Dunk Like Lightning


第15章 入道雲の陰影 

 神奈川県高校総体バスケット決勝リーグが終わって間もなく、大学関東リーグ男子の新人試合があった。公式戦に準ずるが、大きな会場ではなく比較的小さなスポーツセンターで。
 だが、注目度は高い。

「桜木くん、試合始まっちゃうよ!」
 晴子が大声で呼んだ。
 廊下の彼方、日本人の平均よりかなり高い雑踏から、頭一つ出た赤い長髪が飛び上がる。
「ハルコさん!」
 ダンプカーのように突進する……体育会系大学生の巨漢を次々はねて。
「いて!」
「わ!」
「何しやがるこの馬鹿!」
 怒鳴り声にむしろ、宮城がハラハラしている。
「桜木花道!なにやってんのよ」
「桜木くん!」
「す、すみません」
 女子マネには、よいこの小学生のような花道。
「どあほう」
 坊主頭の流川がぼそっと……花道の赤毛が逆立つ。
「ルカワ!」
 数発ジャブの応酬で、
「やめてぇ!」
「やめてください」
 晴子が叫び、三千代が静かに言った。
 石化する二人を彩子のハリセンが襲う。
「これからダンナたちの試合なんだ、おまえら馬鹿やってるとダンナも三井サンも安心して試合できねーぞ」
「そうそう、赤木先輩なら試合中でも飛んできて殴りかねないわね」
 と、彩子が笑った。
「あれが湘北の桜木花道か」
「でかいな。二メートル越えてる」
「全日本ジュニアの流川もいるぜ」
「外国人はアメリカに戻ってるらしいな」
 大学生たちの噂の中、普通なら先輩たちに囲まれ、顔を上げることも許されない高校生が(花道はガンを飛ばしつつ)堂々と着席した。
「ゴリーッ!ミッチー!」
 花道が無遠慮に大声を上げる。
「おう、きたか!」
 月大の三井が手を振り、反対側コートで深体大の赤木が分厚い唇をわずかにほころばせた。
「桜木!」
 牧や河田も振り向く。試合五分前なのにリラックスしているようだ。
「じい、丸ゴリ!」
「いいかげんじいはやめろ。お前らもインターハイがんばって、うちにこいよ!」
「あの試合以来だな、桜木。選抜も山王杯も出てなかったが、背中は大丈夫か?」
 河田が満面の笑み。花道も返し、
「おう!」
「それはよかった。次の次あたりのオリンピックに、多分お前も要るからな」
 ざわ……河田の言葉に会場中が、花道に羨望の視線を叩きつけた。
「残念だな、その頃この天才はABCだ!」
「たわけ、それをいうならNBAだろうが!」
「どあほう。オレが先だ」
「ルカワ!」
 客席最前列で取っ組み合う花道と流川、赤木は本当に飛び出そうとして河田に止められた。
 三井が南に笑いかける。そして、二人同時に放ったボールが高い放物線を描き、二階客席の花道と流川を直撃。
「うそ…」
 会場皆が呆然とする。
 三井はウインク、赤木に向けて親指を立てた。
 流川と花道が立って、投げ返したボールが大きな放物線を描いて月大リングに向かい、同時に飛びこもうとして弾きあった。
 三井が口笛を吹く。
「赤木、あの頃の気分は思い出したゲマ?」
 深津が円陣に誘う。
「ああ、スマン。」
「俺たちを倒した闘志を見せろ。絶対勝つぞ!」
 河田が赤木の背中を、強く叩いた。
「そういえば流川、坊主頭だったな。」
 諸星が今更。
「陵南に負けてだ。」
 少し複雑な表情の牧。
 河田、赤木、諸星、深津、牧が手を重ねる。
 月大も
「さあ集合だ!」
 いつのまにかカリスマを発揮している藤真が手を叩き、スタメンの三井、南、花形、そして土屋が集合した。
「あいつらが来てくれてリラックスできたな。連中に馬鹿にされたくないだろう?」
「ああ!」
「絶対勝つぞ」
 と、藤真は牧を見る。
 牧も腕を組み、にらみ返した。
「照明いらねーよな。雷だよ」
「相変わらず二人の世界作っちゃって」
 三井と花形が肩をすくめた。
「二人の世界っていえば、湘北のルーキーコンビ、あぁもう二年か、相変わらずだな」
 いつ戻ったのか、藤真が笑顔で。黄金聖衣も凍る極低温。
「それに、オレにはお前だけだ」
 真顔で甘くささやかれ、花形は灰化した。
「危なくロストだったな」
 皆なんとか氷を振るい捨て、掃除用具を借りて灰を集め、再生させながらつぶやく。
「流川、花道、ディフェンスとリバウンドをよく見ろよ。深津と河田、それに赤木のダンナはリーグでも結構出てるしな」
 宮城が身を乗り出す。
「元木、桜木花道も、河田さんと赤木さん、そして花形さんをよく見なさい」
 彩子が元木に。
 風馬が藤真に熱い目をむけている。春に行われた神奈川卒業生との練習試合でひねられ、目標にしているからだ。
 スキンヘッドなのに地味なルーキーの中田が、一人一人を確認した。その頭に、花道がマジックで落書きしているのを、誰も彼に教えていない。
 試合開始。
 センターサークルに赤木と花形。
「取れよ赤木!」
「負けるな花形!」
「おせおせ翔陽!いけいけ月大」
 と、向こうで翔陽応援団が声を上げている。
 藤真も花形も、感動してはいるが手を振ったりしない。試合に集中している。
 ボールが、ふわっと上がった。
 赤木と花形が跳ぶ。
「いけぇ!」
「ゴリ!」
「おにいちゃん!」
 花形の指がわずかに触れ、ボールがこぼれる。
 牧と藤真が激しく押し合う。
 パワーで押し込んだ牧、力を柔らかく受け流した藤真が素早くボールを奪って土屋にロングパス!
 が、そのパスを深津がカットした。
「一本大事にゲマ!」
 と、Vサインを出しながらドリブル。
 三井がしっかり腰を落とし、構えている。
 深津、右と見せて鋭く方向転換。
 反応した三井の、上から強引にシュート
「無茶だ!」
「ここよ」
 彩子が元木の肩を叩く。
 赤木と河田ががっちりスクリーンアウト、弾けたボールを河田が取って着地。取られないよう、しっかりと体にひきつける。
 一瞬ゴールに向けて首を振ると赤木にパス。
 河田の首振りに、一瞬土屋が反応してしまう。
「うおおおおっ!」
 押しこんでシュートを狙う赤木、花形が跳んだ、がボールは床で激しく弾み、諸星の手に吸い込まれるように。
 が、鋭く南がカット!
