※ちぅい。この小説は『E.G.コンバット』が元ネタです。キャラクター達は同小説のキャラクターであり、性格はだいたい一緒です。場所は月、時代はそう遠くない未来、プラリアムと言うエイリアンの侵略により地球が大ピンチになった兵士訓練所でのお話です。詳しくは小説をご覧ください。 カデナメイプルリーフ物語 葵 竜誇  ●カデナとルノア。  カデナ・メイプルリーフが悩んでいた。  珍しいことだった。いや、実に珍しい光景と言えよう。ひょっとすると彼女でさえ、人前で悩んでいる姿を見せるのはオルドリンにきて初めてのことなのかもしれなかった。  その理由は先日受けた座学が関係していた。  ここのところカデナ隊とルノア隊は座学を一緒に受講している事が多い。  というのも、カデナ隊に専属教官がおらず、またカデナ自身がルノアにべた惚れという理由から一緒なのだが。おかげでカデナ隊の訓練スケジュールもルノア隊と全く同じであるが、その話の詳細は別の機会に紹介したい。 「あ、カデナはちょっとまっててくれる?」  その座学でいつものように講義を終えた面々が退席するとき、ルノア・キササゲはカデナを呼んだ。  ルノアの一言にオーバーリアクションで反応したのはカデナではなくチュン・マリポ。  何か一言言おうとしたのだろう、開けた口をいきなり後ろから同僚のアマルス・ヒホンにふさがれ、むーむーいいながら退場していく。 「ナツキ、次の時間アマルスたちと合同でシミュレーション入るから起動処理お願い」 「わかったわ。ネットワークの設定もやっておくから」 「お願い。すぐ行くから」  横目で冷静にそれを見送ったカデナは手短にナツキ・サカモトに用件を伝え、ナツキも当然のごとくそれを受け取る。  そして、出ていく後ろ姿を見送ったカデナは教卓の上の片づけをしているルノアの元へといった。 「教官、ご用件は何ですか?」 「あ、うん。…あのねカデナはこんなのに興味ある?」  といきなり言われて渡されたのは一枚のプリントアウトされた紙だった。 「…はぁ? き、教官これって…」 「一応映画なんだけど…なんか、ディスクをレンタルしてくれるんだって。でさ、よかったら映画の代わりとは言っちゃ悪いんだけどどうかなぁ、って」  渡されたのは、ビデオ画面をキャプチャしたと見られる粒子の粗い画像に申し訳程度で書かれたタイトル。それは『ルノワール愛のさだめ』とあった。  たとえひっくり返して見ても恋愛ものとしか読めないタイトル。  ルノア教官は一体、何の理由から自分とこの映画を? ひょっとして、このあいだのラブレターの返答なのだろうか。いやしかし。  カデナの固まった表情に気がついたルノアが不安げにのぞき込む。 「…なんかあった?」 「いえっ、何でもありませんっ!!」  叫んでからその自分が発した声の大きさに驚いたカデナと、カデナの声に驚いたルノアのお互いが目を丸くして見つめ合う。 「そ、それならいいんだけど…」  硬直から解けたルノアがおそるおそるといった感じで言葉を出す。 「はいっ! 楽しみにしてますからっ!!」  その場でルノアに敬礼、きびすを返して走っていくカデナ。  それを見送りながら、なぜか一瞬一抹の不安を覚えてしまったルノアだった。  その日からカデナは変になった。  ちょっと暇ができればなにやら思案顔でうなっているし、そのことを問いただしたら何かと理由を付けてはぐらかす。  ナツキでダメなのだからアマルスやマリポが聞いても答えるはずがない。 「絶対教官がらみなんだよな」  ここは救世軍月面駐屯部隊警戒区・埋設コロニー群守備隊オルドリン基地。  その一角。学寮区画指定内訓練用居住ユニットのひとつ。つまるところルノア隊の割り当てが決まっている部屋。  その中でルノア隊の5人とカデナ隊のうちカデナを抜いた4人が首をそろえていた。  