ある日の新生湘北

  この作品は「Dunk Like Lightning」の番外編です。
 ただし、「SLUM DUNK」の翌年の湘北の話ですから、「なかよし」の作品と「Dunk Like Lightning」を知らない人も「SLUM DUNK」ファンなら読めると思います。
 花道や流川も二年になり、新入生たちも部にになじんだ、ある一日をお楽しみ下さい。

 現在の湘北メンバーの身長設定
花道の怪我は完治しており、後遺症もなし。リハビリ前後から急激に身長が伸び、「来年」7月初頭現在205cmに。
 リハビリ最中と、そしてその後の徹底した基礎練習でペイントゾーンからならフックシュートも左右ともこなせる。
 赤髪はかなり伸びている。
流川の身長は現在193cmで、花道ほどの伸びでない事を内心悔しがっているらしい。スリーポイントが非常に正確になっている。
 あれから走りまくってスタミナもついてきた。
宮城はやっと念願の170cmに届いた。

本作品オリジナルの登場人物紹介
トム=ジョン=キング:191cm,83kg:現在シューティングガード。湘北に二年生として留学してきた。白人。
 一年の時に某州大会MVPをもぎ取った、アメリカはおろか日本でも知られるプレーヤーで、流川とも対等以上にやりあえる。特に3Pの正確さはアメリカ高校屈指。傲慢で、極度の人種差別主義者だが女はアジア系が好物(と言っている)。
元木齢(もとき れい)207cm! 98kg:身長2mを超える新入生。バスケは初心者ということだが、かなり経験もあるし観るのは好き。
 精神は繊細極まりなく、少女趣味で器用。ただし落ち着くと冷静で、有能なパワーフォワード。バックアップセンターとしても期待されている。
風馬疾風:184cm,72kg:一応ポイントガード候補。新入生。中学時代は全国クラスの陸上選手だったが、ちょっとした問題で陸上から離れた。暇つぶしにとバスケ部に。
 バスケは初心者。大胆で好奇心が強く、地道な努力をいとわないがかなり激しい性格。
中田翔:182cm,70kg:フォワード。新入生。中学時代エースで、去年の流川ほどではないが神奈川のルーキーではトップクラス。特にミドルレンジでのスピードと速攻での得点感覚に優れる。
 目立たないプレイだが、後になってスコアブックを見直してみると得点、リバウンド、アシスト、ブロックなどすべてがずば抜けていることに気づく、と言うことからスコアブックエースと呼ばれる。
 髪を編み込みにするなど目立ちたいと思っているが、どうしても目立てない。

松岡三千代:湘北新入生、マネージャー。
 綾波カットの黒髪が印象的な、きゃしゃでおとなしやかな美少女。優しく控えめだが、芯は強く賢明で行動力もある。
 彼女は実は少女漫画誌「なかよし」の少し前の連載、「デリシャス!」(原作小林深雪、漫画あゆみゆい、単行本全7巻発売中)から出演しています。
「Dunk Like Lightning」自体、「なかよし」のバスケがある作品のキャラを集めたクロスワールドパロディなのです。

 ストーリー上の注意点
藤井さんが花道に告白しています。花道は答えられずにいますが、何とか答えて晴子にも告白しよう、と決意しています。
晴子は最近、おおっぴらに差し入れなどアタックを始めている藤井に少し複雑な気分になっていますが、嫉妬とまでは自覚していません。
トムは以前非常に傲慢な態度をとっていましたが、弱みを暴かれた事でかなりおとなしくなっています。
映画版で登場した流川の後輩、イチローも約束通りマネージャーとして入部しています。


   インターハイ決勝リーグまで、一週間あまり。
 湘北高校バスケットボール部は、今日ハーフマラソンである。

 午前4時半、桜木花道が飛び起きた。
 彼に目覚し時計はいらない。毎朝日の出と同時に起きる。部屋に雨戸がないからでもあるが。
 台所に行き、牛乳を飲んで、流しで頭を洗うとさっぱり。
 小犬のように水滴を払う姿、女子が見たら多分もてるようになるが…自覚していない。
 夜勤の多い父を起こさないよう、手早く朝食の支度。
 パック一個分の卵を溶き、塩とざくざく切ったネギを混ぜ、鶏皮を炒めた中華鍋に。
 桜木家の調理器具は大きい。父も彼も大食いだから。
 ふんふん、俺は天才桜木花道…と自作の歌を口ずさみ、昨日の残り、魚のあらとキャベツの味噌汁に、玄米飯をぶちこんで煮立てる。
 両手持ちのアルミ鍋がいっぱいになる。
 父の朝昼兼用食として、いり玉子の一部をラップして冷蔵庫へ。同時に鶏皮の残りと大根を煮て、塩胡椒の味付けで冷えてもうまい汁を作っておく。ただし、味見と称してこれも半分はたべる。
 花道の食事は鍋ごと。見事な食べっぷりだが、去年までのように光速ではない。新マネージャーの三千代によく噛まないと体に悪い、と言われてから、一口二十回は噛んでいる。彼女にはなぜか逆らえないのだ。
 快食快便の天才はトイレでどかん、歯を磨き、自慢の赤髪を整えると、ボール(もちろん本来部のだ)をひっぱりだす。
 今日は幸い晴れ。ここ数日の雨で湿った、あじさいの花が目に優しい。
「ストレッチを徹底してやる。これぞ天才スポーツマン桜木花道だな」
 などと言いつつ、時間をかけてストレッチ。怪我の辛さは誰よりも知っているから。
 そして、
「天才桜木、今日も行く!」
 叫んで、ドリブルで学校にむかう。
 湿気が体にまとわりつき、暖めてある体がすぐ汗を出す。

 流川の部屋に、目覚まし時計はない。流川が破壊するからだ。
 かわりに、6時に家族が力技で起こす。首根っこをつかんで、氷水の入った洗面器に顔を突っ込むのだ。
 それでも放っておくと二度寝する。食事をさせ、顔を洗わせるのには苦労する。
 今日の朝食は厚切りのトーストやベーグルなど、自宅のオーブンで焼き上げたパンが大皿に山盛り。
 それにこれまた大量のチーズ、ベーコンと野菜の濃厚なスープがどんぶり三杯。
 準備ができる頃、
「流川様、お迎えに上がりました」
 と、女の子の声。ファンクラブの当番。学校への行き帰りに走る流川に代わって、荷物を運ぶのだ。
 当番は三人一組で、荷物を開けないよう相互監視する。タオルを渡すのが特権だ。
 湘北の生徒が一人、そして近くの高校の三年と、女子大生も一人いる。
 以前は都内から学校をサボって当番をする子もおり、学業に影響があるならファンクラブを解散しろ、と流川の母が言ったほどだ。
「まあ、いつもありがとう」
 と挨拶する母も、この異常な状況に慣れている自分が怖い。
 流川がドアを開けた瞬間、
「流川様、おはようございまーすっ!」
 と、黄色い声が響く。
 流川は無言で、当然のように当番にカバンを渡し、自分はジャージで学校まで走る。
「流川様、いってらっしゃーい!」
 と、三人声をそろえる…近所も慣れている。
 今日はハーフマラソンがあるから、平地を二キロほどダッシュ&ジョグで。ダッシュはいつもより速い。

