Dunk Like Lightning


第11章 直射日光

 湘北と海南、決戦の朝。
 集合の時、いつもは一番乗りの花道が遅刻。
 晴子の目にくま。誰が見ても寝ていないと分かる。
「おせーぞ花道!」
 宮城が怒鳴るが、花道はゆでだこになって硬直している。
 晴子の姿を見た瞬間、心臓が大音響で轟く。
 心臓の音しか聞こえない。
 晴子も真っ赤になってうつむいている。昨日、二人に何かあったことは一目でわかる。
「なにがあったの?聞かせなさい、桜木花道」
 彩子が、からかうように。
 花道は照れくさげに三千代に笑顔を向け、三千代は黙って微笑む。彩子はそれで、なんとなくわかった。
「頼むから、試合にだけは影響させんなよ!」
 宮城が、おもしろ半分べそ半分。
 流川がやれやれと肩をすくめた。
 元木は、目を伏せて微笑んでいる。
「そういえば、流川君の好きな人って誰?」
 晴子が、空気を変えようと爆弾発言をした。
「確か『気になってる子がいる』って。」
「うるせ、関係ねーだろ」
 流川の表情は変わらない。
「てめーっ、ハルコさんが聞いてるのに無視すんな!」
 と、花道がなぜか突っかかる。
 流川自身、『別に気になってる子がいる』は考えていった言葉ではないのだ。なんとなくにすぎない。
 昨日は、海南戦で頭がいっぱいだった。
 今更になって、誰が気になっているのか考え始めてしまった。
「なあんですってええええええええ!」
 地獄耳のファンクラブが、かけつけてきた。
「いやああああああああああああああああ!」
「そんなのない!」
「ウソって言って!」
 この騒ぎで、中田がわざわざスキンヘッドにし、ヘッドバンドまでしてきたことは誰も注目しなかった。
 風馬の異常な緊張感も。
「さて、まあそれはそれとして」
 と、どう収拾をつけたのか宮城キャプテン。
「決戦の意味は言うまでもないな。インターハイに行けるかどうかだ、絶対勝つぞ!」
「おおっ!」
 円陣を組んで気合いを入れ、控え室に向かう湘北。
 桜木軍団がやってきて、
「よう花道、どうしたんだ?まさかハルコちゃんに告白したのか?」
「前人未到の五十一連敗?」
「おい!」
「まさか…まさか」
 花道は真っ赤になって頭突き連発、苦しい息の下から洋平たちは、真っ赤になってうつむく晴子を見た。
「まさか…」
「雪が降るぜこりゃ」
「試合どうなるのかな」
「今日はそれどころじゃねえな」
「そういえば、新島玲からメールもらったんだ。大和台がヤバイから協力してくれって」
「面白そうだな」

 十八年連続インターハイ出場記録をかけ、手負いの獅子となった海南と、湘北がついに激突する。
 満員の体育館。
 午前、陵南は翔陽に、前半こそリードされたが仙道と福田の活躍(福田は40点17リバウンドのダブルダブル、仙道は32点、18リバウンド、9ブロック、15アシストのトリプルダブル)で97対71と勝利、優勝を決めた。

 海南vs湘北、試合前の練習…そこで、花道が突然、ボールを持ったまま係員席に向かった。
「あのバカ!一体」
 宮城の悲鳴、
「何かね、君!」
 花道はマイクを取り上げると、
「困ります!」
「えー、」
 素晴らしい大音声で
「レデイースエンドジェントルメン、ただ今よりスラムダンクコンテストを行う!よかったら立って、すごくよかったら立って片手をあげて、ものすごくよかったら拍手!駄目なら遠慮なくブーイングしてくれたまえ!」
 ビデオを見せられた、オールスターダンクコンテストに触発されてか。
「では早速、一番、天才桜木花道!」
 言うやボールをつかんで一気にダッシュ…
 フリースローラインを踏んでジャンプ、そのまま片手ダンクがゴールをぶち抜いた!
 そのまま、ゴールにつかまった体が振り子のように揺れる。リングが折れそうなくらいきしんだ。
「う、おおおおおおおおっ!」
「すげえっ!」
「いや、何てことしやがる、あの馬鹿!」
 観客は呆れて腰が抜けていた。
「やりやがったな、花道」
 桜木軍団は大喜び。
「おれたちも参加したいな」
 仙道が言って、田岡監督に怒られた。
「ふっ、天才!」
「バカヤロウ!」
 宮城が鳳凰脚。
「没収試合にされたらどうすんだ!」
「くそ…」
 海南側で、呆れていた清田が、
「乗ってやろーじゃねえか!」
「おい、」
 神の止める声も聞かず、一気にドリブルしてジャンプ、空中で体をひねってバックダンク。
 そして、リングで弾みをつけると空中でいったん手足を縮め、大きく伸ばして体操のように着地!
「どうだっ!」
「うおおお!」
 観客が一斉に立ち上がった。
「よーし、今度は」
 風馬が一気にドリブル、ジャンプ…左手でリングの下からボールを突き出し、上から右手で押し戻して、ボールを両手にはさんだまま右手首でリングにぶら下がった。
「おおおっ!」
「反則だけどすげえ!」
「どうだっ!」
 着地し、海南の服部に視線を叩き付ける。
 彼は無視。ドリブルシュートを繰り返す。
 次は流川が、無言でドリブルからジャンプ、空中で脚の間からボールを通し、ひねりを加えてバックダンク。
 もちろん客席、特に親衛隊はパニック状態。
「ぎゃーっ!」
「今回だけはありがとう赤坊主!おかげですごいものが見れた!」
「きゃーきゃー!」
 飛び出した三千代が、
「無理しないでください!ぶり返したら」
 と、叱りつけた。流川は、陵南戦で足首を痛めている。翔陽戦ではプレイタイムも短く、痛みを訴えなかったが…大きな不安要素だ。
「大丈夫、痛みはなかった」
 流川は乱暴に言い放ち、ボールを取り直す。
 トムが今度は空中で、一回転体をひねって両手、リングがきしむほど激しいスラムダンク。
「コレアメリカ本物のダンク、サーティーシックスティだ!」
 上原も、一回レッグスルーダンクを失敗したが、二度目で決めた。
「なんかすごい事になってるな…」
「日本の高校生とは思えん」
「NBAオールスターか神奈川は」
「おい、ゼロ!お前の番だよ」
 花道が元木にパス。
「頑張って!」
「晴子ちゃん、煽ってどうするの」
「よし」
 元木は一気にドリブルしてジャンプ、二度ボードと手の間でドリブルしてからダンク。
 もちろん大歓声!
「お前はやらないのか?」
 神が服部に問い掛けたが、彼は
「意味があるとは思えません」
 と、無視した。
「あいつ…」
 その背中を、風馬が殺気をこめて見つめた。
「ヤス!ちょっと五百円玉貸せ」
「一体何?」
 と、五百円玉を受け取った花道、バックボードに向けてジャンプ!
「え?」
 どん、と空に伸び上がり、バックボードの上端に触れて着地した。
「え、え…」
「まさか」
 五百円玉は、ボードの上に。
「うおおおおおっ!」
 今度こそ観客層立ち、両手を振り上げた。
「あんにゃろう…なんっておいしいまねを」
 清田が歯噛みをしたが、彼には無理だ。ジャンプ力はそんなに変わらないが、身長が違いすぎる。
 花道が跳んでコインを回収しようとしたが、その前にコインにボールが当たり、コインを吹き飛ばした。
 花道はむなしく着地、
「だれだジャマしたのは!」
「神!」
 スリーポイントラインの外からバックボードに乗ったコインを、まさしく『神』業。
 流川が、
「延長戦だ」
 と一言、走って軽くボールを放り上げ、ジャンプして膝を曲げて一度両手で足首をつかみ、それからボールをつかみ直してダンク。
 親衛隊席が爆発した。
「ジャップにマケるか!」
 トムが、今度は空中で半回転…わざと後頭部をバックボードにぶつけて、右腕を大きく振りまわし、全身をきれいに伸ばしてボールをリングにぶちこんだ。
 酔ったように見入っていた係員が、思い出したように
「三分前です!」
 と、練習を止める。

「集合!」
 海南では、苦い顔をしていた高頭監督が手を強く打ちあわせ、
「気持ちを切り替えろ!清田、上原」
「はい」
「すいません」
 しゅんとしているが、やはり高揚している。
「気圧されるな!あんなの、試合じゃ意味はない。服部の言った通りだ。試合は全部員が全力を尽くす。常勝海南の名にかけて、必ず勝つぞ!」
「はいっ!」
「前半の目的はただ一つ、桜木をコートから追い出すことだ。武下、上原、ダブルチーム・トリプルチームで徹底して守れ!ラフプレイもかまわん。それとオープニングダンクだけは絶対阻止しろ。やられると、勢いがつく。
 流川やトムにやられるだろうが、恐れるな!とにかく桜木をコートから追い出す、それが最優先だ。あいつがいる限り、神がスリーポイントを打てんからな…」
「おう!」
「流川は清田、お前が封じろ。」
「まかせんしゃい!」
「攻撃だが、ツインタワーのいる湘北相手にリバウンドでは不利だ。時間いっぱい使って、確率の高い選択。
 ただ、あきらめずにしっかりとポジションを取れ。去年の河田を思い出せ!飛ばせなければいいんだ。」
「はい。」
「迷うな、ためらうな、一歩も引くな!」
「はいっ!」
「どれだけの練習をしてきたか、思い出せ。自信を持て!攻めて攻めて攻め抜いて勝つ、それが常勝海南だ!」
「はいっ!」
「よし、海南…」
「ファイ、オオシ!」

