として伝わる。 「よせ!人の身で『神』の領分を侵すな。寿命が縮むだけで済めば御の字だぞ!それにおれは、あなたと戦いに来たのではない。確かめに来た。話せないのか!戦うより話すことは」  瓜生がなんとか、失速はすまいと操縦桿を指先一つで動かしつつ、通信機で叫ぶ。 「話すつもりなどない」ザガートの凄まじい気迫と殺気。 「彼女たちを攻撃する者は殺す。確認する、彼女たちは、突然異界から呼ばれここに来た。故郷に帰りたい。導師クレフと名乗る魔導師に、帰る唯一の方法は……いや、正確に覚えているとは限らないし、人は言葉をねじまげる」と、瓜生がポケットから録音機を取り出す。 《エメロード姫の願いどおり『伝説の魔法騎士』となって、この『セフィーロ』を救うことができれば、姫の『願い』はかなえられ浄化される。おまえたちは元の世界に戻れるだろう》クレフの声が再生される。 「こう、我々は吹き込まれた。クレフの言葉に嘘はないか?……あなたを殺して、信仰や肌の色が違うだけの女子供を虐殺することが本当の使命なら、おれは彼女たちを殺してでも止めなければ」  瓜生の言葉に、光たち三人は衝撃を受け、呆れたような目を向ける。 「裏の裏まで考えすぎですわ」風がため息をつく。 「どんなひどい目に遭えば、そんな悪いことばかり想像できるのよ。ねじくれすぎじゃない」海が苦笑した。 「クレフもプレセアもいい人だし、だから、それに私は、『魔法騎士』になるって決めたんだ」光が叫ぶ。 「嘘、はついていないな。さすが……そのように愚かで矮小なことと思ったか」  ザガートの力が膨れ上がり、黒電を帯びた闇の球がいくつも出現する。 「バギクロス!」  瓜生は爆風に匹敵する大気の流れを塊状に放って壁とし、そしてF-15Eを急上昇させる。 「ピオリム・スクルト・バイキルト」瓜生の呪文が、光・海・風の三人を次々と包む。 「力が、みなぎってくる」剣を抜いた光のレイアースが、輝きを増す。 「これまでも、瓜生さんが補助呪文を使ってくれて」風が目を見開く。 「鬼に金棒よ」海が好戦的に、剣を構える。  急上昇する瓜生の、耐Gスーツをつけていない体が壊れようとする瞬間、別の呪文が完成する。  鳥の翼と、東洋の龍の顔。羽毛に包まれた、果てしなく長い胴と、鋭い爪の腕。天空の力と獣の凶暴性を身に宿す姿、それをなすすべてが、F-15Eの無数の部品と、一つ一つ響きあい、絡み合い、複雑な魔力に編まれ、織られていく。  獣が当然のように見聞きし、身を動かし、筋肉細胞に血を通じて酸素や水や栄養を送り老廃物を除くように、すべての機械・電子機能が竜であること自体によって制御される。  その禍々しくも美しい姿が、魔神たちと〈ザガート〉の間に立ちふさがり、機首を〈ザガート〉に向ける。 「瓜生」光が驚いた。 「こんな、高度な魔術を」海が口を覆う。 「心強いですわ」風が静かに集中する。 「もう、人の理性を失う……竜、戦うだけだ。話す気はないな!」瓜生が最後に確認する。  応えは、強力な魔力の、闇の球電だった。  F-15Eの機首が竜の口となり、コクピット部に見える一つ目から、人心の光が消える。  竜の咆哮が、F-15Eのアフターバーナーと20mmバルカン、30mmガンポッドが同時に絶叫する。 「炎の……矢!」光のレイアースが、激しい剣とともに炎の嵐を吐く。人の姿のときとは比較にならない、燃料気化爆弾級が吹き荒れ、〈ザガート〉を襲う。  炎は球形の魔法壁の表面をすべり、ラファーガの剛剣に似た一撃必殺の唐竹割りがレイアースを襲う、それを海の、セレスのレイピアが受け流した。  F-15Eの巨体が、蝶のように舞い襲う。機銃が次々に〈ザガート〉の盾に弾け、30mmが一部を欠けさせる。  剣が届きそうな至近距離で投下された、バンカーバスター。廃棄する榴弾砲から流用した、超高品質の鋼の重い筒が、ライフル銃弾なみのマッハ2で〈ザガート〉を襲う。 「なめるなっ!闇盾防除」  ザガートが描いた複雑な三次元積層魔法陣が瞬時に、ダイヤモンドの壁を形成する。何千枚もの傾いた超高硬度板が、大質量のエネルギーをそらせる。  爆弾が〈ザガート〉をかすめ、大量の炸薬の爆発もマントが吸収した。  