友人ネタ話 vol.2 〜S.Aの章〜 葵 竜誇  初出1999.10.20  無味無感動。第一印象は文系の寡黙な男だった。  実際はかなり違うというか、人は見かけによらないと言うことわざ通り性格も得意分野も違っていて。  それは不思議な印象だった。話すたび、言葉を重ねるたびギャップが広がっていった。  知人達の間でもそれは有名な話で。  本人も自覚している節があって。引っ込み思案とも又違う口べたで。  でも、そう言った取っつきにくさはあっても、話してみればいい奴だ。  それが逆に心配につながる…。  今回はそう言う話。  1.彼の氏は…  1998年某月某日。曇りのち晴れ。  北海道の片隅にある元男子校、今は共学の工業高校。この、元男子校と言うのがこの学校の欠点だ。しかも致命傷。  女子の人数が極端に少ない。従って、男のむさい環境が未だに尾を引きずる。  この問題は1999年にはほぼ、完治するのだがいかんせん今は過去。どうしようもないのだった。  そう。この建築科三年の教室には女子が一人しか居ない。彼女には辛い事実だ。  何度、その他大勢のために怒りがその胸にこみ上げたことだろう。  同じ教室にいた『自分』には、その気持ちがすこし、判る。  まぁ、それは置いといて。  その隣の電気科の教室に彼はいた。比較的誕生日は遅生まれ。得意科目は科目全般。  頭脳では間違いなく校内ベストエイト、しかも上位に入る。  部活は卓球部。幽霊部員なんて台詞はとんでもなく、かなり上手い。  顔立ちは運動系だが、そこいらのいかついヤロウよりもすっきりとしている。部活の最中の彼をそこいらの女性100人に見せれば好意を持つ女性もいるだろう。  ただし。  それは彼を全く知らない人に限るのだが。  運動をしていない時の彼は非常に寡黙でおとなしい。  学友の問いにも言葉少なく、自分の趣味以外は発言に積極的ではないのだ。  それが彼の欠点を覆い被している。  彼と言葉を交わしてひとたび彼から無遠慮な発言が飛び出したとして、大抵の人は彼に苛立ちを覚えることだろう。  先ほど紹介した建築科の彼女の場合、 『言葉が高圧的で命令調。話してくると馬鹿にされているみたいで怒りがこみ上げてくる。 やな奴』  なのだ。  本人曰く、作文が苦手だし小説なども嫌いだ。  何が関係有るのか。どうやら言葉をあまり選べないと言うことが言いたいのだろう。  ようするに。  彼が寡黙なのは、喋るのが苦手と言うことだからだ。  こういう人間は社交的ではない。いざ付き合い始めてわかる事なので、かなり損をしていることになる。  出会いがあっても後が続かない。なんと勿体ないことだろうか。  そしてそれは高校を卒業し大学に入学した現在も続いていた。  2.積極性を女性に求めること…。 「ねー、女の子紹介して〜」  馬鹿な話だ。少なくとも自分にとっては。  珍しく自分の携帯にコールがあると思えばそれは高校時代の知人で。  大学からの帰宅途中、駅へと向かうその道で電話の向こうの馬鹿はそう言うことを唐突に言ってきた。 「そんなの居るかっての」 「えー、つまんないなぁ。ま、半分冗談なんだけどな。ところでさぁ…」  このままいきなり切っても良かったのだが、とりあえずつき合うことにする。  …どうせ、電話代は相手のほうが多い。  それに、切る理由もあまりないし。それに切れば帰宅に使う電車の中で問いつめられるのがオチだろう。 「…でさぁ、今日も電車一緒だよなぁ?」 「まぁ、そうだろうな」  この無駄口が多い男はどうしてこう当たり前の事を根掘り葉掘り聞くのだろうか。  他愛もない無駄口などいつでも出来るだろうに。 「まぁ、後は電車でいうよ。それじゃあ」 「…ああ」  通話時間を見る。4分26秒。今ホームにいると言ったあの馬鹿は多分電車が来たので通話をやめたのだろう。  …まったく、よくわからない。  へらへら笑う馬鹿を頭の中から追い出すのに15秒。  携帯を戻さずになんとなく手の中でぶらぶら遊ばせる。 『そう言えば、連絡…していなかったな』  携帯のメモリから一件のTELナンバーをコールする。 「はい?」 「あ、連絡…欲しいって言ったから」  スピーカーから聞こえてきたのは紛れもなく、この間出会った彼女だった。  3.