 宮城が起きてすぐ、彩子の写真にキスをするのは去年と同じだ。
 が、起きる時間は1時間以上早く、5時だ。
 赤木のように、力と貫禄で君臨することができない以上、技術がない限りキャプテンはつとまらない。その技術もトムや流川に及ばない…努力しかないのだ。
 手早く着替えてシャワーを浴び、昨晩の残りのカレーで朝食、両親が起きる前に出かけた。
(また松岡の忠告、守れなかったな)
 と苦笑する。中学時代りんごと一緒に学んだため、栄養学にかなり詳しい三千代が常々、朝食にバランスよく栄養を摂る事を主張している。
 新入生の彼女に、そんな発言を許してしまうのが新生湘北バスケ部の風通しのいいところだ。まあ一番強い彩子が認めたからでもあるが。
 ただ、どうしても宮城には時間がない。
(これで勘弁してくれ)
 と、オレンジジュースを飲むのが精一杯。
 今日はハーフマラソン、
(おれもがんばらないと、それに試合が近いから、怪我人が出ないようにしなくちゃ。陸上部が協力してくれるけど、風馬の件があるからな…)
 キャプテンとして、色々と頭が痛い。
 中学時代、陸上で名を馳せていた風馬が、なぜか高校ではバスケを選んだ。それで陸上部にはにらまれているのだ。
 だが、バスケ部単独ではハーフマラソンは難しく、どうしても他部と共同になる。陸上部と組むのもやむを得ない。
 花道と流川だけでも大変なのに、トムという第三の問題児、そして増えた部員の管理…大変である。
(マネージャーたちも準備はしてくれているはずだし、流川ファンクラブもなんとか…ちゃんと部全体に協力しろと言っておきたいけど。それにトムと花道が無理に競争して、怪我しなきゃいいけどな)

 トムがホームステイしている安西宅で起きたのは5時過ぎ。
 金髪碧眼の白人が布団から起きるのには違和感があるが、彼は慣れているようだ。
「What a muggy Japan」
 蒸し暑さに閉口しながら軽くストレッチ、メールチェック。
 昨日の帰りは遅かったが、何も言われない…開放感を満喫している。が、安西の目の前では全て見透かされているような、人格的な権威ははっきり感じている。
 だが、そう簡単に女好きは治まらない。
 キスマークだらけの体を流し、和食の朝食もしっかり食べる。
 納豆に抵抗を示す外人は多いが、彼は散々日本マニアの父に食べさせられ、慣れている。また、スポーツ選手として当然学んだ栄養学の知識は、和食の素晴らしさを繰り返し語っている。
 片づけも手伝う。彼の受けた厳格な教育は、ホストファミリーへの礼儀と義務を忘れさせない。
 それから、庭のコートで個人練習。部の朝練にはぎりぎりまで行かない。
 徹底的にストレッチをして、サーキットで筋肉と心肺を暖めてから、ドリブルとシュート。
 朝だけで二百本は打たないと、彼の精妙なシュートスキルは維持できない。
 疲れると、アメリカのライバルを思い出す。
 アメリカではどんなすごい奴等が、どれほど頑張っているか。
 生き残りたい。明日もベンチに入りたい。試合に出たい。スタメンに残りたい。試合に勝ちたい。NBAプレイヤーになりたい。チャンピオンリングや金メダルが欲しい。
 何度ベンチから外されたか。その時どれほど悔しかったか。猛練習の末帰り咲いた時の嬉しさ。また次に生き残ることの厳しさ。
 日本にいることを意識的に忘れ、アメリカの緊張感を思い出さないと、この楽な環境に流されそうで不安なのだ。
 ここでは、ベンチから落ちる心配はない。それが怖い。
 心をアメリカに置き、早く帰って実績を上げ、NBAへの道に戻ることを考える。そのためにできることは
「日本に、あなたが全力を出しても勝てないライバルはいないでしょう。だからレベルが落ちると思うのはわかります。
 でも、だからこそできることもあります。今この時、徹底的にファンダメンタルを高めなさい。五年後、十年後のために」
 と、安西が諭した。
 幸い父の友人で、ホストを買って出てくれた安西監督の、ファンダメンタル指導はしっかりしている。
 今朝最後のシュート…アメリカの高校で同じチームだった、痩せた長身で俊敏な日本人とキャプテンだったセンターを思い出す。
(ジャップ!)
 心中叫ぶと、ボールを後ろに通して抜き、ジャンプショット。
(キャプテン!)
 7フッター…214cmの壁が、実に速く。押しつぶされる、大きく後ろに飛び、フェイダウエイジャンプシュート!
 ボールがリングに吸い込まれる。尻餅をつくように着地し、すぐ起き上がってリバウンド体勢。その動きが、無意識のうちに花道のスクリーンアウトを警戒していた。
 時間を見て深呼吸、コートの隅においてあるリュックを担ぎ、ドリブルで学校へ。
 学校に着くのは7時半、集合のかかる頃。

 ルーキーの中田には寝坊癖がある。
 今日も起きたのは7時過ぎ、朝練に間に合わない!
 必死で着替え、とりあえずヨーグルトとオレンジジュースを流し込んで、バターロールを袋ごとつかんでダッシュ。

 元木が起きたのは5時過ぎ。
 巨体に似合わない優しい表情で庭の花やハーブの手入れをする。
 自分でアサリ汁とほうれん草の白和えを作り、アジの干物を焼いて朝食。
 食後にバッハのBGMでお茶を一杯、ラベンダーとローズウッド、ジャスミンも一滴加えた風呂で軽くリラックスする。
 それでも学校にはドリブルで行く。彼も、バスケットが好きになっているのだ。

 風馬も5時半には起きる。陸上をやめて腐っていたころも、寝過ごすことはできなかった。
 彼は朝食からかなり重い。
 冷凍のハンバーグ三つとポテトをチン、それにコーンフレーク一箱を牛乳で流し込む。
 朝大量のエネルギーをぶちこみ、一気に走って体を温めるのが彼の流儀。
 部屋で時間割を整理しながら、壁の写真に目をとめる。
 陸上競技場で、自分とユニフォーム姿の女子、そして反対側に誰かいるようだが、切り取られている。
 そして、ゆっくりストレッチをし、学校に向けて走り出す。この風を切る感触、好きで仕方ないのに、痛みも消えない。

 彩子が起きるのは6時ごろ。今日の朝練は晴子が当番だから、別に急ぐことはないのだが。
 枕元のパソコンからスケジュールをチェック、そして…壁に大きく引き伸ばされた、あの集合写真を見つめる。
「よし、今日も頑張る!」
 そういって、愛用のハリセンをカバンに押しこんだ。

 今まで兄、剛憲に起こされていた晴子は、新しく入れた目覚ましにまだなじめない。赤木は今、深体大の寮にいる。
 まあ大した遅れではない、軽くお風呂に入って(マンガならここで読者サービスだが。男の作者としては挿し絵を描く画力がないのが少し残念)朝食、部屋に戻って…流川の写真を見つめ、
「流川くん…」
 と、ひとしきりうっとり。
 それから、あの集合写真にも目をむける。
「今日はハーフマラソンか…桜木くんとトムくん、それに風馬くんの誰かな、今日は」
 小走りに出かけた。

 三千代が起きたのは6時ごろ。
 まずメールチェック…遠い麻生学園にいる彼氏のメールに返信しておく。いつも通り、近況報告と会いたい…。
 引っ越して湘北に入って、もう二ヶ月。
 その間一度しか会っていない。が、さほどの寂しさは覚えていない。
 彼氏の新井先輩がいる麻生学園は、緒戦で大和台に惨敗した。
 それがきっかけで、最近少しぎくしゃくしている。
 それから、プリントアウトしたメールに目を通す。
 一臣からの、スポーツドリンクのレシピ。レシピとあいさつだけで、近況も何もない…事務的。不自然なほどに。
(別にいいじゃない、単なる料理の相談なんだから。このことはりんごちゃんにも言ってるし)
 と、自分に断っていることに…気づいてはいる。それを振り払うようにパジャマを脱ぐと白く細い体にシャワーを浴び、柔らかな髪を整えると湘南ならではの新鮮な魚で食事、新聞を少し読んで出かけた。