「速攻!」
 拾った三井のパスが藤真に。
 牧が一気に追いつく、藤真は後ろに弾いた。
「南!」
 素早く取った南が、その場…スリーポイントラインよりむしろハーフラインに近い超遠距離から、放った。
「うおおっ!」
 ボールは独特の高い軌道でリングの奥に当たり、強くネットを内から揺らす。
「わあああああああああああっ!」
 客席の歓声。
 花道が呆然としている。ロングシュートをかなり身につけてきた彼には、そのシュートがどんなにすごいか理解できたようだ。
「ルカワ、あれができるか?」
 なんとなく聞く、答えは裏拳。
「できねーからって殴るかてめえ!」
「るせー、できねーくせに!」
 始まってしまった。
「席順が間違いだ」
 と、やっと気づいた宮城が花道、晴子、三千代、流川と並べかえた。
「これで何とか安心だな」
 花道と晴子が石化している……最近は花道の暴走を止めるには、晴子を押しつければいい。手が触れただけでも、五分は真っ赤になって互いにそっぽをむき、硬直してしまうのだから。
 試合に集中している赤木は気づいていない。
 その間に、深体大は深津がしっかり回して赤木のスクリーンを借り、諸星が素早いジャンプショットを決める。
「よし!」
「返すぞ!」
 ボールを受けた藤真が一気にカットイン。
 牧がしつこくディフェンス、河田が向こうに立ちふさがっている。
 藤真は土屋に、曲線を描くパス。
 土屋は194cmの長身を活かし、取るとミドルポストに向けてドリブル。
 そこを河田が立ちふさがった。
 背中を向けたポストプレイ、鋭く左右に揺さぶる。フックシュート、だが河田の高いブロック!
 だが、ボールはそのまま花形へ。
「させるか!」
 赤木ががっちり止める、だが花形は引く…
「スクリーン!」
 牧が叫んだ!
 一瞬で動いた三井が、花形に深津をこすりつけて、ミドルレンジから鋭くジャンプショット。
「リバン!」
 落ちたボールを、素早い動きでポジションを取った花形が弾いた。
「ナイス!」
 藤真が拾うと、一瞬目を土屋にむけて密集地帯に切りこむ。牧が一瞬足を止めた瞬間、そこにできた隙間にパス。
 取った土屋、一瞬足をそろえてシュートと見せ、花形に直線的なパス……と思ったら花形が手を引き、抜けたボールが逆サイドの南へ!
 次の瞬間、藤真がスクリーンをかけてフリーになった南の鋭いミドルシュート、スゥイッシュ!連続ポイント!
「うおおっ!」
「ええで南さん!」
 ベンチの岸本が叫んだ。
「連続得点か」
「うまいな、パス回しが」
 宮城が感心する。
 今度は牧が運ぶ。
「突っ込むぞ!」
 花形と土屋ががっちり固める。外から赤木と河田が手をあげて。深津を三井が追いまわす。
「ディフェンスの腰が低い。みんな高校時代とは別人だ」
 と、宮城がうなった。
 藤真が丁寧に、コート中央の線をふさぐ。
 左に抜ける……が、罠!
 南と土屋が、一瞬でサイドラインに追いつめる。弾いたボールを三井が藤真にパス、だが深津のカット、
「お見通しゲマ」
 そして突っ走っていた赤木にパス。
「うお、全部読んでるのかよ!」
 藤真が立ちふさがる、赤木は鋭く河田とボールを交換して抜く、そのまま突進と見せて
「なにぃっ!」
 その場、ミドルレンジからシュート!
「リバウンド!」
 藤真が叫んだが、ボールはあっさりリングをくぐった。
「赤木がミドルシュート!」
「当然よぅ!去年のインターハイから、お兄ちゃん家で死ぬほど練習してたんだから!」
 晴子が胸を張る。
「大学に入ってからも心配なほど練習してた」
 牧が補足した。
「よし、いいぞ深体!」
 声援が沸き上がる。
 藤真がその間に、冷静に運ぶ。
 牧が追いつき、今度は深津と鋭くダブルチーム。
 藤真は微笑を浮かべ、無理せずボールをキープ。そして、丁寧に移動して突然ドライブ、と見せて土屋にパス、
「そのパターンは飽きたぜ!」
 諸星がカットしようとしたが、先に飛び出した花形が取るとドリブル…土屋がスクリーン!
「いけぇっ!」
 ダンクシュート、だが河田が叩き落とす。
「ぶしっ」
 そのままボールを牧が拾い、一気に突進!
「いけ、流れを変えろ!」
「させるか!」
 藤真が激しく当たる。腰を落として手をまっすぐ伸ばし、両腕を一本の棒のように動かす。呼吸を丁寧に読む。
 牧はかろうじて、という感じで深津にパス。
 深津がふわりと上げたボールを、赤木がアリウープでリングにぶちこんだ!
「ゴリラダーンク!」
 客席の湘北とベンチが騒ぐ。
「赤木も大学デビューか、」
 その騒ぎをよそに、土屋がボールを運んだ。
 深津が厳しくマークする。
 ヘビのように伸びる手がボールを弾く、藤真がフォローして大きく真横の花形へ美しい基本通りのパス!
 花形は柔らかなドリブルで、一気に切りこむ。左手なのに全く手元を見ていない、ボールが手に吸いつくようなドリブルだ。
「センターがペネトレイト!」
 観客皆が驚く。
「去年、選抜で戦った時とも別人だわ」
「すげぇ、月大……みんな基本レベルたけえ」
 彩子と宮城が呆れかえった。
 追いついた諸星が弾こうとするのを、基本通りのチェストパスで藤真へ。正確なコントロールで速く強いボールは、牧にもスティールできなかった。藤真は牧のチェックを潜り抜けて、しっかりハーフコートオフェンスに。インサイドに入りこんだ土屋と、素早くボールを交換する。
 そして、赤木を押しこんでポストプレイに入る花形が、素早く外に出て……南が花形に深津をこすりつけた!