例えて言うならばそれは…  北医大。札幌市の北区にあるそれは一言で言うなら大学付属病院だ。  そして、ここは北海道大学と呼ばれる敷地の一角。多数有る門の一つ、病院が見えるそこに彼女は立っていた。  連絡があって50分…。彼が言っていた現在地からここに来るまでには大体同じ時間はかかるだろう  …かなり急いでの話だが。 「ふぅ。遅いなぁ…」  言っても彼が速く来る事はない。それに、彼がこんな事で急ぐとも思えなかった。  それに、彼女がここに立ったのはほんの5分ほど前だ。  それで遅いと言われても困るのだが。 「『待った?』『いや、10分前に来たばかりだよ』なんて、台詞期待してたのに」  よく手入れが行き届いているロングストレートのヘアーの先を思うことなくもてあそび、無茶をすんなり口にしている。 「でも、実際やってくれたら馬鹿みたいだけど」  そんな無茶この上ない文句のネタが彼女の口からどんどん飛び出す。 「そうそう、『だーれだ?』って目隠しするネタもダメよね。正気じゃないわ」  あれこれ検閲に引っかかりそうな危ないネタを口と頭とで考えながら、待つことしばし。  やがて彼女の想像のネタも底をついた頃、その『彼』が姿を現した。 「…うっす」 「…もっとまともな台詞期待した私が馬鹿だったみたい」  疲れ果てた口調の言葉を発しながらアスファルトから腰を上げた彼女は、気合いのこもっていない挨拶をした目の前の男に脱力したらしかった。 「なんか相変わらずよ、絶対。いつもこうなわけ? それとも、あたしにだけ?」 「いや、いつもだけど」  帰ってきた答えに満足でも行ったのだろうか。いや、彼女の顔には心底イヤそうな表情が浮かんでいる。 「なにか…あるのか?」 「おおありっ!   もっと、ほらこーゆー年下の女性がよ、せっかく暇を持て余しながら、しかも友達と遊ぶことまで断って…ちなみに断ったら誰とあそんでんのー、だって!   からかわれながら来てあげたのに、台詞が『…うっす』なの?   そりゃ、問題大ありでしょうが!」 「…俺のせいじゃ無いと思うけどな。絶対」 「…!?」  一気に追いつめるようにまくし立てたにもかかわらず、彼は至極冷静に言葉を返してきた。それが、彼女のかんに障る。 「もういいわよっ。ったく…あのさあ、そろそろ診察うけに行こうかと思ったんだけど、一緒に来てくれない?」 「なんで」 「なんだっていいじゃないのっ! 一緒につき合ってくれたっていいじゃないのよ!」  そう言って彼の二の腕を強引につかむと、彼女は歩き出した。…大学の敷地にある病院へと。  …どうやら、彼はそれなりに彼女に気に入られたらしい。珍しいことだが。  4.人知れず耐える痛みというモノは…  病院の待合室などという、健康な彼にとってかなり場違いなところで待たされること、30分。何もなしに待たされるとだんだん自分も病人の仲間に入ったような錯覚にとらわれてゆく。  そう、たとえばこのまま点滴でも打たれるような…。  が、そう言った無意味な想像は途中でうち消される。彼女の声によって。 「たっだいまー」 「…で、終わったのか?」 「うん。やっぱり治ってるって。でも、そうは思えないんだけど」 「傍目でも体調悪いように見えないけど」 「そうよねー。でも未だにイタイし気分が悪くなるし。医者に気のせいだなんて言われても…、あたしは痛いんだっての」  彼の隣りに無造作に置かれた鞄を持つとそのまま、待合室を後にする。 「学校にだって、病気は治ったんだからきちっとこいって言われたのよ。親にだって真面目に行けって」 「…行けばいいじゃないか」  他意のない…、そう、いつだって彼の言葉はまっすぐだった。 ただし、それも時と場合によるのだ。  嘘でもいいから慰めに、優しさがこもる言葉。今の彼女にはそれだけが必要だった。  なのに。彼はそれをしなかった。出来なかったではすまなすぎた。 「もういい。もういいわよ! 貴方に相談した私が馬鹿だった!」  そのまま、振り返りもせずに走り去っていく彼女。  そして、なすことが判らぬまま、立ちつくす彼。  心の痛みというものは表現しにくく、肉体の怪我より痛い。そして…他人には知られにくい…。  しかし、それを知らないと言うのは果たして愚かなのだろうか。  5.