Dunk Like Lightning


第13章 陽炎の彼方(前半)

(注)潮見大付属の名を覚えている方へ…もちろん「うるきゅー」の小泉ハルキを出すつもりでしたが、原作でああいう形で再登場したためこうなりました。わからない方は何も考えないでお楽しみください。

 大和台高校インターハイ予選出場辞退か、という騒ぎがやっと終わった。決勝の日が来た。
 三年越しの挑戦…ブロック唯一のインターハイ出場枠を独占してきた全国でも有数の強豪、潮見大付属との決戦。
 皆、じっと気合いを入れていた。
「よし、いいか……湘北に挑戦するための、これが最大の関門だ。絶対勝つぞ!」
「おおっ!」
「しかし参ったな、まだ来ないのか…」
 七緒がいらいらした顔で時計を見る。
「タクシーは!」
 携帯に耳を当てた一臣がすまなそうに、
「渋滞で動きが取れないそうです。あ、圏外」
「北田の肝心なデビュー戦なのに!」
 七緒がつい叫んでしまう。
「やっぱり学校集合のほうがよかったかしら」
 と、妹尾舞が目を落とした。
「いないものはしかたないっす。出番を取られずにすむし。おれたちが勝てばいいんだぁ!」
 哲太が闘志に貧乏ゆすりしながら叫んだ。
「おうっ!」
「それに、連中はラフプレイがうまいからな。北田を潰されたら次のオリンピックが大変だ」
 と、卓巳。
「お前も出るつもりか?」
 竜次のツッコミに卓巳は
「当然」
 真顔で答えたものだ。
 北野監督が、
「しゃーないやろ、気持ち切り替えるで。スタメンは浩士、一臣、卓巳、竜也、竜次や。頭から押しまくり!思う存分楽しんで、勝つ。ええな!」
 七緒が「はいっ!」と叫び、一人一人の肩を叩く。
「一臣、走り負けるな!リバウンドも頼むぞ!」
 一臣はうなずき、いつもの『あがらないおまじない』要はりんごの手を握ってキスの余韻をかみしめた。顔が思いきり緩んでいる。
 皆が苦笑した……カップルが多い大和台でなかったら殺されていたろう。
「卓巳、小泉弟は頼むぞ。」
「おお、任せろ!」
「竜也、どんどん入れてけよ!」
 竜也は無言で、手をライフルを模して構えた。
「竜次、絶対勝つぞ!」
「おうっ!」
「ようし大和台、」
「ファイ、オオシ!」
 ベンチの十一人が手を重ねた。

 潮見大付属控室……
「どうだ、もう体はあったまったか?」
「はい、いつでも行けます!」
「よし。」
 メンバーが闘志を燃やす。
 ハゲ頭の監督が不敵に笑い、
「幹本、七緒と筒井をしっかり抑えろ。リバウンドを封じれば、あのチームは機能しなくなる。あの二人はドリブルやパスも優秀だからな、気をつけろよ。
 今年の大和台は全員オールラウンダーだ。」
「っす!」
 幹本は197cmの長身で、がっちりした体格。丸太のような腕が印象的だ。
「なによりもリバウンドだ。小泉兄、お前の責任も重いぞ。オフェンスリバウンドからのセカンドチャンス!」
「わかってる」
 去年ルーキーとして流川、森重、清田らと並び称された話題の天才双子、小泉兄弟の兄が天然パーマの髪をいじりながら、ゆっくりと手首のストレッチをしていた。
 甘く彫りの深いマスクだが、体には一片の贅肉もなく、下半身の筋肉はすごい。
「小泉弟、河合と『狙撃手』武上……抑えられるか?」
「おうっ!」
 去年は凄まじい技で沢北級といわれた弟。兄と顔はそれほど似ておらず、雰囲気は幼く見えるが均整の取れた体つき。自信ありげに微笑みつつ、目を閉じて瞑想している。
「後藤、落ちつけ。いつもの練習通りにやればいいんだ。」
「はいっ!」
 ルーキーの後藤は、貧乏ゆすりを止められないようだ。
「大塚、高月は頼むぞ。それに、控えポイントガードの松浦は冷静なプレイをしてくる。惑わされず、チームのリズムを保ってくれ。」
「わかりました。」
 中肉中背だが安心感を与える雰囲気の大塚が、手垢にまみれたノートを読み返している。
「作戦は散々練習した通りだ。パスをディナイ、リバウンドを取る、サイドラインに追い込む。そして、勝つ!」
「おうっ!」
 彼らの表情は自信に満ちていた。

 試合開始前の練習、次々と大和台がスリーポイントを決める。特に一臣が決めたとき、客席がひときわ沸く。
「筒井くん!」
「絶対優勝して!」
「か・ず・お・み!」
 応援団長の朱菜が大騒ぎしている。まるで流川親衛隊。
「いいの、りんごちゃん?」
 ベンチ裏の特等席に、女子マネージャーの千尋が振り向いた。
「大丈夫ですよ、あ!竜次先輩が」
 竜次が一瞬、恋人の千尋を見つめてぷいっとそっぽを向き鋭くドリブル、一瞬で止まってジャンプシュートを決めた。
 そして、ぷいっと立ち去る。
「相変わらず素直じゃないですね、竜次先輩」
「でもね、結構…」
 と一言、そのまま仕事に戻る。
「結構、何なんですか!」
 とても気になるりんご。
 午後に決勝を控えた大和台女子が、ミーティングを終えてベンチ裏応援席に集まった。二年連続で麻生学園とだ。
 七緒が反対側客席にVサイン。麻生にいる恋人、岡川りえこへのサインだ。向こうからも笑顔と共に返って来る。
「また敵を応援して…」
 皆苦笑するが、ラブラブなのだからどうしようもない。
「卓巳くん、頑張って!」
 まいが声を上げた。
「おれたちも見てるからな!」
 と、関北高校新聞部が二階最前列から。
「ああ、絶対勝つ!見ていてくれ」
 柚枝たちに、そしてまいに向けて親指を立てると、きれいにスリーポイントを沈めた。
「緊張してる?」
 妹尾舞女子キャプテンが、ミドルシュートを落とした哲太に声をかけた。
「大丈夫、冷静です。心拍も……75、試合前として適切ですし、意識もクリアーです。ベストコンディションですよ」
 哲太は、あの時に学んだ冷たい無表情を浮かべ、今度は正確にスリーポイントを沈めた。
「緊張は悪いことじゃないわ。潮見は冷静なだけで勝てる相手じゃないわよ」
 舞は静かに言うと、タオルを放った。
 潮見大のメンバーが、それぞれの恋人と視線を交わしたり、少し会話したりしている。
 小泉兄弟は独身のようで、黙々と練習している。凄まじい技術の冴えに、皆目をみはった。
「すげえな」
「ああ、流川にも負けねえんじゃねえの?」
「さすが全日本ジュニア」
「去年より切れが増してやがる」

 ジャンプボール。潮見大の幹本が二メートル近いので、十センチ差がある七緒ではなく竜也がセンターサークルに入った。
 入学してからも竜也たちの身長は伸び止まらず、一臣と竜也が190cmで、哲太も180cmを超えている。
(大きい、桜木や赤木みてーだ)
 幹本を見上げ、いつか練習した二人の巨人を思い出す。緊張感に足が震える。
(へへっ、県最高のセンターか)
 ボールがふわっと上がった。
 幹本が圧倒的な高さでふわりとボールを押し出す、と思ったら迫撃砲弾のような高初速で竜也の体が跳び上がり、ボールを叩き返した。
「うそ!」
「あの身長差で!」
「一メートルは跳んでるよ、あいつ」
 ギャラリーがどよめく、弾かれたボールを竜次が取り、一気にドリブル。
「いけ!」
「先取点いただき!」
 叫ぶ大和台応援席。
 が、抜かれたに見えた大塚が後ろからプレッシャーをかけ、サイドラインに追いつめる。
「くっ!」
 パス、だが小泉弟がカットして
「ゆっくり一本!」
 と、もう真ん中に走っていた大塚に戻した。
「ディフェンス!」
 七緒が叫び、一瞬大塚にプレッシャーをかけてからゴール下へ。得意の三線速攻に入っていた竜也と卓巳が慌てて戻る。
 大塚は足を止め、ハーフコートオフェンスに。
 パスがするっと幹本に、すぐ小泉弟に飛ぶ。
「止めてやる!」
 竜也が叫び、小泉弟の前に立ちふさがる。
「右!」
 一臣が叫んだ。
 小泉弟が鋭く、低くドライブ。竜也が追うが、壁にぶち当たった。
 幹本ががっちりスクリーン。
 しかも、脇腹に肘を刺されるおまけつき。
「バカ!」
 卓巳が叫んでフォローに入る。が、鋭く低いドリブルから一瞬で止まると軽くジャンプショット。ボールがリングの奥に当たり、くの字を描いて貫く!
