奇妙な味のDQ3

DQ3的100のお題

旅立ち前夜

「ミカエラ、ミカエルを?」
 ダーマの山奥。賢者が、円陣に問うた。
「あの者は、危険だ」
「幼き頃、アリアハン王家の血も引く妹同然の仲間を殺したと聞く」
「母は滅びたネクロゴンド王家の血筋」
「オルテガとカンダタ兄弟、どちらの子か彼女自身も知らず、またアリアハンでは不倫の子と蔑まれている」
「アリアハン王は、彼女を勇者と認めバラモス討伐に出すと決めたようだ」
「アリアハンはかつて世界の盟主。その栄光を忘れてはいまい」
「ならば、幼き日の顔見知りとして、彼女に同行する。そして、万一の時はあたしの手で」
 その、年齢不詳の美女はローブを脱ぎ捨て、魔法使いの印である衣をまとった。
「それのみではない」
 席のひとつに座す影が、水晶玉を示した。
「この影。異界より何者かが来る、扉が開かれつつある」
 賢者たちの間にどよめきが広がる。
「何者だ?」
「誰が召喚んだ?バラモス、それともゾ……いや、この名は口に出せぬ」
「……ルビス、それに竜の女王が協力したようだ」
「ならば、光の側の者か」
「その者から、それほどの魔力は感じない」
「ただ、『無限』という言葉」
「今は眠っているようだ。その夢を……ただ戦い慣れ、傷ついてきたようだ。悪夢を見ている」
「平凡な人の子」
「……予言幻覚。山脈を、とてつもない爆発が吹き飛ばした」
「爆発に、呪いの光が。黒い雨、ねじくれた草」
「幾万の人命が救われた、命光の渦」
「彼の悪夢。何千人もの病人を救い、精密な地図を作り、そして石もて追われる」
「燃える海砦。焼けた赤子の胸を切り開き、心臓を握り泣き叫ぶ」
「この者も危険となろう」
「この予言は、われらの仲間、賢者となるのか」
「ミカエラに同行させよう、アリアハンの、ルイーダの店に来るよう導くのだ。二人別々に見張るより、まとめてみるほうがよい」
 と、数人の賢者が魔法使いの衣に着替えた女賢者にうなずきかけ、奇妙な呪文を集団で唱え始める。
 その呪文が終わる頃、女賢者の姿はなく、また遠い遠いアリアハンの、ルイーダの店の空いた一室に、奇妙な光の靄がたゆたい始めた。