議題はここ2、3日のカデナの異変について。  議長に祭り上げられたアマルスが始めにくちを開いたところだ。その意見に、 「アイはねぇ〜、きょうかんとカデナが一緒に何か食べに行くんだと思う〜」 と子供っぽい舌っ足らずな声があがる。  んな事であいつが取り乱すはずが無いだろ、とアイ・ブランシュの発言を心で黙殺したアマルス。だとしたらあのカデナを取り乱すことができる出来事とは何なのだろうか。 「そういえばカデナさん、先ほどPXでお買い物してましたけど…」 「何買っていたの?」  紅茶を人数分用意してきたチャーミー・グリントはいつもの笑顔を崩さぬままナツキの問に答える。 「たしか医薬品の類でしたよ? 医療課発行の証書もってましたから」 「なんで医薬品なんだよ。ナツキ、お前のところってそんなに激しいのか?」  この場合の『激しい』とは訓練で負傷するという意味なのだろう。アマルスは南大門のパッケージを開けながら、短くなったタバコを一ふかししてつぶやく。 「常備する薬品すぐ底をつく訓練って、わたしらそしたらケガだらけじゃないのよ」  ナツキ以下、カデナを抜いたカデナ隊の面々は苦笑いで頷く。  たしかにカデナ隊が訓練でけがをしたとこを少なくともアマルスは見たことがない。 「あ、でもカデナって妙な薬いろいろ持ってるのよね。病気になんて滅多にかからないのに風邪薬とかいろいろ」 「あんまりかんけーないよね、それ」 「…そういえば、そうよね」  マリポが会話の終止符を打つ。そしてしばらくの沈黙。  ルノア隊のユニットは食器がふれ合うかちゃかちゃする音とお茶菓子をつまむ音だけが 鳴っていた。  結局のところは何もわかっていないのと同じだった。  あれやこれやと討論はその後も続いていたが議題に対しての答えは出ておらず、ほとんどネタもつきかけた頃にいつの間にかどこかに出ていたペスカトーレ・メッシナがぶらりと戻ってきただけだった。  そして、カデナ隊のメンツを見るなり爆弾を吐いた。  ルノア教官とカデナが外出許可とってどっか行って来たみたいでさぁ、変だったから追っかけてきたんだよね。そしたら市街地のレンタルディスクショップに二人して入ってなんかあやしー。  …おまえの外出許可はどうしたんだと突っ込むヤツは誰もいなかった。  その代わりマリポが半狂乱で、 「なななななななな、なんでどして教官とカデナが!?」 と疑問符を叫びたてる。アイとペスカトーレはマリポの行動を真似して遊んでいる。チャーミーは「まぁ」と言っただけで普段と変わりない。少しは驚いた顔をしろ。カデナ隊のメンツも驚いてるにしてもマリポほどではない。  違ったのはアマルスとナツキだ。二人して思い当たったところがあったらしい。  というか、経験からの憶測だろう。ナツキはカデナを、アマルスはルノアをそれぞれシミュレートしていた。  アマルスの想像はこうだ。カデナから受け取ったいつぞやのラブレターをルノアは几帳面にお返事したのだろう。でないとカデナのお弁当攻撃がとうてい説明が付かない。きっと自分の知らないところでカデナはいろいろ根回しをしたに違いない。  ルノアはいつもの通りあんな感じだが、ひょっとしなくてもカデナに見せる顔は自分たちの訓練の時に見せる厳しいものではないだろう。もっと違う…そう、バイクの趣味の話をしたときのようなあんな感じだろう。  お互い似たところがあるのかもな、とアマルスは結論づけた。  でもそれがどうしたというのだ。仲良しごっこでこのままだと終わるだけだ。別段、余波がこっちには来ないだろう。…マリポは別にしても。  アマルスはさめていた。  一方のナツキは完全にドツボにはまっていた。  まずカデナは夜中になにかキッチンでごそごそ作業することが多くなった。