広い翼を大きく舞わせ、周囲の水蒸気を雲にして方向転換した巨体が、口から槍のような炎を吹きだす。 「いまだ、炎の矢!」光が同時に放った炎、そして左腕の盾から突進する。  巨体と巨体が音速で激突し、巨大な剣が激しく打ち合わされる。  光の天才的な剣技と、ザガートの正しい剣が激しく交錯し、レイアースの一部が激しく砕ける。 「癒しの風」風の、ウィンダムの癒しがレイアースを癒し、「水の龍!」海の、セレスの放つ高圧水流が〈ザガート〉を包む。  そこから飛び出し、放たれる数十発の、黒い稲妻をまとう闇弾に、三機が深く傷つく。 「これが最後だ、剣を引け。交渉しよう」ドラゴラムを解いた瓜生が、F-15Eのコクピットから怒鳴る。 「否!」ザガートの叫びと、強力な闇弾が真上に放たれる。 「ならば、出し惜しみはなしだ!」瓜生が叫び、かなりの上空で急旋回・失速し、真下に向けてアフターバーナーを全開にする。 「死ね。闇衝(レク)」……闇が収束する、そこに真上から戦闘機が、最高速度を超えて突き刺さっていく。 「特攻!?」光が叫ぶ。 「ばかっ」海が怒鳴った、その瞬間、三機の『魔神』が消えた。 「コクピットが、開いて」風の呟きが、どちらに残ったのか。  三人の意識が戻ったのは、闇のはるか彼方。トゲトゲの岩でできたような城は、はるか彼方に小さく見えるだけ。 「こいつの影に伏せろ!全力で守れ!あっちを見るな!」人の生身に戻った瓜生が叫び、鉄鉱石を山積みにした巨船を地面に横たえ、さらにその影にメルカバ重戦車まで出して後方ハッチから飛び乗った。 「え」光が呆然とする。  海のセレスがレイアースの巨体を押し倒すように伏せさせる、「本気よ、従わないと」 「守りの風」と、風の呪文が四つの巨体、そして莫大な量の鉄と石を包む。  そうなるまで、ほんの一秒。呪文が完成し三体の『魔神』が伏せた瞬間、凄まじい光の嵐が周囲を包む。 「何を」風が恐怖に怯える。 「B61、核爆弾」瓜生の、乾いた言葉に三人が凍りつく。「なぜより頑丈なA-10じゃなくてF-15にしたか、答えは……A-10に核が積めないからだ」 「そ、そんな恐ろしいことを!」光が絶叫した。  強烈な衝撃波と爆風が、巨大な鋼塊と魔法の壁にかろうじて阻まれている。 「戦うなら手段を選ばない。全力、それだけだ。君たちは何度も、敵に剣を突きつけて止めては、やり返されて味方を傷つけていた」  瓜生の言葉に、思い当たる風が身を硬直させる。 「確かに、そのために私は操られ、光さんと海さんを傷つけました」風が眉をひそめる。 「私も、そのために押し飛ばされた。もし私の、プレセアが造ってくれた剣が助けてくれなかったら」光が歯を食いしばった。 「で、でも、いくらなんでも、核兵器なんて。それでも人間なの!?」海が叫ぶ。 「その『魔神』の出力に、上限はない。核兵器以上だ。本当に全力を出せば、地球を消滅させることだってたやすいさ」  瓜生が悲しげに言う。 「そんな」光が顔を覆う。 「怖くなってくれ、武器を持つことを、戦うことを。『魔神』なんて神の力を使うことを。恐れつつ戦いぬけ。来るぞ!」  瓜生がメルカバの主砲を一発放ち、車長ハッチから身を乗り出して両手剣を手に握ると姿が消えた。 「え」  砲口煙が薄れる暇もなく闇の稲妻がメルカバを貫き、炎が吹き上がって自動消火で止まる。さらに追い討ちの球電が、今度は跡形もなく重装甲の戦車を押しつぶした。 「ザガート」  光が、レイアースが立ち上がる。 「許さん」ザガートが、マントは吹き飛ばされ、盾に戦車砲弾の傷跡を残しながら飛んできている。「この『セフィーロ』に、悪魔の破壊を」 「『セフィーロ』など、どうでもいいんじゃなかったのか」遠くの虚空に浮いている瓜生が叫んだ。 「まさか、核爆弾が至近距離で爆発して、生きているなんて」海が呆然とする。 「これは私の『心』だ。この『セフィーロ』では、『心』がすべてを決める」  遠くに、余熱の光に照らされるキノコ雲を見た風が、恐怖に打ちひしがれて迫る巨大な姿を見る。 「伝説は成就しない。『魔法騎士』の伝説など、私がこの手で打ち砕いてやる!!闇衝招撃!」  ザガートの放った闇の巨大な球塊が、三機の魔神を打ちひしぐ。 「海ちゃん!風ちゃん!」