「ちくしょう!」
「し、審判!って、みてねえか」
 竜也は脇腹を押さえ、歯を食いしばって詰まった息を整える。
「ど汚え」
「密着して、審判の死角からやったんだ。あんなの連中にとってはほんのあいさつがわりだ、死にたくなかったらベンチに戻るか」
 と、七緒が本気の表情で。
「いや、面白え」
 竜也が不敵に笑って、スローインに入る。
 その表情が凍った。痛みではない。
「うおおっ!」
 会場がいきなり沸いた。
 大塚と小泉弟が、竜次の前に立ちふさがった。
「プレスッ!」
 竜也と一臣、哲太の叫びがハモる。
「いきなりかよ!」
 竜次が叫び、スローインを受けるとほとんど倒れるような低さでサイドラインをドリブル。だが、コーナーに追いつめられる。
「押してるぞ!」
 叫ぶが、審判には見えない。
「くそうっ!」
 強引に抜けようとするが、ボールが転がる。
 大塚が拾う。竜也が手をあげてディフェンスするが、竜也の右上を抜ける高めのパス。
 びしっ、と脇腹に電撃のような痛み、取り損なう。
「小泉弟!」
 一臣と七緒のダブルチーム。
 小泉弟は追いつめられるようにエンドラインに向かってドリブル、その速さに七緒が置いていかれる。
 そしてボードの裏に入ったところでジャンプ。
 左手で一臣の手を牽制しつつ、右手だけボード裏から出し、ふわりと上げた。
 リングを通り過ぎ、五十センチぐらい離れたところから上がったボールがリングに当たり、転がりこむ。
「うおおおおおおおおっ!」
 ギャラリーの歓声。もう勝負が決まったかのようだ。
「ちくしょう」
 七緒がうめいた。
「ゾーンプレス、山王のお家芸」
 哲太がつぶやく。
「知ってたの?あ、観てたんだ、あの試合」
 舞が沈痛な表情で。
「潮見も得意としてるわ。でも、まさか初めから出してくるなんて」
「開始三分で決める」
 ハゲ監督が不敵な笑みを浮かべた。
 また一臣のスローインを追いつめる。
「2…1…」
 かろうじて竜次に入れるが、即座にダブルチーム。
「くそ」
 密着し、激しく当たる。巧妙に審判に見えないよう足を引っかけたり踏んだり蹴ったりしてドリブルのリズムを崩す。
「パス!」
 一臣が叫ぶ。かろうじて出したボールは、あっけなくインターセプトされた。
 そのまま後藤から小泉弟にパス、卓巳がレイアップはブロックするが、フォローに走った小泉兄の豪快なダンクが決まる。
「一緒に運ぶ!」
 七緒が戻り、ダブルポイントガードに入ろうとした。
 中学時代身長が低かった七緒は、高校一年までポイントガードとして活躍してきた。ドリブルやパスの実力もそこらのガードよりある。
「くれ!」
 七緒が叫んだが、スローイン自体をインターセプト。竜次以外にボールを入れさせない。
 そのまま大塚がジャンプシュートと見せ、空中で七緒のブロックをかわして小泉弟にパス。
「させるかよぉ!」
 竜也と竜次が必死でブロック。が、小泉弟はジャンプシュートの体勢で跳ぶと空中で左手に持ち替えたボールを、ふわりとブロックする手の下から浮かせた。ボールは一メートル近い距離を高い放物線を描き、リングに滑り込む。
 まだプレスは続く。激しい当たりで、スローインもなかなか出せない。
 かろうじて奪った竜次に対し、またダブルチーム。七緒が割り込もうとしたが、小泉兄が立ちふさがった。
「出せ!」
「くそ、なめんじゃねえ!」
 叫んだ竜次が強引にドライブするが、大塚がうまく倒れてアピール、オフェンスファウル。
「くそっ!」
 小泉弟に入れ、竜也と一臣がダブルチームについた瞬間インサイドにパス。
 幹本の巨体が、七緒にのしかかった。
 柔らかく放たれたボールがリングをくぐる。
「ディフェンス!バスケットカウント、ワンスロー!」
 竜次が歯ぎしりした。
「なんてパワーだ、赤木並みだな」
 大和台ベンチは呆然としている。
「何とかプレスを突破しないと」
「おれにやらせてください!おれはあの試合を観た。どうすればいいかは分かってます」
 哲太が北野監督に直訴した。
「まっとれ、あいつら山王とはちゃう。うちも湘北やない」
 冷静に制した北野監督がタイムアウトを取った。
「どや?」
 わずか二分、だが竜次は激しく息をついている。彼には二十分に思える。
 他も欲求不満で肩に力が入っていた。

「いいぞ、この調子だ!練習通りだ。だが、勝負は試合終了のブザーが鳴るまでわからん。まだ始まったばかりだ、平常心で自分たちのバスケをしろ!」
 潮見のハゲ監督が、自信たっぷりに。
 メンバー全員がうなずく。
「よし、二百対ゼロを目指すつもりで行くぞ!」
「その意気だ。やれるぞ!」
「先輩、向こうは北田を…来ていないですね?」
「ベンチは十一人だし、遅刻だろ」
「もし来たら、とんでもないことになりますよ」
「松浦だっています!油断は禁物ですよ」
「俺達のディフェンスは全国最強だ。全国制覇を前に、弱気なこと言ってんじゃねえ!」
「突破されても気を抜くな。リングにさえ入れさせなければいいんだ。パスをディナイ、プレッシャーを与え続けて力でねじ伏せる。自信を持って行ってこい!」

「まだプレスは続くで。」
 北野監督が真剣な表情。だが、自信を失ってはいない。
「それに、もし突破できても『トールハンマー』と『死神の大鎌』が待ってる」
 びんぼうゆすりを止められず、ベンチの三年が漏らす。
「ドアホが…バスケはチームプレイやろ。みんなでボールを回して運んで、リングに入れるだけや。パス、ドリブル、シュート、一つ一つしっかりやればええ。平常心をなくすんやない。
 しばらく今のメンバーでいくで。七緒、スローイン入れて竜次をヘルプや。卓巳、竜也、ゴールにダッシュ。一臣はボールの逆サイ、インターセプトされんようマークを振り切れ。」
「はいっ!」
「六年前豊玉で戦ったが、あんときゃあそこまで強うなかったわ。おもろいやないか」
「おう、楽しもうぜ!そして勝つ!」

 幹本がフリースローを確実に沈め、11対0.
 が、七緒は平静さを取り戻していた。
 中央から竜次に至近距離からのスローインで渡す。同時に出ると厳しく小泉弟をチェックする。
 小泉兄が駆けつけようとするが、その前に一臣が動き、パスを求めてプレッシャーをかけた。
「竜次」
 七緒に、ほとんど手渡しでボールを渡した竜次が慎重に移動する。
「三…二…」
 十秒を前にし、七緒がゴール前のポストプレイのような動きで滑らかに反転、小泉弟を竜次にこすりつけ、二歩全速でドライブすると
「一……」
 一臣にパス!
「よし!」
 ベンチの声は、悲鳴に変わった。
 凄まじい力で一臣を押しのけた小泉兄がボールをキャッチし、強烈なパスをゴール下の小泉弟へ…小泉弟は自陣を向いて飛ぶと、空中でボールをキャッチして強烈な両手バックダンクを決め、
「パスはさせねえよ」
 と、うそぶいたものだ。
 つばを飲みこむ一臣。
「勝つ!」
 と七緒が叫び、同じやり方でボールを入れる。
 竜次は受け、体で右から迫る小泉弟を押しのけて七緒に向けたバウンドパス。
 その自然さに、七緒自身もだまされた。
 鋭い逆回転がかかったボールは、変な方向に弾んでインターセプトしようとした後藤の手を逃れる。ダッシュした竜次が計算通りにキャッチ、高速のドリブル!
「よぉし、プレス突破!」
 ベンチが叫んだ瞬間、それは悲鳴に変わった。
 小泉弟が後ろからボールを弾く。
 七緒がすかさずディフェンス、
「しっかり一本!」
 冷静に大塚とパスをやり取りする小泉弟。
 中に戻った幹本が、ローポストに陣取って七緒を背中で押し出す。
「ブラヴォー!」
 大塚がサインを出し、一瞬斜めにドリブルすると逆サイドにパス。
 同時に、鋭くターンした幹本に追いすがる七緒は、ボールを受けてドリブルした小泉弟にぶつかりそうになる。
 七緒が一瞬、小泉弟を守るか幹本を追うか迷った…一臣と竜也が慌てて飛びこむ…瞬間、外の後藤にパス!
 フリーのスリーポイントが決まった。
「よっしゃあ!」
 幹本が後藤の肩を二度叩く。
「速攻!」
 一瞬、一臣が前線にダッシュしていた竜也にロングスローイン!
「よーし、ダンク行け!」
「一本いただき!」
「流れを変えろ!」
 歓声を背に、キャッチから三回ドリブルし、ボールを抱えて一歩加速、フリースローラインで踏み切る!