次の日の朝には何事もないように取り繕ってはいるが作業の痕跡はかすかに残っていた。  カデナらしくない、と思いもしたがカデナが料理を得意だとはとうてい思えない。見る人が見たら素人仕事などすぐにバレる。使用したものの配置は使う前と一緒でもダメだ。  なぜいきなりカデナは料理を練習しだしたのだろうか。  答え。ルノア教官にお昼のお弁当を作ってポイントを稼ごうとしている。  寝ても覚めてもルノアルノアと言っているカデナだ。それくらいは簡単に思いついたのだろう。絶対カデナは恋愛感情でルノア教官と接していると思う。  節は幾らでも見つかっているし。  PXで原始メール用の便せんと封筒を購入していたのも知っているし、それ以前からルノア教官の記事やウワサなどのゴシップ系のものでも半狂乱になって集めていたし。  …目の前にいるマリポも同じ趣味持っていたっけ。でもこっちは違う感情だよね。絶対。  ひょっとしたらカデナってルノア教官が認めたらベッドまで一緒じゃないかな。  ルノア教官がその手の趣味を持っていたとして、カデナは絶対喜ぶね。だってあそこまで尻尾振って『教官〜♪』って忠実だもの。  夜な夜なウチのユニットから姿を消し始めたら注意かも。  …あ、でもたまに居ないときってあるような…。こないだもこそこそ帰ってきたっけ。  なにやってんだろ。今日だってPXで医薬品? だっけ、買っていたって。昨日は食材一抱えだし。でも相変わらずレトルト多いよね。言ったら睨まれたし。  あ、まさか医薬品って『ベッド』で使うもの一式とか!?  避妊用具とか洗浄キットとかってルノア教官は女。あ…でも女同士だからって『した』あととかって後始末いるのかな…。一人でするときに用意するのはタオルくらいだし…。 「…おまえ、なんか知ってるのか?」  はっ!  気がついたらアマルスの顔がすぐ目の前にあった。ついでにその隣にはペスカトーレの顔も。どうやら思考が暴走していたときに近寄ってきたらしいが。  昨日買った食べ物全部食べたらすごいよね〜。食べた??  こいつ、一体どこまでウチらの秘密を握ってるんだ? ペスカトーレの笑みにおぞましいものを感じ取ったナツキ。半眼でペスカトーレをにらむ。 「あんなの一日で食べられる分けないじゃないのよ」  今日も睡眠薬買っていたけどひょっとしてご飯に入れるとか〜? イヒヒヒヒヒヒヒ。 「睡眠薬ぅ?」  部屋中の視線がペスカトーレに集まる。 「そそそそれって! もしかしなくてもルノア教官に一服盛るって事じゃないの!?」 「昼の弁当にか? アホらし。それで誰が得するんだよ?」 「アイちゃんはね〜昼じゃなくって夜食だとおもう〜。って聞いてよあまるす〜」 「まさかカデナがそんな事するとは思いたくないわよ!?」  ぐーすか寝込んだところを縛り上げてあんな事やこんな事ヤるのかー!? いやーアイちゃんさえてるね〜、座布団いる? あれ要らないの?? しょうがないな〜孫の手付けるから。だめ? 「あ、あの、私二人がそんな深い仲だとは気がつかなくて…」  混乱に拍車がかかっていく。  ●一服盛られる。  騒ぎ果てたあげくルノア隊のメンツにかき回されたカデナ隊が自分のユニットに戻ってきたのは夕食時まで後少しと迫ったところだった。 ぱしゅーっ  ユニットのドアロックを認識証のIDカードで殺し、疲れた足取りで中へと上がり込む。 「どこいってたのよ、みんなして」  そんな帰りを迎えてくれたのはカデナその人だった。 「カデナこそどこいってたのよ」 「あたしはルノア教官と一緒にビデオ見ようって誘われただけだけど?」  キッチンから今日の夕ご飯なのだろう、いつもとあまり変わらないレパートリーのご飯を運びながら答えてくるカデナ。  あれ、今日のご飯当番カデナだっけ? 