 湘北に一番乗りするのは、いつも花道。宮城も頑張っているが、どうしてもかなわない。
 閉まっている門を乗り越えると、校庭のリングに走り、スラムダンク!これが湘北高校バスケットボール部の、いつもの始まりなのだ。
「天才!」
 花道は叫ぶとシュート練習を始める。
 レイアップ、ゴール下、クローズアップ、フック…最近習った、スリーポイントも何度か練習してみる。
 かなり遠くからゆっくりセットし、
(ヒザグッ!)
 ボールが大きく上がって放物線を描き、リングをつらぬく。
「ナイッシュ!」
 花道の頭に、満開の花が咲く。
 顔も真っ赤になって…
「ハルコさん!」
 そう、赤木晴子が拍手している。
「おはよ。」
「お、おはようございます!」
 いつもながら、まぶしいような美しさだ。
「頑張ってるわね。もうすぐ決勝リーグだもん。」
「は、はい!ぜぇったい勝つ!そのためには特訓特訓また特訓ですよ、ハルコさん!」
「無理はしないでね、体壊したら元も子もないんだから。
 ちょっとでも痛かったり変だったりしたら、必ずマネージャーのあたしに言うこと!いいわね。それに、休む時には絶対きっちり休むこと。食事はバランスよくね。三千代ちゃんと元木くんの言う事よく聞いてね。」
 と、どこかお姉さんぶった口調で。
「はいっ!」
 晴子の心配げな顔に、嬉しくてたまらない花道。松井が振ってるしっぽが見えてるわね、と評したものだ。
「さあ、ゴール下の練習ね。あたしがディフェンスになってあげる!どこからでもかかってきて!」
「はははい、光栄です!」

「よう花道!」
「おはようございます!」
 宮城と元木がやってきた。露骨にジャマそうな顔をする花道…。
「おう、遅ぇな!レンシューだレンシュー」
「おめーが早すぎんだ。やるぞ!元木、三角パスだ」
「はい!」
 と、三人で円陣を組み、パスを始める。
 晴子はそれを見守りつつ、流川を待っている。
「元木、もっと強く!取りやすいように出してくれるのはいいが、ある程度強くないとスティールされるぞ。おれたちを信じろ!」
「はい!」
「花道、キャッチが体の芯からぶれないか、チェックしろ!基本の精度がプレイの質を決めるんだ。」
「基本の精度、と…」
 晴子がメモを取っている。
「よし、レイアップシュートを少しやろうか。 ディフェンス、パス、シュートを交代でだ。まずおれがパス出すから、元木がディフェンスしろ!花道にパスするから、本気で止めろよ。」
「そんな、無理ですよ」
「その通り、この天才を止めるなど」
「無理って言うな!いいか、無理な事なんてない。忘れるな!おれたちは、去年誰に聞いても無理といわれる事をしたんだ。勝ったんだよ、山王に。」
 宮城と、花道の顔が誇りに輝く。
 元木もビデオは見ているが、信じられないのが正直なところだ。
「は、はい!」
 元木が歯を食いしばり、両手を挙げて立つ。
 右に左に、小さくステップ。
「行くぞ!」
 花道が叫ぶ…高さだけではない、威圧感。
 宮城が自分からと見せ、軽く振り向いて基本通りのチェストパス。
 花道が元木の横をすりぬけながら受け、大きくジャンプして・・・もうそれだけで、ほとんどリングに手が届いている。
「置いてくる!」
 小さく叫んで、柔らかくボールから手を放す。
 が、追いついてジャンプしている元木の手が、ボールをはじいた!
「ふぬっ」
「ナイス!」
「もう一本!」
 悔しげに花道が叫び、今度はかなり遠くから飛び込んで。
 ボールがリングの回りを迷い歩き、落ち、
「リバン!」
 宮城と元木がとびつく、
「リバウンド王桜木!」
 圧倒的な高さで花道がボールを取って、直接ダンク!
「ハルコさん、みてくれましたか?今のスーパープレイを」
 が、晴子はどこかで朝練の準備をしている。
「ハルコさん?」
 がっくりしている花道の尻を宮城が蹴った。
「じゃあ今度は元木がシュートしろ。おれがディフェンスするから、花道がアシストしろよ。花道、自分で決めようとするなよ?」
「え〜っ!」
「天才だろ?ならパスもすげえんだよな」
「おうっ!」
 くす、と元木がわらった。

 日が高くなって、風馬と安田が走ってきた。
「チューッス!」
「チュース!」
 息を弾ませている。
「おはようございます!」
 と、自転車で登校した三千代が一度降りて声をかけ、そのまま体育館に。
 宮城が迎え入れ、またしばらくすると桑田や角田が、そして一年もちらほら集まってくる。
「体育館開きました!」
 晴子の声。
「ちょっと水!」
 と、もう一時間近く練習している花道が水道に走った。
「ちゃんと塩分補給しなきゃ、えっと、えっと」
 と、カバンをひっくり返し始めた晴子の手を元木が押さえた。
「ここにありますよ」
 一言照れくさげに残し、粉末スポーツドリンクを渡す。
「半分くらいに薄めるといいです」
「ありがと!」
 言って花道のところに飛んでいく晴子。
「いえいえ」
 元木はいうと、自嘲気味に肩をすくめて、
「早く来い!この間教えたV字ドリブル、見てやるよ」
 宮城の呼ぶ声に応えた。
 晴子が水道に行ったとき、花道はまだ水を飲んでいた。
 のどが上下し、胸が濡れる。
「桜木くん」
 晴子の声に、思いきりむせる。
「はい、これ」
 と、紙コップに入ったスポーツドリンクを渡す。
 ひったくるように飲み干して、花道は手が触れた事に気づく。
 体から湯気が吹き出し、髪に負けないほど真っ赤に。
「ハハハハハハハハ」
(手が、手が触れてしまった!)
 となっている花道。が、
「あ、流川くん!チューッス!」
 流川が出入り口で、室内バッシュにはきかえている。
 目ざとく見つけた晴子が、満面の笑顔で迎えに走る。
「ルカワ!てめー、勝負だ!」
 花道は別の意味で真っ赤に。
「おめーは今日もどあほうだな」
 流川が相変わらず無表情に。晴子の事など無論目に入っていない。
「今日も始まったな」
 宮城が、少したのしげに困る。
 流川が先攻。ボールを手にしてピボット、修羅の形相で花道が密着する。
「ふぬ!」
 取ろうと出した手。流川はその瞬間、鋭くドライブして花道を抜き、ゴール近くでジャンプシュートの体勢。
「天才!」
 と、花道がその背後から追いつき、ボールを叩き落とそうと。
 が、流川はボールを持ち替え、軽くひねるように放り上げる。
 ふわっと上がったボールが、リングをくぐる。
「きゃーっ!」
 と、もう親衛隊の声が。
「ふぬ」
 花道は叫ぶと、リングを抜けたボールを拾って、そのままバックダンク。
「ブーッ!」
 と、親衛隊が親指を下に。
「すごいっ!」
 と、晴子と三千代が叫んだ。
「花道、流川、なにやってんだ!昨日、1on1はミドルレンジを中心にって言ったろ!味方を想定も忘れんな。」
 宮城が怒鳴りつけつつ、安田とパスの練習をしながら、さらに一年の練習も見ている。かなり忙しい。
 花道は今度は、フリースローラインから後ろを向いてドリブル。
 流川ががっちり押さえる…素早く右にターン、と見せて左、だが流川はフェイクを読んでいた。
 花道はとっさに、股間を通すドリブルでボールを左手に移し、一歩下がってそこからジャンプショット!ブロックは届かず、そのままボールはリングに、リムに当たって跳ねる!
 花道がリバウンドを奪い、シュートにいくが流川のブロック。
「ふぬ!」
 叫ぶと拾い直し、一気に体ごと押し込む。
 押し返す流川の圧力を利用し、ゴール下シュートがバックボードに当たって、ネットをゆすった。
 流川が拳を握りしめ、股間を通す鋭いドリブルで花道を抜き、追いつくブロックをかわしてダンクシュート!
「きゃーっきゃーっ!」
「キャー!」
 親衛隊&晴子の絶叫が上がった。