「つれてって!」
「なりません」
 アリアハン城の一角で、華やかな衣装をまとう十歳ぐらいの姫が、だぶだぶの僧服を着た少年を怒鳴り続けている。
 ちょうど、伝説にあるアリーナ王女と神官クリフトを思わせる光景だが、そこにはブライ老の姿がない。
 ただ、とても美しい子が腕を組んでいた。研ぎ澄まされた刀、超高精度の鋼球のように一片の無駄もない、引き締まり均整の取れた美。姿は子供だが、表情は奇妙なほど老成している美。
 また初老の女官がもみ手をして、苦悩に首を振っていた。
「四人でならルーラも簡単で一度に戦える、そうじゃないの?ミカエラ、いやお父さまに認められたから勇者ミカエルね、それに僧侶ラファエル、それにこのアリネレアがいれば、バラモスなんてイチコロよ!」
「だからなりません、姫様御自ら旅に出るなど。外の世界は魔物だらけで危険でございます」
 女官が必死で取りすがる。
「大丈夫よ、こんなに強いんだから」と壁を蹴るが、壁が薄く輝くと蹴った部分だけ水となり、足を戻すと石に戻る。「ああもう、これじゃ蹴破れない!」激しく息をつく。
「姫様、おみ足が、どうか無茶をなさらず」女官が泣き出す。
「三人連れて行けるのに、ラファエル一人しかいないじゃない!それにラファエルだって、ランシールからも呼び出されてるし、それにお父さまもいてほしい、って」
「私はどちらも、ランシール神殿騎士団やアリアハンの政治など、資格はありません」少年が悲しげに、姫の前にひざまずく。
「なに言ってるのよ、あんたのほうが継承順は上じゃない。お父さまの、ええと、とにかく、王位なんてあんたが坐ればいい、あたしはミカエラとともにバラモスを倒した勇者、って叙事詩にたたえられるんだからあっ!」
「めっそうなことを口になさいますな。この者に野心を持たせては」女官が厳しくラファエルをにらむ。ラファエルは泣きそうな表情でますます身を低くする。
「私はただ、ミカエルを助け使命を全うさせる、それのみです」
「ずるい!冒険ならあたしが行くの!」
「冒険がどのようなことか、わかってるのか?」ミカエルが冷たく言った。その声の氷に、皆が凍りつく。「魔物でも、吹き出す血がどんなに熱いか、口から吐かれる息が、内臓の中身がどんな臭いか、爪にえぐられる痛み、知ってるのか?」
「ミカエラ、いや勇者ミカエル殿。姫様にそのような事を言わないでください!」女官が悲鳴を上げ、半ば失神する。
「どんなことでも覚悟できてる!」姫が半泣きで叫ぶ。
「死にに行くようなものだぞ、ラファエルも」ミカエルは目を閉じたままいった。
「死ぬのなら、ともに」ラファエルが決意の目でうなずく。
「ならぬぞ」扉が押し開けられ、老いが兆し始めたがまだ逞しい男が姿を見せる。「わが娘、アリアハン王国の第一王位継承者ともあろうものが。ならぬ、外がどれほど危険だと思っておるのだ。隊商も動けず、海は荒れて貿易は滞り……」
「陛下」ラファエルと女官が、慌てつつも見事な宮廷儀礼でひざまずく。
「ラファエル。そなたも、ゆくのか。わしがそなたに政務を助けて欲しいと申したのは、危険を除くためでもない。そなたが下賤の身に産まれていても、何をおいても重臣としたであろう」
「身に余る仰せ。されどわたくしにそのような才はございませぬ、ただこの身をミカエルの影と捧げることこそわが望み」
 ラファエルが王の手に口づける。
「お願いお父さま。行かせて冒険に。アリーナ姫のように」姫の必死の目に、父王は額を抑えた。
「おお、なんと、いかにすれば」
「陛下、おおそれながら」とラファエルが王になにかささやく。王の目が驚きに見開かれ、そして頷く。
「まったく知恵者めが。ますます次の宰相、いや王婿としてでも……」
「申しわけございません、わたくしにそのような大それたことは」
「その過剰な謙遜が、そなたの唯一の欠点じゃ。では動きやすい服に着替え、来るがよい」と、王は娘に頷く。
 姫は表情を輝かせ、衣装ダンスの裏から袋を引っ張り出してドレスを脱ぎ始めた。
「なんとはしたない、殿方がおられるのに。申しわけもございません陛下、これはわたくしの」
「よいよい。オルテガめがサントハイムの物語をし、妙な約束をした、あれが運のつきじゃった」王が遠い目をする。ミカエルの目が一瞬、奇妙な輝きを帯びた。
「そうよ。強くなれば仲間にする、自分がいなければミカエルの、って。だからこんなに強くなったの!」姫が叫び、ドレスと格闘している。
 ラファエルと王が部屋の外に出て扉を閉めた、それから間もなく……王女の着替えというものの標準から見れば信じられない一瞬で、珍妙な飾りをごてごて下手につけた旅人の服をまとった姫が飛びだし、ミカエルが続く。
「ついてまいれ」と、王は付き従う近衛隊長と、城の裏手、台所倉庫に向かった。
 そこに、軽く息を切らせた初老の衛兵軍曹と台所の管理官もやってくる。
 王は倉庫に手を振り、数十本並ぶ、巨大な斧を指さした。
「そなたたちで、明日の分の薪を作るのだ。アリネレア、ラファエルや勇者ミカエル、シェネル軍曹と同じだけ割れたならば、旅を許そう。
 軍曹、すまぬな、娘のわがままのために手をわずらわせる」
 姫の表情が輝く。女官が今度こそ気絶した。
「はっ」軍曹が沈痛に頷き、斧を手にとる。