 湘北ベンチでは、
「ほっほっ、いい気分でしたか?」
「あ、ああ」
「いい気になんな、花道。あんなの、ほとんどただの生まれつきだ」
 宮城は…ダンクができない。
「これから、今のダンクコンテストより楽しい事が待っています。本当に強い相手と全力で、思う存分バスケットを楽しんでください。」
「そして必ず勝つ!インターハイに行くぜ!」
「おおぅっ!」
「去年、ダンナがいったことを思い出せよ。今おれたちが、ここにいるのを当たり前だと思うな。一年ズ、トム、おととしまでの湘北は、予選の一回戦にも勝ったことがなかったんだ。
 でもな、去年赤木さんが頑張った。流川が入った。花道が成長した。三井さんも、オレも戻った。木暮さんも、みんな頑張ってここまで来た。そして、負けたんだ。」
 花道が、去年のパスミスを思い出したか震えた。晴子が、優しくその腕に触れる。
「絶対勝つぞ、花道!」
「あ?」
 晴子の手に落ちついている。パスミスのことは頭から吹っ飛び、もう闘志が前面に出て、爆発寸前。
「リバウンドは頼むぞ!そしてすぐ決めろ!」
「おうよ!」
 晴子が自分の行為に気づき、首まで真っ赤になった。
 トムが進み出て、手を挙げた。
「なんだ?」
「今マデ、ヒトリデプレイしたが、負けたくナい。声ダスから、そのトオリに動いてくれ。」
 安西がその表情を見つめ、
「わかりました。任せます。」
 と、笑みを浮かべた。
「ヲまえら、アメリカのチームほどの力ないが、あるツモリで行く。」
 頭は下げていないが、必死の表情。
「流川、いけるか?」
 宮城が流川に、心配げに。
 流川が、陵南戦で痛めた足を三千代に差し出した。
「元木くん」
「はい、ミントとローズマリー、バジルとマージョラムのブレンド」
 三千代は元木が用意していたエッセンシャルオイルを患部に塗り、軽くマッサージした。
 彩子が指導し、しっかりとテーピングをやり直す。
 流川は黙って、軽く足首を振った。
「どう?」
「腫れは引いています。」
 三千代が、彩子にうなずいた。
「頼むぞ。」
 宮城の声に流川が閉じていた目を開け、軽く足元を確認する。
「よし、声だしていくぞ!湘北、」
「ファイ、オオシ!」
「絶対勝つぞ!」

 満場の観衆が、息を呑む。
 試合開始、ジャンプボール。花道が、上原のはるか上から宮城にボールを叩きつける。
 そして、海南ゴールに向けてダッシュ!
「止めろ!」
 上原と武下が、必死で追いすがる。
 花道は速さで引き離そうとしたが、武下が半ばタックルに近いファウルで、花道を強引に押し倒した。
「うわ!」
「おい!」
「ばかやろう、ラグビーじゃねえぞ!」
 客席や湘北ベンチから、悲鳴が上がる。
 ホイッスル。
「なりふり構わず潰しやがったな」
「ひでえ」
「後がないからな」
 怒りに燃えた花道が、突進しようとする。
 宮城が必死で止めた。
「ばかやろう、退場になったら海南の思うつぼだろ!」
 スローインはトムに、そのまま鋭く切り込んでミドルシュート。あっさり決まる。
 海南の反撃、あえて中にボールを回した。
 花道が立ちはだかるのを、強引に攻める、と見せて外の清田に回した。
「ハンザップ!」
 トムが叫び、素早くマークする。
 清田が左右に揺さぶり、抜こうとしたがトムがあっさり奪った。
「レッヘッ、ゴー!」
 叫ぶと、数歩ドリブルしてから高いパス。
「高すぎる!」
 悲鳴が上がるが、花道が凄まじい速さで追いすがり、バッタのように舞い上がった。
 空を数歩走りながら、ボールを取ってダンク軌道。
 が、海南の控えだが、そのためだけにスタメン出場した選手が、強引にジャンプ。
 どちゃ!
 肉がぶつかる鈍い音、控え選手は床に叩き付けられ、気絶。花道もひっくり返り、うめいている。
「ふんぬーっ!」
 怒って殴りかかる花道に、宮城と中田が必死でしがみついた。
「落ちつけ花道!」
 海南のインテンショナルファウル。
 花道のフリースロー、いつも通り下手投げで、一本目が見事に入る。
「あれ、一度試しにやってみたけど、全然入んなかったぜ」
 清田が呆れた。
 二投目。
 ゆっくりと狙いを定め、ふわりとボールが上がる。
 また、きれいにリングを通った。
「練習してたからな」
 宮城が苦笑気味に。
 そして湘北ボールでスローイン。
「この一本は取るぞ!」
「止めろ!なんとしても一本取り返すんだ!」
 中田が、上原とにらみ合う。
 大きく跳ぶと、高くトムにパス!
 トムは、ディフェンスの神を抜いて左を指し、軽く指を振ると
「ゴー!」
 叫ぶとボールを取って、右に一歩ドリブル、足の間を鋭く通す、と思ったら後ろからボールを左後ろに飛ばす。
 流川が、ボールを取ると小さなシュートフェイク。
 清田が跳び、空で後悔する。
 ボールは中田の手に吸い込まれる。
 上原が必死で跳ぶ。高いブロック、が、ボールは追う花道に!
 清田が走り、武下とダブルチーム。ヘルプが早い。
「ふぬ!」
「外出せ、花道!」
 宮城が後ろで叫ぶ。
「ふぬ」
 花道の腕に、清田の肘が当たった。
 武下が、半ば肩から体当たりする。
「審判!押してるぞ」
 宮城がわめくが、巧みにごまかすと厳しいディフェンスを続ける。
「ふぬ!」
 花道は強引に突っ込んでジャンプシュート、清田が吹き飛んだ。倒れて起き上がらず、足を抱えて痛がる。
 ボールはリングを抜けたが、オフェンスファウルでノーカウント。
「なんでオレのファウルなんだ!向こうが」
 わめきかけたところで、流川の蹴りが入る。
「よせどあほう。テクニカルでも一つファウルもらって、向こうに点やる気か」
「ふんぬー!」
 そこで
「桜木君。流川君」
 と、穏やかな声。
 花道の右ストレート、流川のハイキックがおたがい寸止め。その体勢のまま、ふたりがそっと振り向く。
「しばらく頭を冷やしなさい」
 安西監督の静かな一言。容赦なく、交代。
 その、あまりに早く唐突な交代に、高頭監督は度肝を抜かれた。
 湘北の柱である二人を外す!
「こちらの意図を読んだのか?流川の怪我も完治していないのか?」
「ほっほっほっ」
 と、安在監督が笑った。
「トムくん、好きなようにチームを動かしなさい。ハンドサインを多く、声なら日本語、英語なら簡単な単語でおねがいしますよ。みんな指示に従うこと。」
「桜木花道、今なんで流川とケンカしたの?」
 彩子が問いかけた。
 花道が愕然とする。晴子のことは決着がついた。ケンカする理由はない。が、憎悪とは微妙に違う、高揚感のある感情が残っている。
「それはそれ、で、あわ、」
 花道は混乱してしまった。
「せっかく同じチームなんだから、これからはもっと協力したら」
 彩子は無責任に言い捨てると、スコアブックに目を戻した。
 花道は頭を抱えている。
 三千代が、流川の脚をチェックした。
「痛みはありますか?正直に言ってください」
「……ある。でもプレイはできる」
 三千代はうなずき、テーピングを確認して微笑む。
 その微笑に流川は深い安心感を覚え、目を閉じた。
「深呼吸して、リラックスしていてください」
 流川が体の力を抜く。その表情から険しさが消えた。
「まさか」
 彩子が、軽く驚いた。