 空を静かに歩くように長い滞空時間。が、ボールはリングに入る寸前、小泉弟に弾き飛ばされていた。
 手だけがリングに当たる。ブロックがなかったら決まっていた。
「なにいっ!」
「追いついていたのか!」
「あのダンクをブロック!」
「フォローいかんかい!」
 北野監督が怒鳴った、その間に大塚がボールを拾い、手早く運ぶと竜次の足の間から小泉兄に返した。小泉兄は高いジャンプでレイアップ体勢、
「くっ!」
 一臣と七緒が飛ぶ。
 小泉兄はぎりぎりまで高いブロックをひきつけ、下へバウンドパス。
 滑り込んだ幹本が受け取ると、両手で豪快なダンクを叩き込んだ。
「うおおおおおおおおっ!」
 幹本と小泉弟が手を打ちあわせた。
「すごい…決まったかな、こりゃ」
「リーチだな、二十点差になったら気持ちの糸が切れるだろう」
 ベンチは呆然としている。息が泡になりかけた卓巳の目が、ぎらぎら光った。
 一臣は静かに汗を拭き、冷静にコートを見渡している。
 竜次は飢えた狼のように興奮をむき出しにしている。
 小泉弟と大塚が、もうゾーンプレスの体勢に戻っている。
「ちくしょう」
 竜次はまた七緒を利用し、今度は自分がスクリーンとなって七緒を助けた。
 ダブルチームは突破したが、送り狼となった小泉弟が七緒に強烈なプレッシャーをかけてサイドラインに追い込む。
「パス!」
 竜也の悲鳴に近い叫び、だが厳しいディナイでパスラインはない。
 激しい、それでいて巧みに呼吸を読む小泉弟のディフェンス。七緒本来のワルツを踊るように優雅な動きがぎくしゃくしてしまう。
 サイドラインとセンターラインの角に追い込まれ、そのまま時間が過ぎる。
「四…三…」
 三十秒まで残りわずか、一臣がボールを取りにいき、必死でボードに向けて投げる!
「竜也!」
 竜也が一気に走りこみ、フリースローレーンの外から飛んで空中でキャッチ、ダンク体勢に
「いけえっ!」
 皆が注目した一瞬、幹本の巨体が高くとぶ。
 すごい音。大きな手で吹き飛ばされたボールは反対コートまで転がっていく。
「あ…」
 客席が声にならない悲鳴を上げた。
 顔を押さえた竜也の手から、おびただしい鮮血があふれている。
「竜也!」
「武上!大丈夫か!」
「あれが『トールハンマー』か」
 哲太の顔が凍りつく。
「オフェンス!」
 審判のコール。竜也が
「わんでぁよ!ふぁざと殴ったんだ!」
 叫び、審判に詰め寄った。
 卓巳が竜也を黙って止めた。目いっぱいに怒りをみなぎらせて。
「離せ!」
「このあまちゃんが」
 竜次が低い声で。
「何?」
 竜也と卓巳が竜次をにらむ。
「やられたおめーがあまちゃんなんだ、悔しかったらやり返して勝て!」
 納得した竜也。卓巳は怒りをあらわに
「スポーツなんだ!相手がどんな汚い手を使っても、ルールに従って正々堂々と勝たなきゃ」
 竜次の胸を指でつついた。
「それだからてめーもあまちゃんなんだ、審判にばれないように、どんな手を使ってもぶっ潰す!絶対勝つんだ、負けてたまっかよ!」
 と、竜次は卓巳に詰め寄る。
「ひゅーひゅー、お熱いね!」
「やっぱり竜次攻め?」
 会場のどこかから声、口笛。
「噂通り!」
 女子の嬌声が混じる。
「誰が…」
 切れそうになった竜次を今度は七緒が止め
「よせ!去年もあれでペース崩されて、中指立てて退場くらったろう、お前ら学習能力ないのかよ」
「でもむかつく!事もあろうに卓巳と」
「それが疑われるんだ」
(否定する方法はこの場で恋人とキスすることぐらいだけど、河合くんはともかく竜次くんは無理ね絶対。より賢明なのは本当に河合くんといちゃついて見せて客席を盛り上げることだけどもっと無理だわ)
 舞が心中つぶやいた。
 審判の笛、試合再開…
 スローインからしっかりセットオフェンス。
「チャーリー!」
 大塚のサインでスリーポイントライン上に三人散らばる。
 かろうじて集中しているものの、卓巳と竜次の連携が崩れた隙に、後藤と大塚がパスを交換。大塚のシュートは落ちたものの、小泉兄がリバウンドを奪って後藤に戻し、スクリーンを借りた後藤がフリーのミドルを決めた。
「20対ゼロ!」
「こりゃ決まったな」
 記者らは(「電光石火」?「潮見無敵ディフェンス、オールラウンダーチームを一蹴!」は少し長いわね。「トールハンマー&死神の大鎌、全国へ」は?)などと見出しを考えている。
「去年以上だぜ、潮見大の無敵ディフェンスは」
 客席は早くも興味を失い始めたようだ。
「なにしろ去年のインターハイでは、準決勝で名朋の森重を九点に抑えたもんな。小泉弟と幹本が退場して逆転負けしたけど」
「まだだ!湘北を思い出せ!」
 止血中の竜也がベンチから叫び、立ち上がった。
「ああ」
 七緒が振り返り、
「あいつらはどんなに差が開いても、時間がなくても諦めなかった。おれたちは二度と諦めない。そして負けない!」
 自分自身に噛み締めるように。
「あったりまえだよ!」
 卓巳が叫んだ。
「ダンコ勝つ!」
「まだあきらめてないのかよ」
 観客がむしろ呆れた。
「そうだ、油断するな!」
 潮見大のハゲ監督も叫んだ。
「あいつらは湘北が目標だからな、点差があってもかえって燃えるよ。楽はできそうにないな」
「ああ。25点めがポイントになる」
 小泉弟がつぶやき、スコアボードを見た。
 前半残り時間13分9秒。ゾーンプレスではなく、竜次は一気にフロントコートに運ぶ。
 他四人との線が厳しくマークされ、自分も大塚のプレッシャーで左に追われている。パスコースを潰し、中央に人とボールを行かせないディフェンス。
「なめるな」
 一臣が一瞬だけディフェンスを振り切る、その瞬間竜次は鋭く後ろを通してドリブル、大塚を抜くと突っ込んだ。
「いけ!」
 大和台の皆が目を輝かせる。
 圧倒的な迫力で、シュートの体勢に入る。
「小泉弟!」
「死神の大鎌!」
 ベンチの二、三年が小さな悲鳴。
 レイアップのボールは横から、竜次とほぼ同時にジャンプしている小泉弟の手が弾き上げた。
「あれが『死神の大鎌』か」
 哲太が目をむいた。三年の一人がそのひざをつかみ、
「違う」
 竜次と小泉弟が着地、
「小泉弟の、『死神の大鎌』の刃は下を向いているんだ」
 竜次の着地が崩れ、勢いあまって床に投げ出される。小泉弟も転倒し、頭を押さえて痛がった。
「あ……」
 哲太の表情が凍った。
「わかったようだな……審判の目を巧みにごまかし、着地の瞬間絶妙のタイミングで足を崩す。よくて転倒……下手すると足首やひざ」
「きたねえ!」
 怒りを見せた哲太だが、竜次はなんでもないように跳ね起きた。
「やられるほうがあまちゃんなんだ」
 吐き捨てる。その目は殺気をはらんでいた。
 その背中を卓巳が軽く小突いた。中学時代、卓巳は足の怪我をおして強硬出場し、竜次のファウルで悪化させて大敗したことがある。
 哲太は感情を押し殺した硬い表情で、
「そして怒りで平常心を崩し、痛みと恐怖でアグレッシブなプレイができなくなる……意志で克服しても、無意識の反応は必ず出る。わずかでも着地点や足を意識したりしたら、それだけでまともなシュートなんてできない。
 大鎌が刈るのはボールでも足でもなく、魂か」
「去年のインターハイ、名朋との準決勝に来た国際公認審判が小泉弟を退場にしなかったら、優勝は潮見大だったな。そして森重を潰されるとこだった」
 ベンチが思い出しため息。
「あれでバスケットが楽しいんかい。南と同じかんちがいやな、ドアホが」
 北野監督が不満げにぼやいた。
 リバウンドを奪った小泉兄から大塚にボールが行き、大塚がずばっと斬りこむ。卓巳の素早いフォロー、竜次が止めた、と見えた瞬間
「止める!」
 黒田が叫ぶ。ボールは小泉弟に飛び、黒田ががっちり腰を落として待ち構え、
「しまった!」
 小泉弟はボールを取らなかった。ボールは後藤、フリー。
 ミドルシュート、
「リバン!」
 叫び声とともに幹本と七緒が激しく押し合う。
 激しい奪い合い、二度、三度とボールが宙を舞い、小泉弟が弾き出して大塚の手に。そのまま大塚のロングシュートが決まった。
「くそ…」
「リバウンドしゃっきりせんかい!」
 北野監督が怒鳴る。
(くっそ……)
 と、一臣が唇をかんだ。小泉兄のうまさと力強さに圧倒され、スクリーンアウトできない。
(桜木はこんなもんじゃない、こいつに負けるようで湘北に勝てるか)
 七緒はそう、決意をこめて幹本をにらむ。
(あと二点!)