「集合!」
 いっぱいの体育館で宮城が声をかけ、中田が走りこんでくる。
「ーッス…ぜ、は、」
「中田ぁ、おせーぞ!」
「中田くん、また朝食食べてこなかったわね?」
 宮城と三千代が叱り付けた。
「…一応ジュースとヨーグルト、パンは…」
「こら、一流選手になりたかったら食事もちゃんとする!」
 と、彩子が叱った、
「アヤちゃんの言う通り!それに、自己管理ができないのにいい選手になれると思うな!」
 そのどさくさに、少し遅れてトムが入ってくる。
「トム!おめーは遅刻か!」
「リョーチン、いいから早く練習させろ!」
 花道が叫ぶ。
「ああ、じゃあ、いいか、インターハイ決勝リーグは来週の土曜から始まる。そして今日は恒例のハーフマラソンだ。
 ベンチメンバーは明日から疲労を残さないよう、少し練習を軽くする。だからこそ集中しろよ!今日のハーフマラソンも、怪我しないように気をつけろよ。
 逆にベンチメンバー以外は、これから練習できる時間が増える。ある意味チャンスだからな、頑張れよ!
 さあ、体があったまってない奴はちゃんとストレッチして、疲れてる奴は水でも飲んでこい。
 湘北…」
「ファイ・オオシ!」
 怒号が体育館を埋めた。

 本格的に朝練開始。
「ベンチメンバーは少し休んでドリブル、Bグループは紅白戦!」
 宮城の指示で、桑田や佐々岡らが飛び出す。

 流川と花道は、ドリブルしながら何気なく対抗している。
「負けん!」
「ふん」
 花道は、見れば見るほど流川のドリブルの凄さがわかる。
 それがたまらなく悔しい。
「ふんふんふんふんふんふんふん」
 必死で、フルスピードになる。強引に股間を通したV字ドリブルをしようとして、足にぶつけてボールが転がる…
「どあほう」
「なにやってんの、桜木花道!」
 流川の罵声と、彩子のハリセン。
「ふぬ…」

 コートでは、試合に出られそうにないメンバーが必死で戦っている。
 もちろんそのプレイには、流川やトムの華麗な技術、花道や元木の日本人離れした高さ、宮城や風馬のスピード、中田の正確な基本…どれもない。
 だが、彼らは彼らなりに、湘北高校バスケットボール部で必死でプレイしている。
(すまねえな、みんな)
 観ていて、一人一人の成長を感じて、宮城は泣けてきそうだ。
 激烈な練習に大きく減りながら、必死でついてきている一年たち。ルーキーや留学生にベンチを支配され、裏方に近い立場でありつつ、情けなさを色にも出さずに頑張っている二、三年。
(おまえらも湘北バスケ部だ!おまえらのためにも勝つ!
 だから頑張ってくれ、ベンチメンバーがプレッシャーを感じられるよう、誰かが怪我をしてもレベルが落ちないよう)
 宮城は、内心泣きそうなくらい感動しながら試合を見ている。
 それがわかるのか、試合はますます加熱していた。
「ナンテ低レベルだ、ヘタクソ」
 トムがつぶやく言葉に、宮城のはらわたが煮え繰り返った。
「てめ」
 怒りをぶつけようとした瞬間、花道がトムに殴りかかって、
「だめ、桜木くん!」
 晴子が必死で止める。
「だめよ、桜木花道。トム、確かに彼らの技術はあなたから見ると物足りないでしょう。でも、あのメンバーも自分たちのベストを尽くしているのよ。そして、バスケットボールは誰もが楽しんでいいものだと思う。」
 彩子の言葉に、トムが表情を歪めた。

 始業時間が迫る。
 ホイッスルが響く。
「集合!」
 名残惜しげに、桑田がセットシュートを決めた。
「ナイッシュ!」
 晴子が声を上げる。
「さあ、これはあまり言いたくないし、オレも思い出したくないが期末も近い。赤点でインターハイをふいにする、なんてことにしたくないから…勉強しようぜ。
 佐々岡、前の紅白戦より数段進歩してるな。特にスライドは今度花道に教えてやって欲しいくらいだ。」
「はい!」
「皆もこれから、どんどんボールに触ろうぜ。ベンチメンバーも無理はするな、だが負けないよう頑張ろう。絶対全国に行くぞ!
 解散、湘北、」
「ファイ・オオシ!」
 ため息が広がる。
「流川様、お疲れ様でしたーっ!」
 ファンクラブから整然とした黄色い声。
「これ飲んでください!」
 とスポーツドリンクを差し出す女子、タオルをかける女子…
「まったくあいつら…」
 宮城が肩をすくめた。
「桜木さん、よかったらどうぞ」
 と、藤井が花道に低脂肪牛乳一リットルパックにプロテインを混ぜ、差し出した。
「藤井ちゃん!おはよ。」
「おはよっ晴子。ごめんね、ジャマだったかな?」
「いいよいいよ、いつも差し入れありがと」
 言いつつ、感じている違和感に舌がもつれそうになる。
 なんとなく、藤井が花道に差し入れをするたびに、藤井と花道が話すたびに、どこか感情が揺れる。
 藤井から何か、負の感情を感じるし、そんな自分が怖い。
「ありがとうございます」
 ぎこちなく好意を受けた花道が、晴子の…とげを含むような視線に戸惑いつつ、パックにかぶりついた。
「ほら、こぼしちゃだめよ!」
 と、タオルを持ったまま、晴子が動きを止める。
 藤井に、ぎこちない動作でタオルを渡す。
 複雑な微笑を浮かべ、藤井は真っ赤になって花道のあごをぬぐった。
 花道も真っ赤になって硬直している。
「くそ、花道ももてていいよな。うぅらぎぃりぃものぉぉう…」
「なに馬鹿いってんのよ、今日やる古文の文法は大切よ?スポーツ推薦があっても、ある程度成績もいるんだから!その前にせめてインターハイに出ないと推薦はきついけどね」
 と、彩子がリョータに向き直った。

 昼休み。
 花道は学食で、また大量の昼食を頼もうとした。
「ラーメンにカツ丼大盛り、ミックスフライ、あカツはジャンボロースカツね、それに鯖の塩焼き、」
「こら桜木くん!」
「ハルコさん!それに藤井さんに松井さん、三千代さんも?」
 驚く花道。桜木軍団もなんだか嬉しそう。
「桜木先輩、もう試合まで十日もないですよ?体をもっと大切にしなくちゃ。そろそろ炭水化物を中心にしましょう。」
「そうよぅ、三千代ちゃんの言う通り!ラーメンとかフライとかはよして力そば大盛りにしてください。それにトマトサラダと」
「あの、ドレッシングはなしにしてください」
 花道が、恐る恐る申し出た。