光が叫ぶ。 「がんばろう海ちゃん!風ちゃん!ザガートを倒せば東京へ帰れる……この『セフィーロ』を救えるんだ!!!」 「これまでいっしょに戦ってきたんですもの、三人いっしょにがんばらなきゃね」海が、 「帰るときは、三人いっしょですわ」風が支えあい、剣を杖に立ち上がる。 「負けない!!」光が強い意志で剣を構え、凄まじい迫力……核兵器にすら耐え抜いた力で迫る〈ザガート〉に対峙する。  レイアースが、激しく〈ザガート〉と切り結ぶ。 〈ザガート》の膝に、背に、次々と砲弾や地対空ミサイルが刺さる。うるさげに反撃する一発一発が、簡単に戦車を破壊する。瓜生は一発放っては移動し、次々と新しい装甲戦闘車両に乗り換え、生身でも魔力で加速したスラッグ弾を叩きこむ。 「風」瓜生が遠くから声をかけた。 「はい?」 「一瞬でいい〈ザガート〉を行動不能に。海!そこの岩塊の、〈ザガート〉から見て裏に移動し、この強さの、冷気の魔力を練ってくれ」  瓜生が静かに言い、手を伸ばすとマヒャドを放つ。  すべてを凍結・粉砕する液化空気の奔流。〈ザガート〉は軽く殴られた程度のようだが、つばぜり合いの最中目を狙われたため一瞬の牽制にはなり、レイアースの下がり胴に傷つく。 「おのれ」ザガートが叫んだ瞬間、 「戒めの風」風の、ウィンダムの呪文が〈ザガート〉を縛る。 「この程度の!」叫んで風の縄を引きちぎり、振り下ろされるレイアースの剣を弾いて鮮やかなカウンターが、レイアースに刺さる瞬間にレイアースの姿が消える。 「サガルーラ……メラゾーマ」  レイアースを強引に引き戻した瓜生が、巨岩をも蒸発させる超高温の炎を手にする。  セレスは丁寧に剣の先で恐ろしい低温の冷気を制御しながら剣を地面近くに伸ばし、瓜生の手に触れさせる。  冷気と炎が融合し、複雑に魔力が縒り合わされ、編み織られる。  その、要求される魔法の編み方の複雑さ、精緻さに海は驚くが、必死でついていく。暴発したら、自分も危ないことだけはわかる。 「メドローア!」  瓜生が叫ぶと同時に、セレスのレイピアの延長に放たれる虚無の光弾が岩塊を簡単に貫き、〈ザガート〉を襲う。 「なめるな!」とっさに出現した魔力の闇塊が、メドローアの光砲をそらし、相殺していく。  周囲は広く消滅していたが、〈ザガート〉の巨体はわずかな傷だけだ。 「編み方は覚えたな。次からは光と組んでやってみろ。ベギラマ、ベホマ」素早く瓜生が、半ば凍りついていた自分を高熱で溶かし、治癒呪文をかけながら物陰に隠れる。  打ちかかったレイアースだが、それはあっさり叩き落され、距離をとっての対峙になる。 「癒しの風」風の呪文が瓜生にかかったが、それはそのままウィンダムに弾き返された。 「魔法反射呪文」瓜生の、かすれた声が魔力で伝わる。 「そんな呪文も、でもそれって、味方が癒すのも拒むってことじゃ」海が驚く。 「どうしてエメロード姫をさらったりしたんだ!」光が叫ぶ。「姫は『セフィーロ』を支える『柱』なんだろう!?」  遠く、核爆発の影響と、セフィーロ自体の荒れによる激しい稲妻が時に戦場を照らす。 「姫が『セフィーロ』の平和を祈らなければ、この世界は崩壊してしまうんだろう!?」光の声に、ザガートが答えた。 「なぜ姫が『セフィーロ』の平和を祈らねばならんのだ」それは穏やかで、断固として、怒りに満ちてはいるが正気の男のものだった。 「え!?」 「なぜエメロード姫だけが、『セフィーロ』のために祈り続けなければならんのだ!銀爆殺襲!!」  ザガートの、強大な呪文が高密度の、液体の炎の嵐のように練られ、核爆弾に匹敵する威力で三機の『魔神』を直撃し吹き飛ばした。 「セフィーロの『柱』は『自由』もなく、ただ、この世界の安定のみを祈り続けるのが『運命』」 「姫だけじゃない!」鉄塊の影でやりすごしていた瓜生が、声を魔力にして叫ぶ。「おれのとこの子たちの故郷でも、同様な一族がいる。天皇が国のため、一切の政治的権利や市民権を奪われて、代々自らを犠牲にし続けている。そしてどの世界の、どの人も、共同体に所属し縛られ、縛られていなければ……おれのように、自由そのものに苛まれている!」  瓜生が叫ぶと、膨大な情報を魔力で圧縮し、ザガートに送る。