花咲き初める頃、雨になりそうな朝。
 ふと、隣のフレデリックが店を開けていないことに気付き、シーナは、声をかけると戸をおした。
 古い木の扉に、冬の終わりに咲いた、小さな梅の花びらがはりついていた。

 ガンガン、と、安っぽい戸が蹴飛ばされる。
「うるさいな、どうしたい!?なんだ、シェリルばあさんじゃねえか、まだ生きてやがったか」
 ローズは乱れたパジャマのまま起き出すと、顔なじみの老婆に毒づいた。
「大きなお世話だい、怪我人だよ!さっさと来とくれ!」
「先に言ぃやがれ、どこだ!」
 まだ日も昇っていない、狭い部屋を手探りで上着を羽織り、脇差をベルトにねじこむとトランクを引っつかんでとびだした。
「うちさ。犬にしては声が変で、見てみたら土間に血まみれの人だよ。とりあえずジャックに見てもらってるがね」
「不用心だな、ま、取られるもんなんてないからいいや」
 ローズの上着に飾りはないが、生地はいい。脇差は飾り気のない海老鞘十字鍔だが、見る人がみれば金をかけた拵えとわかる。それが彫りの深い、匂い立つような男ぶりのローズにはまる。
 歩きながら、ローズはいつもの魚屋とすれ違い、軽く目をあわせた。
 帝都レマの、夜がちょうど明けたところだ。

「聞いたかい?ヴェイル街のフレデリックんとこが、押し込みに皆殺しにあったんだって」
「ひでえ話だな、最近レマも物騒になったもんだ」
「そういやあ、火付盗賊改メも今度、交代するらしいよ」
「かあいそうになあ、まあフレデリックの店は最近、儲けすぎてたけど」
「なんでも、五歳になる女の子一人、おっかさんが箱の中に隠していきてたんだってさ」
「盗人の風上にもおけねえ野郎どもだな、うちのじいさんが若い頃なんて、盗賊っていやあ眠ってる間に、煙のようにだぜ?蔵ん中、洗いざらい盗み取られて、半年も気付かなかったってこともあったそうな。」
「昔の盗賊、っていやあ、今でも「薔薇の露」は正統派だよね」
「そうそう、何をどうしたものか、いつの間にやら現れて、煙のように消え失せた、後に残るは薔薇一輪!」
「最近噂をきかねえが、陽炎のメースも正統派だなぁ」
「親父の若い頃なあ、ミラボー通りのローテローズさんとこ、陽炎のメースにやられてありがたがってるって」
「うそ、どうして?盗まれたんだろ?」
「金全部盗らないで、仕事にさわらねえ程度に残してあった蔵に、手紙があったんだってよ」
「なんて?」
 顔を洗った職人がもう満面の笑顔で、
「使い込みしてる番頭を名指しにして、さらにウインフルトの店は手ぇ広げすぎだから畳め、って。」
「で?」
「その通りで、盗まれなかったら潰れてたってさ」
 井戸端会議を尻目に、部屋の中では手術が終わろうとしていた。
 汗だくになったローズが、開胸器を外して傷口を縫合する。患者は五十がらみの小男で、右手の指が二本なかった。
 傷は特に、胸を刺されたのが深い。シェリルばあさんが匕首を抜かないでいたから、辛うじて助かったようなものだ。他に太股にも大きな刀傷がある。
「どうなんだい?」
「何人も、よってたかってだな。増血の呪符が足んねえか・・・よし、一応終わった。だが、まだ動かしちゃなんねえ。しばらく、ここにおいてたほうがいいんだが・・・」
「いいよ。どうせ駄菓子屋も暇なんだ、ゆっくり見ててやるよ」
「すまねえな、おっと!もうこんな時間か」
「朝飯、食ってきな!」
「ありがてえ、ばあさんの打つうどんは絶品だからな」
 言いつつ、ローズの目は宙を泳いでいる。半眼に閉じ、そっと気配をうかがって、右手が、動くか動かぬか、というほど振れた。
 声のない悲鳴、そして音のない足音が去っていくのを見送って、運ばれてきたうどんに食いついた。うす味の、鶏の出汁がよくしみて、ねぎが舌にしみる。