「流川と桜木が抜けたんだ、ここで離すぞ!」
「おう!」
 海南は意気ごんで試合再開。
 湘北は花道にかわって元木、流川にかわって安田で、宮城、安田、トム、中田、元木のチーム構成。
 風馬が出たいと直訴した。
「勝負したいのか、服部と」
「あんな奴関係ない!」
 宮城は真剣な表情で、
「この試合には全国がかかってるんだ。あとで出ることはある、体はあっためとけよ」
 と、退けた。
 海南は陵南戦と同じく服部、神、清田、武下、上原。
 海南ボールでスローイン、服部が直線的なドリブルで突っ込む。
 宮城が追いつく。中田が、ダンクを阻止しようと立ちふさがった。
 服部は強引にジャンプし、空中で横…右コーナーに鋭いパス!
 そこには神。
 が、トムは完全に読み切り、あっさりパスを奪うとコート中央にいた安田にロングパス。
「ファスブレッ(速攻)!」
 トムが指したのは元木。海南側へ走りこんでいる。
「させるか!」
 清田が追いつく。
 安田が元木にパス、元木は横向きに受け取ると中田に返した。
 元木がすぐジャンプしたため、リターンパスからのダンクを予想した清田は混乱、中田の素早いドライブ。レイアップがあっさり決まる。
「くそ!」
「とりあえず一本!」
 高頭監督が声をかける。
 海南は、じっくり陣を張った。
 神を中心に、ゆっくりとボールをまわす。
「ハンザッ!」
 トムの声が会場を圧する。
「オーケー!」
 元木が、叫んではにかみ、
「いいぞ、声だして!」
 晴子の声援にほっとする。
「ゴール下に初心者みたいだけど二メートルがいる。海南にはかなりのプレッシャーだな」
 客席の仙道が興味津々。
 シューターの彦一が、
「あれは怖いで。神さんに同情するわ」
 と、身震いした。
 宮城は、服部からやや距離を置いて、がっちり腰を落として守っている。
(外はねえはずだ。去年のオレとにたようなもんか、)
 苦笑しそうだ。
(ドリブルはあめえな)
 トムが、右手で神にプレッシャーを与えつつ、左手で中田を呼んだ。
 神が、ドリブルのリズムを微妙に変える。
「シュートか?」
 皆が覚悟を決めた瞬間、神が左に鋭くドライブした。
 トムが武下にぶつかる。
「スイッチ!」
 叫びに応じて中田が飛び出し、シュートされたボールを弾き飛ばした!
「なにいいっ!」
「全部お見通しか!」
 こぼれたボールを清田が拾い、ジャンプシュート。
 が、目の前に壁が。
 元木がボールを、あっさりつかむ。
「あの打点の高いシュートをキャッチだと!」
 観客席で、仙道が呆れた。
「でけえぇぇぇぇえ!」
「くっそー、うどの大木めっ!」
 清田が歯噛みして走る。
「パス!」
 トムがダッシュした。上原が反応できない、凄まじい速さ。
 服部が、脚では追いついている。
 元木は高さを活かして両手で弾みをつけ、思いきり投げる。
 トムは一瞬振り向いて軌道を確認、少し走る方向を変え、大きくジャンプしてキャッチ。瞬時に止まる。
「止めろ服部!」
 高頭監督が叫ぶ。
 が、トムは鋭く右手を上げた。
 服部が反応した瞬間、左手でドリブルしつつ高速でターンし、抜き去って跳ぶと、腕を伸ばして斧を叩きこむような、凄まじい速さのスラムダンク!
 元木のパスから決まるまで、二秒たらず。
 あまりのスピードと迫力に、会場が一瞬息をのみ、
「うわあああああああっ!」
 叫び声に変わった。
「すごい…」
 彩子が呆然とする。
「指示通り動いただけなのに」
 元木も、自分のしたことが信じられない。
「ディフェンス!コエ!」
 トムがまた叫ぶ。
「おおっ!」
 皆が叫びかえした。
「絶対決めろ!一本!」
「もう五分になるぜ、海南、まだ0点かよ」
「桜木と流川がいないのに」
「まじでつええんだ、湘北」
「牧がいれば」
 観客が意外な展開にざわめく。
 海南は清田が切り込み、ミドルレンジにフリーの空間を見つけた。
 ジャンプショット、とみたが横からトムが。
 清田は空中で手を止め、下にボールを叩きつけた。
 受けた上原が、中田にフェイクを入れる。
「抜いた!」
 右に抜けたが、罠!
 元木と中田が左右から迫る。
「パス!」
 神が叫んだ。
 バウンドして抜けるボールを宮城が奪う。
「しまった!」
(他にパスコースはなかった、読まれてた)
 愕然とする上原、そして海南。
 宮城が服部のディフェンスをかわしながら前線に。
 宮城のミドルシュートが外れるが、中田がリバウンドを奪ってゴール下から腕を伸ばし、きれいに決めた。
 後から元木が追っている、外れていてもリバウンドダンクが決まっていたはずだ。
「どうなってんだ」
 花道は信じられない。
「二手も三手も先を読んでるみたい」
 彩子が、酔ったようになっている。
 流川が、身を乗り出してトムの手を見つめていた。
「落ちついて!一本を大事にしよう」
 北島が声をかけ、服部がわざとゆっくりボールを運んだ。武下にボールを入れる。
 武下がフェイクで元木を跳ばせ、ミドルシュートをうつが外れた。
 清田が拾い、
「王者海南を」
「バック、」
 トムが一瞬右手を握って日本語を思い出し、
「ミギ、ハァンザッ!」
 中田に指示、
「なめるなああああっ!」
 清田のジャンプショットを元木がブロックしようと跳ぶ、清田は斜め下にボールを飛ばす。
 武下がボールを受け、ゴールを向いた瞬間中田がいる。一瞬驚く、中田がボールを叩き落とした!
「わああっ!」
 が、そのボールを清田がつかむと、鋭くレッグスルーで元木を混乱させ、左からの柔らかいジャンプショット。
 ボールはリングに乗っかると、静かに転がりこむ。
「やったああああああっ!」
 海南応援席が叫んだ。
「ふう、やっと点が入ったか」
 高頭監督が汗をぬぐった。
 湘北は安田がボールを運び、左右からトムと宮城が追う形に。元木がローポスト、中田が逆のミドルポストでボールを待つ。
「ウゴキ舞われ!アシ泊めるな!」
 トムが叫び、自分も素早く動いて神を一瞬振り切ると、安田からボールを受ける。
「こっち向ク!」
 元木に叫んで鋭いパス。
 元木は軽くファンブルしながら何とかとると、トムの指す宮城に返した。
 宮城は突っ込みながら、横の中田にパス。
「来い!」
 上原が叫んで立ちふさがる、その瞬間中田は飛び箱でも跳ぶような手つきで、股間からボールを後ろに。
 同時に、安田のスクリーンを借りてトムが神を抜いた。
 ボールを受けて即座に、スリーポイント。
 ずばっと決まった。
「はやい!」
「パスもらってからシュート、あんなタイミングで入れるかよ」
「よくあんなのに勝ったな、おれたち」
 陵南が呆然と見ている。
「いや、今のあいつらには…」
 仙道が、トムが声を出しているのを見て。
「ひるむな、返すぞ!」
 海南は清田が一気に突っ込み、ジグザグの高速ドリブルで元木と中田を抜き、レイアップを決めた。
 トムが、元木の背中を叩いて怒鳴った。
「コエ!声!ファウル、コワガルナ、みかタ見る!見るエネミー!ハンザップ!」
「はい!」
 元木は叫び、自分の頬を叩く。
「絶対勝つ!」
 叫び、ディフェンスに回る清田。
 トムは落ちつき、丁寧にドリブルしている。
 元木がハイポストに立ち、
「カモン!」
 と叫んだ。
 宮城も安田も、積極的に声を出す。
 トムは鋭く動いてシュートフォーム、が神が追う。
 が、ボールは横に飛んだ。中田が、右にフェイクを入れて素早く武下を抜き、ゴール下に駆け込む。
 宮城から安田に回ったボールが隙間を縫い、中田の手に跳びこむ。
 上原がレイアップを弾いたが、それを元木が拾ってダンクを決めた。
「よし!」
 全員のガッツポーズ。
「圧倒的じゃないか」
 陵南の田岡監督が、客席で呆れた。
 海南の反撃、神のスリーポイントがやっと決まる。
「シッ」
 トムが悔しがり、一度元木に入れて、リターンを受けてスリーポイント、と見せて切り込み、あっさりレイアップを決めた。
 清田のダンクなど反撃はあるが湘北ペースが続き、前半残り四分、湘北46対海南25と大差がつく。
 ここで、海南は服部と北島を交代。湘北も、3ファウルの元木を花道と、疲労が激しい安田を流川に交代した。
「くそ、負けるか!」
 清田が吠えた。
「陵南戦の反省が出たな。みな春の練習試合とは別人だ。だが、それはおまえらも同じだろう?おまえらは成長していないのか!」
 田岡監督の言葉に、清田が激しく反応した。
「そんなこたない!おれたちだってもっと成長してる!」
「ならその証拠を見せろ。湘北はうちより高い。攻撃力は比較にならん。足も去年と違い、劣ってない。
 だが、うちも勝てるものがある。経験とチームディフェンスだ!湘北も、チームディフェンスがしっかりしている陵南には負けているんだ。それで勝つぞ!」
「おう、絶対勝つ!」

「桜木君、流川君、トム君の指示をよく見てプレイするように」
 と、安西監督が注意する。
 元木と安田は激しく息をついている。自分が海南を圧倒していることが、いまだに信じられないようだ。
「二人とも、素晴らしいプレイでした。自信を持っていいですよ。そして、また出ることもあります。ゲームから気持ちを離さないように」

 試合再開。宮城がボールを運び、一気に斬りこんだ!
 北島が冷静に動きを追い、コースをふさぐ。神も同調し、見事なトラップを形成した。
 と、ボールが上に飛び上がった。
 いつ投げたのか…流川がそのボールをつかむと、鋭いドライブから飛び上がり、片手で腕を風車のように振り回し、ゴールに叩き込んだ。
「きゃあああああああああああっ!」
 待ちに待っていた親衛隊の大声。
「きゃーっきゃーっ!」
 晴子も目をハートにして叫び、
(あたし、一体何を。)
 全身が痺れる。
「もう、あたし、桜木くんの婚約者なのに」
 口に出してしまった晴子に彩子がハリセン、
「流川、いいぞ!」
 と呼びかけて、
「ほら三千代ちゃんもいってあげて」
「流川先輩、ナイッシュー!」
 流川が振り向いたのを見て、彩子の直感は確信に変わった。
(あいつのおかげだ。痛みは軽い)
 流川は二度、テーピングで固めた右足を踏みしめる。
「怪我の影響はないようだな」
「あとは」
 花道に注目が集まる。
 やはり湘北のプレイは華やかで、見栄えがする。ダンクコンテストの再来も期待していた。
 海南の反撃、神がスリーポイントと見せ、ミドルレンジから決めた。
「なりふりかまわないな、あれだけスリーにこだわってるのに」
 田岡監督がつぶやく。
「あとがないし、点差があるからな」
 湘北の攻撃。花道がローポスト、流川と中田がしっかり構えている。外でトムと宮城がパスを交換する。
「注いしろ!」
 トムが叫び、ボールを花道に。
 花道は、自信満々にターンで上原を抜いた。
(速い)
 上原は舌を巻いたが、
(だが、思うつぼだ!)
 清田と武下が詰め、ファウルぎりぎりでボールを奪おうとする。
 桜木対策は徹底していた。
 弾かれたボール。花道は地面を転がり、清田も追った。
 転がり、もみ合う中、ボールが生き物のように飛び出す。
 獲った北島が、一気に運ぶとふさぐトムに突っ込むと見せ、神にバックパス。スリーポイントが決まる。
「いいディフェンスです」
 安西がつぶやく。
 海南のディフェンスが、目に見えてよくなってきた。
 流川、トムといった一対一の技量に優れた選手は、チーム全体で封じる。
 元々個人プレイに走りがちな流川は、つい周りを見ないでトラップに引っかかる。
 何人でかかってもまとめて蹴散らす力はあるが、それをやるとチームのリズムが乱れてしまうのだ。
 トムはわかっているが、つい相手をなめてしまう。
 前半終了直前。流川がボールを取った瞬間、三人で囲み、強く押してくる。
 流川は力で押し返してかなり無理なシュート、弾けたボールを花道が片手でつかみ、ゴールにたたきこんだが、湘北53対海南39と大きくつめられていた。