そして光たち三人それぞれが知っていることを、同様にザガートに送るよう指示し、三人は操られるように魔力を使い、従った。 「比較にならん。この『セフィーロ』の『柱』には、祈り以外には何もないのだ。子を産むことも、死の希望さえも」ザガートの、底なしに悲しげな言葉。 「だとしたら、そのシステム自体持続可能じゃない。人間に可能なシステムでなければ、滅びるだけだ」瓜生の言葉に、ザガートは何か言おうとして、殺気を迸らせた。 「ザガート、お前の戦う理由、重要なことはひ」 「黙れ!」瓜生の言葉をさえぎり、魔弾が二発放たれる。一発は瓜生を隠れていた戦車の残骸ごと吹き飛ばした。そしてもう一発が突然把握できない超高速に加速、かなり離れたところで爆発。一部がザガートに跳ね返るが、それは悠然と耐えた。  そして着弾点で、別のところで吹き飛んでいるはずの瓜生が崩れ落ちる。 「小ざかしい、幻覚呪文など」  それに三人の少女が悲鳴を上げる暇もなく、膨大な呪文が〈ザガート〉の前で練られ、無数の円を描く。 「闇…爆殺…襲!!」  巨大な魔力の奔流が、傷ついた三機の『魔神』を襲う。 「私たちは絶対に負けない……」海が、鋼の意志をかき集める。 「三人いっしょに東京へ帰る……」風が、じっと死を見つめる。 「大切な『仲間』を、これ以上絶対に、失ったりしない」光が、激しい痛みを振り払う。 「私たちは絶対に負けない!!閃光の螺旋」三人の極大呪文。瓜生が海に教えたメドローアと同じように、まず光の炎と海の水が融合し、それを風がまとめ螺旋に縒りあわせていく。  虚無を超えた破壊が〈ザガート〉の攻撃呪文を呑みこみ、巨体を包み、消し去っていく。 「エメロード……どうか自由に……」その、かすかな言葉が、戦場に響いた。  どこからか、聞こえる絶叫が、巨大な爆発にまぎれる。  残るのは、岩に突き立つ巨大な剣のみ。 「やった……これで東京へ帰れる!!『セフィーロ』を救える!」光が喜びに満ちた笑顔で叫び、城に向かう。  三人の頭には、もうRPGのエンディング曲が流れていた。花園と美しい姫。民の笑顔と花火、スタッフロール。  これほどの高揚感を、喜びを感じたことは、彼女たちの生涯に一度もなかった。  長い苦闘。痛み。そのすべてが、報われた。  だからこそ、ゲームというものは人の心を捉えて離さない、麻薬に匹敵する力で。  水あふれる城に侵入し、『魔神』を降りた三人は、滝の中の広場にいた一人の美女と会った。  そして彼女は、「エメロード」と名乗る。  それに光は、おずおずと事情を説明する。いぶかしみながら。 「ザガートは倒した」という光の言葉に、エメロードの口からは、意外すぎて言葉として受け止められない言葉と、凄まじい殺気が放たれる。 「私の愛するザガートを殺したのは、あなたたちね……!許さない!」 『魔神』に守られ、辛くも飛び出した三人の『魔法騎士』を、ケンタウルス状の巨大な何かが襲う。  凄まじい威力の攻撃に、『セフィーロ』の大地が運河並みの規模で裂けた。 「たった一撃で大地が裂けたわ!」海が叫ぶ。 「金爆殺襲」  振り下ろされる剣とともに、凄まじい衝撃波が拡散して襲う。 「サガルーラ!」  一瞬で、三人が相当遠くまで飛び、それでもかなりのダメージは負ったが致命傷は免れた。 「「「瓜生(さん!)」」」三人が叫ぶ。  瓜生が、半壊した岩山の影の、さらにメルカバ戦車の車長ハッチから顔を出した。 「マホカンタは唱えてあったからな」体の大半が潰れたが。瓜生の魔衣には、力の盾も合成されている。「生きてさえいれば、おれは自らを癒し、全快できる」瓜生が微笑する。  回復過程は大量のモルヒネを打たなければショック死する痛さ、とは言わない。  モルヒネの影響が抜けまともな意識が戻るまでかなりの時間がかかり、目が覚めた直後に城が崩壊したぐらいだった。 (すまない。人殺しをさせてしまった)それも、言うことができない言葉だった。 「あ、あれは、エメロード姫だって言ってるけど、変な」 「誰であろうが関係ない。自分たちを攻撃する者は殺せ、それだけだ」瓜生が言う。  なんとなく、どういうことか、わかりそうな気はした。だがそれより……正面から襲う、圧倒的な殺気と力。 