時間的空白は真空と似て異なる時の概念… 「そういや、ここいら会っていないけど元気なのか?」 「あー、まあ元気だけどそれがどうかしたのか?」  大学の夏休みも終盤にさしかかった9月の初頭、自宅でやることもなく買って置いた単行本を読みあさっていた午後にあの馬鹿から電話がかかってきた。  どうやら、こっちの動向がいっこうに見えてこないと言うことで、心配になってかけてきたらしいのだが。  …どちらにしろ、大きなお世話だ。 「いやなぁ、どっか遊びに行ったりする予定あるのかなと思って」 「…いんや」  やはりだ。こいつの会話と言えば何となく飛んでいる感じがする。 「で、こっちはもう学校始まってるんだけど、夏休み中数えるほどしか会ってなかったなーって。つまんなさそうにしてるから、遊ばないかって」 「いや、いいや。面倒くさいし」 「そーか? ま、いいけどな。んじゃな」 「…ああ」  煩雑になったテーブルに携帯をなかば投げ捨てるように置き、読みかけだった本へと目を落とす。  が、それもしばらくして又しても携帯のコールによって中断された。 「…はい?」 「…これから、会える?」 「??」  誰かは、取る前に判っていた。が、彼女の目的が見えない。 「相談したいことがあるの。それだけなんだけど…。来てくれる?」 「…べつに」 「じゃあ、駅の南口、APIAのホールで待ってるから」  すぐに電話はきれた。だが、彼女のいつもの口調じゃないことは確かだった。  とりあえず、財布と携帯を持って家を出る。定期はすでに切れていた。  6.何時か知れぬ時の果て、意志疎通という言葉は無くなるのではないだろうか…  午後の普通電車は寂しいくらいに空いていた。  途中、岩見沢の駅で十分近くの停止時間があった。呆けたような眼差しで景色を眺めていると特急電車が隣のラインに停車した。  乗車率はあちらの方が多い。  彼の心にほんの一握りの苛立ちが襲う。 『特急で行った方が良かったか?』  が、彼は席を立たない。 『いや、どうせくだらないことの方が多いんだ。あいつの場合』  ゆっくりと走り始めた電車の車内。箱形に区切られた空間の中で、彼はあのきっかけを記憶の底からほじくり返していた。 「あのさあ…席、譲ってくれない?」 「え、ああどうぞ…」  申し訳なさそうな、それでいてどことなく『ケガ人には席を譲るんだぞ』と顔にでかでかと書かれたような表情で松葉杖をつきながら、彼女は彼の前に姿を現した。  時間は午前八時とちょっと。朝の快速電車が札幌に停車していたときのことだ。  たまたま友人は二人ともここで降りてしまって、一人っきりになったときに彼女が現れたわけだ。  ついでに言うなら、大抵は朝は優先席に座っている。と言うのも一番初めに乗る友人が何故か毎朝優先席に陣取っているからなのだが。  えれえ迷惑だ。  それは置いといて、札幌で朝のラッシュは一通りの解決を見せる。が、座席は大抵空いていないのだ。それでと言うか、どうなのか彼女は彼にターゲットをあわせたわけだ。 「ごめんねぇ、階段から落ちなければこんな事にならなかったんだけど」 「え、ああ、そうなの」  ちょこんと席に座って、陰りなんて鱗片も見せずに笑みを浮かべ彼に話しかける。 「友達なんてさあ、これより速いので学校行ってるのよ。だから、手伝ってくれない?」 「…なんで」 「なんでって、困っているから」  なにに困っているのか。彼は聞かなかった。  おまけに、彼女はそれ以外なにも言わなかった。彼にとって明らかに失敗だった。  その失敗は降りた駅のホームで、わかった。 「えと、ちょっと支えてくれない?」  そう言って階段を頼りなく下り始める彼女は誰がみても危なっかしいことこの上なかった。右、左…右、左左…危ない。  あ。  滑り止めのゴムに松葉杖の足を引っかけてよろめく。ちなみにここは上から数えて、5段目。  たぶん、いや絶対に彼が支えてくれなかったら彼女はそのまま階段を転げ落ちていっただろう。残りはどう考えても20段位上ある。階段で落ちたと言っていた怪我がひどくなるのは間違いがなかった。 「あ、ありがとね…いつも引っかかるの、これ…」  いつもなのか。想像して口元が引きつる彼。  彼の想像では、まるで漫画のように彼女が転げてゆくのだ。  どうも、リアルに想像するとどう考えても凄惨な状況になるため、脳が勝手に検閲しているらしい。  