 幹本は静かにスコアボードをみつめる。
 現在23対0、あと二点入れれば湘北=山王戦の最大得点差をこえる。
 点差にもかかわらず集中力を切らさない大和台だが、その点差を超えたらさすがに張りを失うだろう、会場の皆がそう思った。
(特に自信喪失が怖いぜ)
 竜也は熱血の反面、かならずどこかにある冷静さで判断していた。
 プレス気味に大塚が竜次にプレッシャーをかける。その目に、(ひくい)と見えるドリブルでじっくり運ぶ。
(速攻は難しいか、なら)
 七緒と一臣に視線を送る。
 一瞬殺気を見せ、鋭くドライブ……と見せて、通りすがりにボールを一臣に渡した。受け取った一臣は七緒のスクリーンを借り、丁寧にバックステップ。
「いけぇっ!」
「スリーポイント!」
 一瞬のフリーから素早く放つスリーポイント。
 だが、鋭くスイッチした幹本がボールの下を弾いた。
「くそ!」
「リバン!」
 卓巳が必死で走るが、小泉弟が既にポジションを奪っていた。
 ボールを取ると、一気にロングパス!
「させるな!」
「おう!」
 瞬時に叫びかわして後藤をマークする卓巳、だがシュートフェイクから大塚にボールが回る。
 いいポジションでパスを受けた小泉弟は凄まじい速度で竜次を抜き、一気にドリブル!
「させるかよ!」
 必死で追いすがる一臣。
「つぶせ!」
 素早く回りこみ、竜次と合流して激しいプレッシャーをかける。
「すごいディフェンス!」
 記者たちの目が輝く。
 小泉弟はじっくり目を配りながら、左右にゆっくりとドリブル。
 突如一臣がいるほうへ、鋭いスピン!
「おう!」
 竜次が素早く回り込み、抱きつくように止めたが無論ファウル。
 スローインを後藤が取り、シュートフェイクから大塚に回し、流れるように大塚のパスが中、幹本へ!
「うおおおおおおっ!」
 必死で七緒がブロック、わずかに手がボールに触れてそれた。
「リバ」
 声が凍りつく。
 小泉弟がボールをつかみ、大きく風車のように振り回して両手で叩き込んだ!
 リングが悲鳴を上げる。
「ウインドミル……」
 客席が呆然とする。
「二十……五点だ」
 幹本がボールをわざと取りにくいように投げ、素早く自陣に戻る。
 七緒が唇を噛みしめた。卓巳の目に疲れが……
「もういいよ」
「最初から、勝てる相手じゃなかったんだ」
 大和台応援席から泣き声が漏れ始めた。
 一臣の目には、あの絶望的な点差から逆転した湘北の姿が、花道の不屈の闘志が焼きついている。だから絶望するどころか不思議なほど、現状を冷静に把握していた。
(まずいな、あの点差を超えた。キャプテンの目の光は……死んでないけど、平常心じゃない)
「一臣ぃ」
 一臣がチームメイトを一人一人確認し、考えているのを落ちこんでいると見たのか、りんごが泣き出した。
「おい」
 七緒が竜次、卓巳に厳しい目で
「湘北との試合みたいな思い、またしたいか?」
「もう二度といやだ!」
 卓巳が叫んだ。
「おれは、負けたことなんかより諦めちまったことが悔しい。あんなつまんないことってない。」
「ああ」
「諦めてたまるかよ、どれだけ差があっても!」
「おう!ぜってー勝つ!」
 竜次が叫び、おのが頬を両手で叩く。
「行くぞ!」
 一臣はかすかに微笑んだが、
(諦めてないのはいいけど気負いすぎ。どうしたものかな、戦力差はそこまでないはずなのに。こっちのいいとこが全部封じられてる)
 と見ている。
「竜也」
 北野監督が、ベンチで拳を握っている竜也に声をかける。
「あきらめるか?」
「ふざけんな!」
 竜也がまなじりを決すると叫んだ。
「どうすればええやろな」北野監督はのんきな笑顔で、「狙撃手?」
 と、小さく呼びかける…
「平常心。何やっても無駄って暗示を振り払うことだ。そのためにはまず、とにかく何かプレイを成功させる。」
「そやな。ボールをリングに通すことや。本来あっちはもっとファウルしてるはずや。フリースローはディフェンスもくそもないやろ。でもってリバウンドきばり。
 なによりバスケを楽しむことや」
 言うと交代を告げ、竜也がコートに戻った。
 まだ大和台の闘志は尽きていないが、「負け」の二文字を抑えようと必死なのが分かる。
「打倒湘北!」
 竜也は一人一人の背中を叩き、強い声で告げる。皆、はっとしたようにうなずく。
 最後に「リバウンド」の一言にうなずいた一臣は、とっさに右手でVサインを作り、それを下に向けて股に左拳を通すように振った。
 竜也が不敵にうなずき、笑った。
(なんだあのサインは、データにない)
 大塚が面食らったが、とりあえず竜次のペネトレイトを潰す。
「パス!」
 竜也が竜次の近くで鋭くVカットし、ほんの一瞬隙を作ってボールを受け、外に向かって横にドリブル。
「スリー気をつけろ!」
 大塚の声に小泉弟が素早く駆け寄る。
 いつのまにか、大きくゴールの下を通って駆け抜けていた一臣が竜也の横に。竜也は一臣に、ほとんど手渡しの形でボールを渡し、素早く移動する。
「来い!」
 小泉兄が厳しく追う。一臣の鋭いドリブル、
「スイッチ!」
 大塚の声、小泉弟が走る。竜也がしっかり腰を落とし、小泉兄を受け止めた。腰を沈め、低くドリブルしてレイアップを狙う一臣に小泉弟が鋭く回りこむ。
 幹本がゴール下で跳び、手を大きくあげてシュートコースを封じる。
 が、ボールは斜め下後方へ!竜也が一気に加速しながらワンバウンドしたボールを受けさらに加速、飛んだ。
 着地したばかりの幹本には、(黒い蒼が広がる)と思えた。時間が止まった。
 飛び箱の開脚飛びのように、竜也が幹本の二メートル近い巨体を、わずかに頭に触れるだけで飛び越し、前に手を出して片手ダンク!
 リングにぶら下がった竜也の体が、大きく空中ブランコのように振れた。
 静寂が会場を包む。誰も呼吸していない。
 ホイッスルが鳴った。
「オフェンスファウル、ノーカウント」
 審判の声が、うわずっていた。
 だああああああっ、と会場の皆が肩を落とし、ため息をついた。
 ゴゴン!
 竜次がハイタッチした竜也と一臣にゲンコをくれた。
「ファウルに決まってんだろ、あのサインはそんな意味か!」
「即興か、データになかったわけだ」
 大塚が呆れた。
 幹本は(後でパンツ確認しないと)少し心配になり、自分の腰を見下ろした。
 濡れてはいないようだ。
「ファウルだけどすげーぞ!」
「おもしれー、向こうの10番……武上竜也!」
「さっきなんてフリースローラインからダンクしようとしたよな。ブロックがなけりゃ決まってたよ」
「武上!」
「11番筒井も凄いよ、見事な連携だ!」
「いいぞ〜っ!点差はあるけどもっといろいろやってくれ!」
 ざわざわ……とした声が、次第次第に大きくなり、会場が揺れるような声援に変わる。
「タケガミ!タッケガミ!」
「カーターのつもりかカッコつけヤロー!」
「いいぞーっ!」
「カ・ズ・オ・ミ!」
 一臣ファン女子の黄色い声もすごい。
「平常心!」
 小泉弟が叫んだ。
「そうだ、気にするな!危険なプレイでチャンスを潰しただけだ!このオフェンスに集中しろ!」
 潮見大のハゲ監督がやっと冷静さを取り戻し、叫んだ。
「ディフェンス!ここ一本止めたら一気に流れが来るで!」
 北野監督も負けじと叫ぶ。
 しっかりしたセットプレイ、外と見せてパスがインサイドの幹本に。
「うおおおおおおおっ!」
 おたけびを上げて七緒にのしかかる巨体。
 七緒は逆らわず、力を受け流しながらボールを下から弾いた!
「よっしゃキャプテン!」
 卓巳が叫び、カエルのように飛んでボールをつかみ、竜次にパス。
「しゃあ!」
「ナイスリバン!」
「速攻!」
 待ちに待った叫び。一臣と竜也がダッシュしている。
 ロングパスを受けた一臣は、きれいなターンで後藤を抜き、低くはやいドリブルで小泉弟をぎりぎりまで引きつけ、
「あ!」
 ボールが消えた。それほど見事に手が背中に回り、魔術のようにボールが外でディフェンスを振り切った竜也の手に吸いこまれる。
 キャッチ、ストップ。3Pラインの外。
「いっけぇ!」
 大和台、そして客席全員が手を握る。
 瞬間、雑音が消える。時間がゆっくり流れる中、足をそろえて下腹に息を入れ、全身をばねにして力をボールに伝える。
 リングをしっかりと見る…こころもち大きく見える。同時に、スクリーンアウトを争う一臣もみるともなく見ている。
 別に意識するまでもなく、しっかりとフォロースルー。
 美しいフォームに、会場全てが酔った。
 竜也はリバウンドのために走り出したが、確信を持って右手をピストルの形にし、左手をライフルに添えるように構える。
 高い放物線を描き、正確に三回転したボールがリングの中央、ネットも揺らさずに落ちる。
「ヒット!」
 竜也は叫ぶと、ストックを支える左手を跳ね上げた。
「よおおおおおおおおっしゃあ!」
 大和台全員が跳びあがり、一臣と竜也が強烈にハイタッチ!