「スイッチ!」
 赤木が飛び出して南の前に、がボールは花形に飛んだ。その瞬間、土屋が少し外に出、河田を引きつける。その間に花形が素直で疾いレイアップを決めた。
「よっしゃ!」
 全員がガッツポーズ。
「いいチームだ」
 中田がため息をつく。
 牧の目つきが変わる。
「あいつら、大学一年にもなって基本のレベルを上げるなんて……どれだけ練習したんだ?くそ」
「落ちつくゲマ。練習量じゃ負けてないゲマ」
 深津が牧の背中を叩いた。
 そのまま月大が安定したチームプレイと厳しいディフェンスで差をつけ、前半残り五分で深体32対月41。
「この一本決めるぞ」
 藤真が、冷静な口調で指示し、素早く運んだ。
(牧)
 目の色が違う、そう見た瞬間に奪われていた。
「河田!」
 牧の力強いパスが、河田の手に吸いこまれる。
 必死で食らいついた花形、しかしシュートはフェイク。
(しまった)
 空中で後悔する花形、下降中にただ、河田のジャンプショットを見るしかなかった。
 ボールがリングをくぐり、ネットをかすかに揺らす。
「よし、ここから反撃だ!」
 深津が叫び、スローインしようとする三井にプレッシャー。
「流れを変えさせるな、絶対決めるぞ!」
 ボールを受けた藤真が叫ぶ。
 その前に、牧が、深津が立ちはだかった。
「プレスっ!」
 宮城の悲鳴。
 流川が身震いする。
 藤真は微笑むと、静かに柔らかくドリブル。
 三井が戻り、花形と赤木が厳しく争う。
 巧妙に力を使い、審判の目をごまかして動きを封じる深津。わずかに離れて藤真の動きを読み、深津とぴたり息を合わせて強烈なプレッシャーをかける牧。
「最悪だ」
「どうしろってんだ」
「深津と牧のWチームなんて、おれ考えたくもねえっ!」
「一人だって抜けなかったのに」
 宮城が、会場が呆然とつぶやいた。
 藤真はかろうじてロブパスを出すが、三井の前に回りこんだ諸星がインターセプト。
「牧!」
 自信満々のパス、これで流れが決まる、と見えた瞬間
「何ぃっ!」
 藤真が鮮やかに奪い返し、長いパスを南に。
「速攻!」
 河田、赤木のツインタワーがせまるが、花形がダッシュして赤木の目を引き、ボールを受けた南がスピードに任せて突進39し、河田に47のしかかられる前に下からふわりと浮かせて決めた。
「うおおおおおおおっ!」
 藤真が妖艶に
「宮城には通用しても、俺には通用しないぜ。ゾーンプレスは速いのに抜かれるともろいんだ」
 と、ほくそえんだものだ。
「くそ…」
 聞きつけてしまった宮城が歯噛みをする。ゾーンプレスで大差をつけられた、山王戦の自分が馬鹿に思えた。
「あんたもあれから成長したでしょ」
 彩子の一言で立ち直ったようだが。
 深体は素早く気分を切り替え、ツインタワーの高さで河田が丁寧なレイアップを決める。
 残り時間が少なくなる。ゾーンプレスは続くが、土屋の助けを借りて突破した藤真が、深津をフェイクで揺さぶって右にドライブ。
「スクリーン!」
 赤木の警告は間に合わない。
 花形ががっちり深津を受け止め、
「スイッチ!」
 叫んで回り込んだ赤木の手は間に合わなかった。ボールがリングを抜ける。
「よっしゃ!」
 応援席の翔陽が手を叩いた。
「ナイススクリーン、花形サン!」
 花道がつい
「リョーちん、スクリーンってなんだ?」
 と大声で聞いてしまったのを牧と赤木が聞きつけた。
「赤木、まさか、まだ桜木にスクリーンも」
「い・う・な……宮城ィ!」
 怒鳴られた客席の宮城はうなだれるしかなかった。やれやれ、と流川が肩をすくめる。
「試合中だゲマ。」
 無表情に叱った深津がドリブルしながら、
「今からスクリーンの手本を見せるから、よく見るゲマ!」
 と花道に叫び、追う藤真を赤木に押しつけてそのままレイアップを、と思ったらスイッチしていた花形がボールを弾いた。
「わかっててやられる奴があるか」
 いうとそのまま藤真にパス。
「今度はこっちが手本見せてやるよ」
 藤真が緩急をつけたドリブルで花形が待ち構えるミドルポストにドライブ……しながら、さりげなく横にパスした。
「それのどこがスクリーンの手本だ」
 牧がぼやく。
 受けた南が無造作にシュート、リングに跳ねたが自分でリバウンドして、突っ込むと見せて後ろの土屋にパス。
「花形!」
 藤真の声。花形が土屋を守る牧の後ろに回ると、腹で十字に腕を組んでしっかり腰を落とす。
「あの姿勢、目に焼きつけて!」
 晴子が花道の服をつかみ、軽く揺さぶった。
 土屋が鋭くドリブル、花形に牧がぶつかる。
 河田、赤木のツインタワーが素早くフォローに入るが、ボールは斜め後ろの藤真……フリーでレイアップが決まった。
「これがスクリーンプレイの手本だ。」
 藤真が牧にうそぶく。
「ちゃんと目に焼きつけた?」
「ハイハルコさん」
 嘘ではない。実戦で使えるようになるにはまだ特訓がいるが。
 前半終了直前、牧が冷静に時間を使って運び、またインサイドと見せて深津のスリーが決まる。
 深体大39対月大47、とりあえず一桁の差だ。

「お兄ちゃん、調子悪いのかな」
「全然悪くないわよ、藤真さんがうまいのよ」
 晴子を彩子が慰めた。
「で、どう?」
 いきなり彩子に聞かれ、ジュースを鼻から吹く花道。
「大変!」
 と、晴子がティッシュで花道の顔を拭く……
 彩子が一瞬硬直したが、幸い赤木はコーチに怒鳴られていた。
(もうばれててもおかしくないんだけど、赤木先輩もいい加減鈍感だから)
 苦笑する彩子。
「なんか……うまくいえないんすけど、パスがうまい」
 花道は真剣に考えているようだ。
「どあほう、パスがうまいなんてみりゃわかる」
「何を!」
 と、また始まろうと……
「くぉら。流川はどう思う?」
「オレの方が上だ」
「どこがだ!」
 花道は怒りもあらわに、
「ち・が・う!」
 彩子のハリセンも炸裂。
「そーゆー問題じゃない!第一、ポイントガードとして藤真さんに勝てると、本気で思ってるのあんた?」
「勝つ」
「十年早いわ!」
 花道が怒鳴る…もちろん
「おめーにゃ一生無理だ」