「それより今日の当番ナツキでしょ? 仕方ないからあたし用意したけど」  ああ、そっか…。  のそのそとした足取りで全員が席に着く。そして挨拶もそこそこにゆったりとした夕食が始まった。 「そういえば…カデナPXで睡眠薬買っていなかった?」 ぶっ!! 「げほごほ…何で知ってるのよ…」  飲みかけのスープを気管に詰まらせてむせ込むカデナをみて、ナツキは図星なのかと焦ったと同時に、ある意味お約束なリアクションだなと思った。 「ペスカトーレが見ていたらしいわよ。…それより何に使うのよ睡眠薬なんて」  ナツキの一言にカデナの肩がふるえた。 「そ、それは…」 「まさかルノア教官に…」  次の答えはなかなか帰ってこなかった。おかげでユニットの空気がどんよりと、確実に重くなったのがナツキにはよくわかった。  食器の音さえもいまは聞こえない。 「ごめん…今日がチャンスなの、だから許して」 「何がチャンスよ! 教官寝かせて襲ったら強姦じゃない!」 「違うのよ…寝かせるのは…」  ちらりとカデナがナツキから視線をはずす。ナツキもカデナの視線を追ってみる。 「…なっ!?」  ナツキは信じられない光景を見た。ほかの連中はそろってテーブルに突っ伏して寝こけていたのだ。  そういえば、先ほどからなんか体がだるい…。 「…まさか…いや、以外…だった…わ……」 緩慢になる言葉と白濁していく視界の中、ナツキはカデナがかすかに微笑んだような気がした。  −まさか睡眠薬のターゲットがあたしたちなんて…。  帰宅が遅くなった食事当番のナツキに罪はない。    ●嘉手納と梓実  カデナは消灯前の通称『電気椅子通り』を歩いていた。  手にはいろんなものが入った雑嚢をかかえて。目的地はルノアの部屋だ。 『カデナ? これから予定がなかったらビデオ見に来ない?』  端末に届いていたメールは簡単なものだったが、カデナにはその意味が十分わかっていた。  今まで一度も実現しなかった約束のなかで初めて実った約束だ。カデナはうれしかった。  嬉しすぎて半分上の空で歩き、ルノアの部屋のドアを通りすぎあわてて駆け戻る。  もどって、ドアの前で深呼吸。度胸一発のチャイムを鳴らした。  数秒の空白。ドアが開いて目の前にいたのは、紛れもないルノアだった。 「あ、あのビデオ見に来ました…」 「ん、ちょうど今部屋片づけ終わったのよ。あがって?」 「おじゃまします」  一歩部屋へと入る。でかい雑嚢が壁にぶちあたって音を立てた。緊張している。 「…? それなに?」 「あの、お菓子とか飲み物とか持ってきたんです! 食べますよね!?」 「ありがと。そんな、気を遣わなくてもいいのに」 「いえっ、映画とかにはこういうのは付き物ですよね? だから…」  まただ、とカデナは思う。初めてルノアの部屋へと来たときと一緒だ。緊張して声までうわずってる。恥ずかしいと思ったらそれが緊張に拍車をかける。ルノア教官に見られてる。恥ずかしい。 「えへへ、プロジェクターなのだ」  片づけられた部屋の真ん中に『教務課』と書かれた通し番号がついた、どでかいシールが貼られているプロジェクター。  私用で借りてもいいのかなぁ、と思ったカデナだが自分のためにルノアが借りてきてくれたのだ。疑問は頭の中からすぐに燃焼し莫大な感動に変わった。  どうやら、スクリーンは部屋の壁を代わりに使うらしい。スピーカーは部屋のシステムに使われているのをバイパスして機材と直結してあるらしかった。 「お菓子、なに??」 「チップスとかポップコーンとかですけど…」 「いいじゃない♪」  こうしてルノアとカデナのビデオ鑑賞会が始まった。 「…今のところはルノア教官無事みたい」 「だからいったろ? なんもないって」  一方こちらはルノア隊の部屋。アマルスを筆頭に住人の5人が真剣な眼差しでALFを見つめていた。