 三千代の目が光っているので、花道は速く食べたいのを我慢してゆっくり噛んでいた。
「桜木先輩は普段、どんな食事をしているのですか?」
 三千代の問いに花道は…食べながら、
「オヤジと二人暮らしだから、買い物は大概オヤジが夜勤前にだな。とにかく安くてうまいもの。牛乳も毎日飲んでる。」
「え、まさか桜木さんは自分でも料理を?」
 藤井が驚いた表情で。
「インスタント食品は?」
 三千代が、少し真剣な目で。
「結局高くつくから、冷凍の野菜とか以外くわねえな」
「でもあれだけの量食べてたら、大変じゃない?」
 松井が少し心配げに。
「大丈夫、特に米はいくらでもあるんだ。花道の親戚が農家だから」
 と、洋平が優しく笑った。
「こいつの作ったの、結構いけるぜ?ただメシが固くて茶色いのがなんだけどな。ちゃんと精米しろよ」
 野間がいつもの文句を。
 三千代が驚いて、
「ということは、まさか玄米?」
「面倒だからな」
 花道はちょっとぶーたれている。
「大変でしょう、今度作りに行きましょうか」
 と藤井が、少し語尾が消え入りそうに。
「だめよ!」
 なぜか言ってしまった晴子が、自分の言葉に戸惑っている。
「一度、みんなで作りに行きましょう。」
 凍ってしまった空気を、三千代の一言が救った。

 流川は学食に行く必要はない。差し入れがあるから。もうファンクラブも、彼の食欲に慣れたようで、十分な量を差し入れている。
 栄養バランスも、《スタッフ》の中に詳しい者がいるようで、最近はちゃんとしている。

 体育館には早弁組がもう集まり、練習を始めている。
 宮城と風馬が常連だ。
「いいか、確かにお前のトップスピードと維持する力はすげえ。でもな、バスケでは止まった状態から素早くトップスピードに持っていき、素早く止まる事がむしろ大切なんだ。」
「ウッス!」
 宮城が先導してドリブルで色々な動き、風馬もドリブルしながら後を追っている。
 直線なら追いつけるが、やはり左右に揺さぶり、鋭い方向転換やストップを入れるとついていけない。
 ボールが風馬の足に当たって転がる、
「焦るなよ。基本を徹底的にやっていれば、いつか必ずできるようになる。素質はあるんだから、今は基本を確実にやれ。」
「ッス!」
 風馬の表情が輝いた。
「よし。でも、これから試合まで間がないからな…実戦ではお前は速さを活かして速攻でのタッチダウンパスが中心だな。今それ練習しておくか。だが、それも基本のパスキャッチの延長だからな!」
「ッス!」
「おれが目で合図したら、反対側のゴールまでダッシュ。そしてパスを受けて、レイアップだ。」
 言うと、宮城はディフェンスの構え。
「ハンズアップ!今お前はディフェンスだ!イメージしろ、ここで敵オフェンスがシュート、」
 言うや、かなり強引なシュート。リムにボールが弾かれ、
「行けっ!」
 宮城が反対側のゴールを指す。
 風馬が、集まっているバスケ部員や一般生徒の隙間を縫って走り出した。
 リバウンドをとった宮城が、野球のようにパス!
 最高速度に達した風馬が、フリースローラインへ。まさに疾風!
 振り向いて取ろうとしたが、手からボールが弾けた。
「あ!」
「キャッチの基本を忘れるな!あれがバスケで一番重要な技術だ。お、流川!ちょうどいい、ちょっと手本見せてやってくれ。」
 やってきた流川をつかまえると、同じようにオフェンスの形。
 シュートが外れる、その瞬間もう流川は反対側のゴールまで走り出した。
 同じようなパス、それを流川は走りながら柔らかく受け、すぐ胸に寄せてからそのままレイアップをふわりと決めた。
「見たか?あれを何度も真似てみろ。いくぞ!」
 もう一度、ダッシュする流川に向けてロングパス。
 が、そのボールを花道が、カエルが跳びつくようにジャンプ、カット!
「天才!」
「バカヤロウ、なにやってんだ花道!風馬にタッチダウンパスの手本見せてやってんのに」
「邪魔すんなどあほう」
「手本ならオレが見せてやる!速攻でいつもやってることだろ?」
「よし、やってみろ。」
 いうや、また宮城がリバウンドを取り、同時に花道と風馬が猛烈にダッシュしていた。
「ふぅっ!」
「フンフンフンフン」
 陸上全中入賞の意地にかけても足では負けられない風馬と、何についてもだれにも負けたくない花道。
 頭上を飛ぶパス、花道はそれをしっかりと受け、そのままスピードをゆるめずに
「庶民」
 シュート、といこうとしたが、流川がブロックした。
「なにすんだキツネ!」
 流川は知らん振りして、自分のボールでドリブルを始めた。
「ふぬ…」
「おまえら…」
 宮城が呆れ、
「風馬、あいつらはほっといて練習だ。」
 と、肩を落とした。
「勝負だ!」
 と、花道が怒鳴っている。