 ハーフタイム。
「流川と桜木がいないのに、海南に差をつけるなんて」
「トムがすげえよな。プレイだけじゃなく、作戦も。宮城もよくサポートしてるよ」
「このまま圧勝か、まさか」
「海南も黙っちゃいないはずだ。十七年連続インターハイ進出の意地があるだろ」
 客席もざわめいていた。

「もう勝ったつもりですか?」
 安西が、厳しく問いかけた。
 花道がびくっとする。
「去年を思い出してください。たった五分で二十点差をひっくり返したチームがある。彼らにできないはずはないですね」
 宮城が肩を落とした。
「そうだな、差がついて油断があったかもしれない。海南はやっぱり強い。挑戦者の気持ちを思い出そう。全力でいくぞ!」
 トムは目を閉じている…宮城がトムを見て
「後半も頼む」
 わずかに五分刈りの金髪が揺れた。タオルを肩にかけ、大量のドリンクを飲んでいる。
 未熟な一人一人を細かく指揮しながらスーパープレイの連続、何より精神的に疲れる。
 英語を日本語にするだけでも、かなりのエネルギーを使うのだ。
(フルマラソンを二時間半で走るトムが、こんなに疲れるなんて)
 彩子が驚いていた。
 流川のテーピングを、三千代がはがした。
「痛みはありませんか?」
「少し痛むが動ける、プレイタイムが少ない」
 流川はそれが、少し不満そうだ。
 彩子がルカワの足をチェック。
(腫れが)
 三千代がうなずく。コールドスプレーをかけ、エッセンシャルオイルをしみこませたガーゼを張る。
 流川が、三千代を見つめた。
(絶対勝ってやる!)
 三千代はその目を優しく受け入れ、微笑む。
 丁寧に、しっかりとテーピングを巻く。負担がかからないように。オイルの影響ではがれないように、固く心をこめて。
 その手に、流川は安心する。
(負けたくねー)
 目を閉じ、集中を深める。
(こいつのためにも、キャプテンやゴリ、みんなのためにも)
 ふと考えて、びくっとする。
(どうしたんだ? おれ、こんなこと、考えたことなかった)
 そして、戸惑うと…三千代を見つめ、安心している自分に気づいてしまう。胸が騒ぐ。
(落ちつけ、試合に集中しろ!負けたらインターハイにいけないんだ。そうなったら、日本一の高校生もクソもない)
 あらためて、集中し直す。
「絶対勝つ!後半、天才桜木花道のスーパーショーだ!ハルコさん、みていてくださいね」
「うん、ぜったい勝とうよ!」
 晴子と花道は、くもりのない笑顔をかわしている。はたからみればラブラブだと、二人だけが気づいていないようだ。
「ワンフォアオール、オールフォアワン。一つ一つのプレイを、チームの勝利に結びつけましょう。いいですか、」
「おれたちは強い!」
 湘北皆が、叫んだ。

 海南の控室、点差はあるが絶望はない。
「流川はベストコンディションだな」
「じゃなきゃ面白くねえ、まかせろ!絶対止めてやる」
 清田が、頭から湯気を出している。
「いいか、これからの二十分、全てを出し切るつもりでいけ。十七年連続インターハイ出場も、常勝海南の名も、すべて余計なことだ。バスケットだけに集中しろ!」
 高頭が静かに言った。
 神がうなずき、
「一回のドリブル、一つのパス、一つのシュート、一歩のディフェンス。一つ一つのプレイに、全力を出そう。そして、勝つ!」
「おおっ!」
 控え室が、気合で震える。