 と返し、花道がつかみかかろうと…
「流川君」
 突然安西先生の穏やかな、しかし迫力ある声。
「日本一の高校生になるなら、ポイントガードとして藤真君や深津君、牧君、そしてセンターやパワーフォワードとして河田君や赤木君、フォワードとして仙道君や土屋君、シューターとして三井君や南君以上になるのが最低条件だよ。オフェンスだけでなくディフェンスも、もちろんチームプレイヤーとして」
 なんでもない風にとんでもないことを言う。
「トム君はその全てを満たしているよ。彼はアメリカのチームでは優れたチームプレイヤーだし、だからこそMVPになった。海南戦前半で見せたのはその片鱗に過ぎない。
 日本の高校ではまず仙道君、大和台の北田君や七緒君、筒井君もいいオールラウンダーです」
 流川が石のように固くなった。そして筒井の名を耳にした三千代が、はっと固まる。
「ウス」
 流川はそれだけ言うと、目が炎のように燃え始めた。
「春の練習試合では驚きましたね。七緒君ほどバランスよくドリブル、パス、シュート、ディフェンス一つ一つの基本ができているプレイヤーは、ほとんど見たことがない。全ての動きに無駄がなく、美しいです。
 潮見戦のビデオで見た筒井君も基本が素晴らしかった。北田君は運動能力が並外れているし、基本もできています」
「大和台といえば、『狙撃手』武上竜也もオールラウンダーだそうですが?」
 潮崎が聞いた。
「ビデオでみた限りでは、彼は外でも中でも点が取れる、強力な攻撃力があるタイプです。でも一対一からのシュートにこだわり、敵味方全体を見ているとは言えないです。
 ディフェンスも一対一の能力に頼っており、チームディフェンスには参加しきれていないようです、北野が相変わらずやってないからかもしれないがな。まだ本当のオールラウンダーとはいえません」
 流川には当然、その皮肉は伝わっている。
「オレは?オレは?」
 花道が椅子を乗り越えるように、安西先生のあごをタプタプした。
「君はセンターフォワードとして、リバウンドに集中しなさい。君が誰よりもリバウンドを取れば、チームに勝利をもたらすことができます。
 河田君や赤木君のプレイをよく見て、足腰でゲームを支配する。もちろんそのためにはドリブルやパス、シュートの高い技術が必要だよ。高レベルの基礎はどんな必殺技にも勝る。
 そしてなにより、もっと深くバスケットを理解することです。そうすれば、スクリーンでチーム全体を高めることもできるし、ディフェンスもよくなるはずだ。」
「オールラウンダー……」
 数人がつぶやいた。
「オヤジ、エラそうなことゆーじゃないか!」
 と、花道は安西先生の腹を引っ張っている。
「コラ、ヤメロ桜木!」
 コートで練習中の三井が叫んだ。
「流川君、とりあえずインターハイの目標として、平均8リバウンド5アシスト以上。チームを日本一に導くプレーヤーとしてですよ。」
 流川が即うなずく。
「分かってるわよね、それがどういう事か。県予選平均十八リバンの桜木花道と十越えてる中田やトム、2メートルの元木がいるチームで8リバウンドは簡単じゃないわよ。」
「ウス、絶対十」
「そのためにもこの試合はよく見なさい。出ている全員を超えられるように。一対一だけじゃなくチームプレイヤーとしてもよ」
 もう流川は無言、静かに前半を思い出しているようだ。

 後半開始。
 藤真がボールを運び、一気に突っ込む。
 赤木が立ちはだかり、腰を落とす。
「来い!」
 雄叫びが響く。
 少し減速、次の瞬間一気にトップスピードに。
 赤木が飛んだ、その瞬間ボールは右に。
「花形!」
 花形の手にボールが吸い込まれ、シュート、と思ったら
「ぶしっ」
 河田のブロックでボールは吹き飛ぶ。
 南がかろうじて拾う。
「あっ!」
 晴子が驚いたように。
「どうしたんですかハルコさん!」
 花道が慌てた。
「見てみて桜木くん、河田さんが花形さんに」
 そう、河田がゴールから離れた花形にしっかりつく。
 そして赤木はむしろフリーになり、ゴール下を固めた。
 南のシュート、
「リバン!」
 叫びと共に花形がゴール下に入ろうとするが、河田ががっちり阻止。
 赤木が余裕でリバウンドを奪い、
「ソッコーっ!」
 叫ぶと走っている牧にロングパス。藤真がいち早く立ちふさがり、速攻は阻止した。
 両軍月大側に集まり、布陣する。その間も牧と藤真は激しくボールを争っているが。
「やっぱり」
 今度も赤木がローポストに位置、逆サイドの河田は今までとは違い、やや外に出て花形にがっちりついている。
「赤木!」
 軽く切り込んでからの牧のパス、赤木は鋭いターンでしっかり受けると豪快な両手ダンクを叩き込んだ。
「ゴリラダーンクっ!」
 会場が沸く。
「いけいけ月大!」
 応援席が目の色を変え、藤真が静かにボールを運ぶ。
 やはり花形を河田が密着マークし、ゴール下に近づけない。そして藤真を牧が腰を深く落とし、執拗に攻める。
「く…」
 藤真はボールをかろうじて確保しているように見える。
「南!」
 藤真は斬りこむと見せ、丁寧なバウンドパスを送った。
 南はスリーポイントと見せて深津を抜き、鋭くゴールに切りこんだ。
「いけぇっ!」
 逆側で花形を、がっちり河田が抑えている。
 南は一瞬ドライブを緩め、一気に突っ込んだ。
「お兄ちゃん!」
 晴子が叫ぶ、ゴールのかなり前で飛ぶ南が、ふわりと頭にボールをよせ、高く上げた……
 赤木の手が伸び、あっさりキャッチする。
「まさか!」
「高いっ!」
「なんてブロックだ」
 驚きの声も消えぬ間に、
「牧ぃっ!」
 赤木がぐわっと振りかぶり、野球のように豪速球を投げる。
 普通取れないボールを牧は柔らかくキャッチ、立ちふさがる藤真の前で右に踏み込み、左に体重をかけ、そしてボールを横に飛ばした。
「見たか?今視線でもフェイクを入れている。牧が一瞬見たところに諸星がいた、本気で受ける準備をしてたからこそ、きいたんだ」
 宮城が花道の肩を抱くように、言葉をほとばしらせた。