「一つだけ、先に言っておく。おれは神にも傷をつけることができる」瓜生がじっと、あのときのことを思い出す。「使っていいときは指示してくれ。そして全力で逃げろ」 「どうやって?」 「自己犠牲呪文の攻撃力は絶大だが、ザコにしか効かない。だがその、生命そのものの絶大な魔力を、別の力を制御することだけに使う……一発の銃弾の加速に、大型水爆のエネルギー全部つぎこむ。ニュートン方程式だけなら光速以上、相対性理論で質量を増し、そこらのロボットアニメのビーム砲より強力な素粒子ビームとなる。神ですら傷は免れない。おれは死ぬけど」 「ぜ、ぜえったいにだめだよそんなの!」光が絶叫した。 「おっそろしいこと、いわないでよ!」海がぞっとした目で瓜生を見る。 「合理的では、ありますわね。ですが、あなたを死なせた負い目を、ずっと担えと?」風がじっと瓜生を見る。 「忘れられるさ。人間はなんにでも慣れる」瓜生が静かに言い、両手剣を構えて虚空に消え、上空で羽竜/F-15Eに姿を変えた。  恐ろしい速さで襲う〈エメロード〉の呪文、風の防御呪文ですら威力を半減させただけで、二人とも大ダメージを負う。  そして、魔法騎士たちに、別の……彼女たちにとって聞き覚えのある、小さなエメロード姫の声が聞こえた。  瓜生も、その声を魔法で聞いている。  聞きながら三人が、〈エメロード〉と必死で戦う。  竜に変じF-15Eと一体化した瓜生は、M83、より大型のメガトン級水爆を至近距離から〈エメロード〉に直撃させた。  それすら、四体の魔神には、彼らが操る魔法と同等の、たいしたことのない威力だが……。  戦いの中、小さなエメロード姫は、真相を打ち明けていく。 『セフィーロ』を救うため。姫をザガートがさらい、幽閉した。だからセフィーロは崩壊しつつある。だからザガートを倒し、姫を救えば、『セフィーロ』は救われる……それが、三人の少女が思い込んでいた、この〈RPG〉の〈ストーリー〉だった。  瓜生もせいぜい、そうだと思って戦ったら単にザガートは一勢力の長で、ひとつ間違えば三人が人間の戦争に巻き込まれ、何万人もの女子供を虐殺させられる、それを恐れていたぐらいだ。 《違います……ザガートの、あの人のせいじゃない……》小さなエメロード姫が嘆く。  F-15Eを破壊され、変身が限界で解除した瓜生が、録音されたクレフの言葉をあらためて流す。 「そうだ。クレフは一言も、エメロード姫を助けるように、とは言わなかった……嘘はついてないが、事実すべてじゃないってわけか」  激しく歯を噛み鳴らす。 《私が伝説の『魔法騎士』を招喚したのは、私を殺してもらうためです》  瓜生が天界の神竜、巨大すぎるほど巨大な竜の姿をとり、激しい炎を吐き散らし巨体の重量でのしかかる。 〈エメロード〉の攻撃が、それを簡単にはねのけ、鋭く反撃する。瓜生は神竜の姿をわずかしか持続できず、すぐ人に戻った。 《『柱》はみずから死ぬことができません。そして『セフィーロ』の何人たりとも、『柱』に危害を加えることはできない》 「ふざけるな!人を、縄か剃刀みたいに扱やがって!死にたければ一人で首吊れ!」  人に戻った瓜生の怒りが、激しい言葉になる。 《お願い、私を殺して……》 「殺してやる、このザガートの剣で殺してやる!」  三人の魔法騎士を狙う追撃。瓜生が大魔王の姿となり、その膨大な魔力を凍てつく波動で消し去る。そして巨大化して膨大な冷気を吐き、馬上槍のような大剣の一撃を、全身が描く美しい螺旋でそらしつつ鮮やかに連打を入れて死の癒しを注ぎ、邪悪な哄笑で天地を引き裂き闇に凍りつかせる。 〈エメロード〉は圧倒的な力と速さで、大魔王の優雅な拳に反撃し、強烈な魔力をぶつけ合う。 「す、すごい」光が呆然とする。 「なんで、あんなとんでもなく邪悪な姿に」海が、大魔王から放たれる恐怖と邪悪に頭を抱えた。 「ザガートの最後の言葉。それは、『エメロード、どうか自由に』だ」すぐ限界が来て生身に戻った瓜生が、〈エメロード〉のすぐ上に瞬間移動すると巨大なタンカーを出して身長の倍ほどある三角錐を放り、三体の『魔神』とともに、空中神殿の陰に跳んだ。  とてつもない爆発、それをエメロードが、強烈な魔力で空間ごと虚無に返した。 