写っている画像はルノアの部屋。  この5人はまたしてもルノアの部屋をのぞき見しているのである。  彼女らの背後には『ルノア教官救出グッズ』と勝手に命名された各種装備が山積みされていた。ドアを破るためのハッキングコンソールやカデナをボコるための鉄パイプはもちろんのこと投網やロープ、果てはスタングレネードや催涙弾まで用意されている。ただその中になぜ生卵と極太マジックがあるのかは不明であるが、あるのだからしょうがない。  それらを用意したのはペスカトーレなのだが、こいつがどういう意図で用意したのかは神様でもわからない。というかそれらをどこから用意したかも一切不明。  持ってきたペスカトーレに対してアマルスが、 「おまえ、テロリストとつながりあるのか?」 とあきれ顔で訪ねたのはルノア隊では有名な話だ。  話を元に戻そう。  要するにナツキたちが帰った後、マリポが念のためと提案したのがきっかけでルノアの部屋をのぞき見しているのだ。  監視を始めたのは2時間ほど前からで、その間にルノアは部屋をかたづけたりプロジェクターを借りてきたりメールを送ったり(そのためハッキングしてるのがばれそうになった)とあわただしく動きまわっていた。  そしてカデナがやってきた。なにやらくそでかい雑嚢を抱えている。やばい雰囲気。  ひょっとしたら中にとんでもないものが入っているのかも。  と、思ったら出てきたのはお菓子のたぐいがほとんどでちょっと拍子抜けした。  それから以降は暗い部屋で二人がビデオを見つめているだけの画像が続く。  映画の中身はよくあるストーリーのおいしいとこ取りしたような内容だった。  主人公が仕事に挫折して何もかも投げやりになり、主人公を支え続けた女性と主人公が葛藤の末に恋に落ちるというお話。  ちょうどクライマックスが過ぎ去り、スタッフロールが画面を埋める頃にカデナがぽつりとつぶやいた。 「教官は好きな人いますか?」 「な、なに、いきなり?」  唐突な質問に驚いたのだろう。確かにルノアには地球に彼氏がいる。居るが、それをおおっぴらに言うのもなんか恥ずかしいやら後ろめたいやらで、ためらった。  カデナはルノアが動揺しているのを知らずに、いまはスクリーンに流れるスタッフロールを見つめたまま話つづける。 「私思ったんです。地球が昔のように平和で、平和のまま年月が過ぎていたら教官と私は知り合うことは無かったんですよね」 「…うん、たぶんそうね」 「そしたら、教官は好きな人ができて結婚して…私もそれは同じで。救世軍なんかなくてとっても平和で…」 「うん。たぶんそうかも」 「みんな幸せに…なれたんじゃないかって。この映画みたく」 「うん」  カデナが言いたいことがようやくわかった。 「戦争終わったら幸せになれますよね? 私心配なんです。戦争が終わってもこのままで、ずっとこのままで…そんなのイヤですよね?」  カデナにはわかるのだ。この荒廃した世界が人間にとって絶滅への道だと。  月と地球で分けられた人類の行き先はただ何もない暗闇であると。 「途中で死んだら…幸せになれないですよね…」 「カデナ?」 「教官、死なないでください。私もがんばりますから。死にませんから!!」 「…」  カデナの決意だった。それはどーしょもなく固くて頑固で一徹で、ルノアの心をストレートでぶん殴っていた。  じーんという音が心を満たす。それは素直に感動している証拠だった。  カデナありがとうという気持ちが体を支配し、顔が笑顔へかわる。気持ちが言葉へと変化してくちからでかかった瞬間。 「二人で幸せになりたいんです! 教官と幸せになりたいんですっ!」  一言でストレートはフェイントに変わった。 「へっ!? か、カデナちょっとまってよ?」 「教官が女性でもかまわないんですっ! 