「ナイス武上!」
「スナイパー(狙撃手)!」
 やっと入った三点。ベンチ、応援席も含め皆の表情がぱっと明るくなる。
「ここは大事だぞ、この一本は決めろ!」
 潮見大のハゲ監督が叫ぶ。
「お返しだ!」
 竜也が叫び、スローインしようとした後藤をはばんだ。
「プレス!」
「おいおい」
 小泉弟が苦笑し、ボールを受ける……竜也と竜次がダブルチーム。
 苦笑が張りつく。
 仙道さえ追いつめたダブルチーム。鋭く細かい体重移動と、
(仙道のほうがうまかったな)
(同じぐらいだったんじゃ?)
 アイコンタクトで雑談できるほど、息の合った牽制で動きをふさぐ。
「ち」
 小泉弟の目がパス相手を探した。伸びる竜也の手をかわし、鋭くターン!と思った瞬間、竜次がボールを奪って一気に切りこむ。
「させるか!」
 幹本の『トールハンマー』と呼ばれる強烈なブロックが落ちる。
 弾かれるボール、竜次が地面に叩き付けられるが……
「ディフェンス!」
 ファウルがコールされる。
 大和台メンバーがガッツポーズ。
(よし、人間越えダンクをやられて平常心を保てるはずがない)
 一臣が内心ほくそえんだ。
(おれ以外にはな)
 潮見タイムアウト。
「平常心を大切にしろ。いつもの練習を思い出せ!」
 ハゲ監督が厳しく言った。
 幹本は一言もなかった。
(くそ…くそ、くそっ!)
 考えると考えるほど、目の前に広がる黒い蒼が、それが消えた瞬間ライトのまぶしさが、とびこされた恐怖と衝撃がよみがえる。
「おい、おい幹本!聞いてるのか!」
「はいっ」
「深呼吸しろ!あんなことやられたら誰でも意識する。だが、だからってちぢこまることも無理をすることもない!
 スコアボードをみろ!あれだけの差があるんだ。大したもんだ!本来なら、向こうは絶望を受け入れまいと必死のはずだ。
 ここを試合開始と考えろ。試合終了まで、あと三十分の間に向こうを一点でも抑え、一点でも多く取ればいいんだ。チームメイトと自分の練習、いつものプレイを信じろ。絶対勝つぞ!」
「おおっ、絶対勝つ、」
「絶対勝つ、絶対勝つ!」
 唱和して気合を入れる。

「どや?」
 北野監督が、竜也の目を見ていった。
「流れは来かけてるけど、ラン&ガンを封じられてる事は変わらない。あと、リバウンドが取れてない」
 と、冷静に分析した竜也の目に、驚きに似た悔恨が宿った。
「そやな。お前いつまでシューティングガードのつもりや?そのガタイとジャンプ力なら、普通センターやで。みんなも、中できっちし仕事せなあかんやろ」
「はい……」
 皆深くうなずく。
「お前ら背は高いし、スピードやジャンプもある。どんどんインサイドでリバンと点とっていかなあかん。それに、声出てへんで」
「はい」
「幹本はええ選手や。去年の赤木によう似とる、シュートエリアの狭さもな。こまめにヘルプ、中に入れんようにすりゃええ。オフェンスでは中固めたら外や。誰か開いてるやろ」
「はい!」
 一臣と七緒、竜也が決意をこめてうなずく。
「反省なんて試合が終わってからでええ。せっかく流れがきてるんや、とことん楽しまなつまらんやろ。卓巳」
「え」
「何があったかはきかへん。ここにいることの幸せを忘れてへんのはわかっとる。ならもっと楽しそうにせんかい。」
「……」
 すべてお見通し。卓巳も、竜也と竜次も言葉がなかった。
 タイムアウトが終わりに……
「バスケットは好きか?」
 北野監督が、変わらない表情で。
 大和台みんなが、腹の底から叫んだ。
「声出して行くぞ、打倒湘北!」
 七緒が叫び、コートに飛び出す。

「竜次、余計なことは考えるなよ?ふつーにいこーな」
 卓巳が竜次の肩を抱くように。
「いっとくがな!」
 竜次は卓巳の胸を拳で軽く叩き、
「オレのほうがフリースロー成功率は上なんだぞ!」
 一投め……ボードの向こうで潮見大付属応援団が邪魔をしているが、厳しい目でにらみつけるとゆっくりシュート。ボールはリムに当たって、ボードに当たるとリングをくぐった。
「よっしゃあ!」
 卓巳が一番はしゃぐ。

 竜次がフリースローレーンに、竜也が目の色を変えて位置を取る。
「期待すんじゃねーよ、入れるって」
 竜次が苦笑し、瞬時に集中して撃ったボールはきれいに入った。
「よっしゃあ!」
「二十差!」
「さっさと逆転するぞ、ディフェンス一本!」
 大塚は表情をひきしめ、ゆっくりとボールを運んだ。
「幹本!」
 インサイドにボールを入れる。
「やはり信頼度が高い」
「ここ一番だな」
 圧倒的なパワーで背中を七緒に押しつけ、ドリブル。
「くっ……」
 七緒が固く歯を食いしばる。
「がんばって!」
 りえこの声。
 すっと、竜也が自然にインサイドに入った。
(重い)
 幹本は今までとは違う手応えを感じた。気迫に満ち、腰を落とした七緒はびくともしない。
(負けてたまるか!桜木のパワーを前提に頑張ってきたんだ)
 七緒の奥歯が悲鳴を上げる。
 幹本が鋭くボールを上下に揺すり、丁寧にターンして
「うらぁ!」
 ジャンプシュートの瞬間、竜也が大きく跳んだ。手が幹本の視界をふさぐ。
「高いっ!」
 ボールは手から離れたが、
「リバン!」
 七緒が一瞬早くポジションを占める。
 着地した幹本が押しこんでくる。
 リングに弾かれたボールに、幹本と七緒、竜也が跳んだ。
 激しいぶつかりあい、ひときわ高くジャンプした竜也がつかんだ!
「よっしゃあ!」
「ナイスリバン!」
 素早く離れた竜也が、小泉弟のチェックをひきつけて後ろの七緒にパスすると見せかけ、半歩倒れこむように抜いて竜次にパス。
 竜次は一気に高速のドリブルで切りこみ、
「一臣!インサイドに詰めろ、竜也、コーナーに回れ!」
「左気をつけて!」
 大声で叫びかわす。大塚の激しいプレッシャーでボールをはじかれ…るふりをして、体をボールと大塚の間に入れた。
 その瞬間、潮見大側のミドルポストあたりで、一臣がスクリーンになって卓巳がフリーに。
「パス!」
 声を出すまでもなく、
「決めろ!」
 竜次の鋭いパス。
 卓巳は声を出すことで、集中力が高まっていた。パスを受けたと同時に、ほとんど無心でシュート。
「リバウンドしっかり!」
 一臣が叫んでゴール下に。
 ボールはきれいにネットをくぐった。
「よし!」
「卓巳くん!」
「いい流れが出てきたな」
「でも無茶だ、こんな点差があるのに!」
「それがバスケってやつの面白さでね…」
「いけいけ大和台!」
 いけいけモードになった大和台応援席。
「つい今までお通夜みたいだったのにな」
 小泉弟が苦笑し、目の色を変えた。
 パスを受けると一気に切りこみ、兄のスクリーンを借りて竜也を抜いて鋭いジャンプショットが決まった。
「二十点差!」
「くそ、返すぞ!」
 竜次が鋭く大塚を抜き、一気に切りこむ。
「うおおおおっ!」
 気合を入れて、幹本の直前で微妙に緩急をつけた。瞬時にV字ドリブル。
「ちぃっ!」
 だがまだ遠い!
「パス!」
 一臣の叫びを聞いたものか、ボールを横にこぼした。
 受けた一臣は素早くその場でジャンプシュート、外れたが自分でリバウンドを取って、数歩横にドリブル。
「潰せ!」
 三人が囲もうとした瞬間、フリーだった七緒にボールが飛んだ。
 落ちついたロングシュートが決まる。
「二点か…まあいいや」
 決めた七緒は贅沢なことを言うと、素早く自陣に走った。
「これ以上やられるな!」
 小泉弟は叫ぶと、素早く自分で持ち込んだ。
「速い!」
「でも大和台の戻りも速い」
「足だけは負けねえ!」
 卓巳が叫んで立ちふさがる。一歩下がる瞬間、竜次の手が背後から伸びたが、その瞬間鋭く抜いてミドルシュート。
「リバン!」
 叫びとともに、一臣がポジションにつく。
 小泉兄が激しく押してくる。肘をぐりぐりとあごの下に押しつける。圧倒的なパワー。
 鼻をやられて力がわずかに抜けた、その隙に素早くポジションを奪い返した小泉兄が弾けたボールを取った、かに見えたが空中で一臣が下からボールを弾く。
 二人とも一瞬着地し、また鋭くジャンプ!一臣が高さでわずかに上回り、ボールを指先で弾いた。
「うおおおっ!」
 激しい声を上げて何人かが飛びつく。
「おおおっ!」
 七緒がボールをつかむと、竜也にロングパス、
「速攻!」
 叫ぶと一臣とダッシュした。
 竜也と竜次が一瞬で敵陣に飛び込む。
 竜也は丁寧に竜次にパスを返し、竜次が強引に斬りこむ。
「させるか!」
 ゴール下に立ちふさがる幹本。スピードを落とさず突っ込む竜次。
「強引だ!」
「潰せ!」
 幹本の巨体がコースをふさぐ。まるでフルスピードで壁に激突する車を見るように、観客皆が目を覆った。
 が、ボールは真横に飛んでいた。
「河合!」
 卓巳がフリーで受けると、素早くジャンプショット。決まった!