「なんということを、大魔王め!」そして恐ろしい速度で、また〈エメロード〉が迫る。 「な、何をしたの」海が叫んだ。 「満タンの石油タンカーの甲板で大型水爆を爆発させただけだが?とんでもないな、すべて握りつぶして虚無に消し去りやがった」瓜生の平静な声。「ザガートは他国に逃げることもできた、あんたを愛していなかったなら。また、この子たちにすべてを打ち明ければ、彼女たちにあんたを殺すことはできまい。それで彼女たちを元の世界に帰すのも……きついし、そうなったら次を呼び出すだけか。  ザガートは、あんたを愛していた。立派な男だった」  瓜生が、奇妙な平静さで語っている。上空で瞬間移動を繰り返し、次々に大型爆弾を落とし、巨大な鉄鉱石運搬船を〈エメロード〉のすぐ上に出してまた消える。  圧倒的な質量に潰されつつ、凄まじい『力』で切り払い、魔法騎士たちに激しい攻撃を続ける〈エメロード〉。 「ザガートは、こうも思っていたはずだ。自分が死ねば、あんたは諦めて、『柱』としてでもせめて生きられるかもしれない。いや、あんたが自由になることを望んでいた……『魔法騎士』を返り討ちにし『セフィーロ』を破壊して、やっと自由になって一人別の国で生きる、それを求めていた、か」 《ザガートのいない世界で、一日でも生きていたくない!》小さいエメロード姫が叫ぶ。 「おれたちの世界は、みんな常命だ。誰もが愛する人を失って生きるんだ、まあインドで未亡人を火葬に放り込む風習が残ってるところは別だがな」瓜生が微笑みかける。 《でも、セフィーロの人々を死なせて》 「他国に移住させることはできたはずだ」瓜生の言葉に、小さいエメロード姫が激しく首を振る。 「できたはずだ。神力があるんだ、この世界のルールを変えることはできたはずだ。譲位することも、全員で少しずつ背負うことも。そうしなかったのは『柱』であることに執着した、それに……」瓜生の目が、残酷な光を放ちつつ、伏せられる。 (精神分析を凶器として使うのは、核兵器より罪悪感重いな) 「怖かったんだろう。姫で、『柱』でない、一人の女として彼の前に立つのが。彼の敬意と愛情は義務だけだったのかもしれない、疑心暗鬼。うまくいっても、いつ浮気されるかもわからない恋愛の日々より……  出ようと思えば出られたんだろう?なぜ、どの段階でもいい、止めにこなかった?ザガートが死ぬまでに」瓜生が静かに言う。「何もしなかった、手遅れになるまで。立派な男を、何も知らない少女が殺す前に」激しい怒りに、瓜生が歯を食いしばる。  そして史上最大のツァーリ・ボンバ水爆を背に、座布団を積み上げてダネルNTW-20対物狙撃銃を構える。スコープの設定を変えて、銃弾の落下をゼロとして〈エメロード〉を狙い、水爆の起爆装置に手をかける。 「望んでいたんだろう、この結果を。二人で死んで、楽になることを。三人の、異界の少女を縄扱いして心を引き裂くのとひきかえに」  エメロードが、大人の姿が絶叫する。子供の姿が激しく泣き崩れる。 「少なくとも、傷は免れまい……その隙に、容赦なく殺せ!迷うな!」瓜生が叫び、魔力を集中する。 「じ、自爆を」海が叫ぶ。 「だめだああああああああっ!」光が、絶叫した。 「戒めの風!」風の呪文、瓜生の唱えかけていた変形メガンテが霧散、引き金を引けぬほど、起爆装置を押せぬほど拘束される。 「慮外な闖入者!消えうせろ!汚らわしい故郷へ帰れ。この世界に、永遠に一歩も踏み入るな!」エメロードの叫びとともに、瓜生の存在自体が消滅していく。 「く……抵抗しても無駄か」素早く呪文を唱え続ける。スクルト、ピオリム、バイキルト、ベホマラー。魔法騎士の三人が、輝きを増していく。  唱え終わると同時に、瓜生の姿が消えた。直後光弾が、起爆寸前の超巨大水爆を虚無に消し去る。 「瓜生さん」風が息を呑む。 《彼は元々、不自然にこの『セフィーロ』に来ています。元の東京に、戻っただけです、二度とこちらには戻れぬよう呪われて》冷静を取り戻した、小さなエメロード姫の声。 「それにこの、強力な補助呪文。これがなければ、私たち、何度も死んでた」海が、自らにかけられた魔力を見直す。 