私は教官が好きなんです!!」  言い切った…。達成感の弛緩からか、カデナは端から見てもそれは物欲しげな目でルノアを見据えていた。その顔にルノアは素直におびえた。 「わ、わー、わたしはそんな趣味ないからってカデナちょっと待ってよストップ、ストップー!!」  息継ぐ暇も惜しいように、ルノアはにじり寄ってくるカデナに向かって制止の言葉をかける。が、とまらない。 「私には教官が必要なんです! 教官が居ないと私だけでは出来ないことが沢山あるんですぅっ!!」  たとえばどう言うことだと聞く勇気はルノアにはない。  とりあえずこの閉鎖空間から逃げ出そうと玄関まで走り、ドアの開閉ボタンをルノアは押した。 一回、二回、三回目はヤケになってたたきつけるように。四回目を押そうとして背中によしかかってくる確かな重みにルノアは泣きそうになった。 「だめです。そのドアは私がロックさせてもらいました。パスワードを打ち込まなきゃドアは開きません」 「なんでそんなことまでするのよ!?」 「もちろんアマルスたちが邪魔しに来るのを阻止するためです!」  きっぱり言い切って、カデナはルノアの腰に手を回す。瞬間、ルノアの何かが切れた。 「いゃあぁっ!!」 どこぁっ!!  ヤバい音がした。  ルノアは自分の手とカデナを交互に見ている。瞬間、何が起こったのか自分でも把握してない様子。  カデナが部屋の奥に倒れている。体を九の字にしてぴくりとも動かない。  そう、ルノアはカデナを殴り飛ばしていた。 「…ぁ、カ、カデナ?」  返事がない。  事の重大さに気がつき、あわててカデナの元に駆け寄るルノア。  …呼吸していなかった。  ルノアは真っ青になった。脈はある。なのに呼吸をしていないということは横隔膜か胸部を殴り倒したことになる。  ショックで呼吸が止まったならしばらくは戻らないかもしれない。 とりあえず人工呼吸をしようと頭の中から手順をほじくり起こした。  気道確保の後、息を吹き込む。  だが口づけをして息を吹き込もうとしたときルノアは違和感に気がついた。  …首に手が回されている。おまけに口の中に異物感。舌に絡んでくる暖かいもの。  唇をおそるおそる離してみた。つぅっ…とお互いの舌先から延び、結ばさった唾液の糸。 「教官、嬉しいです…」  ルノアは思考停止した。  ●なんてーか、元通り  ルノアにとって悪夢にも匹敵する出来事が、いきなりその幕を閉じた。  ストレートに言ってしまえばアマルスたちが乗り込んできたからだ。  今、カデナはスタングレネードで気絶させられ投網の上からロープでぐるぐる巻きの上、卵をぶつけられたあげく『開けるな危険』とマジックでかかれた麻袋に詰め込まれて部屋の隅に転がされている。  当のルノアはシーツで体を覆ってベッドの隅で小さくなっていた。シーツの下は裸だったりする。 「教官がなし崩しとはいえレズ行為に奔るなんて、あんまりですっ!」  マリポが言う言葉が耳にいたい。  アマルスが鉄パイプ片手に突入してきたとき、ルノアとカデナはベッドの上で重なり合っていた。なぜとまでは言うまい。  カデナの手で衣服の最後の一枚をはぎ取られた瞬間を見られてしまったのだ。  よりによって教え子に。  顔が燃え尽きるかと思った。 「なんてーかさぁ、節度ってモノが欠落してないか?」  最後は体まで心まで全て奪われてしまった教官は路頭に迷うのがオチであるかと。こんな教官の下で学んでいる我々も路頭に迷うのが世の中の常であるかと愚考した所存でありますっ! …うひひひひ。  何も言い返すことは出来なかった。  最後に、それからルノアが精神的に立ち直るまでの一週間、ルノアはアマルス達とまともに顔を合わせられなかったという。 「…だってはずかしーじゃん…」 おしまひ。