 その日、ちょうどレマ帝都では、一人の騎士が帝都特別放火強盗殺人等非国事重犯罪警察、通称火盗の長官を拝命したところだ。
 名はハンス=メイベル=ハリアー。家禄はそれほどでもないが、古く武芸名誉の家柄。自身も一流の剣士である。
 それまでは比較的物静かな、どちらかと言うと目立たない役人だったが、若い頃は、
「そりゃあもう、箸にも棒にもかからないとはあのことだ」
 とのことだ。
 その新長官が役宅に着任した時、早速留任した筆頭与力、ガイウス=レナファ=フェイスによびとめられた。
「長官、昨日未明にヴェイル街フレデリック商会が押し込みにあいました。畜生盗めです、あ」
「皆殺しか。手がかりは?」
「皆目。サイコメトリーには事前にジャミング、死亡者の霊にもアクセスできません。」
「魔賊、か、ひでぇやつらだホトケの霊まで」
 無言。
「お役目はまだよく知らん。よろしく引き回してくれい」
 言うと、さっさとよれたカジュアルに着替えて刀と拳銃をベルトにねじ込み、共にパトロールに出た。
 昼前、一日三食が根づき始めた街が、昼食目当てに動き出している。中には酒を引っかけすぎ、陽にやられて足元の危ない者もいた。
「この街には馴染みがおありで?」
 ハンスの動きが、完全に街に溶け込んでいる。ひとことも必要なく、ただ街をぶらついている浪人者の雰囲気が出ている。
 そして、すれ違った酔っ払いをそっと尾行し始めた。
「長官?」
「しっ、声が高い。今の男の足取りを見たか?」
(そういえば、確かにあのふらつきかたは酒じゃない。服に血がついていたような・・・しかし、腕利きの刑事のようだ)
「そこそこだ。あっちの店の天そば、帰りに寄ろうぜ!」
 ガイウスも腕利きだけに即座に察し、口調をあわせて
(確かに、あの浪人はかなりの腕)
「いや、酒なら向こうのベイアが最高っすよ!」
「ばぁか、あそこは土曜しか空いてねえよ」
(そこまで知っているのか?この街がまるで庭のような)
 驚きつつ、この会話ですっきりと胆が通った、と感じた。
「やっぱ合うな、おれら」
 新長官も同じことを考えている、と分かる。
 二人の、巧妙な尾行が続く・・・中、ふと、ハンスの目が軒を走る猫に。
「みゃぁお」
 猫の鳴き真似をして、誘うが猫は目もくれない。
「ふられた、な」
「なに猫なんてからかってんでぃ」
「なあに、」
 軽くごまかし、そのまま尾行。道が狭くなり、武家の領域に入りそうだ。
(用心深い奴だ、手傷を負っているようだが、尾行をみごとに警戒している)
 気取られないように、むしろ普通の声で談笑しながら尾行していると、突然新長官がガイウスを引き倒し、一瞬でバリアを張った。
(!!)
 次の瞬間、閃光と爆音が頭をぶん殴った。
 意識が飛び、何がなんだか分からなくなる。
 バリアとは、人間型の精神構造を持つ種族なら、第26葉の3πセフィロにTアクセスすることで・・・専門的な解説は省くが、要するに誰でも使える超能力である。ある集中の仕方をすれば、あらゆる方向から銃弾などの大半をふせげる。
 ほんの一瞬か、それとも何時間も経ってか・・・顔を上げると、長官が頭を振り、起き上がるのが見えた。
「ご無事でしたか」
「ああ。口封じ、・・・」
 左右の煉瓦塀が爆圧に耐え、狭い内部での破壊力を増している。他にも通行していた数人が爆発に巻き込まれ、うめいていた。
 長官が首に下げた小さいナイフを抜き、煉瓦塀に刺さった金属片を取ってポケットに仕舞うと、血にぬれた人を抱き起こした。
「おい、しっかりしろ!」
 言うが、そのまま息を引き取る。
 もちろん、尾行されていた浪人は直撃を受け、肉片一つ残さなかった。
 それを今は忘れ、二人はのろのろと・・・負傷者の応急処置を始めた。

 シェリルばあさんの家にいるローズの肩に、一匹の猫が飛び乗った。
「おう」
「みゃぁお」
 それだけで会話がすんだか、ローズは台所に猫をほうって
「ばあさん、すまんがそいつにも何か食べさせてやってくれ」
 言うと、また何か薬草を調合しはじめる。
 鉄瓶が吹いた。
「面倒な」
 ひとりごとが、なんとなくなげやりに漏れ、シェリルばあさんが
「なにいってんだい、人様の命を救うのが医者のつとめだろ!それでおまんま食ってんだ、ありがたいと思って働きな!」
 と、かみついた。

「超音速ロケット弾?」
「このアルミ片が証拠だ。後ろのほうのビルからぶっ飛ばしてきたな。」
「そんな物を使ってまで、一体何者」
「わからん。だが、この前の畜生盗めと関係はあるな」
「となると、」
 よほどの装備、人員のいる組織だ、そんなことは初めから分かりきっている。
 皆殺しにされたフレデリック商会から持ち去られた金額は数千万mggにもあたる。
 ちなみに、300mgg:ミリグラムゴールドが、そば一杯の相場だ。
「これが手がかりになるな、出所を探ってくれ。」
「はっ!」
「絶対に許せん」

 シェリルばあさんの家で、怪我人が目を覚ました。
「ここ・・・は・・・?」
「ゲマス二丁目、仲見世の茶店だ。おぉっと、口きいちゃなんねえ。ゆっくりねてな」
 病人は構わず体を起こし、
「こうしちゃいられねえ」
「って、なにか急ぎの用事でもあったんですかい?」
「まあ、な・・・。くそ、体がきかねえ・・・」
 ローズが患者の肩に触れると、何をどうしたものかへたり込むように力が抜け
「無理しなさんな。生きてるだけで不思議な深手だ。なんかあっしらにできることがあったら、いってくんねぇ」
「ご迷惑をかけた上に・・・申し訳ねえですが、このライターを持って、ラメセドの通りにあるマイスって薬屋に行ってくれるか?」
「何か伝言は?」
「いらねえです。あっしの人相風体を言ってくれれば、通じる」
 そこまで言うと、また気が抜けたように崩れた。
「ゆっくり寝てな」
 ローズは言うと、いくつかの香を合わせて部屋に焚き、猫に目配せすると
「ちょっとでてくらあ!」
 声をかけ、
「これでも食ってきな!」
 ばあさんが差し出した団子を手に、さっと飛び出した。
 それを見送る者は、ばあさんと客だけではなかった。
「行ったか?」
「ああ、行ったようですね。今ガデが尾けてます」
 職人風の男と浪人が、そっと店の奥をうかがっている。
「お頭に知らせてこい」
「今やらねえんですかい?」
「レナデさんがあっさりやられるほどの腕っこきだ、いないからって油断はできん。人数が揃ったら、だ」

以下続く・・・デスクトップに置いていても完成しそうにないので、アップしてどんどん書いていきます。お分かりの通りもろ「鬼平犯科帳」です。

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