 次の瞬間藤真を抜いてダッシュした牧の手に、深津がボールを返す。フリーのレイアップが決まった。
「よーっしゃあ!」
 赤木、牧、深津が思いきり手を叩き合う。
「よーしよし、みんな深呼吸しろ!」
 藤真が叫び、自ら深呼吸しながらボールを運ぶ。素早く土屋が移動し、パスを受けて右から斬りこむ。
 ゴール下に立ちふさがる赤木、土屋は逆サイドの南に一瞬目を向けた。
 会場中がつられた瞬間、土屋が大きく身体を伸ばし、シュート。
 だがハエタタキが炸裂、ボールが激しく弾む。
「うおおおっ!」
「今のフェイク、俺なら引っかかってたぜ!」
「出た伝家の宝刀、ハエタタキ!」
「キャーッお兄ちゃん!」
 ボールを取った藤真が牧を抜き去ってドライブ、ミドルレンジからジャンプシュート。
「リバン!」
 赤木の力強いスクリーンアウト。
 がっちり両手で取ると丁寧にパス、走って牧が切りみながら短く出したパスを受ける。
「二枚!」
 土屋と南…相変わらず花形は河田に封じられている…が必死で押さえる。
 が、赤木はものともせず、巨体にものをいわせて体をディフェンスに預け、ねじこんだ。
「おおおおお赤木!」
「1ゴール差!」
「とらえたっ!」
 会場がどよめく。
 当然タイムアウト、月大。
「すごいな、赤木爆発だ」
「ツインタワーの利点がもろに出たな、でもあれほどのセンターだったとは」
「あれが赤木か……」
 ざわめく客席。
「ふん、さすがオレに次ぐ男」
 花道がふんぞり返る。
 流川が無言で闘志を燃やしていた。
 試合再開。
「え!」
「三井サン!」
 晴子と宮城が目を疑った。
 三井が赤木をマークしている!
「あの身長差で赤木を抑える気か?」
「無茶だ!」
 会場がざわめく。
(この時を待ってたぜ、赤木)
 三井は本気だった。これ以上なく。
 三井の脳裏には、昔がよみがえっていた…今尚思い出すたびに壁に頭を打ちつけたくなる、そしてしょっちゅう目覚めては泣き、足腰が立たなくなるまで練習する以外に静めようがないあの時のことを。
「安西先生……バスケがしたいです……」
 そして、そこに至る時間のことを。
 練習で赤木の高さに圧倒され、無理をして膝を痛めた瞬間、そして赤木が活躍する試合を見て、コートから去った時のこと。
(山王を倒した時、お前は最高のチームメイトだった。だが、オレにとってお前は永遠のライバルだ。昔の自分を超えるためにも、負けねーぞ!
 安西先生、見ていてください)
「……来い!三井!」
 赤木が吠えた。三井の気迫を感じたのか。
「いくぞ!」
 赤木が圧倒的な体躯で押しこんでくる。
「入れるかよォ」
 三井は腰を落とし、がっちり止めている。
「おお〜っ、止めてるぜ!」
 会場が沸いた。
「くっ」
 その粘りに、なにより赤木が驚いた。
(夏から走っていたのは知っていたが…ここまでとは)
 そう、三井は去年、インターハイ予選が終わってからひたすら、一日六百回のシューティングとパスやドリブルの基礎練以外は走りまくった。
「流川も一緒に走ったよね?」
 彩子に流川がうなずく。
「この子ったらね、絶対スタミナで牧さんや山王、それに桜木花道に勝つってすっごく走ってたのよ。三井先輩も一緒に、毎日毎日吐いて倒れるまでね」
 三千代に彩子が笑い半分に告げた。
 流川が多分生まれて始めて、本気で焦った。
「ふはははは無駄だルカワごとき虚弱には!それにしてもういやつよ、そんな形でこの天才の偉大さを認めたとは」
 流川が殴り、花道が殴り返し、晴子と三千代が引き離したのは容易に想像できると思うので描写しない。
「だから三井先輩は去年とは違う。足腰には筋金が入ってるし、延長になっても走り抜けるわ」
(だがオレだって遊んでたわけじゃねえ!)
 赤木は鋭い動きで切れると、ボールを受ける。
「遠い、でも」
「今の赤木はあの距離もある!」
「お兄ちゃん、シュート!」
 三井がそれを知らないはずはない。
「あの身長差じゃ止められない!」
「やはり」
 だが諦めない。ピボットでボールをキープする赤木に密着、凄まじいプレッシャーをかける。
 絶妙の、ファウルぎりぎりのバランス。
「くそ」
 赤木はシュート体勢に入れない。
「桜木花道、なんで赤木先輩がシュートできないか、わかる?長身プレイヤーにはあれが一番怖いのよ」
 彩子が言いながら、目は勝負に熱中している。
「桜木くん、今のお兄ちゃんが自分だってイメージしてみて」
 晴子の言葉に、花道はその場で立ってやってみた。そして、無言。シュートできない、などとは言えない。
 そう、三井が密着しすぎている。グッと下半身を使い、肘に伝えることができないのだ。
「逃げん!」
 赤木は強引にフックシュート、だが外れる。
「リバン!」
 河田ががっちり花形を締め出すが、花形も必死で弾きあげた。
「赤木!」
「三井!」
 声が交錯する。
 二人が必死で走った。赤木の巨体に三井は半ば弾かれつつ、ラインを超えて倒れこむ。
「ヘイ!」
 待っている南に、しっかりとパス。同時に赤木にのしかかられる。
 南が鮮やかなスリーポイントを決めた。
「ナイス!」
 三井は思わず客席の安西先生を見た。
 しっかりとガッツポーズを向けてくれる。
 全身から喜びが込み上げるが、
(まだだ!まだ試合は終わってねえ)49
 即座に気持ちを切り替え、赤木の大きな背中を追う。
「ディフェンス!」
 腹の底から、大声で叫ぶ。
「おう!」
 チームメイトが応える。
(いいチームメイトに恵まれた、これも……あの頃は想像もしていなかった)
 感慨にふける間などなく、赤木がミドルポストから攻め込んでくる。
(この距離もやべえ!ボールを持たせない)
 三井はがっちり赤木を抑えつつ、厳しくディナイする。
「赤木!」
 牧のパス、だが三井が巧みに弾いた。
「生きてる!」
 藤真が叫び、走りこんだ。
 河田も同時に駆け出す。
 赤木も、三井も。
 数人が頭から床にダイブする。ボールをつかんだ三井が転がり、必死で抱える。河田がもぎはなそうとさりげなく得意の寝技をかける。
(放すかよ!)