 花道がボールを持ち、ピボットで左右に揺さぶる。
 流川は少し離れ、手を挙げて腰を落とし、しっかり守っている。
「フン!」
 花道が一度だけドリブル、強引に高いジャンプショット!
 最高点がゴールの高さを超えるため、手から離れたボールに触れればそれで反則になる。
 が、流川は伸び上がる一瞬にボールを叩いていた。
「ちぃっ」
 落ちるボールに、床にダイブした花道がしがみつく。
 流川は軽く口を歪め、またしっかりディフェンスの基本姿勢。
 そして、ドライブしようとした花道からボールを奪うと、一歩引いてドリブル。
「ふぬ!」
 花道のブロックをかわして、フェイダウエイジャンプショット。
 ふわっと上がったボールはリングを貫いた。
「ナイッシュ!」
 ファンクラブの歓声が上がる。
「くそ、今度こそ!」
 ボールを床に叩き付け、フリースローレーンに向かう花道に、
「パス!」
 声が響いた。
 振り返ると、トレードマークのドレッドヘア。
 中田がパスキャッチの姿勢で待っている。
「オレも入れてください!」
 緊張した、いい笑顔。
「あ、トム!お前は流川側でディフェンス、二対二だ!」
 と、宮城の号令で振り向くと、もう見慣れた金髪があった。
「コンな段階じゃプラクティスにならない」
 文句を言いながら、中田の前に立ちふさがる。
「よし、行くぞ!」 
 花道が叫んだ。
 まず中田がドリブル、
「桜木先輩、スクリーンお願いします」
 と、小声で。
「ハンズアップ!ディナイ!」
 トムが中田に張りつくと大声を出す。
 流川はそれを忠実に守り、花道と中田を結ぶ線に立つ。
 花道は必死で動き回り、パスを受けようとする。
「パァース!パスパスパスパス!」
「ゴールにもっと近づいて!射程からでないで!」
 中田が指示しつつゴールを右手で指差し、左手でドリブルを続ける。
 トムのチェックが激しい。
「抜いてやる」
 中田はつぶやくと、右に抜けて右手に一瞬ボールを吸い付ける。パスと見せて花道のほうにドリブル、だが流川がすかさず花道をスクリーン、その瞬間トムがボールを奪った!
「くそっ!」
 悔しがる花道、中田。
「フッ」
 笑うトム。流川は静かに、無表情。
 今度はトムと流川のオフェンス!
「絶対止めるぞ!」
「おう!」
 大声が体育館を震わせる。
 トムが鋭く切り込み、背中を通してドリブル、
「ミドルライン!」
 流川に叫びかけると、右から左へ回し、一気に流川のいる方向にドリブルする。そのスピードに中田が一瞬遅れ、すかさずトムがストップ、ペースを変えて振り切る!
 打点の高いジャンプシュートが、正確にリングを打ち抜く。
「ちくしょう!」
 悔しがる花道。
 流川は平然としつつ、自分のポジション取りが間違っていないか検討していたようだ。
「行くぞ!」
 今度は花道がボールを持ち、流川とにらみあう。
 ローポストから、ゴールに背中を向けて強引なドリブル。
 中田が激しく動き回り、マークするトムを抜こうとしている。
 花道を体で押さえこみ、ボールを奪おうとする流川だが、花道の厚みで取りきれない。
 静かに、単調なドリブルの音が体育館の喧燥に混じって。
「相撲では四つに組んで動かないときが一番疲れるけど、そんな感じね」
 と彩子がつぶやく。
 花道がじり、じりと押し込む。
「パス!」
 鋭いフェイントを交えたフットワークで、ほんの一瞬隙を作った中田がパスを要求。
 花道は素早くボールを放ち、即座に左にターンした。
「スクリーンアウト!」
 トムが叫び、斬りこむ中田に追いつく。
 中田はレイアップ、と見せてパス、ブロックの手が伸びる…さらにフェイント、強引に
「リバン!」
 叫びながら、ボールをバックボードに当てた。
「リバウンド王桜木!」
 花道が叫びつつ、ペイントの外から飛ぶと・・・文字どおり飛翔、ボールをつかみ、着地するとトムのブロックをフェイクでかわし、柔らかく跳んで
「ゴール下はオレが制〜す!」
 見事に決まる。
 トムが床を蹴った。
 流川が無表情の中、目でくやしがる。
 そしてボールを受け取り、今度は自分が斬りこんだ。
「止める!」
 花道の大きいチェック。突然流川が股間にボールを通し、抜く、
その瞬間中田が立ちふさがった。
 基本通りに腰を落とし、手をあげて。
「桜木先輩、トムに」
 言うと、そのままボールに手を出しつづける。
 流川はあえてゴールを向いたドリブル。彼らしい強気の体勢だ。
 花道はトムにへばりつき、動けないよう抑える。
 流川がトムに向かってドライブ、中田をトムにこすりつける。トムはしっかりとスクリーン、即座に次の動きに入る。
「スイッチ!」
 中田の叫び。花道がとっさに一歩引き、腰を深く落とした。
 流川のジャンプ。花道も大きく飛ぶが、ボールは横に。
 走りこんだトムが受け取ると、そのままダンク!ブロックに回った中田は簡単に弾き飛ばされた。
「ふぅ」
 流川が荒く息をつく。
「やっぱあのコンビ、動くと凄いな。本番でもやってくれればいいが」
 宮城がしみじみとため息をついた。
 もう昼休みも終わる。

 やっと五時間目が終わり、花道は教室から駆け出した。
「待てよ花道!」
 桜木軍団の声も耳に入っていない。
「飢えてんな」
 と、洋平が苦笑した。
 校庭に一番乗りすると、しっかりストレッチを始める。
 そして、三々五々バスケ部が集まってくる。花道の次に早かったのは中田と元木で、皆が集まるまでのわずかな間にも、三人でシュート練習を何本かしていた。
 少し離れて、陸上部が集合した。
「バスケ部集合!」
 と、宮城の声。
「今日はハーフマラソンやって、あとは自由練習。
 くれぐれも無理はしないように、しっかりストレッチしろよ。それに公式戦シーズンだから、特にベンチメンバーは限界に挑むような事はするなよ。体を確かめ、集中力を確認するんだ。無理だと思ったらリタイアしろよ。
 逆にベンチでない奴は、チャンスだと思って頑張れ!
 陸上部も協力しているからな、ちゃんと仲良くやれよ。
 よし湘北、」
「ファイ・オオシ!」
 円陣を組んで声をかける湘北男子バスケ部。
 離れてミーティングをしていたマネージャーたちが、
「みんな、塩とブドウ糖を必要なだけとって。水も今のうち飲んでおきなさいよ」
 花道が机に駆け寄ると、白い固まりをいくつかほおばった。
「こら桜木花道、食べ過ぎちゃ駄目!」
 元木が、自分の脚にローズマリーオイルをすりこんでいる。
「マネージャー、流川先輩に近づかないで!あたしたちが渡すんだから」
 と、ファンクラブが晴子と三千代に敵意をむき出しにした。
 そんなこんなでスタートラインに。
「お前が陸上部に入ってきてくれなかったから、おれたちはもう予選落ちなんだよ」
 と、陸上部が風馬にいつものうらみごとをいう。
「用意・・・」
 彩子がストップウオッチを用意し、晴子が自転車で走り出す。
 ピーッ!
 ホイッスルと同時に、花道と風馬が一気に飛び出す。
 流川はややゆっくりと、完走狙いのペース。
 陸上部の主将が、意地を見せて追いつこうとした。
 トムは静かに加速し、自分のペースをつかもうとする。
「流川様、頑張って!」
「花道、負けるなよ!」
 と、のんきに応援合戦が始まる。

 5kmを超えたところで、初めて脱落者が出た。バスケ部一年(ベンチメンバーではない)の山崎が、無理にトップグループに追いつこうとして倒れたのだ。
 後ろから自転車で追っている彩子が声をかける。
「こっちに!」
 道端に座らせ、スポーツドリンクの500ml缶を渡して休ませ、様子を見る。
「残り、歩ける?」
「はい、大丈夫、走れます」
「無理しちゃ駄目!ここまでついてこれただけで十分よ。いくらでも次があるんだから、今回はこれでよしとしなさい。」
「は、い…」
 と、起き上がってふらふら歩こうとする彼に、
「あ、待って」
 彩子がビニール袋を渡すと、
「折り返しで配るドリンクのゴミ、拾いながら帰って」

 折り返しの10km地点で、三千代がドリンクを準備している。
 陸上部マネージャーと、流川ファンクラブも数人待っている。
「松岡さん、流川様の好みと違いますよ」
 冷たく、ファンクラブの子が三千代の用意したドリンクを払った。
 地面に落ちる紙コップが踏み潰される。
「あら、ごめんなさい」
 唇の隅だけの、憎々しい笑い。
「あたしたちが準備するから、」
「なら、レシピを見せてください」
 三千代が、静かに。
「なんであんたなんかに見せなきゃいけないのよ!」
 スタッフが怒りをむき出しにした。
 三千代の目から強い意志が走り、
「いいですか、皆さんは流川先輩のいいプレイを見たいんでしょう?なら、流川先輩のコンディションを保ち、同時にチームメイトの皆も支えなくては元も子もないです。
 流川先輩も、チームの中でプレイしているんです。少なくとも邪魔しないでください」
「なによ!生意気」
 怒りに切れたファンクラブの子が、三千代の用意したほかのドリンクも叩き落とそうとする。
 その手を、手伝っている大楠がつかんで止めた。
「よせよ」
 先導してきた晴子も自転車から飛び降り、
「やめてよ!三千代ちゃんが朝から一生懸命準備したのに」
「あんたたちも逆らう気!」
 大楠がひっかかれたところで、花道と風馬、トムがだんご状態で走りこんできた。
 無言でドリンクをひったくり、飲みながら走りつづける。
 そして、少し遅れて流川の姿が見える。
「きゃーっ!」
「ルカワくーん!」
 晴子もちゃっかり嬌声をあげ、われもわれもとドリンクを渡そうとする。
「くれ」
 と、流川はファンクラブの一人の手からドリンクを取ると、頭からかぶった。
「きゃーっ、あたしのドリンクを流川様が浴びた!」
 大喜びを見もせず、三千代が慌ててドリンクを一つ持ち、
「ちゃんと飲んで!」
 叫んで、必死でダッシュして渡した。
 流川は黙って飲みつつ、引き離された赤い髪を追う。
 宮城が走りこんできた。
 慌てて晴子が
「これでいいのよね!」
 三千代に確認し、渡す。
 ファンクラブの殺気が、三千代と晴子を包む…。