「勇者ミカエル、思わぬ初仕事となってしまったな。少ないが、報酬を先払いしよう」と、王が近衛隊長に目配せし、隊長がミカエルに小さな金包みを渡した。
 一礼したミカエラとラファエルも斧を手にし、枝を落とし樹皮をはいだだけの木を引っ張り出す。
 そして一本ずつ、まず横に切る。斜めに、左右交互にV字に打ち込んでいって。
 姫は男の胴ほど、長さは身長の三倍ほどもある太い木を、顔を真っ赤にして引っ張り出し、自慢げに持ち上げ父王に見せつけた。
「王女の身でこれほどの、まさにアリアハン王家」王が小声で呟く。「だが……」
 姫は斧を手にしてみたが、どうしていいかわからない。
「教えてやれ」と、王が近衛隊長にいう。隊長は敬礼して姫に駆け寄った。
「このように握り、ラファエルを真似て、こう上げて、こう、お気をつけて足を切らぬように」
 目を輝かせながら、姫は並の男にも重い斧を持ち上げ、振りおろす。
 最初は木に弾かれるが、徐々に慣れて、五回目ぐらいで大きく破片が飛び、木のいい匂いがする。
 太い木に、切りこみが深く入る頃。ミカエルとラファエル、それに軍曹は最初の木を薪にし終えていた。
「あ」
 姫の手から、斧がすっぽ抜けた。
「あぶない!」女官が駆け寄ろうとするのを、近衛隊長が止める。
「お、お父さま、い、いたい」姫は呆然と、自分の手を見ていた。
 月の光に、手が、斧の柄が紅く染まっているのが見える。
「血、血が」
 姫が泣きだす。
「どんなことでも、覚悟できているのでは、なかったのか」父王が、悲しげに顔を歪めつつ姫を見つめる。
「は、はい、そ、そう……これ、くらい、うそ、ラファエル、おねがい、治して」
「姫様。治しはしますが、すぐに同じく痛くなります。われらは、そのまま痛みに耐えて、またその上から潰すのを繰り返し、そのうち手の皮が固くなりました。ホイミを使うと、固くならないのです」
 ラファエルが申し訳なさそうに言った。
「み、みんな、こんなにいたいのを、我慢してきたの?痛くても我慢しなきゃいけないの?こ、これが、ああーん!」
 姫は泣き声を上げ、血に濡れた手でまた斧を持ち上げ、そして滑って木に刃が弾かれる。
「姫さま!」女官が悲鳴を上げる。
「……布を手に」軍曹が苦しげに、独り言のように声を出す。王の強い鼻息が、それを叱りつける。
「布、布を!」姫が泣き声を上げ、膝をつく。
 女官が慌てて、布切れを姫に渡し、普段の生傷のように繃帯する。
「こ、これで。あっちに行っていなさい」また目を光らせた姫が、斧を手にして持ち上げ、「痛い!いたい」悲鳴を上げながら振りおろした。
 十回ほど、木に打ちこむ。
「ああ……」姫は泣きながら、斧を上げては振りおろし、地団駄を踏んで、父王に抱きつこうとしては止まって、また斧を手にする、そんなことを繰り返していた。
 月が傾くころ、ミカエルはさっさと仕事を終えてしまった。
「ラファエル、軍曹。手加減は無用」王のひと言で、二人も仕事を早める。慣れきったリズム、太い根株が一撃で小気味よく両断される。
 姫の前の、最初の木が、やっと二つに切れた。
「もうやめるか?」
 王がいうのに、姫はひたすら泣きじゃくりながら木を引きずる。
 泣きながら、太い木をもう一度切った頃……ラファエルと軍曹も、薪を倉庫に並べていた。
「そんな、こんなに、強いのに」と、姫が強烈に蹴ると倉庫の煉瓦壁が一部割れる。
「斧が、手が、いうこと」また斧に挑むが、斧が持ち上がらない。声を上げて泣き出す。
「よく、よくぞそこまで頑張った。おまえの年のわしに、それほどまで頑張れたとは思えぬぞ、心からおまえを誇りに思う、娘よ。
 ミカエラもラファエルも、わしも、武人として育てられた者は幼子の頃から、斧をふるって刃筋を通し、綱を引いて船を学んでおる。その痛みを、毎日毎日何年も繰り返して、いつしか手が固くなる」王が沈痛に、幼い娘に語りかけ、固い手ですべすべの頬を撫でる。
「そなたには、何も教えておらんのじゃ。……手が固い女など、どこの王族ももらってはくれん。どんなドレスで飾ろうと、自分の手で働く貧しく卑しい生まれの女と額に書いてあるようなものなのだから。
 強いというのならば、素手でラファエルを叩いてみよ。ラファエル……許す、ではない、頼む」
 姫が勇んで涙をぬぐい、見よう見まえの構えから拳を握り、腕を風車のように振りまわし、ラファエルに走りかかった。
 ラファエルは素早く後ろに回りこみ、柔らかく姫を抱き止め、足をつかんで引っこ抜くとジャイアントスイングに振り回し、壁のすぐそばを通過させてから下ろした。
「あの勢いで、壁に頭をぶつけていたら死んでいた」王が静かにいう。「力が少々あっても、長い訓練にはかなわぬ。そしてどんな訓練も、実戦とは違うのじゃ。姫よ、わが愛する娘、そなたには、現実の冒険で戦う力はないのじゃ……アリーナ姫は、まったく別の鍛錬をしておったのじゃろうよ」
 地面に降ろされた姫は、激しく泣きだした。
 ミカエルは関心を失ったように、王に一礼すると軍曹とともに周囲を整理し、「ルイーダの酒場に行っている。明朝出発します」とだけ告げて離れた。
 姫の手にホイミをかけ、慰めていたラファエルが、慌てて王に深く礼をし、ミカエルを追う。