 ジャンプボール、もちろん河田が競り勝って深津がボールを受ける。
(くそ、またしても)
 三井が赤木を、巧みに外に閉め出す。
「すげえ……」
「いくら元チームメイトでいつも見ていたとはいえ、あの身長差でここまで封じ込めるとは」
「バスケが上手いんだ、三井サンは」
 必死で動き、かろうじてパスを受けて強引に攻め込む赤木。三井は巧みにアピールしながら倒れ、オフェンスファウルをもぎ取る。
「くそっ!」
「落ちつくゲマ、平常心平常心。チームメイトがいるゲマ」
 深津が軽く赤木の肩を叩く。
「ああ、スマン」
「また大根でもむいてもらうか?」
 河田の皮肉に一瞬硬直する。そして思い出す。
(あんな無様なことに二度となるか!相手がうまくてもチームが勝てばいい)
 山王戦を思い出して深呼吸、気合を入れなおす赤木。同時に、目の前の三井に対する目が変わる……思い出、問題児のチームメイトではなく、今立ちふさがる恐ろしい強敵に。
 月大ボールで試合再開。藤真が牧のプレッシャーをはねのけてボールを運び、三井に。
 赤木はしっかりとゴール下を守る。
(来るなら来い!)
 三井は素早くドライブ、赤木に背中を向けてハイポストに。
「身長差があるけど」
 鋭いターンからジャンプショット、赤木が高いブロック。
「おおっ!」
 南が取ると即座にシュートを決めた。
「はやいっ!」
「なんてタイミングだよ」
 今度は牧が一気にカットイン、一度赤木に回してパスを受け、鋭いターンから花形にぶつかりつつ決めてワンスローをむしりとる。
 どちらも決め手を欠いたまま試合が続き、残り五分、月大57対深体大49でタイムアウト。
「赤木、もっとアウトサイドでのディフェンスも意識しろ。中は自分だけじゃねえぞ。チーム全体で、気持ちで守るんだ。
 それに全員!客席の後輩や敵とくっちゃべってる余裕あんなら、その分もっと声出せ!」
「はいっ!」
「最後まで諦めるな!絶対勝つぞ!」
「はいっ、深体…ファイ・オオシ!1、2、3、ディフェンス!」

 赤木がパスを受け、ドライブして牧のスクリーンを借りてミドルシュート、決まった。
「八点差!」
「追いつけるぞ!」
 スローインを牧が奪い返し、河田のダンク…花形が必死でブロック、ファウルは取られたがボールは弾いた。
 フリースロー、一本目が外れる。
「まさかっ!」
「相当疲れてるな、河田も」
 宮城が拳を握りしめる。
 二本目はしっかり決まる。
 藤真はゆっくり運ぶと見せ、一気に切りこむ。
 外を大きく回し、土屋のパスが南へ、南はスリーポイントと見せてフェイクをすり抜け、ゴール下に殴りこむ!
「いけ!」
 レイアップ、と見せて空中でボールを持ち替えダブルクラッチ!
 こぼれたボールを飛び込んだ土屋が拾い、外!
 その瞬間素早く動いた藤真が、三井のスクリーンを借りて取り、ワンドリブルで赤木を抜き去ってミドルシュート、決まった!
「くそっ!」
 赤木の背筋が凍る。代わりがいなかった湘北時代とは違う、今はいくらでもいるのだ。深体大全体で、河田はもう杉山に次ぐ二番手のセンターだが自分は新入生とはいえベンチの十二人にも入っていない。
 河田とダブルセンターのツインタワーでさえ変則的であり、本来はどちらかだ……
「ハンズアップ!」
「気を抜くなっ!」
 チームメイトが声を出してくる。
「おおっ、一本返すぞ!」
 全力で声を出す。喉は痛むが、声が集中力を高めチームメイトとの一体感を作る。逆に向こうが出す声はこちらに強いプレッシャーを与える。そして、疲れきった体に大声の呼吸がもう一歩動ける酸素を補充してくれる。
 牧が藤真の激しいプレッシャーをかいくぐり、鮮やかなパスを赤木に入れた。
 密着マークを仕掛けてくる三井、だが赤木は深津がスクリーンをかけてきたことに気がついた。
 大きく二歩だけドリブル、三井をこすりつけてすぐに中へパス!
 河田が取って即座にリターン、フォローに来た南を吹き飛ばして豪快なゴリラダンクが決まる!
「ディフェンス!」
「よっしゃあ!」
「バスケットカウント、三点プレイ!」
 深呼吸した赤木がフリースローに入る。
(絶対に入れる!)