《彼が、どれほどあなたたちを助けていたか、知らないのですね》と、光・海・風の三人は、三人が招喚されて以来の、瓜生の激しい戦いの連続を一瞬で〈知って〉しまった。 「私、は、守られてたんだ。ずっと」光が歯を食いしばる。 「な、なんなのよ。どれだけ強いのよ。それを、ずっと隠れて、おくびにも出さず、バカにされても苦笑してて。これじゃ、わたしたちが、バカみたいじゃない!」海が、衝撃に目をうるませる。 「何度も傷ついて、感謝の言葉一つ求めず」風が顔を伏せた。 《『伝説の魔法騎士』たちよ、私を殺して……そして『セフィーロ』を救って……》  小さいエメロード姫の、祈り。〈エメロード〉が手にするザガートの剣が、レイアースの肩を貫く。  祈りに応え、涙を流しつつ。三人の魔法騎士は、そのすべての力を一つにした。瓜生が繰り返し見せた見本から学び、みずからの存在を解いて撚り合わせ、美しく編み織って。  一つの『魔神』の炎剣が、〈エメロード〉の胸を貫く…… 「すっごい光だったわね、ね、光」東京タワーの展望室で、光のクラスメートが振り向いた。  そこでは、三人の少女が抱き合い、激しく涙を流し…… 「こんなのって、こんなのってないよー!!」と、絶叫していた。  展望室の隅で、汚れた服の青年が立っていられず崩れ落ち、三人を見ていた。 (生きて、帰ってきてくれたか。よかった、それだけでも)  それだけ確認し、そのままウィスキーの瓶を出すと服に振り、一口飲む。口にして体が熱くなり、直後傷ついた内臓が激痛を発し、声もなく瓶も落とす。  誰も見ない。どこにでもいる、壊れた酔っ払い。 (何も、できなかった。深く、深く傷ついたろう。人殺し、なんだ、でも正当防衛だ、虐殺も拷問もしてない)  瓜生は体を動かそうとして、その凄まじい痛みで心の痛みをごまかした。  不可視の魔衣に合成された力の盾が、繰り返し瓜生の体を癒す。それでも、深い傷は容易には癒えない。  魔力の桁外れの使いすぎ、肉体の酷使、凄まじい睡眠不足が体を苛む。大魔王にすら変身した無理な呪文の連発は、根底から魂を蝕んでいる。核兵器の連続使用で、かなりの放射線障害も負っている。  力の盾でも、その傷を癒しきるのは時間がかかる。  抱き合って泣き崩れていた三人の少女が、同時に瓜生の姿を目にした。  駆け寄ろうとする三人を、手で制する。 (きちゃ、いけない。おれの年齢の男が、きみたちと無闇に接することは、許されない)魔力を振り絞り、かすれたささやき声を彼女たちの耳だけに届ける。 (行くんだ。すまない……生きて帰ってきた、それ、だけで、充分)  それだけ言って、激痛に意識を失い崩れ落ちる。  海が、衝撃に目を見開き、また泣き崩れるのを光が必死で支える。 「今は、存分に泣いてください」風の言葉に、光が風の肩に顔をすりつけながら激しく泣き続ける。  酔っ払いの男は、いつの間にか消えていた。  彼女たちのポケットに、小さなメモが残っていた。 《守りきれず申し訳ない。君たちは正当防衛しかしていない、罪は犯していない》それに、瓜生のフルネームと電話番号。  三人はそのまま教師たちに助けられ、別れることになった。  その夜、瓜生の下宿に電話があった。 「あ、あの」 「海さん」瓜生が寝転んでもがきながら、答えた。 「はい。瓜生さん、ですね」 「申し訳なかった。守りきれなかった」 「ごめんなさ」 「謝らなくていい。今はとても傷ついているだろう、無理にでも食べて、熱い風呂に入って、ゆっくり休め。それから運動して、何日かしたらゆっくり全部思い出すんだ」  瓜生が優しく言うのに、海が泣き崩れるのが電話越しに伝わる。 「今から行くよ。他の二人のところにも」  というと、長大な両手剣を刃に触れぬ鞘に納め、布で包み外に出、虚空に消えた。三人の住所は、もう電話帳などで調べが済んでいた。  家から出て、瓜生の胸に飛び込もうとした海の肩を押さえて止める。そして触れたまま、道場をしている光の道場へ。海が呼び鈴を鳴らして光を呼び、すぐに二人で風のところに急行した。 「必要なら、この部屋の支払いをしてある。ルームサービスも取り放題でいい」と、風の家の近くのホテルのキーを渡す。 「何から、何まで、何で、返せば」風が泣く。 「何もいらない。