「思わぬ邪魔が入ったな。ルイーダ」
 ミカエルとラファエルが連れ立って入った店。何人かが飲んでいた。
 だがミカエルが入るのを見ると、ルイーダ以外は体をそむける。
「お、勇者と認められたんだってね」と、ルイーダが二人に、店の中央でわいている大鍋から魚粥を取り、大きな椀に入れて持たせた。
「ありがとうございます」ラファエルが礼を言い、空きテーブルの椅子を引く。
 二人の前に、さらに焼き魚とエールのカップが置かれる。
「懐かしいねえ、あれからもう……昨日のことみたいだよ」ルイーダが軽く、涙を振り払うようにけたたましく笑った。
 冷え切っていた店が、また動き出す。
「アリアハンの勇者と認められた。明日出発する。むしろ一人が気楽なんだがな」ミカエルが冷たく言い、ため息をついて酒場を見回した。
「姫さまは?」ルイーダがラファエルに聞いた。
「陛下が説得しました。明日一日、陛下がそばにいて慰めるとか」
「誰もついてこない、よなあ」
 ミカエルが酒場を見回し、少し大きく言った声に、荒くれた冒険者たちがそちらを見ないよう、かなりあからさまに頭を動かす。
「勇者オルテガと盗賊カンダタどっちの子だかもわからない、妹殺し。自殺同然の旅、追放みたいなもんだ。ラファエルもそれで死んでくれたら重畳、といってもまだ弟も妹もいるが。さらにうかつに手を挙げて、第一王位継承者の恨みを買ったらあとが怖い、よな」そう軽く言いながら、カップを握り砕いた。薪割りを終えて痛くもない手に、破片が刺さって血が流れる。それをミカエルは、楽しげに見つめた。
「そんなやけくそみたいに言うんじゃないよっ!」ルイーダがミカエラの頭をおたまで殴り、厳しく叱りつける。
「そうだよ」と、ミカエルの隣に出現した影が言う。
「あ」ルイーダがその、帽子をかぶり杖を持つ女の顔を見て、目を丸くした。「ガブリエラ!」
「久しぶりだね、ルイーダ。ミカエラも大きくなって、きれいになったもんだ」と、その金髪をなでる。ミカエラはいやがって振り払ったが、逃がさない。
「ラファエルも、やっぱりついていくんだね?あの子の替わりに。アリアハンにいれば宰相さま、王婿で王座も取り戻せるかもなのにさ。ま、暗殺されるかもしれないけどね」
 あわててミカエルの手を治していたラファエルが、深く頭を下げる。「お久しぶりです」
「アリアハンの勇者、ミカエルだ!」ミカエルが強くいった。
「まあったくもう。あたしも行くよ、これで三人。もう一人は、明日の朝出てくる」ガブリエラの目が、限りなく遠くなる。
「ま、それまであたしは飲んでるよ」
「ラファエル、あんたは帰って寝な」ルイーダがラファエルを軽く押し出した。「たっぷり甘えてきな。無理にいても、ミカエラはむしろいやがるよ。年上女の言うことは素直に聞きな」
「は、はい」と、ラファエルは振り返りながら店を出る。
「来なくてもいいぞ」ミカエルが背に言葉を投げる。
「さて、飲もう!」ガブリエラがルイーダからジョッキを受けとり、ミカエルにも押しつける。
「どんな旅になるのやら」ルイーダが苦笑し、別のテーブルに向かった。
「アリアハンの勇者の範を見せねばならぬ。バラモス、必ず倒す」ミカエルはもう、酔いはじめているようだ。
「お、その意気だ。ほらもう一杯飲みな」ガブリエラがまたジョッキを干す。

 そんな夜更け、ミカエルの実家では、数頭の役畜を一人の女性と老人が丁寧に世話をしていた。
「助けておくれ、あの子を。重いものを背負わせてしまうけど」
「わしらもついていけたらなあ、若い冒険者などには負けん自信があるんじゃが」
 老人がため息をつく。
「なぜこんな重荷を、あんなに美しい娘が背負わなければならなかったの……それもわたしが」
 母がすすり泣くのを、義理の父が痛ましげに見て、役畜の毛を梳かした。
「あれはどうしようもなかった。あれもこれも……でも、オルテガとも旅をしていたガブリエラがついていってくれる、彼女に任せれば大丈夫じゃ。そなたのご実家、ネクロゴンド王国の仇も取ってくれるじゃろう」
「そんなものどうでもいいわ。無事で、どうか無事で……」
 従順な役畜は、母親の涙も塩として舐めるだけ。
 月は傾き、酒場は静かに。
 そして夜が明ける頃、酒場の二階にたゆたう光が、一人の青年の形と……

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