 もう一度深く呼吸し、リングに集中する。
 無心で放ったボールが、リングを抜けた。
 チームメイトの手荒な称賛を浴びつつ、
「これからだ!絶対勝つ!」
 腹の底からかれた声を出した。
「おう!」
 皆が応える。
 藤真が鋭く深津、牧を斬り破り、花形のいる右側からゴールに肉薄した。追いすがる牧を花形のスクリーンが止め、抜ける藤真を河田がスイッチ、と思ったら完璧なピック&ロールからのレイアップが決まった。
 能や日舞、武術高段者の形のように一片の無駄もない、優美なまでに息の合った動きに皆、魂を奪われた。
「すっ、げえ……見たか花道。あれがスクリーンプレイの応用、ピック&ロールの手本だ」
 我に返った宮城が見とれていた花道をどやしつけた。
「元木、あんたもよ。わかってるでしょ、ピックとそのバリエーションが確実にできてる事が、中田の得点力の源だって」
 彩子が軽く、客席の前列なのに変わらない高さの頭をなでる。
 中田が軽く胸を張った。
「それだけじゃねー、稼がせてもらってる」
 流川の言葉に、もう中田は半ば舞い上がった。
「本来なら、流川やトムと花道や元木であれができなきゃいけないんだぜ?」
 宮城の言葉にだれがルカワなんかと、と叫ぼうとした花道を
「インターハイまでにできるよう、特訓ね」
 彩子が封じた。
「できるようになれば、得点力も倍加するぜ。スラムダンクだっていくらでもできるぞ」
 宮城の言葉も大きい誘惑だ。赤木が聞いていたら怒られそうだが。
「本当かリョーちん?」
「ああ、本当だとも。陵南戦で、福田も仙道もうまくあれを使いこなしてダンク決めてたよな」
 流川の横顔が凍りついた。
 負けた悔しさは、日が経つにつれて募っている。大きな敗因がそれだという事は、流川はよく理解していた。
 花道はやっと、なぜあの時決められたのか思い出しては理解したようで…いまさらムキーとなっている。
「でも、流川はもうすぐ全日本ジュニアで、トムはアメリカだから…肝心の三人で特訓する時間はないんじゃない?」
 潮崎がツッコミを入れ、宮城が凍った。
「とりあえず、おれたちでスクリーンの基本を叩き込むしかない。流川やトムとできるようになるには……時間が許す限り、あと試合そのもので特訓するしかないな」
「さっそくこの試合が終わったら流川と桜木花道で特訓ね。元木と中田もいい?」
「はい!」
「当然」
 いやだ、といいそうになる花道だが…彩子が晴子の手を花道の手に押し当てた事で沸騰した。
「ホント便利だわ」
 深体も赤木と深津でピック&ロールのお返し、と見せてボールを受けた赤木は外からシュート、リングに跳ねたボールを深津が取り、即決めた。赤木がディフェンスを二人引きつけていたため、完全にフリーだったのだ。
「こういう使い方もあるの。今の桜木花道なら、あの距離から直接狙う事もできるでしょ?」
「当然!はっはっはっはっ」
「実戦じゃ一割」
 流川がぼそっとつぶやく。今度は彩子が晴子を花道にもたれさせ、大事には至らなかった。
「時間が」
 深体ベンチが時間を意識し始める。
 七点差が重い。
 タイムアウトで、深体側はディフェンスとリバウンドを強調した。他に策は…
 赤木が飛び出して三井にプレッシャーをかけ、外れたシュートを河田が奪って前線に!
 藤真に牧がプレッシャーをかけ、その間に右側を深津が突破する。
 高速ドリブルからのノールックパスが諸星に通り、早いタイミングでのミドルシュートがリングを抜けた。
「しまった、二点か!」
「あと五点!」
「ナイッシュ、ドンマイ!」
「焦るな、ディフェンス一本!」
「お兄ちゃん!」
 土屋が高いクローズアップシュート!
 深津の指がわずかにかする。
「リバン!」
 柔らかいボールが、惜しくもリムに弾ける。
 河田が花形を食い止め、赤木がゴール下のベストポジションを確保する。
 必死で食い下がる三井だが、身長差はどうしようもない…だが、取った赤木が着地すると同時に、容赦なく責め立てる。
「しつこいぞ」
「オレは最後まであきらめない男、三井だ!」
「くっ…牧!」
 パスを三井がカット!三井と牧が必死でルーズボールを追い、もつれあってベンチに飛び込む。
「うわあっ!」
「じい!ミッチー!」
 なんとか体を起こした三井が応援席を振り向き
「素人に根性で負けるわけにはいかねー」
「まったくだ、あんなの見せられちゃな」
 牧も寝たまま苦笑した。
「二人とも大丈夫か?」
「こんなんで死んでたら桜木に笑われる」
 牧が軽く伸びをして起き上がった。
「おうっ!」
「気持ちで守れ!」
「二分切ったぞ、ファイト!」
 深体ボール、だが三十秒まで残り十秒。
 スローインから厳しくマークがつく。
「河田!」
 最も確実な選択。花形が厳しく立ちはだかる。
 きれいなミドルシュート、リングに弾けたボールを赤木がそのまま叩きこむ!
「うおおおおおっ!」
 深体側が爆発した。
 晴子が花道に抱きつき、泣いている。
 藤真はあくまで冷静にスローインを受けるが、
「ゾーンプレス!」
 ここで牧と深津が容赦なく仕掛けた。
「なんて体力だ!」
 だが、藤真は焦らない。
 静かに集中力を高め、強引なチャージを軽く受け流す。
 レッグスルーからわずかに緩急をつけ、袋小路である角に抜けると見せて深津の足の間からボールを弾ませる!
 拾った南が土屋にロングパス。十秒ぎりぎりでハーフラインを割る。
 土屋は受けてすぐロングシュートを狙った。
「うおっ!」
 リングに弾けたボールを、河田と花形が激しく争う。
 ジャンプや力だけではない、二重三重の罠を仕掛け合い、ボールの方向を洞察して地上でしっかりとポジションを奪い合う。
 晴子を自然に抱き返したまま、花道の目の色が変わる。
 額でとってがっちり体に引きつける河田。
「カウンター!」
 ロングパスを藤真が鋭くカット、こぼれたボールを追って返すが無情にもラインクロス。
「惜しい!」
「いいぞ、よく時間を使ってる!」
 プレイが止まった事で、初めて晴子と花道は抱き合っている事に気がついた。
 二人ともそのまま硬直。下から赤が広がり、蒸気が吹き出した。
「はじまるわよ二人とも!」
 彩子のハリセンが二人の目を覚ます。ちなみに離れていない。
 深体ボールでスローイン、受けた牧に藤真がへばりつく。
 流川が固く拳を握りしめ、笑みを浮かべた。
「すごいな…」
 どちらも深く腰を落としている。
 牧の左右とも自由自在なドリブル。そして、決して攻め気を忘れていない。いつでも自分でシュートに行くつもりでいる、だからこそ強いプレッシャーになる。
 藤真は背中でチーム全体を操り、チームが一丸になってプレッシャーをかける。全体としてシュート成功率が下がり、欲求不満がたまっていくディフェンスだ。
「おれたちだったら終盤、いらいらでターンノーバーが多発して勝負がついてる」
 他校の選手が唇を噛みしめていた。
 フリースローレーンより少しゴールに近いところで、ターンをふさがれた牧がボールを保持。
「パスか?」
 ちら、と視線をゴール下に向ける。
 河田が鋭く、花形を抜いて入りこむ。
 その瞬間、牧は右に鋭く深く踏みこむ。そして次の瞬間、左に抜けて即シュート!素早く反応し、跳ぶ藤真。あくまで強気に放つ牧の腕に肩がぶつかる。
 審判の手が挙がる。
「リバン!」
 全員が鋭く動くが、ボールはリングに当たり、一度跳ねてバックボード、そしてリングをためらいがちにくぐった!