君たちが虐殺をせず生きて帰っただけで、充分だ……人殺しをしないで済んでいれば、怪我がなければ、もっとよかったんだが」瓜生はそれだけ言って、消えた。  それから。  三人、何度も東京タワーに集まっては話していた。  瓜生は、ほとんど三人とは関わらなかった。三人も、あまり瓜生には連絡しなかった。  瓜生がまた東京タワーから、強大な魔力を感じる。  東京タワーに急行はしたが、『セフィーロ』に立ち入ることを許されない呪いをかけられていた瓜生には、何もできずただやきもきするだけだった。  今度は満面の笑顔の三人が戻り、瓜生に飛びついてきた。瓜生は慌てて、周囲の人間の記憶を混乱させ、近くの公園にルーラで消える。 「今回はやった、やったよ。今度こそ、助けられた」光が嬉し涙を流す。 「『柱』制度を廃止できました、光さんの決意で」風が抑えた姿で、喜びに輝く。 「誰も殺さずに、各国の侵略を止めることができたの。病気で動けなくなっちゃった人はいるけど、でも生きてる。みんな、仲良くなれた」海が泣きじゃくり、座りこむ。 「それも、海ちゃんと風ちゃんの、イーグルやランティスの、みんなの」光が泣きじゃくる。 「じゃ、祝杯だな」と、瓜生がドン・ペリニヨンとグラスを四つ出した。 「で、でも私未成年」光が言うのを、 「いいのいいの」海が押さえる。  風もためらいなしにグラスを手にする。 「乾杯!」軽く四人グラスを打ち合わせ、素晴らしい発砲ワインを口にして、深くため息をついた。  瓜生にとっては、これがやっと、あの戦いの一区切りだ。つい、瓜生の体が震え、涙がこぼれる。 「あ」 「いいわよ。泣いても」海が涙をぬぐい、微笑む。 「泣いてください。瓜生さん、あなたもどれほど、私たちを支え平気なふりをしながら、罪悪感を抱えてきたか。もうわかっているんです、あなたがどれほどわたしたちを助けてくださり、後悔もしてきたか」風が手を広げる。 「ザガートの、弟のランティスに会った。それで、実感した、私はザガートを、人を殺したんだ、って。ランティスは許してくれたけど」 「正当防衛だ」瓜生が強く言い、光の手を握る。 「瓜生、何人も、人だと分かっていながら人を殺した、私たちを守るために。正当防衛、でも辛い」光の顔が涙に崩れる。 「う……」静かに、瓜生の目から涙が流れ、呼吸が嗚咽に変わる。  必死で、グラスにブランデーを注いで干そうとするが、その手を風が抑え、涙をハンカチでぬぐう。  海が背をなでる。  瓜生は、静かに泣き続けていた。 「今回は、魔法、使えるんだろ」泣きやんだ瓜生が、三人に聞く。三人ともうなずいた。 「大変だな。目に見えない大砲を背負っているのと同じ、いつでも何千人も殺せるんだぞ」瓜生があらためて、厳しい目で見た。  三人とも目を見合わせ、うなずく。 「何かあったら、いつでも相談してくれ。『スパイダーマン』は知っているだろうけど、詳しく読んだり見たりしたことはないだろ?力がある人は、それを使えば思ってもみなかったひどいことになるかもしれず、使わないことも一つの決断で、その結果も読めないし無責任……おれは、間違いの経験だけは多いんだ」 「じゃあ、昔の話を聞かせてください。どんな冒険をしてきたか」風が目を輝かせる。 「今回、どうだったのかも教えてくれたらな」瓜生が三人に聞く。 「うん。あのね、行ってみたら、『セフィーロ』は荒れ果ててた。一面の、岩だらけで真っ暗で、真ん中に大きな城ができていて……」  光が、海が、風が異界の冒険を、夢中で語る。  口にできない経験を共にした、瓜生の能力や異界の存在を知り、実戦と『現実』に心を磨き上げられ、神レベルの魔法も使える『仲間』。  それが瓜生のこれからに、この世界の未来にどう関わるかは、全知に触れた賢者である彼にも予想できない。  ただ、新しく名づけられる、悲しい神話を帯びた世界の物語を聞き、自分の経験談も語りながら、極上のヴィンテージワインを少しずつすすり、明日の朝からはまた学生の生活に戻る。次の冒険を待ちながら…… 「じゃ、ランティスをこっちに呼んでやるか。光の兄さんたちが、勝負したがってるんじゃないか?」瓜生の言葉に海と風が笑い転げ、光がきょとんとして、それを見て瓜生も笑い転げた。 〔完〕