 後半開始。両チームともスタメン。
 清田が一気に突っ込むと、武下が後ろに出てオープンスペースを作る。
 花道と流川が清田に立ちはだかる、トムが一瞬武下を警戒した。
 上原がスクリーンに入る。
 清田は大きくジャンプし、鋭いパスをコーナーに入れた!
 トムが上原にぶつかる。
 宮城が飛び込んだが、神はかまわずスリーポイントを決める。
「やったあ!」
「十一点差!」
 海南応援席が、希望を込めて爆発した。
「返すぞ!」
 宮城が叫び、素早くポストに走った流川にパス。清田ががっちり守る。
「来い!」
 流川らしく、正面を向いてピボット。伸ばした両腕で下にボールを保持し、右へ何度か振り、視線をゴール下の花道に向けた。
 瞬間、反応した清田を抜いてドライブ!
「パース!」
 花道が手をあげる。
「スクリーンアウト!」
 トムが怒鳴った。
「うるせえ、おれが」
 流川は花道を無視し、一気にドライブ。
 ダンクを狙ってジャンプ、それを上原が横からとらえ、力で地面に叩き付けた!
「うわああっ!」
 観客が、一瞬凍る。
 親衛隊が息を呑んだ。
「てめえっ!わざとやっただろ!」
「止められるとは思ってなかった」
 上原が、冷然と花道に言い返す。
「ま、この天才でも止められるがね」
 もちろんファウル。これまでの予選、流川はまだフリースローを外していない。
「確実に決めよう!」
 深呼吸、右足首を見る。
「ツーショッツ!」
 ボールは鋭い線を描いてゴールに、乗ったが弾かれた。
「ああっ!」
「あれは」
 彩子が、体を固くした。
「流川先輩!痛みがあるんじゃ」
 三千代も不安そうに。
「それは多分大丈夫、でも去年、赤木先輩も同じように」
 彩子が、流川の足を見つめる。
「バカヤロウキツネ!ヘタクソ!」
「てめーほどじゃねえ」
 流川は言い返し、足首を見つめる。
「いてえなら交代するか?」
 からかう花道に、
「なんてことねえ!」
 言うと、ベンチの三千代を見た。
 三千代はしっかりうなずく。
 二本目、
「リバウンド王」
 花道が跳びこんだが、ボールはリングをくぐった。
「おおっ!」
 海南はすぐさまスローイン、神が上原にパスして走り、シュートポジションへ。
「No!」
 トムがジャンプ、だがボールは下へ。
 とった清田が武下のスクリーンを借り、オープンスペースでジャンプショット!決まった。
「なにヤッてんだルカワ!」
 トムが怒鳴りつける。
「十点差!」
「追いつけるぞ、海南!」
「流川」
 宮城が心配する。
 流川は無言で、海南コートに走る。
 ことさらに、右足に体重をかけて。
(テーピングはだいじょうぶ。あいつがしっかり巻いてくれた)
 三千代の、真剣な目を思い出す。
 ふと、胸に何か感じ、ベンチを振り向いた。
 三千代が真剣な目で見ている。
 その目に、流川は違和感を感じた。
(あの目、だれを見てんだ?)
「いったぞ!」
 流川の反応が一瞬遅れてパスを取り損なう。
(しまった!)
 外れて飛ぶボールを、花道と上原が必死で追った。
「バカルカワ!」
 中田も追う。
「どけぇ!」
 海南ベンチに飛び込み、花道が空中でボールを弾き返し、高頭監督を突き倒した。その上に上原が重なる。
 ぐえ、と高頭監督がうめいた。
 ボールを宮城が受ける。
「ふん!」
 花道が跳びあがってコートに駆け込む。上原は、かろうじて起き上がると追った。
 中田が、呆然と見ていた。
「いいぞ桜木!上原!」
 痛みをこらえて起きた高頭監督が、称賛の声を上げて強く拍手する。
「ナイスファイト、桜木くん!」
 晴子の声に、花道がガッツポーズで応えた。
「すごい」
 中田が呆然と見る。
「中田、流川、なにしてんの!オフェンス!」
 彩子が叫んだ。
 花道がポストに巨体を押しこむ。
 周囲で、トムと宮城がボールを交換。
 神と服部が守っている。
 隙を見て、中の流川に入れる。
 流川は清田にふさがれた。
「絶対勝つ!」
「こっちもだ」
(テーピングはだいじょうぶ)
 二度、後ろを通すドリブル。
 足首が熱い。熱と痛み、オイルの刺激が微妙に混じる。
「いかせるか!」
「ディーフェンス!」
 流川は、三千代の手を思い出した。
 笑みが浮かぶ。
「なにわらってやがるキツネ!パス!」
 花道が吠える。
 中田が、手を伸ばし、
「こっち!」
 叫んだ。
 一瞬右に体を乗り出し、清田が反応した瞬間ボールは後ろへ。
「トム!」
 悲鳴と共に、トムが鮮やかなフォームでシュート。スリーポイントがゴールへ。
「あ!」
 リングに当たって跳ねたが、花道が跳びつくとそのままダンクで叩き込んだ。
「うおおおおおおおおおっ!」
「もうシャックアタックだな、止められねえ」
「湘北強い!」
 花道は晴子とハイタッチしようとし、白熱した石像になった。
「なにやってんのよあんたたち」
 彩子がジト目で。
「流川先輩、ナイスパス。足はだいじょうぶですか?」
 三千代の声に、流川は黙ってうなずいた。
 だが、浮かんだ疑念が消えない。三千代の優しさが、真剣さが、自分に対するものではないような。安らぎが、不安に変わる。
「なんか怪しいな〜」
 大楠が鋭く様子を見る。
「ハルコちゃんと花道はなんかラブラブだし」
 洋平が、からかう口調ながら嬉しそうに。
「でもさ、三千代ちゃんって彼氏いたろ?」
 高宮の言葉を、流川は聞いたのか。
「面白くなってきたな」
 野間が無責任にまとめ、
「花道!頑張れよ!退場するなよ!」
 と怒鳴った。
 海南の反撃、清田が流川を抜いた。
「なにっ!」
「うおおおおおっ!」
 ダンクのフォーム、そこを花道が跳びこむ。
 ボールごと、清田を地面に叩きつけた。
 あまりのパワーに、みな呆然とする。
 もちろんファウル。清田はフリースローを二本とも決め、ガッツポーズ。
「いいぞ清田、桜木を追い出せ!」
「なにやってんだルカワ!」
 花道が怒鳴った。
 流川は、そっと足首に触れる。
 テーピングはしっかりしている。
(でも、おれのためじゃないのか)
「流川の動きがおかしいな」
 海南ベンチが、首をひねった。
 湘北は、花道が一気に斬りこむ。
「花道、ちゃんとまわり見ろよ!」
 宮城の声。
 強引に上原と武下を押し返し、フックシュートを放った。
 リングに弾かれるボールを、清田が取るとロングパス!流川がリバウンドかカット、最低でも時間稼ぎはできるはずだが、反応が遅れた。
 トムがカットしたが服部が取り返し、一気にドライブしてダンク。
 止めようとした宮城は弾き飛ばされ、しかもディフェンスファウルでワンスロー。
「おおっ!」
「ルカワ、なにを!」
 トムが怒鳴る。
 流川は深く深呼吸し、ベンチを見た。
「Don't Bench!ゴール!ボール!敵!」
 トムの叫び。流川は、自分の頬を叩いた。
(ジャマだ、余計なことを考えるな!足は心配ない、他のことなんてない、あいつがだれのためだろうと関係ない。バスケだ!)
 服部のフリースローは外れた。
 リバウンドを花道が取り、宮城にパス。
 宮城は一瞬トムにパスし、そのままダッシュして服部を抜いてリターンをもらった。
 一気に斬りこむと見せ、花道に。
「ダブルチーム!ファウルもらえ」
 囲む上原と武下、花道は後ろの中田にパス。
「させない!」
 上原の高い手が、中田のレイアップ軌道をふさぐ。が、ボールは床を弾んで流川に。
 流川は、またベンチを見てしまっていた。
 手に飛び込むボール。一瞬ファンブル、取り直して、ゴールしか見えなくなった。
「止めてやる!」
 清田がゴール下で立ちふさがる。
 流川は見て見えず、むりやり飛んだ。
「危ない!」
 悲鳴、倒れる音、流川と清田はエンドラインを超えて記者席に突っ込む。
「姉ちゃん!」
 二階の客席から、彦一の悲鳴。
「ディフェンス!」
 流川のファウルがコールされる。清田が起き上がり、頭を振った。
「流川先輩!」
 三千代がかけつけた。ファンクラブの悲鳴が、怒号に変わる。
「離れてよ!」
「バカ!」
「流川様に触らないで!」
 三千代はかまわず、流川に近寄った。
 流川は、その手を乱暴に振り払い、立つ。
「ジャマだ、ほっとけよ」
 頭から流れる血を、ユニフォームでぬぐう。三千代から視線をそらし、
「めざわりだ、てめーがいるとリズムが狂う。あっちいけ」
 三千代が青くなる。
 花道が流川をおもいきり殴った。流川は吹き飛び、床に叩きつけられる。
 花道、無言。言葉もないほど怒っている。流川は圧倒され、口も手も出ない。
「きゃあああああっ!」
「なにすんのよ赤頭!」
 親衛隊の悲鳴、凍りつく三千代をよそにホイッスル…テクニカルファウル、桜木。流川と元木が一時交代。
「てめえ、三千代さんが、どんだけ、やさしくいっしょうけんめいに、テーピングしたか」
 息をついた花道が流川をにらみ…形容詞がないほど激しい目で。とぎれとぎれにいった。
「なにがあったんだ?」
「流川の不調か」
 見ていた仙道が、何かに気づいた。
「まさか」
 額を片手で押さえる。
「どうしたんだ?」
「いくらなんでも遅すぎるぜ、流川!」
 と、笑い出した。
 彩子と晴子が二人を引き離す。
「流川。三千代ちゃんと桜木花道に、チームみんなに、海南に謝りなさい」
 彩子が容赦なく叱りつけた。真剣な態度。
 流川もわかったか。静かに深く頭を下げる。
「三千代ちゃん…」
 三千代は黙って、流川を寝かせると鼻血をふき、頭に包帯を巻き、靴を脱がせた。
 テーピングをはがし、患部を確認。
「腫れはありませんね。よかった」
 と、微笑んだ。
(それが目につくんだ!)
 流川は叫びたかったが、同じことを繰り返すほど馬鹿ではない。
 湘北にとって、三千代が今どれほど重要な存在かぐらい分かっている。
 三千代は軽くマッサージし、オイルガーゼを張ってテーピングを巻く。
 丁寧に、しっかりと。
「だれだと思って、だ?」
 流川が、三千代にぼそっと言った。
「え?」
 三千代の手が、止まる。表情が凍る。
「松原、だっけ」
「松岡です」
 無言で、テーピングを巻き終わった。
「ごめんなさい」
 三千代が、静かに頭を下げる。
「昔、テーピングをしてあげたかった人がいました。お弁当を作ってあげたり、一緒に帰ったりしたかった…でも、その人は自分でお弁当を作れたし、一緒に帰る人がいました。
 できなかったことを、重ねてしまっていたかも。ごめんなさい」
 三千代の目に涙が浮かぶ。流川の胸が、ちくりと痛んだ。
「こら流川、また三千代ちゃん泣かせて!」
 彩子が無遠慮に叱りつけ、雰囲気を切る。
「でも今は、湘北バスケ部の一員として、勝ちたいです。だから、流川先輩には安全にいいプレイをしてほしい」
 三千代が、真剣な目を流川に向けた。
「スマン」
 流川は小声で言うと、目を閉じた。

 花道、元木のツインタワーに観客は注目。
「やっぱりでかいよな、あの二人」
「二人とも魚住さん以上だもんな」
 陵南がしゃべる中、神がテクニカルのフリースローを二本とも決める。
「六点差!」
「とらえた!」
 海南応援団が沸き立つ。
「ツインタワー、守り抜け!」
「恐れるな!両方3ファウルだ、攻め抜いて退場に追い込め!」
 神のスリーポイント、と見せて、清田に。
 ぬおお、と二枚の二メートルがそびえる。
「くらえ!」
 清田は叫び、突進して、横にボールを投げる。上原が加速していた。
「させるか!」
 中田が追いつき、ダンクを止めようとするが、あっさり押しのけられた。ボールはリングをくぐっている。
「ディフェンス!ワンスロー!」
「うおおおおおおっ!」
 くやしがる中田。
「中田、3ファウルだ気をつけて!」
 フリースローは外れ、リバウンドは元木が取ると、走っていた花道に!
 花道は一度宮城に返し、リターンを受けるとフリースローサークル付近で一瞬止まる。
 清田が立ちふさがっている。
「止めろ!」
 背中から押し込む花道。
「パス!」
 トムがパスを要求しつつ、逆サイドのコーナーを指差した。
 中田。その手にボールが飛びこむ。
「させるか!」
 ドライブする中田を、上原が必死で追う。
 中田はゴール直前、ジャンプしておいてボールを横へ。トムが受け、弾くように返す。
 花道が素早く状況を読み、横に走ると元木がついたてになって清田のマークが外れる。
「いけぇっ!」
 瞬時に花道がジャンプショット、ボールがネットを揺らした。
「天才!」
「よし!」
「ナイスプレイ!」
 海南は上原が切り込んだが、元木の高さにシュートが外れる。
 花道がリバウンド、ロングパスがトムに。トムは一気に切り込み、
「させるか!」
 立ちふさがる上原の前でシュートフェイク、後ろに見ないでパス。
 宮城が取った、その瞬間トムはゴール下に。上原が追ったが、リングの下を駆け抜けながらジャンプ、ボールを受けて体を大きく反らせ、後ろに両手ダンクを叩き込んだ。
「うおおおおおおおおおっ!」
 超美技に、観客の大歓声。
 海南が、今度は上原を中心に攻める。
「ファウル気をつけろ!」
 湘北ベンチから声が飛ぶ。
 上原が背中を花道に押しつけ、ドリブルするがびくともしない。
(まるで象だ!)
 だがひるまず、左右に揺さぶる。
 外で待つ清田にパス、清田は外の神に。
「いけ!」
「来い!」
 花道と元木がゴール下に。
 神にとっては、トムのディフェンス以上のプレッシャーだ。外れたら、リバウンドは無理。
「ウテるか」
 トムが笑い、ドライブとパスをふさぐべく腰を落とした。
 パスフェイクからシュート。ボールは放物線を描き、あっさりリングをくぐった。
 神のガッツポーズ。
「すごい…」
「なんて度胸や、外したらツインタワーのリバウンドやろ」
 彦一があきれかえった。
「仲間と自分を、本当に信頼してる。それに集中していれば、そんなのなんでもない。」
 仙道が言って、彦一を軽く叩いた。
「ソッコー!」
 花道が宮城に、長いスローイン。
 服部と神が、ダブルチームでカットしようとする。服部が素早く後ろに回り、宮城は強引に出ようとして…汗に滑った。
 神ともみ合って転倒!
 弾むボールを、花道が追う。今度はテーブルオフィシャルにダイブした。
 上原が追い、頭から机に突っ込む。
 ボールには届かず、海南ボール。
 ダメージひとつなく跳ね起き、振り向いた花道が、凍った。
「リョーちん!」
 宮城が左手首を押さえている。
「レフリータイム!」
「だいじょうぶだ、すぐ治る」
 宮城が言ったが、顔は痛みで歪んでいる。
 ベンチから、彩子が飛んできた。
「痛む?」
 彩子に握られ、嬉しそうな顔が歪んだ。
「骨折はしてないわね。でも、少なくとも一時下がらないと。流川と代えて、トムをポイントガードにするか」
 安西監督が、少し考えると
「風馬くん、いけますか?」
 風馬は、試合開始前から燃えていた。 
「これで一気に苦しくなるぞ、湘北は」
 田岡監督が、客席でうなった。