「ディフェンス!バスケットカウント、ワンスロー!」
 会場が揺れた。
「よっしゃああっ!」
「うおおおおっ!」
「さすが」
 残り四十秒、最後のタイムアウト。
 互いに体力も気力も使い果たしている。
 時間ギリギリまでリラックスと水分補給、
「ここまで来たんだ、絶対勝つぞ!」
「最後の最後まで冷静に、一つ一つのプレイに全力を尽くせ!」
 両チームの最後の気合が響く。
 牧のフリースロー、
「どうする?いちかばちか、わざと外してリバウンド勝負…ツインタワーがいるんだ、リバウンドでは勝てる!」
「いや、リバウンドそんなに変わんねーぜ?平均身長違うのに、よっぽど頑張ってんだな月大」
「でも、このままじゃ入っても二点差だ」
 ざわざわという騒ぎが、ふと静まる。
 牧の、そして全員の気迫が会場を包む。
 花道は鳥肌が立っていた。
 深呼吸した牧が、きれいなフォームで放った。
 ボールはきれいな弧を描き、まっすぐリングの中心を貫く!
「入れた!」
「つーかこの状況でよく…」
 皆が絶句している。
「だめ押しだ、絶対入れるぞ!」
「最後まであきらめるな!」
 当然ゾーンプレス。凄まじい圧力が藤真を押しつぶす。
 わずかに抜けてのパスを諸星がインターセプト、それを土屋ががっちりと守る。
 河田と赤木が月大側にダッシュ。
 諸星の鋭いドライブ、そしてレイアップ!
 花形が叩き落とし、南が拾うのを深津が弾く。
 応援席の花道たちも、声をからして叫ぶ。
 体力は限界を超え、残り時間はわずかな状況でも、どちらも焦りも何もない。恐ろしいほど平常心を保ち、練習通りのプレイができている。
 がっちりと一人一人をマークし、得意な事をさせずボールをゴールに、ゴールとゴールを結ぶ中心線に近づけないディフェンス。
 焦らず丁寧にパスを重ね、あくまでゴールを狙うオフェンス。
 赤木のスクリーンを借りて切りこんだ深津が、自分で狙う。
 スイッチした三井のディフェンスに、もつれ合うように倒れる。
「ディフェンス!」
 ガッツポーズの深津、あくまで冷静にフリースローを二本とも決める。
「おっしゃあ!」
「同点!」
「残り十二秒!」
「攻めろ、絶対勝つ!」
「守り切れ、いやもう一本取るんだ!」
「ディーフェン!」
「お兄ちゃん!」
「ゴリーッ!ミッチー!」
 藤真は焦らず緩急をつけて中央突破、ゴール下にロングパス!
 花形は河田がインターセプト、と思ったが横から飛び出した南がキャッチした。
「させるか!」
 飛び出して立ちふさがる赤木、残り五秒でシュート!
「リバン!」
 リングに弾けたボールを花形がつかむ。
 目の前にツインタワーの壁、後ろから藤真が駆け寄る!
「チェック!」
 牧が必死で追いつく。
 ボールは斜め後ろへ、藤真をかすめるように土屋、瞬時に三井!
「うおおっ!」
 深津が立ちはだかる、
「2、1、」
 三井が鋭くパスフェイク、静かにシュート。
 試合終了のホイッスル。
 ミドルレンジから放物線を描いたボールが、リングの中央を貫いた。ネットがかすかに揺れる。
 三井が天に拳を突き上げ、リバウンド体勢に入っていた花形と藤真が強烈なハイタッチ。
 南と土屋が、三井に飛びついた。
 まるで全国制覇でもしたような喜びよう、そして深体の悔しがりよう。
「うおおおーっ!」
 客席で花道が叫ぶ。
「ふう…さあ、整列だ」
 牧が深呼吸し、胸を張った。
 整列した赤木が三井と固く握手し、皆と手を合わせてから観客席の湘北を振り向こうとした。
 間一髪、抱き合ったままの花道と晴子を彩子が引きはがした。
「危なかったわ」

 試合後、帰ろうとした湘北に赤木と河田、三井と花形、藤真がやってきた。しかも、杉山の姿もある。
「すごかったっす!」
「おにいちゃん、残念だったけどすっごくいい試合だったわよ!」
「ああ、応援してくれたのにスマン」
「で、」
「ああ、みんなこれから体は動かせるか?」
 杉山が声をかけた。
「深体大のエースセンターで、全日本メンバーの杉山さんよ」
 花道は杉山も知らない、と確信した彩子が先手を打つ。
「へえ」
 案の定知らなかったようだ。
「はいっ!」
 バスケットプレイヤーとしては雲上人である杉山の登場に、信じられない顔をしている湘北の花道&流川以外。
「桜木がスクリーンプレイを知らないようだからな、特別におれたちが特訓してやろうってことになったんだ。みんなも来い!」
 河田の言葉に、皆信じられない思い。
「流川と全日本ジュニアの打ち合わせのついで、てことでな」
「え…嬉しいですが、いいんですか?試合で疲れてるでしょう?」
「大丈夫ゲマ、どっちみち反省ついでに練習するつもりだったゲマ。藤真たちも飲み会より練習のほうがいいっていうゲマ」
 深津が肩をすくめた。
「無理に引っ張ってきたくせに」
「いや、杉山さんに誘われたら断れませんよ。それに久しぶりにこいつらとバスケやるのも面白そうだし」
 ぼやく藤真。花形が相変わらず無表情に、それでいて嬉しそうな声。
「というわけで、桜木、おい流川、宮城たちも覚悟はいいな?」
 河田に肩を叩かれ、他人事のように目を閉じていた流川が硬直する。
「今夜は帰れると思うなよ?」
「失礼はあると思いますがなにとぞご容赦ください、よろしくお願いします!」
 赤木が深々と頭を下げている。
「な、天才」
 と三井がさりげなくおだてた。
「よーし、この天才桜木花道、スクリーンでもなんでもこい!」
「おおーっ、いい気合だ」
「それより勝負」
「流川、今日は一対一じゃなくスクリーンプレイの練習に徹しよう。それだって大切だぞ。
 全国制覇したいんだろ?」
 藤真が静かに諭した。
「早速やるぞ、ゴリ!」
 そんな花道を、晴子が熱い目で見守っている。

 七月も終わり、最も熱い季節がもうすぐやって来る。入道雲を吹き飛ばすような情熱が、そこには満ちていた。

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