要は21歳未満進入禁止のアンダーグラウンド系プロテクトだ。  そのため、どう足掻いても現実に照らし合わせた想像ができないらしい。いや、筆者も想像したくない。  顔面を蒼白にしながら、しかも階段を睨みつけるように凝視しながら彼女は階段を下りてゆく。  そして、二人が階段を下りきったときには、二人とも精神的にダメになっていた。  へろへろだ。 「…ごめんねぇ、つき合わせちゃって…」 「いや…もうなんか、どうでもいい…」  駅の待合室でぼへぇ〜と放心していること、数分。  二人とも急がないのはもう遅刻をしているからという、開き直りの精神からだ。  やがて、時計の針が10分も進んだ頃に、彼女がぼそっとつぶやいた。 「あのさあ、携帯もってる?」 「…持ってるけど」  肯定の言葉に笑顔を返す。 「じゃあ、番号教えてあげるよ」  そう言いつつ、携帯をいじくるといった感覚で登録番号を呼び出す彼女。 「んーと、これ。あたし新橋 夕。暇だったら電話してよ」  そう言って笑顔をこぼした夕だった。  そして彼が夕に連絡を入れたのは、彼があの馬鹿と呼んだ知人から電話が来た日のことである。  7.なんて言うか、泣き顔が似合わない女の子っているよね。 「…やっと、来た」 「なんだよ、それ」  自然光と照明光がお互いを絡め合った採光を持つ商店街中央ホール。  札幌駅南口地下商店街、通称APIA。  彼らが待ち合わせたのはこの場所だ。  ここは10月1日にオープンしたての地下街。地元ではSTVと呼ばれるテレビ局が工事中でも何でもお構いなく、しかも毎日駅前から中継をしてただけあって、どちらかといえば工事中の印象がそれはもう絶望的に大きい。  そして、工事のせいで駅前は観光スポットからははずれている。  いくらAPIAがオープンしたとはいえ周囲が未だに工事中なのははっきり言って、情けない。  いまここで、待ち合わせていた二人なのだが、待ち合わせていたのは彼らだけかと言うとそうでもない。  表向きは情けない一言なのだが、新装開店という肩書きは伊達ではなかった。  区画別に商品や店舗ををまとめ上げ、人の流れと採光を工夫、そしてなにより札幌駅の主要出口『南口』である立地条件が重なる。 そしてだめ押しの地下鉄南北線出口となりのその場所に、人が集まらないはずがない。  そのことを裏付けるようにこの地下街には、開店から閉店まで客が途絶えることはなかった。  いまなお、彼らの背後で人は行き交いを見せている。  活気がある。  彼らを別にしての話だが。 「まあ、いいや。相談ってなんだ?」 「…すこし、歩こうよ」  単刀直入に切り出すいつも通りの彼を、うつむいたままの上目使いの視線で見ながら夕はぽつりとつぶやいた。  彼女の表情は彼が見たことの中でも、一番覇気のないものだった。  容易に相談したいことの重みが伝わってくる。彼は夕の背中を追って外へと続く階段を上っていった。札幌駅南出口へと。  外にでると、秋から冬に移り変わる空気が肌で容易に感じられた。  光は暖かく、風は冷たく。どことなく匂いも夏のそれとは違っていて。  その中を二人は歩いてゆく。南へと、大通公園へ向けて。並んで歩幅をあわせて、傍目にも判るように腕を組んで。  腕を絡めてきたのは夕の方からだったろうか。 「学校」  大通公園へと向かう途中で、夕は彼にも聞こえないような小さい声で話し始めた。 「どうかしたのか?」 「あたし、学校行きたくないのかもしれない」 「どっからでてくるんだ? その根拠は。まさか、病気が治ってないような気がするのは学校がいやだからって言うオチか?」  見下ろす視線と、見上げる視線がぶつかる。 「何で…?」 「なんとなく」  それからの沈黙はしばらく続いた。 「なんでかな。言いたいこと沢山あるはずなのに、言えないのって」 「言わなきゃいいじゃん」 「…なんで? 言わなきゃ相手に伝わらないじゃない」 「…思い切って言っても、ダメなもんはダメだろ。言うんじゃなくて聞くのが先だろ。そう言う場合って」 「…」 「それでダメなら、…やっぱり言うしかないか」  沈黙。  ただ、その沈黙が何かの意味を持っていたのは確かだった。  組んだ腕に夕が力を込めている。唇が、何か言いたげな形を作っていた。 