 風馬は服部と向かい合った瞬間、中学校のグランドに戻っていた。
 三人いつも一緒だった。
「おれのほうが0.00001秒速かった!」
「バカヤロウ、おれのスパートのほうが速い!愛、そうだよな!」
 天然の、茶がかった髪の女子がストップウオッチを手にしている。
「愛ちゃん、もう一度よ〜くストップウオッチ確認してくれ!おれの勝ちだよな!」
「同時、いいかげんにしなよね」
「ならもう一本勝負だ!」
「おう!」
 そして中二の夏、決勝の前日。
「いいか、勝ったほうがあいつに告白する。」
 別れ際に風馬はいい、服部もうなずいた。
 だが、決勝に彼はこなかった。
 写真週刊誌から始まったドーピング疑惑で、陸上から永久追放。
 学校もその年は連帯責任で出場辞退した。
 服部は夏休み明けを待たず転校、それっきり会うことはなかった。
 中三の夏、風馬は中学記録で優勝した。
「負けねえ…てめえみたいな卑怯者に、負けるかよ」
 憎悪をむき出しにするが、脚が喜んでいる。
 脚は、ずっと飢えていた。
「止めてやる!」
 風馬は叫ぶと、走った。
 服部が追いついてくる。
 心臓が踊る。肺が、酸素を求めてあがく。
 走るために作られた体が、向こうにあるバスケのゴールではなく…トラックの、曲がった彼方にあるテープを意識する。
 横に、懐かしい息を感じる。悦びと、憎悪が燃える。
 風馬はパスを受けると、そのままドリブル。
 だが、脚はもっと速く走りたがる。腕は強く振って勢いをつけたがる。
 ボールはいうことを聞かずに、そのまま転がった。服部は即座に取ると、スピードに乗ったドリブル。
「あ!」
「待て!」
 風馬が追う、そこをバックパス!
 清田が取って、即座にダンクを決める。
「ちくしょう」
 風馬が悔しさをむき出しにする。
「風馬、冷静になれ!」
 ベンチから宮城が叫ぶが、聞こえていない。
「監督!交代すべきです。冷やして痛みは取れました、大丈夫です!」
 宮城が安西監督に、手首を振ってみせる。
「キャプテン」
 流川が、宮城に話しかけた。
「なんだ?」
(こいつが話しかけるなんてな。そういえば、今日は一体どうしたんだ?ケガの影響なんてある奴じゃないのに)
「試合中もよく彩子さん見てて、なんでまともにプレイできんすか?」
 宮城も、聞いていた彩子も赤面する。
(みんなの前で何いうんだこのバカ!)
 が、流川の目は真剣だ。
 どぎまぎしていた宮城が覚悟を決め、
「だからだ。アヤちゃんをみれば、疲れてても頑張れる。アヤちゃんが笑ってくれるから、もっといいプレイをしたくなる。
 何より、湘北が勝ったとき、アヤちゃんは最高の笑顔になるんだ。そのためなら、おれは全力以上の力が出せるんだ」
「バカ」
 彩子が苦笑する。嬉しそうに。
「そんなもんすか」
 流川は理解不能、という目。
「大きな壁ですね、流川にとって」
「でも、乗り越えれば一層成長できますよ」
 安西監督が彩子に笑う。
「試合中は勘弁してほしいっす。しかもこんな肝心な」
 宮城が苦笑した。
 疲労が出た中田と、流川が交代で出る。
「流川」
 宮城が笑いかけ、
「自分の勝利も大事だが、みんなのため、誰かのためにもプレイしてみろ。まあ結局違わない。勝とうぜ!」
 親指を立てた。
 流川はうなずいただけ、わかっているのか。

「流川!」
 花道と流川は、目をあわせられない。
(あいつはサイテイの男だ!もう一度確認したぜ、やっぱり大キライだ!)
 後半十分。
 トムは風馬にパス、
「直線で運べ!」
 叫び、海南ゴールを指差した。
 風馬は一気に加速、全速のドリブル。
 服部が追いつくのがわかる。
(抜かせるか!)
 更に加速しようとしたが、目の前にゴール。
 服部が追いつき、ボールを弾いた。
 花道が展開を勘で読み、ボールの来る位置に走った。同時に敵味方を確認。
「畜生!」
 風馬が叫ぶ。
 ボールを、花道が取っていた。
「させるか!」
 ファウル覚悟で突っ込む上原、花道は前を見たままボールを横に放る。
「うおおおおおっ!」
 ボールを受けたトムが瞬時に、中にいた流川にパスした。
 流川は受けてつい、ベンチを振り向く。
「いけえっ!」
 三千代が叫んだ。
 流川は、全身がかっと熱くなった。
 気がついたときには、リングにボールを叩きこんでいた。
「きゃああああっ!」
「ル・カ・ワ!」
 親衛隊の絶叫。そして、ベンチを振り向いた流川は三千代の笑顔を見て、目をそらした。
 今までにない、喜びが浮かぶ。
 体を軽く感じる。足の痛みが、胸の痛みが吹っ飛ぶ。
「ナイスパス桜木くん!」
 晴子の声援に、花道が舞い上がる。
 トムが、服部が神にパスしたのをスティール、流川に叫んだ。
「Let's GO!」
 コンビプレイの練習で決めたサイン。
 トムは元木にロングパス、キープとリターンを要求。
 元木は一度花道にパスするふりをし、トムに返した。
 神がトムに追いつき、シュートをチェックしようとする。
 トムは一瞬シュートフェイク、右にドリブルした。そこには流川がおり、神が流川にぶつかっておいていかれる。
「スイッチ!」
 神の叫びで、清田が回り込んだ。
 その瞬間、流川が走る。
 トムは強引にドライブ、と思ったらボールはトムの背中を通って流川に。トムはそのままの勢いで、ゴール下に走ってリバウンド準備。
 流川がフリーでジャンプシュートを決めた。
「いいぞ流川!」
 湘北ベンチが叫ぶ。三千代の笑顔。
 海南の反撃、服部が強引に切りこむ。
「あいつは素人だ、服部にボール!」
 わかっていますよ、といわんばかりに服部が斬りこみかき回す。
 風馬が追いつく。
(ちくしょう、やっぱり速い)
 が、服部は素早く止まり、行きすぎた風馬を尻目に清田にパスした。中田がカットしたが、ファウル。清田は大きくボールを回し、切りこんで混乱させると一瞬の空白から、ジャンプショットを決めた。
「うまい!」
 客席の、仙道の顔が輝いた。
 湘北の攻撃はまた、風馬と服部の競争。
「どうみてもあいつら、バスケじゃなくて陸上やってるよな」
 ベンチで宮城が呆れる。
 服部が風馬を抜く。
「おれの前を走るな!」
 風馬が叫び、加速。
 ボールはまだ、その手に吸い付いていた。全力疾走でのドリブルに、慣れてきたのか。
 だが、その結果は当然エンドラインを超え、海南ボール。
「バカモノ!」
 花道の頭突きが炸裂した。
 海南はパスでボールを運び、武下がツインタワーをかわして決めた。
「ちくしょう…」
 風馬がボールを受け、歯ぎしり。
「きさまみてえな卑怯者に、バスケットする資格なんてねえ!」
 風馬は叫ぶと、無理矢理ドリブル。
 服部は応えず、無言でボールを奪い、すぐ神にパスしてそのまま走った。
「待ちやがれ!このコートから出て行け!」
 叫んで追い、リターンを受けてシュートしようとした服部に、激しく体当たりする。殴りかかろうとする。
 ホイッスル。
「ディフェンス!退場すれすれだ!」
「バカヤロウ風馬、ケンカじゃねえんだ!」
 宮城の声も聞こえない。もう風馬は半ば切れ、服部に拳を握り締め…泣いていた。
 花道が、乱闘になったら参加しようと拳を握る。流川がそれを読んで、尻を蹴る。
「ばかやろう、いいか、服部はな」
 清田が何か言おうとする。服部が制した。
「ドーピングしたくせに!そんな奴に、スポーツマンの資格はねえよ!」
 風馬が叫んだ。
 テクニカルファウル。
「いいかげんにしなさい!次からは没収試合もありえるぞ!」
「やめんかい!」
 声の主は、彦一。
「おい彦一」
 仙道が止めたが、構わず試合場に飛び出す。
「服部さんはドーピングなんてしてへん。」
「嘘だ!週刊サーズデイに」
「その週刊サーズデイの記事が、ジョニ田ことジョニー堀田のでっち上げ記事や。
 でもな、話がおおきなって、あんさんもみんなも陸上できひんようなるまでとまらへん、なら自分が、って服部さんが名乗りでたんや」
 服部が、苦々しげに彦一をにらみつける。
「きのうわけあって、ジョニ田の今までの取材をネットで調べたんや。まちがいあらへん。目えさまして、試合ちゃんとしい!自分ら、バスケットマンやろ!」
 彦一が泣いている。
「う、うそだ」
 風馬が、呆然とした。
「うそだ!」
「嘘じゃないわ」
 一人の女性が、客席から降りてきた。
 小麦色に焼けた肌、しまった肢体。目は鋭い感じで、生気が強い。唇がふとく、鼻筋が強く通っている。
 明らかに生まれつきの茶がかった髪が、ポニーテールにまとまっている。
 一瞬で、風馬と服部の時間が…当時に戻る。
 風馬が中学に入学したとき。服部と風馬はすぐ意気投合し、並外れた才能で注目された。
 互角だった。
 二人のそばに、いつも彼女はいた。
 マネージャーとして、女子選手として、服部の幼なじみとして。
 でも、あれで終わった。
 服部は去り、勝ったほうが告白する約束が風馬を縛っていた。服部への憎しみで、言葉を失っていた。
 そして、彼女は陸上部を辞めた。
 それっきり、互いに避けていた。
「嘘じゃない。名乗り出るところ、見てたから。服部くんは、あたしが告白したとき…ふって口止めしてから、名乗り出た」
「え…」
 風馬が呆然とする。
「ずっと好きだったの、誠治が。でも、」
 言葉を失う。
「わかったか、風馬。しばらく頭冷やしてろ」
 宮城が交代を指示。