「よーっしゃあ!」
 大和台が大きくガッツポーズ。
「返すぞ!」
「おう!」
 アウトサイドに散らばった潮見、小泉弟にボールが。
(ファウルしてでも止めてやる)
 大塚をマークしつつ、竜次はダブルチームに入る瞬間をじっと待っていた。
(リターンはない。エースだからな)
 小泉弟はじっとためを作る。
 二秒…………三秒……
 竜也は右にダッシュする影を、確かに感じた。
 だが、次の瞬間高速ドライブが一歩、左に抜けている。
「おう!」
 気合を入れて飛び込もうとした竜次だが、ストップせざるを得なかった。小泉兄がしっかりその間をスクリーンしているのだ。
 鋭いレイアップが決まるのを、見ていることしかできなかった。
「くそっ!」
 ボールに飛びついた卓巳が、大きくロブパスを一臣に。そして一気にダッシュ、高いジャンプでリターンを受けてドリブル。
(アンセルフィッシュ、チームの勝ちが最優先)
 突っ込みながら皆の動きを見る。
 竜次が後ろから、高速で追っていた。
「頼む!」
 振り向きざまのパスを大塚がカット!
「くそっ!」
 一気に突進する大塚に追いすがるが、ボールはひょいと宙を浮く。
「アリウープ!」
 幹本が狙いすまして飛んでいる、
「うらぁ!」
 竜也がボールを叩き落としたが、キャッチしたのは
「ナイスパス」
 小泉弟!その場でジャンプショットの体勢。
「させるかよぉ!」
 卓巳の高いジャンプ!かろうじてボールに指先がかする。
「リバン!」
 弾けたボール、皆がゴール下に走りこむ。幹本と七緒が、小泉兄と一臣が激しくぶつかりあってポジションを争う。
 手の林が何度かボールを跳ね上げる。
 一臣が最高点で一瞬だけボールを手のひらでとらえ、スナップだけで視界の端にいた卓巳に!
「速攻!」
 叫ぶ竜次に、卓巳が鋭いパスを出す。
「止めろ!」
 潮見側の怒号。
 先回りしていた大塚がボールを跳ね上げようとしたが、素早いバックチェンジで抜き去る…と思ったらそこには小泉弟!
「くっ」
 卓巳へのパスラインはしっかり後藤がガードしている。
 その間に皆が追いつく…
「また速攻が潰されたな」
「大和台のスタイルにはなりきれないわね」
「パス!」
 右側のミドルレンジに回った七緒が叫ぶ。
 小泉弟がそのパスコースを封じようと体重移動した、そのわずかな隙を竜次が鋭く突いた。
 スピードに任せてカットイン、そのまま幹本、小泉兄の壁に特攻!
「うわあっ!」
 激突!双方が吹き飛び、フロアに叩きつけられる。
 それでも竜次が放っていたボールが、バックボードに当たってリングに…リムで二階回り、入った!
「うおおおっ!」
 歓声に混じってホイッスル……
「オフェンス、チャージング!」
「だあっ、ノーカウント!」
「惜しい」
「ディフェンスファウルだったらバスケットカウントで三点プレイだったのに」
「ナイスプレイ、竜次!」
 潮見側も強い拍手と
「ナイスディフェンス!シオミ!」
 絶叫で対抗する。
 さすがに顔を歪めて起き上がる幹本、そして派手なネックスプリングで跳ね上がり、拳を突き上げる小泉兄。
「竜次!」
 大和台の皆が気がつき、駆け寄る。
「なんでもねえよ」
 起き上がろうとした竜次だが、足がふらついて卓巳によりかかった。顔は血で真っ赤に染まっている。目が回るだけではない、『死神の大鎌』で足首も痛んでいる。
「おい、大丈夫か」
 北野監督はもう交代を指示していた。
「くそ、頼むぞ」
 そういう竜次の目は、切った額から流れこむ血で見えていない。
「紙一重や」
 北野監督が、軽く竜次の肩を叩く。
「痛いやろ、けどまた使うで、じっとしとれ」
 竜次は「また使う」の一言がたまらなく嬉しかったが、そんな自分の弱さが許せず表情を殺した。
「大和台にとっては痛いな、平均二十点の得点力がなくなるのは」
「ポイントガードとしてもチームの要だし」
「前半は出てこれないな、ファウルもある」
 潮見側は少しほっとしたように
「ポイントガード交代か。一年だな」
「だが中学時代の実績もあるし、侮っていい相手じゃない、早めに潰さないとな」
 試合再開。大塚が様子を見るように、静かに運び始める。
 哲太はしっかりとラインで待ち構えていた。
(いい構えと気迫だ、思った以上だな)
 大塚は気を引き締め、少し深く呼吸してリズムを意識した。
 哲太の強いプレッシャー。特に幹本と小泉弟とのラインを厳しく意識している。
 止まった瞬間、長い手が鋭く伸びる。ボールに指先がかすめ、ドリブルのリズムが狂う。
「じっ」
 鋭い息で立て直し、ドライブ……だが、哲太はスッポンのように追う。
「パス!」
 小泉弟の叫び。
「三十秒になるぞ、パス!」
 ダッシュした小泉弟にパス。
「うおおっ!」
 追いすがる竜也、が幹本ががっちりスクリーンをかけ、鋭いジャンプショットが決まる。
「よっしゃあ!」
「二十差!」
「だめだ、流れは変わらない!」
 ちら、と一臣が時計を見る。前半残り5分16秒だが、いつもの試合とは桁外れの消耗だ。
(向こうのフロントはパワーがあるからな、でも猛練習とりんごのスタミナ料理で体調は万全だ…まだまだいけるっ!)
 気持ちを切り替えると、哲太が丁寧に外から攻めている。
「パス!」
 素早く切り返して一瞬のフリーを得、パスを要求。
 その瞬間(もちろん大塚が反応したこともある)、哲太が素早いV字ドリブルで牽制し、きれいにジャンプショット…
「リバン!」
 一臣は叫びつつ走るが、哲太のシュートフォームを見れば必要がないことは分かっていた。
 ボールはきれいにリングをくぐる。
「よっしゃ!」
「スリーポイント!」
「ナイッシュ!」
 潮見はインサイドから反撃しようとしたが、哲太が大塚のパスを妨害してリズムが狂い、小泉兄のシュートが落ちた。
「リバン!」
 七緒が食らいつき、走っていた哲太にパス。
「速攻!」
「速いっ!」
 哲太、竜也、卓巳の鋭い三線速攻。
 大塚が追いつこうとすると素早く竜也に回し、そのままリターンを受けてスリーポイントライン近辺でわずかに緩急をつける。鋭いパスが竜也に行き、即座に大塚を抜いてダッシュしつつパスを受け、
「いけえっ!」
「小泉!」
「止めろ!」
 哲太が柔らかくレイアップに行くが、小泉弟が空中で追いつき、ボールを弾きつつ共に倒れた。
「ディフェンス!」
「ナイス小泉!」
 起き上がる哲太の手首に、鈍い違和感が走る。倒れざま全体重で肘を刺された脾腹も呼吸困難を生み、気持ち悪い。
(ち、もうか……ま、覚悟の上さ)
 哲太は軽く手首を振り、痛みを押し殺すと呼吸を整え、フリースローを二本とも決めた。
「あんなひどいブーイングで、よく決めたな」
「ブーイング?そんなのありましたっけ」
 卓巳が苦笑して哲太の頭を小突いた。
 潮見の応援団はかなりヒートアップしており、フリースローの最中も激しいブーイングをかけていた。
 もちろん、哲太のはらわたは煮えくりかえっている。
(感情は捨てろ!もうあんな事にはなりたくないんだ…試合に集中!)
 歯を食いしばり、感情を押し殺して大塚とのマッチアップに戻る。
 準決勝で苦戦した関北の能勢を思い出す。
 素早くコートを見回し、次を読む。
(弟、と見せて中。あくまで確率の高い選択、ここは)
 位置関係を見通し、わざと小さな隙を……幹本が外に踏み出さないと取れない方向に作る。
「筒井、ダブル!」
 哲太が叫ぶより先に、バウンドパスが幹本に。
「よっしゃ!」
「遠い」
 ゴールから少し遠い場所、しかも一臣も跳びこんでダブルチーム。
 ちらと小泉兄を探し、哲太がふさいでいるのを見てリングを見上げ、ドリブルで抜けようとしたのを七緒が素早く跳ね上げる。一臣がボールを取り、もう走っている哲太にパス!