「あのさ…」  一拍の間。まるで、ほしいものを強請ろうとしているような眼差し。射止めて、まるで離れることさえ許されないような。  そしてまさに射止められた彼は、夕を見ながらの体勢でその言葉を聞くことになる。 「…あたし、君が好きなのかな?」  それは疑問系にしなければ、肯定すれば立派な告白の文章だった。 『あたし、君が好きです』  とまあ、こういうふうに。  告白とは一体どういうことをしたときに使うものなのだろうか。  辞典に載っているような、明確な答えを知りたいわけではない。  ただ、いまだかつて疑問系で進行した告白なんか彼には想像したことも、まして、何かで見たり聞いたりしたこともない。  だから、彼は告白の意味が知りたかったのだ。  だが答えを求めるのはかなりつらいだろう。辞典にも載っていない疑問系の告白は。 「はじめは『優しいやつ』位だったの。でもねぇ、いつからかあたしが思ってた以上に君は頼りがいがあることに気がついたの」  ただ、衝撃はかなりいいものだった。なぜなら彼は、夕が横で照れ隠しで始めたいきさつをただ、聞くしかできなくなっていたから。 「君は優しいんじゃなくて、厳しかった。うれしかったよ。あの日下手に慰めてくれたら傷が深くなっていたからさぁ」 『なんて、答えを返しゃあいいんだよ!?』  数学なら、答えはきちっとでるのに。残念だがこれは文学だ。たった一つの答えは存在しない。  しかも、答えを夕にいつ聞かれるか分からない。時間的猶予はあって無いようなものだった。  そのあいだにも夕の話は進んでいく。 「はじめは気がつかなかった。だからあんなふうにキレちゃった。  …おこってるよね? 非道いことしちゃったんだから。ごめんね」 「…」 「ねぇ、あたしは君が好きなんだよ。きっと。でなきゃ、今こんな事していないよ。  これは、あたしが勝手にやってることだから。嫌いだったら帰っちゃっていいから」  組んでいた腕が微かな衣擦れの音を立てて離れた。  夕が立ち止まる。  彼は立ち止まらない。これが夕にとって決定打だった。 『嫌われているよね、あたしなんか。わがままなあたしなんか…』  うつむいて、今にも辺りを気にせず泣き出したくなる衝動を抑えた。  それでも、涙は止まらない。  アスファルトに悲しみがしみる。ひとつ、ふたつ。  街は個人の誰かがなにをしようと、気にすることはない。それは街のどこかで日常的に起こっていることなのだから。  だから、喧噪も彼女のために止まることはしない。  だから、近くの自販機ががたんごとんと音を立てるのも、彼女は気にもしなかった。 「…なんで、ないてんだ」 「…!!」  振り仰げば、彼と目があった。戸惑いに驚きの感情をブレンドした、妙な顔。 「なんで、どうして…?」 「どうしてって、ほら。飲むだろ?」  差し出されたのは、ホットのミルクティー。夕は反射的に受け取る。  暖かかった。熱いくらいだった。 「…ふぇ…」  唐突に泣き声が街にひびく。すれ違う通行人が何事かと様子をうかがいつつ、足早に通り過ぎてゆく。  街は、少しだけ気にしたようだった。  自分に抱かれたまま泣く夕に、彼は困り果てていた。  ただ、なにもできずに抱きしめるだけ。言葉をかけたらよけい事態がこじれるかもしれない。 『落ち着いたら、大通りでも行って話でもしようか。あそこなら立ちっぱなしの今よりはいいはずだ』  なかば、あきらめの境地で彼は思った。  告白された事実をすっぱりと忘れ去ったまま。  いまは、彼らに幸があることを望むだけ…。 おわる。  どもー。竜誇です。このネタも2回目です。  またやってしまいました。半分くらいは事実で固めてあるのが、今回の魅力。  そうですねぇ新橋 夕、彼女はフィクションですがその他は実際の時間軸にあわせてお送りしました。  文中の『馬鹿』とは竜誇のことであり、あのころは新しいPHSで遊んでいました。  セリフも半分は本当に言ってましたよん。(オイ)  そうそう、彼女つくろうよ、S。いや、Aも居なかったな…。竜誇もですけど。  さてはて、さすがにネタがつきました。  次回は前回から季節が一回りしてしまったために、またしても雪が降っています。  問題大ありです。  …どうしましょう…。  例によってバージョンは1.33くらい。(汗)