「うまいなこの、は、ドリンク。」
 走りながら花道がつぶやく。
「リンゴと、ちょっと、つっ、入った酢の、つっ、クエン酸が疲れに、効くッス。リンゴの、つっ、糖分も生き返るし、つっ、塩分もうれしいッス」
 風馬が追いつきつつ解説する。
 トムが花道を抜いてトップに立ち、飲み干したコップを捨てた。
 彼は、自分のアメリカでよく使われるドリンクが、別に作られたものだと知らない。慣れているドリンクが出てくる事を、当然と思っている。
「まてぃ!」
 花道が加速する。
 そこをやっと、自転車の晴子が追いついてきた。
「ごめんね、ファイト!」
「ハルコさん!」
 燃え上がり、さらにペースが上がる。
「まぁけぇるぅかぁ」
 紅蓮の炎が、一気にトムを抜こうとする。
「リメンバー…パールハーバー!」
 トムの金髪が、負けじと風になびく。
 わずかに遅れた風馬が、歯を食いしばって空コップを捨てた。

 流川が通った時点で、もうファンクラブは帰ってしまった。
 あとは、三千代と陸上部のマネージャーが残され、忙しく働いていた。
「元木くんは確か自分で準備していたわね。」
 と、名前が書いてある500mlペットボトルを探し、開けてストローを入れてテーブルに置く。
「ねぇねぇ、三千代ちゃん、さっきは大変だったわね」
 陸上部のマネージャーが話しかけた。
「いつものことですから。はい元木くん、ラップ2分43秒上がってる」
 元木にペットボトルを渡すと、別の陸上部選手には濡れたタオルと大きめのドリンクを。
「流川様って、いつもは何を食べてんの?」
 どうやら彼女たちもファンらしい。
「自家製のパンが好きなようです。」
 マネージャーは情報源として、色々聞かれるのに慣れている。

 スタートから一時間あまり、通いなれた道に入ってくる。
 トムが先頭。
 花道はかろうじて金髪を見ながら、さすがに疲れて追っている。
 風馬はその後ろにぴったりつけ、宮城が急速に追撃。流川も、宮城が見える程度に追いついていた。
「まける…かぁ!」
 花道が一気にスパートをかけるが、さすがにガスが少ない。
「桜木さん!」
 そんな花道に、レモンが一個パスされる。
 藤井が待っていたのだ。
「ありがと、ひゅゃっ、ございます」
 かろうじて言うや、丸ごと食べてさらに加速!
「おれにも!」
 言う風馬や宮城にも渡し、そのまま花道の後ろ姿を見守る。
 晴子がなぜが、それを振り返って面白くなさそうにしていた。
 並木の歩道。校門を抜け、校庭へ。
 トムに、花道が追いついてきた。
 晴子も21kmのサイクリングでかなり疲れていたが、校庭で準備しているイチローに
「もう来るわ!準備お願い」
 言って、なんとかタオルの用意に入る。
「来た!」
 校庭に、赤と金が走りこんできた。
 最後のトラック、抜いて抜き返して…
 風馬が猛然とスパートをかける。
 宮城と流川が、校門を抜けた。
「桜木くん!」
「ハ、ル、コ、さ、ん、うおおおおっ!」
 晴子の応援に花道が鬼の形相でダッシュ。トムも、風馬も最後の力を振り絞った。花道の目には、もう晴子とゴールしか見えない。
 野間がカメラを構え、トムと花道が同時にテープを切る。沈黙の中、シャッター音が連続で響く…
 ついで風馬が駆け抜け、そのまま減速して四つんばいに。
 晴子は、倒れこんだ花道を抱きとめてタオルでおおったが、疲れもあって体重を支えきれず、倒れこんだ。
 トムも四つんばいの姿勢を保ち、腕で支えきれず崩れた。
 宮城がゴールし、こっちは半ばわざと彩子の胸に顔を埋める。
 花道も晴子の胸に顔を埋め、激しく息をついて…突然、意識が戻った。
 晴子と抱き合って寝ている状態。
「ハハハハハハハハ、ハルコさん!お、おんわ、なん、」
 わけの分からない事を言って離れ、そのまま倒れる。
「落ち着いて桜木くん、ゆっくり深呼吸してクールダウン」
 上体を起こして言った晴子の前を、流川が走り抜け、
「ルカワくん!」
「タイムは」
「えーと…」
 倒れかかる流川にイチローが時間を告げ、タオルをかぶせた。
「ルカワ様!」
 ファンクラブが押し寄せ、イチローを押しのけてマッサージしたり飲み物を飲ませたり。
 晴子が皆に、三千代が折り返し地点とは別に作ったドリンクを配る。こっちは蜂蜜を主にし、梅干しを一個ずつつけている。
「おいしい、体に染みる…松岡もやるな」
 と、元木がアーモンドオイルをベースにしたマージョラム、ローズマリー、バジルのブレンドオイルを配りながらつぶやいた。
 イチローが上位陣のタイム表を、宮城のところに持っていく。
「すごいな、こいつら…こいつらが陸上部にいたら、絶対全国でいいとこいってたよ」
 のぞいた陸上部の主将が、荒い息の下悔しがる。
「おれたちが全国制覇してやるよ。おまえらの分もな」
 と、宮城が笑った。
「で、トムと桜木、どっちが優勝したんだ」
 結果は、写真の現像までおあずけとなった。

 スタートから二時間、もう陸上部は宴の後。みなシャワーを浴びて制服に着替え、リタイアした連中を待っている。
 陸上部の顧問が、ライトバンで脱落者を拾いに出た。
 昇降口の近くに、制服に着替えた連中が座り込んでいる。
 疲労にぐったりして、何をする気力もなく。
 花道は一人元気に、シュート練習をしている。
「化け物…」
 宮城がよたよた残務処理しながら、恨めしげにつぶやいた。
 流川は動く力がなく、部室で寝ている。
 一度シャワーを浴びて休んでいたトムが、レイカーズのTシャツを絞り直してきた。
「マケテられない」
 足がふらついているが、ほとんど意地で花道の前に。
「勝負だ!」
「フン」
 花道がドリブルで突進するが、あっさり奪われる。
 トムはいったん花道に正対し、後ろを見せる、と見せて複雑なフェイクを入れ、あっさり抜き去ってダンクシュート!
 悔しがる花道が、背中からドリブルで押し込む。
 シュートフェイクから抜いてレイアップに持っていこうと。が、トムが追いついて、花道は二歩目で止まった。
 そのまま、フリースローレーンの台形の線上で、花道がボールを持ったまま片足だけでステップ。右に大きくフェイクを入れ、ジャンプショット!
 が、トムがあっさりブロックし、ボールを追って拾うとすぐさま、芸術的なスリーポイント。
 ネットが軽やかに跳ね上がった。
 そして、トムはさすがに疲れたのか、そのまま座り込んだ。
 だが、立てるようになるとまた練習を始める。彼にとっては、NBAのプロがライバルなのだ。
 今休んだら、また差が広がる。自分より高い、より才能のある人間が、自分より頑張っている。指一本でも動かせるうちは、練習する。
 その確固たる意志を感じたのか、流川がふらふらと出てきた。