 テクニカルのフリースローを神が二本とも決め、服部のフリースロー。一本目が外れる。
「ドンマイ!」
「動揺しているのか?」
「風馬、おまえはバスケットが好きなのか?嫌いなのか?」
 と、潮崎が風馬に問いかけた。
 風馬はその言葉を受けかね、呆然とする。
「陸上に戻ってもいいんだ。もう、陸上を避ける理由はないだろう」
 沈黙。
 二本目は決まった。残り8分、同点!
「同点だ!」
「おいついたぁっ!」
 海南ベンチが爆発する。
 勢いに乗り、服部が斬りこむが、花道の高いブロックではね返された。
 トムが落ちたボールを拾ってドリブル、花道を前に動かす。花道も敵味方を見た。
「湘北」
「ファイト!」
 風馬はつい叫んでいた。全身が燃えていた。
 服部がいる。競うことができる。
 そして、仲間がいる。ボールがリングを通る音、パスが通る快感、ドリブルの感覚が手を刺激している。
 もう、彼もいつのまにか、湘北バスケ部の一員になっていた。
「やるのか?」
「ッス!」
 それ以上言葉はいらなかった。
「湘北ファイト!」
「声だしていこうぜ!」
 宮城が鋭くドライブ。影響はない。
「させるか!」
 上原と武下が跳んだ。宮城はかまわずレイアップの体勢で飛び込み、
「無茶だ!」
「自滅!」
 体と腕をひねって、ボールを横に。
 そこに、花道がいた。
 パスを受けて軽やかに跳ぶと、片手でリングをぶっ叩く。ボールがリングを貫通し、着地していた宮城の肩に当たる。
「うおおおおおおおおおおっ!」
「きゃーっ!桜木くん!スゴイスゴイスゴイ」
「ナイスリョータ!」
 夢中ではしゃぐ晴子と彩子に、花道と宮城はガッツポーズでベンチに飛んでいった。
「ふ〜ん」
 流川が、いつもは馬鹿にするが、感心したような目で見ている。

 海南の反撃、清田が斬りこんで元木を抜く。
 後ろから、流川がせまっている。
「決めてやる!」
 清田は一気にダンク、流川が弾き飛ばす!
「うおおっ!」
 元木が取ると、宮城に上からパス。
 宮城は一気に斬りこみ、清田を鋭いターンであっさり抜くと、シュートフェイクで武下を跳ばせて一歩、二歩と抜いて大きく跳びこみ、レイアップを決めた。
「わああっ宮城!」
「ナイスリョータ!」
 歓声、彩子の笑顔。
 海南のカウンター、今度は武下、上原と元木に波状攻撃をかける。
 元木はシュートは止めるが、フェイクに反応しきれない。
 ふわりと上がったボールを、流川が叩き落とした!
「流川!」
「きゃああああああああああっ!」
 元木が拾うが、パスしようとした瞬間清田が厳しくチェックした。
 高さを活かして上から投げたが、清田は高く跳んでそれすらとらえた。
 弾けたボールを追い、つかんだ元木だが、勢いあまって清田を弾き飛ばしていた。
 4ファウル、中田と交代。
 ボールを得た海南、神が服部にボールを入れるが、追いついた宮城が弾き飛ばす!
 中田が拾うとトムにロングパス、自分も走ってリターンを受ける。
 上原が追いつき、ボールを弾いた。
 外に転がるボール、中田はそれを取ることしか考えなかった。
 熱い息、体ごとベンチに飛び込む。
 ボールのことしか見えない。
 空中で触れたボール、花道がコーナーでフリー!
「サクラギ先輩!」
 返した、次の瞬間背中と頭に衝撃。
 同時に上原の巨体が腹にぶつかって、息が詰まる。
 くらんだ目から、花道がスリーポイントを打つのが見えた。
 ボールはきれいに放物線を描き、ゴールを打ちぬく。
「ナイス中田!」
「桜木がスリー!しんじらんねえ」
「ナイスファイト!」
 客席から歓声と拍手、中田には始めてだ。
 何本レイアップを決めても、アシストパスやリバウンドをがんばっても、トリプルダブルでももらえなかった歓声と拍手。
 流川のようになれば歓声と拍手がもらえる、と思っていたが、自分とはスタイルが違うと分かって、その点では腐っていた。
 だが、間違いなく拍手が降ってくる。
 花道がやってきて、両手を振り上げる。
 一瞬おびえる。
 が、意図が分かって手を出す。
 どばん、と両手を思いきりひっぱたかれた。
 熱い。痛みより熱さが体に広がり、喜びがあふれ出す。これか。なんとなくわかる。
 背中を叩かれた。
 振り向くと、上原!
 目が熱くなる。歪みそうになる視界をふいて、かろうじてコートに走った。

 海南は速いパス回しで清田が斬りこむ。
 流川がしっかり守っているが、上原がスクリーンとなった。
 中田とスイッチしようとした瞬間、清田は鋭く切り込んでダンクを狙う、花道が走りこみ、ブロック。
 弾けたボールを上原が拾い、中田と一対一。
 静かなドリブルから、一瞬で横にドライブ、ゴールから外れて角に向かう。
「ジンがいる!」
 トムが警戒を叫んだ。
 コーナーで待つトムが上原と交差、次の瞬間神がスリーポイント。
 三十秒ぎりぎりで決まった。
「残り五分!」
「がんばれ!」
 海南が必死で守る。
 ボールを運ぼうとした宮城に、服部と神のダブルチーム。
「パス!」
 返したボールをトムが運ぶ。
「右!」
 とトムが叫び、パスしたが…花道に指示した指は、左を指していた。とっさに右と左を訳しそこねたのか。
 一瞬の混乱、清田がスティール。
「No!」
 清田はボールを取り直し、ダンクと見せてストップ、ジャンプショット!
 ネットが揺れる。
「よっしゃああっ!」
「二点差!」
 海南ベンチの爆発。
 そして、オールコートディフェンス。
 宮城を集中攻撃。
 トムがもらいに行くが、神が追いつめる。
「がんばれ!」
 高頭監督が叫ぶ。
「去年の湘北なら力尽きてたな、」
 仙道がつぶやいた。
「だが、今年の湘北は…見ろ、流川が平気で走ってる。延長になっても戦える」
 宮城のストップ&ゴーが急すぎたか、床を濡らす汗で滑った。
「逆転」
 叫んで清田がボールを取った瞬間、トムがスティール!
 清田を抜き去ってドリブル、上原を鋭いターンで、武下の足の間からボールを通して抜く。
 服部が追いつき、ゴール下に立ちふさがる。
「止めてくれぇ!」
 海南応援席の悲鳴。
 トムは一瞬止まり、上を向く。
 反応した服部が跳んだ瞬間、鋭く回りこんでかわし、ダンクを決めた。
 服部がスローインを清田に入れる。
 宮城が鋭くカット!だが、手首の痛みかドリブルに入る瞬間こぼれ、清田が取り返す。
「リョータ!」
 彩子が悲鳴、安西監督が風馬に交代を指示。
 清田がゆっくりと攻め、ぐるぐるかき回してジャンプショット。こぼれ、中田がリバウンドを取るが清田が取り返し、武下にパス。
 武下は外の服部にパス、服部は神に返し、神は武下に戻した。上原のスクリーンで武下のミドルショット、中田がかろうじてブロックしたがファウル!
 武下がフリースローを両方決める。
「粘るなあ」
「ファイト!」
「ディフェンス!」
 交代した風馬が、果敢に突っ込む。
「パス&ゴー!」
 トムが指示、ボールを受けてすぐさま返す。
 流川を見て、目で次のプレイを指示。
 風馬はスピードで斬りこむが、服部が追いついた。風馬のパスはかなり外れていたが、トムは飛び込んで取り、
「ヘタクソ!」
 叫びながら風馬に返した。
 風馬がダンクに行く、上原が叩き落とす!
 流川がボールを拾って、シュートと見せてトムに返したが、清田がカット!
「うほおっ!」
 神にロングパス、神のスリーが外れたが、武下がひろって花道と一対一。
「来い!」
 武下が上下に揺さぶり、反応した瞬間右に抜ける。花道が跳ぶが、さらにダブルクラッチ!
 だが、花道の滞空時間と手の長さは、それすら叩き落としていた。
 晴子が泣き出す。
 追いついていた流川が拾い、風馬にパス。
 風馬の高速ドリブル。トムとボールを交換しながら、一気にボールを運ぶ。
「慣れてきたな、あいつ」
 宮城が笑った。
 今度は時間をかけ、トムと流川が外でボールをまわした。
「止めろ!」
「スリー気をつけろ!」
 花道が中田の動きを見、武下の前に跳ぶ。
 流川がスリーポイントと見せ、パスを中田に放った。
 武下が花道にふさがれ、中田が斬りこんでレイアップ!決まった。
「くそっ、縮まらねえ…あと4点が遠い」
 海南が汗をぬぐった。
「なんてしつこいやつらだ、離しても離しても食らいついてくる」
 湘北が息を切らしてうめく。
 タイムアウト。
「いいディフェンスだ、だからこそ引き離されていないんだ。ここまでくればあとは気力だ、海南のバスケットをやってこい!」
 高頭監督が檄を飛ばした。
 安西監督が
「さて、」
「おれたちは強い!ワンフォアオール・オールフォアワン!」
「よろしい。プレッシャーを友達にして、一つのプレイに集中しましょう」
「絶対勝つ!」
 花道が気合いを入れた。
 晴子はもう泣きながら、花道を見つめる。
 目と目で十分だった。
 三千代が流川に微笑みかける。
 流川は笑みを返し、ためらいがちに軽く、その手を叩いた。
 残り二分、湘北75点対海南71点!
「スリーポイントに頼るな、湘北にだってプレッシャーはかかっているんだ。まして、ポイントガードが初心者ときてる」
 客席で田岡監督が。
「でも、海南も服部のままです。北島に代えたほうがいいのでは…昨日よほど無理したのか」
 仙道が海南ベンチを見た。
 北島が何度も、出場を直訴している。