 大塚に速攻は封じられ、厳しいディフェンスにさらされながら、哲太はコート中央でボールをしっかりキープした。
(いい場所を!)
 哲太が加速、ハイスピードで切りこむ…と見せて柔らかくパス。中央ならどこにでも出せる。
 七緒が外でボールを受け、きれいなレッグスルーで幹本を翻弄し、美しいジャンプショットを決めた。
 七緒と哲太がハイタッチ、
「ナイッシュ!」
「くっそおっ!」
「バカヤロウ七緒、松浦!」
「うまいな、緩急の使い方が」
「潮見ファイト!」
「七緒消えろ!自分とこの女子キャプテン捨てたくせに!」
「え、マジ?」
「見たかよ今、麻生応援席見てたぜ!」
「敵とやってる裏切りキャプテン」
「松浦は先生殴って罪着せたってよ!」
 潮見応援席から応援に混じり、罵声が混じる。
 哲太と七緒が凍りつく。
「気にするな」
「キャプテンこそ、クール、クレバー、コントロール」
 哲太がふと自陣を見る。舞が青くなっていた。
 目の前が一瞬暗くなるが、
「ディーフェンス!」
 応援の声でやっと目が覚める。
(そうだ、ディフェンス!)
 大塚がゆっくりしたドリブルから緩急をつけ、一気に抜き去ろうとする。
 哲太は軽くボールを弾いた。
「なっ!」
「冷静だな…」
 後藤がルーズボールにしがみつき、カットインしようとしたが七緒がたちふさがっていた。
 弾かれるボールを小泉兄がキャッチ、高いレイアップ…が、それも七緒が高いブロック!
「よっしゃ!」
「引っこめ!」
 罵声と言っていい潮見の応援も気にせず、七緒は幹本とがっちりマッチアップする。
 ボールを大塚に返し、建て直そうとする潮見。
 哲太が密着し、しっかりハンズアップして厳しくプレッシャーをかけている。
 長い手がボールを弾こうとした、かろうじて一瞬横に出してリターンを受け、強くゆすぶった…その時、低く構えていた哲太の顔を大塚の頭が直撃した。
 その隙に小泉兄にパス、と見たが、哲太はひるまずボールを弾く!
「くそっ!」
 ルーズボールを追う七緒……罵声など全く意識していない、花道の姿を追っているようだ。
 線を越えてダイブし、ボールに触れる…見回すと一臣が走りながらキャッチの構え!
「ヘイ!」
 にっと応え、投げ返して…自陣に激突した。
「キャプテン!」
 皆が駆け寄る。
「七緒くん!」
「浩士!」
 近くの麻生学園応援席から、りえこが駆け寄つけようとした。
「岡川さん!大丈夫だから」
 舞が素早く止める。
 りえこは一瞬泣きそうな顔で七緒を見つめた…七緒がしっかりとVサインをし、起き上がる。
 りえこはぱっと笑顔を見せ、Vサインと
「ナイスファイト!」
 の大声。七緒も笑顔で応え、チームメイトとハイタッチしてコートに駆け戻った。
 静かになっていた客席が爆発する!
 だが、その中にはくっきりと潮見側の罵声も混じっていた。
「麻生の選手は敵だろ、何いちゃついてんだ!」
「裏切り者がいるぞ!」
「女子キャプテンもな、彼氏寝取った敵と友情ごっこしてんじゃねー」
「このロリコン!(りえこは身長も低く童顔)」
「いや、妹尾舞がふったんだってよ」
「ってことは、本当は」
「どろどろチームなんてめじゃねー、いけいけシオミ!とっとと片づけろ!」
 大塚に向かってドリブルをしていた哲太のリズムが乱れ、奪われた。
「気にするな!」 
 七緒が叫ぶ……哲太が凄まじいスピードで取り返し、一瞬減速してから一気に加速してゴールを狙う。幹本が待ち構えるゴール下に。
 鋭くターンして
「強引だっ!」
 踏み切り、高いジャンプショットを狙う。
 幹本の巨体が同時に跳び、丸太のような腕がボールごと哲太を吹き飛ばす!
 地面に叩きつけられた体、恐ろしい音。
「先公に女寝取られたボケが」
 倒れてうめく哲太に、潮見応援席からの罵声が刺さった。
「ディフェンス!インテンション」
 哲太が何事もなかったように立ち上がる。が、目が変だ。
「そんなこと、あったの」
 舞が口を覆った。
「噂で聞いたんだけど……それがきっかけでその先生を殴って、その拍子に倒れたロッカーで自分が怪我をしたって。その先生は処分をかぶって辞めたみたい、それから結局その女子と先生が」
 事情通のまいが答える。舞は
「心の傷ね、たまらない」
 と、胸を押さえてコートを見つめた。
「よせ!」
 七緒が慌てて両手を広げ、駆け寄る、が哲太は握り締めた拳を解いて手首を振り、敵ゴールを見つめた。
(燃える氷)としかいえない目に、卓巳がぞっとした。
 交代するか、などだれも言えなかった。第一フリースローがある…
「切れてるのか?切れてて入るはずがないよな」
「いや、」
 竜也が軽く肩をすくめた。
 哲太は黙ってゴールを見つめる。
 罵声がひどい。
「その女もひどいな、先公誘惑するなんて」
「バーカ、お・と・せ!」
 ぞっとするほど美しいフォームで放たれたボールが、そのままリングをくぐる。
 二本とも、スイス製時計のような正確さ。
 インテンショナルファウルで大和台ボール、竜也がスローインしたボールを哲太が受け、むしろゆっくりしたペースのドリブルから、顔を突き出して次の瞬間加速、びっくりした大塚と小泉兄を振り切る。
「疾い!」
「いや、緩急のつけかたがうまい」
 壁のような幹本、鉈のように手が降ってくる!
 その腕を顔面に受けながら、哲太は一九〇センチ台の林の中からボールを放った。
 森からヘリコプターのように飛び出したボールが、リングに吸い込まれる。
「うおおおおおおおおおお!」
 観客が絶叫した。
「バスケットカウント、ワンスロー!」
 得点は入った上、フリースロー一点分。
「やるのか、哲太」
 答えない哲太に、竜也が震えた。
「ありゃあ……カントク、松浦をフォワードに使えないか?一臣がボール運びやるから」
 竜也が進言した。
「あの時に戻る気…南中相手の予告十本、止めようがなかったわ」
 と、ぶるっと肩を震わせる舞。
 北野監督が、不敵にうなずいた。
 フリースローはあっさり決まる。
「一年坊主にこれ以上やらせんな!」
 罵声にも似た応援。
「絶対決める!」
 大塚が哲太をしめだして後藤を軸にボールを回し、小泉兄弟のピック&ロールが決まった。
「さすがっ!」
「双子だけあって息合ってるな」
「二桁に戻したぞ!」
「いいぞ、負けるな!」
 すかさず反撃、一臣がまずボールを持ち、静かに前線に運ぶ。
「何!」
「長身選手がポイントガード?」
 驚く皆、大塚が止めようとする。
(うまい!)
 一臣のドリブルに驚く。
 ワルツを踊るように回って、ボールを進める。
 一瞬鋭くドライブ、瞬時にストップ!スリーポイントと見せ、ボールは人の隙間を縫って飛ぶ。
 哲太が受け取ると、また人の林に強引かつ巧妙に突っ込んでふわっとフック気味のレイアップ!
 凄まじいスピードに、誰も反応できなかった。
「うおおっ!」
「筒井ってポイントガード向きじゃねえか?」
「すごいパスだ!」
「なんてドリブルだよ!」
 ベンチが驚く。
「一臣!」
 りんごの声。一臣は軽く親指を立てる。
「かっこいいわ…」
 朱菜を含む数人の女子が気絶しそうになった。
「くそっ……」
 小泉弟がつい、無造作にしてしまったスローイン。突風……哲太が奪うと、また誰も反応できないうちにダンクシュート!
「あ」
 皆開いた口がふさがらなかった。
「くそぅっ!」
 我に返った幹本がきちんと大塚にスローインを返した。
「一本取り返すぞ!」
 大塚が丁寧に運ぶ。
 それを哲太が送り狼の厳しさで、口から泡を吹くように追った。
「しつこい…」
 舌打ちをした大塚。プレッシャーが激しく、外に追い出される。
「パス!」
 小泉兄が叫ぶ。
 大塚の体が大きく伸び上がり、パス、と思ったら深く沈んだ。
「フェイク!」
 大和台ベンチの悲鳴、だがボールはいつのまにか哲太の手に。
「うおおおっ!」
 そのまま、哲太が凄まじいスピードでゴールに突進する。
 後ろから小泉弟が追いつく。
 ふわりと飛んだ哲太を迎撃しようとするが、哲太の手は横に流れ、ボールはバックボードに当たってリングに吸いこまれた。
 着地の瞬間哲太の体が横転し、顔面をパイプいすが直撃する。哲太は飛び起きると血ごと折れた歯を吐き捨て、鼻血をすすってスローインから厳しく当たった。
「おい、無理するな」
 七緒の声も聞こえていない。
 額からの血や鼻血もおかまいなし。だが、その表情は…むしろ明るい笑顔にさえ見えた。
 鬼気迫る気迫に、観客席がいつしか静まりかえっている。
「くそおっ!」
 悲鳴にも似たスローイン、
「冷静に!」
 大塚は必死で叫び、深呼吸…その瞬間危なく取られそうになったがかろうじてキープ、ロブパスを後藤につなげた。
「じっくり回していこう!」
「ここは守るぞ!」
 七緒も負けじと叫ぶ。
 潮身は外を大きく回し、小泉兄に。
 ドリブルで牽制してディフェンスの上からシュート、
「リバン!」
 がっちりとった小泉兄、だが着地の瞬間一臣が叩き落とす。
 そのボールを弟がフォロー、フェイダウエイ!