「今日はお疲れ。怪我がなくてよかった。」
 陸上部が解散してバスケ部がそろい、宮城が解散ミーティングを始めた。
「流川!気持ちは分かるが寝るな。ベンチメンバーは明後日から、疲れがたまらないよう軽い実戦練習を中心にする。明日は練習休みにするから、とことん休めよ。絶対出てくんなよ!休むときはきっちり休むのも一流選手の条件だからな。
 他のメンバーも、明日はゆっくり休んでくれ。
 今日、とにかくとことん走って、みんな自信がついたと思う。特に去年、海南に走り負けたようなことは、もうないだろう。
 今年こそ絶対に勝つ!そして、全国制覇だ。こんなに走って、負けるはずがないんだ。チーム一丸となって、まず緒戦の陵南戦に勝とう!」
「おう!」
「湘北、」
「ファイ・オオシ!」
 傾く日の下で、怒号が響いた。

 いつもは八時、時には九時過ぎまで練習する花道たちだが、今日は早めに帰ってきた。
 花道がドアを開けた。
「ただいま」
 とはいうが、父は夜勤だから誰もいないと知っている…が、
「おかえりなさい!」
 と、晴子!
「ええええええ、ハルコさん!」
 腰を抜かして倒れる花道を、洋平たち桜木軍団が笑いに来た。
「花道、みんなで買い物して来てやったぜ!メシはできてるよ」
「これでこんなに驚いたんなら、裸エプロンだったらショック死してたんじゃねえ?」
「おめーら!」
 桜木軍団に吠える花道、だが晴子の笑顔に幸せ。
「急にお邪魔してしまって、すみません」
 藤井が少しすまなそうに。
「いえ、別にいいっていいって」
 花道がまたどぎまぎする。
「さ、三千代ちゃんの魔法のレシピで、絶対勝利!よ。早く!」
 晴子の誘いとおいしそうな匂いに坑しきれず、花道は居間に突進した。
 騒がしい食事の音と、
「うまい!」
「おかわり!」
 の連発。花道にとっては、夢のように幸せな夕べだった。

 流川は、玄関に倒れてそのまま寝た。家族とファンクラブがベッドに運ぶのに一苦労したが、思いがけず流川の部屋に入る事ができた当番は
「一生分の運を使い切ったわ!」
 とふわふわしていたものだ。
 NBA選手のポスターとバスケ雑誌とテレビデオとテープの山、トレーニング機具とベッドと机だけの、殺風景な部屋だったが。

 宮城は事務処理と反省会を含めた陸上部幹部との飲み会のせいで、帰りがかなり遅くなってしまった。いつもなら1時間はやる風呂前のドリブル練習も、今日は十分程度しかできなかった…。

 トムは、今日は女遊びはしなかったらしい。彼がいつまで体育館で練習したのか、それは誰も知らない。

 中田は帰ってから、NBAファイナルのビデオを観てしまい…疲れきっているのに、また寝るのが深夜になった。
 これで明日も寝坊決定。

 元木は帰ってから、ゆっくりと家の菜園や花畑の世話を始める。
 セージが少し伸びているのが、とても嬉しいらしい。
 そして新鮮なバジルをたっぷり摘んで、夕食に加えた。
 今日の風呂はラベンダーとユーカリオイル。
 ジャスミンとマージョラムを枕元のポットに垂らし、ゆっくり眠る…

 風馬は帰ってから、一冊のノートを取り出した。
 手垢と泥に汚れた、古いノート。名前も何もない。
 それに今日の記録とラップタイムを書き込み、かなり長い時間検討する。
 それからゆっくり、元木にもらったオイルも使ってマッサージして、一時間以上ストレッチしてからいつもより長風呂をして寝た。

 晴子は九時ごろまで桜木家で過ごし、藤井、松井と共に帰った。
 花道が力尽きているので、高宮と野間が送っていく。
「すっごくうまかったっす!」
「また来るからね。じゃ、明日はゆっくり休んでね!」
「また明日。」
 花道が、ずっと手を振っている。
「藤井ちゃん、よかったね!桜木くん、すごく喜んでたよ」
「台詞と背景があってないわよ」
 小声で、松井がツッコミを入れる。
「楽しかった。」
 藤井は、少し複雑な笑顔で応えると、煙るような薄雲にかすむ月を見上げた。
「ほんとにうまかったよ!」
「もう満腹!またやろうな」
 野間と高宮が、のんきに笑っている。

 三千代が帰ったのは九時を回っていた。思ったより残務処理が多かったのだ。
 それからいつも通り、りんごに電話。
「三千代ちゃん?」
「あ、りんごちゃん、もうそっちの練習は終わったの?」
「うん、やっと切り上げたみたい。松浦くんは残ったみたいだけど。今日ねえ、一臣と七緒先輩が一対一で、すごかったよ!一臣が初めて勝ったの!くるっと回って、すごいダンク決めたの」
「え、やったね!」
 観たかったな、をかみ殺し、
「そういえば今日、筒井くんのレシピのおかげで助かったわ。みんなにすごく評判よかった。お礼いっといてね」
「うん!あ、そういえばなんで急に、試合一週間前の選手の食事なんて相談したの?まさかそっちに…」
「ちがうちがう、二年の先輩に聞かれてよ」
「あ、雨降ってきたよ!明日大変だね」
「こっちはまだ降ってないけど、もう降りそう。」
「お互い、これからが勝負ね」
「期末も、ね」
「それいわないでよ…」
「カエルの声が」
 パジャマでとりとめのない話。笑い。少女の一番の楽しみ。
 この時の少女の輝きを、なんといえばいいのか。

 もうすぐ、決勝リーグが始まる。
 花道と宮城、二、三年にとっては、赤木から引き継いだ全国制覇の入口。  流川は日本一の高校生になるため、仙道との戦いのために。
 トムにとって、湘北の全国制覇などなにほどのものでもない。日本のインターハイなど、アメリカの州大会にも劣る。彼は知らない、ここから日本人初のNBA選手が出てくることを。
 だが、アメリカの誇りにかけて、絶対に負けられない。より高い世界で戦っている、アメリカのチームメイトやライバルに負けないために。そして、より高い目標に近づくために、一日一日練習する。そして、勝つ。
 一年は、これからの戦いに興奮している。参加できるものも、観ているものも、先輩たちのすごいプレイと強さに憧れを感じ、そして超えたい。

 深い眠りに就いた皆、疲れきった体がゆっくりと回復を始める。
 より厳しく鍛え、よりたくましく。
 明日の彼らは、きっと今日より強い。

―了―

 後記

 ちょっと時間がなかったので、特に後半は急ぎ足で仕上げてしまいました。
 バスケシーンもなんとなく中途半端な感じですし、マラソンはもう書くべき事をほとんど書けていないと思います。
 考えてみるとなぜこんなメニューにしたのでしょう。じっくり紅白戦を描いたほうが面白かったかもしれません、が、それをする気力はありませんでした。
 結構面白いので、今度紅白戦中心にやろうか、と思っています。

 描いていて首をかしげたのが、花道はいつスクリーンプレイをマスターするのだろうと言う点です。結局スタメンでセンターの花道と、パワーフォワードの中田がちゃんと連携できていない、これはチームにとっては苦しいです。
 花道はセンターですから、本来最も重要な役目の一つがスクリーンのはず。でも、バスケの理論的な事を彼が理解するのは、一体いつになる事か…まあ、天才ですから何とかなるでしょう。

 花道の父親があれからどうなったのか、ここの想像はちょっと乱暴だったかも。ファンは納得できないかもしれませんが、まあ一人一人それぞれ違う続きがあるのでしょうから、僕は僕の中での続きを文章の形で書いていきます。それでお許しください。