 試合再開、海南は服部が一気に斬りこむ。
 風馬が追いすがるが、ボールを忘れていく…
 取った清田がダンクを狙ってジャンプ!
 中田が必死で跳ぶが、ボールはリングを貫き
「ディフェンス!」
 中田、5ファウルで退場。
「くそっ!」
「いいぞ中田!」
 仙道が拍手した。
「ダブルダブルやで!」
 13点6リバウンド7スティール10アシストの記録と闘志に、客席の陵南が惜しみない拍手を贈る。他の観客も中田コール。
 ベンチに戻った中田は、笑顔で元木と、皆と手を打ちあわせた。
「頼む!」
「ああ」
 清田のフリースローが決まり、
「一点差!」
 海南応援席が沸き立つ。
 湘北はトムがボールを運ぶ。
 元木がフリースローサークルの右側に立ち、トムの動きを体で追った。
「元木はいい、桜木にダブル!」
 武下と上原が花道につく。
「この天才は」
 花道が跳んでボールをつかみ、
「ふたりじゃ止められねえ!」
 フックシュート。外れるが流川がつかみ、後ろに飛ばした。
 面食らいながら取った風馬。
「ルカワ!」
 トムは風馬に叫び流川を指差してダッシュ。
「スクリーン注意!」
 海南ベンチから声、元木がトムの近くでスクリーンの体勢。風馬が流川にパス。
 神が回り込もうとする、トムは半歩元木の影に入ろうとして、逆にダッシュ!
 流川がディフェンスに突進し、ボールを後ろに放った。
 取ったトムがフリーでシュート。
 ほとんど回転せず飛んだボールが、リングの奥に当たって跳ね返り、ネットを揺らす。
「うおおおっ!」
「これで決まりか!」
「残り時間がない!」
「焦るな、最後まで自分のバスケをしろ!」
 客席が、ベンチが沸騰する。
 海南は清田が斬りこみ元木を翻弄、流川に向かって飛び込む。
 流川のブロックを受けながら、倒れながらのシュートがリングをくぐった!
「ディフェンス!」
 バスケットカウントワンスロー。
 清田のフリースロー、
「外してスリーは使えない…ツインタワーがいるからな。そんな時間じゃないし」
「決めるしかないのか」
 田岡監督が、息を呑んだ。
 清田はぎりぎりまで粘る。
 深呼吸。
「集中しろ!」
 高頭監督の声。清田が放ったボールが、リングに当たって高くはね、垂直にリングを貫く。
「やった!」
「一点差!」
 元木がスローイン、
「走れ!」
 宮城の声に、花道、流川、トムが走った。
「速い!」
 海南が悲鳴を上げる。
 風馬がドリブル、服部と清田がはさみ、ボールを弾く!
 低い弾道で飛んだボールを、頭からコートにつっこんだトムが、バレーボールの回転レシーブのように片手で弾いた。
 流川が、取るというより
「うおおおおっ!」
 上原と武下のブロック、最大限にジャンプしてふわりと、トスのようにゴールへ弾く。
 花道がアタック!スパイクのように、片手でリングに叩きこんた。
「わあああああああああああああっ!」
「ぎゃあああああああっ!」
 観客が熱狂した。
 湘北ベンチも、三千代と晴子が抱き合って飛び跳ねている。
 残り12秒、湘北80対海南77!
 神がスローイン、服部が一気に斬りこむ。
 スーパープレイの余韻か、一瞬反応が遅れ、ついていったのは風馬一人だ。
「しまった!」
 花道が叫ぶと、一気にダッシュ。みるみる追いつく。
 服部のレイアップを風馬がブロック、だが追いついて拾った清田が、神にパス!
 トムがとんだ。
 手は、わずかにとどかなかった。
 会場が止まるほどきれいなフォーム…
 ボールは放物線を描き、音もなくリングを貫く。ネットが高く跳ねる。
「同点だっ!」
 清田が両拳を天井につきだす。
 残り5秒…花道がボールを放った。
 風馬が受ける。
 服部が立ちはだかる。
「ああああああっ!」
 叫ぶと、一気にドリブル!
 服部がしっかりついている、
「抜いてやる!」
「無理だ!」
 湘北ベンチの悲鳴。
 疾風…トップスピードのドリブル、から、瞬時に止まった。そして勢いあまって転びながら、トムにパス。
 服部はわずかに行きすぎ、スティールし損ねる。ボールを受けたトムが、一気に切りこむ…上原が、清田が立ちはだかる。
 花道が、ミドルポストに駆け込んだ。
 そして、武下をがっちり体でとめる。
 一瞬周囲を見回し、全員の位置を確かめる。
「フリーだっ、うて!」
 叫んだ相手は、流川!
 トムが見逃しているはずはない。
 ブロックにはばまれると見せ、空中で肩越し、後ろに見もせずにパス!
 受けた流川は、しっかりとセットして
「うわああああっ!」
 清田の絶叫。
 元木が壁、ブロックにいけない。
 一見、無造作にボールが放たれる。
 瞬間、元木と花道、そしてトムはディフェンスを押しのけ、リバウンドの準備に入った。
 倒れていた風馬は、体勢を活かしてクラウチングスタート。湘北コートに走りこんだ服部に追いつく。
 放物線を描いたボールは、リングの内側に当たってネットを強く揺らした。
 そのフォーメーションに、高頭監督が頭を抱えた。
 たとえ外れていても、誰かがリバウンドダンクを叩き込む。
 たとえリバウンドを取って速攻を狙っても、風馬が服部に追いついている。
 一本のシュートに、五人が一つになった。
 試合終了のホイッスル。
 湘北全員が、飛びあがった。
「全国だ!」
「うおおおおおお!」
 トムは、激しいガッツポーズをして流川とハイタッチ、すぐ顔を背けた。
「おれがいる、あたりマエのことダ」
 花道が、一瞬流川と目を合わせて、ハイタッチはせず背を向け、代わりに元木の背中をひっぱたいた。
 宮城が両手を天に伸ばし、花道と流川の手をひっぱたく。何度も跳びあがる。
 風馬が、呆然と座り込んだ。
 流川がぶり返した痛みに耐えかね、倒れこんだのを三千代が抱きとめた。
 流川は一瞬嫌がったが、すぐに力を抜く。
「いや〜っ!」
「離れてよ!」
「きゃああああああああっ!」
 親衛隊からの悲鳴で、流川は三千代から離れて整列に向かった。

 海南の時間は、完全に止まった。
 去年インターハイ準優勝の実績を残しながら、インターハイ連続出場記録が途切れた。
 清田が座り、むせび泣いている。
 神の目から、一筋の涙が落ちた。
 高頭監督は座りこみ、そして立ち上がり、胸を張った。
 服部が、風馬に手を差し出す。
 風馬はためらうと握って、起き上がった。

「湘北82対海南80、湘北の勝ち」
「あ(りがとうございま)したぁ!」
 涙ながらに、頭を下げる。
「高頭監督、コメントを一言」
「何も言うことはない」
「インターハイ連続出場記録が十七で途切れましたね」
「来年からまた始めればいい。」
 監督は海南の皆に、
「胸を張れ!おまえたちは、誇れる戦いをしたんだ」
 言うと、自分も胸を張った。
 清田が、涙をぬぐいもせずに胸を張り、流川、そして花道と握手する。
 神が、宮城の手を固く握った。
「絶対優勝しろ」
「ああ!」

 MVPは仙道。以下トム、流川、桜木、清田。新人王は、平均トリプルダブルで中田。

 帰り。
「やったな花道!」
 洋平たちの、手荒い祝福が待っていた。
「いや、浮かれるのは今だけだ。海南や他のチームの分も、おれたちが全国制覇だ!明日からまた、がんがんいくぞ!」
 宮城キャプテンが気合を入れる。幸い、怪我はひどくないようだ。
「おう!湘北、ファイ・おおし!」
 気合いを入れる湘北。だが、流川は少し、気が抜けたようだ。
 桜木軍団が、晴子を花道に押しつけて
「ほら、勝利の女神のキス」
 などとふざけ、花道が怒って頭突き。
 そんな中、輪から離れて、流川が洋平に話しかけた。
「おい」
 洋平がどれほど驚いたか。
「おう、やったな!」
 いうが、顔は凍っている。
「さっき、松岡に彼氏がいるとか言ってたな。どこのだれだか、教えてくれるか?」
 洋平は、さらに驚く。
「確か麻生学園高の新井って」
 言うと、人の名前を覚えない流川のため、新井の名前と最寄り駅をメモ、渡した。
「サンキュ」
「おい、どうするんだ?」
 洋平が慌てて聞いたが、流川は
「しらね」
 本当に知らないらしい。

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