 が、それも外れ、外に回すのを哲太が弾き、倒れながら抱きかかえる。
 それに幹本らが肉食獣のようにのしかかり、食らいつく!
 くんずほぐれつの格闘…審判が必死で引き分ける。床も服も血で汚れている。
「熱くなるのはいいが、どちらも方向性を間違えないように!危険なプレイが多いぞ!」
 警告を入れてジャンプボール。
 高さで弾いた幹本、受けた小泉弟が瞬時にドライブ!だが、哲太が強烈にブロック、共に崩れるように倒れた
「ディフェンス!」
 哲太のファウル。フリースローの一本目は入るが、二本目が外れる。
「返すぞ!」
 一臣がリバウンドを奪い、竜也と短く交換してハイペースで運ぶ。
「筒井ポイントガードのままか!」
「チェック厳しく!」
「ヘイ!」
 哲太が太陽のような気迫を叩きつける。
 フリースローサークル付近で、パスを受けたと同時にターンしてジャンプショット。
「うつのか?」
「はやいっ!」
 あっさり決まった。
「だがあれは自己中心的なプレイだ、落としていたらカウンターチャンスだったな…まてよ、流川は同様なプレイから支配力を見せつけたが…違うよな、全然」
「一点差!」
「とらえたっ!」
(くそ、くそ、くそっ!ちっしょう!梨花やキャプテン、舞キャプテンまで、があっ!)
 哲太はもう、頭が熱くなっていてゴール以外何も見えなくなっていた。痛みも何も分からない。
「取られたら取返すぞ!」
 インサイドからアウトサイドに回し、後藤がシュートと見せてカットイン!
「させるか!」
 卓巳が追いつくが、ボールは下に弾む。
「兄!スイッチ!」
 スクリーンを借りた小泉兄がボールを取り、スピーディーにゴール下に。だが、哲太が戻って襲いかかる。
「ミスマッチ!」
「いけえっ!」
 小泉兄が強引にいくのを、哲太も負けじと……ゴール下で激突!
「ディフェンス!」
 ファウル、タイムアウト。
「お前ら、あの一年坊主に何点くれてやるつもりだ!奴は中学を卒業したばかりだぞ!」
「松浦だけじゃない、筒井がリバウンドやパスでうまく支えてる。地味だけどすげーよ」
「あれが…南中相手に予告十本決めた…」
「うちの中学部は全中で南中に勝ってるんだ!」
「それも、アメリカに行っちまったほうの小泉がいたからじゃ」
「あんな奴のことは忘れろ!ここにいるメンバーは南中より、奴より上だ!」
「くっそ……追いつかれてたまっか」
 同じ一年の後藤が歯噛みをした。
「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ」
 哲太は傷ついた野獣のように舌を出し、激しい息をついていた。
 休むと激痛で意識が遠くなる。脇腹、足首、手首、肘、鼻、折れた歯、切った口、頭、吐き気、ゆがむ視界……だが、それも心身から湧き出すような、熱い光のような感覚に圧倒される。
 鼻血を吸い、口にあふれる血ごとのみくだす。
 大判バンドエイドをはったりしながら、女子キャプテンの妹尾舞が声をかける。哲太と目が合う……互いに何も言えなかった。
「おい、無理をするな!」
「ナイスファイト!でもな、すこしプレイが自己中心的だし乱暴だぞ?お前はもっと冷静なプレイヤーだろ」
 七緒が哲太の肩を抱くように
「やじは気にするな!集中して、マイペースでいこうぜ」
 いうが、哲太の口からはなんともいえない――グジャア、という感じの声が漏れただけだった。
「哲太!こっちみい」
 北野監督がじっと哲太の目を見る。
「バスケットは好きか?」
 哲太は一瞬凍りついた。熱くなった頭は、それに応える余裕がなく…本能的にうなずいただけだった。
「みんなも、こいつの闘志に応えようぜ。攻め気だ!リバウンドだ!絶対追いつけるぞ!」
「おうっ!」
 タイムアウトが終わる。前半残り36秒、34対31、三点差!
 フリースローの一本目が入り、差は四点。
 二本目、リムに当たって弾けて、
「リバウンド!」
 哲太が猛然とボールを取る。
「出せっ!」
 囲まれたのを一臣が取るが
「当たれっ!」
 潮見は猛烈なプレッシャーをかけた。
「く…」
「出せ!」
 哲太が駆け寄る、
「松浦には渡すな!」
 二人が線上をふさぎ、プレッシャーをかける。
 一臣は強引にパス、と見せて手首だけで弾ませ、プレス突破!
「よっしゃあ!」
「くそ」
 ディフェンスが回り込む瞬間、手を背中に……ノールックパスを警戒したが、からかうようにボールは弾んでもう一方の手に回っていた。
 一気にカットイン!
「うらああ!」
 幹本が叩きつけたボールは、竜也の手に。
「うわあっ!」
「狙撃手!」
「潰せ!」
 小泉兄弟が必死で跳ぶ。シュートフォームからボールは斜め下、
「松浦!」
「哲太!」
 客席が爆発するように沸く。
 素早く小泉弟が回る!
「おおっ、弟が来たぜ!」
「大塚も、ダブルチームだ!」
 静かな立ち上がり、客席が息を呑む。
 ゆっくりとアウトサイド、センター方向にドリブルで回る。
「残り15秒」
 徐々に動きが早まり、小泉弟の肩にスクリーン体勢の一臣が触れた
「あ」
 瞬間、皆が哲太の姿を見失った。ゴール下で待ち構える幹本をのぞいて。
 スクリーンを利用できる方向とは逆に床をなめるように沈み、銃弾のような急加速で二人のわずかな隙間を突っ切る。
「トールハンマーだ!」
 巨木のような幹本。哲太は急減速し、エンドライン沿いぎりぎりにボールを運ぶ。
「追いつめられた!」
 だが、体半分だけの隙間に体をねじ込むように急加速、飛び上がってダンクを狙う!が、横の幹本と後ろの小泉兄が容赦ないブロック、哲太の体がはねとばされ、ボールは…ふわりと舞い上がる…リングに向かい、吸い込まれた!
「うおおおっ!」
「二点差!」
「とらえたっ!」
 頭から、バックドロップの角度で床に叩き付けられる哲太に、勢いあまって崩れた小泉兄が膝からのしかかる。
「うわあっ!」
「哲太!」
「今度こそ死んだ」
「今の、わざとだろ!」
「コイツが危険なプレーをするからだ!」
 幹本が叫ぶ。
「おい、時計は止まってない!」
 大塚が小泉弟にロングパス、一気にダンクが決まる。
(今のは気が抜けたな、ミスだった)
 七緒が反省し、自分の両頬を叩く。
「残り六秒!」
「当たれ!もう一本取るんだ!」
 潮見が厳しくスローインから当たる。
 一臣が七緒に入れ、逆に七緒が一臣のスクリーンを借りて抜ける。
「三…二…」
 かろうじて立った哲太が前線で手を上げる!
「させるな!」
 必死で小泉兄弟が哲太を止めようとする、強いパスがハーフラインでフリーの竜也に!
 前半終了のホイッスルと、ほぼ同時に放たれた超ロングシュート…バックボードに当たり、音を立ててリングを抜けた!
「ヒット!」
 ライフルを模したいつものポーズが決まる。
「入ったああああっ!」
「ブザービーダー!」
「スナイパーっ!」
「っしゃあああっ!」
「うわああああっ」
 一臣、哲太、竜也が強くハイタッチを交わす。
「残り一秒逆エンドラインでもこいつにボールを渡しちゃだめだ、ブザービーダーは一度しか外したことがないからね」
「自慢すんじゃねーよ、それ自分がブロックしたからって」
 一臣と竜也が拳を軽くぶつけ合う。
「去年の全中、二試合もそれで逆転勝ちしてるからな!」
「大和台ルーキートリオ…凄すぎるな」
「松浦、なんなんだよ…流川みてーだ」
「いや、まるでアイバーソンだ」
「松浦!松浦!」
「武上!タケガミ!」
「後半もがんがん行けよ、スナイパー!松浦!」
 ワンサイドゲームから一気に盛り上がった試合に、観客席は湧きあがる。潮見大付属応援席は野次を飛ばそうとしているが、それもかき消す。
 が、それが一種の悲鳴に変わる……哲太が崩れ落ちたのだ。

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