■ プロローグ  

 ラテーヌ高原の秋風が落ち葉を運びはじめた頃、古都サンドリアは実りの秋を迎えていた。
 時期物の作物が露天に並び、かけ声勇ましく売り逢う人々が並ぶその通に。
 一人のミスラが目深にかぶったフードを、時折吹く風に飛ばされぬよう押さえながら抜けていく。
 露天の品物を見るわけでもない。
 人を捜すわけでもない。
 その先にある薄汚れた石畳と細い路地が続く居住区、そのまた奥にある冒険者専用の通称、モグハウスがある自分の家に帰るために。
 彼女はただ、歩いていく。

■ サヨウナラ。楽しかった日々よ

「ご主人様、お帰りなさいクポ」 
「ただいま。…元気だった?」
「おかげさまで病気一つ無いクポ。そうそう、ご主人様に競売所からお金が届いたクポ」
 家の主が帰宅するのは2ヶ月振りのことなのに、留守を預かっていたモーグリには笑顔の陰り一つ無い。
「…どうしたクポ?」
 彼女にはそのモーグリの笑顔が時折心に引っかかる。
 特に、こんな気分で帰宅した日は。
 どうして彼はそう笑っていられるのか。 
 悩む事もある。悲しむこともある。だが、自分と接してくれている時の殆どは笑顔。
 それが『彼等』なのか。
「ん、なんでもないの」
 一言で悩みをムリヤリ押さえ込み、軽い愛想笑いをモーグリに返す。
「悩みは抱えていたら何時までも元気になれないクポ」
「そうね。でもそれが性分だから仕方ないの」
「クポー…」
 モーグリは何か言いたそうだったが、彼女が旅で汚れたマントを脱ぎはじめるのを見てあきらめた。
 …と言うよりは、言葉を無くしたと言うのが正しいのかも知れない。 なぜなら、マントの下には血で染まってボロボロになっていた服があったから。
 見られているのもかまわず、彼女は服を脱ぎ捨てる。
 部屋の片隅にある小さなタンスから、着替えを無造作に取り出して着込む。
 部屋着と言ったらいいだろうか。
 粗く編まれた麻布のような生地を、荒くカットして縫いつけたそれは本当に簡素なモノで。
 その格好になってようやく落ち着いたのだろう。
 片隅にあった椅子に座り、
「っ、はーぁあぁぁ…」
 とデカイため息を一つ。
 その格好を見てモーグリは煎れたての紅茶を手渡しつつ聞いてくる。
「今回は何処に行ってきたクポ?」
「んー。お宝あるって噂確かめに行ったんだけど。結局…、一緒に行った戦友を埋めてきただけ」
 言って、脱ぎ捨てた服を一瞥する。
「死んだらどんどん冷たくなるのよね〜…。抱いても、なにしてもさぁ。せめて綺麗なカッコで眠らせてやりたかったけど、どんなに頑張ってもだめなのね」
 言いながらカップにたまった紅茶をくゆらせる。
「最後は何が何だかわかんなくなってさ。夜になって、それから日が昇った頃になってようやく穴を掘ったのよ。スコップなんて持ってないから手で砂をかき分けてさ」
 そして、彼女は天井を振り仰ぐ。
「…彼奴を穴に入れたとき気が付いたのよ。私ら欲に負けて死にに来たって」
 彼女の後悔の深さなのだろう、その言葉は一言で言えば『痛い』。
 「埋め終わって、彼が私の隣からいなくなって。砂の上と下になっただけでこんな気分なのかって。悔しくて、悔しくて…」
 今掘り返せば、まだ彼に会える。
 ひょっとしたら。
 もしかしたら。
 後ろ髪引かれて何度もその場所に戻ってみた。
 心では判っていた。ダメなんだということが。
 倍になった荷物と、一人分になった魂。どう考えたって天秤に釣り合うはずはない。
「彼が死んだって、大使館に報告してきた。書類の手続きの間中、表現出来ない気分になるのよね。苦いっていうか、なんていうか…」
 自分が審判にかけられている気分だった。
 戦友は死にました。助けられなかったのです。
 係員は聞いてくる。
『ドコで? ナニをしていて?』
 一言一句が胸に突き刺さる。それを我慢して、押さえ込んで話を続ける。
 見捨てた訳じゃない。最後まで一緒だった。最後の最後まで…。
 でも係員は自分の気持ちなんて、これっぽっちも気にしちゃいない。
 つまり…こういったのだ。

『死体は搬送出来なかったのですかね。確かめに行く手間もあるんですがね…』

 音は聞こえなかった。
 違和感を覚えて現実に引き戻される。
 手にしていたハズのカップは床で粉々になり、紅茶は床で染みを作っていた。
 手が…震えていた。
 全身に悪寒が走り、尻尾は倍にもふくれた。
 そしてなにより、涙は止まらなかった。


   貴方の笑顔は忘れません。
   何時も心の支えとなり糧となるその笑みは、私にとっての宝なのです。
   貴方に会えて良かったと、
   私の人生は貴方のおかげで光り輝けたと、
   何時か訪れる最後の日に、
   私は貴方を想い感謝するでしょう。
   今だから言えるその言葉は今の貴方には届きませんか。
   もっと早く言えば良かったと、今は後悔しています。
   大切だったが故に、貴方が変わるのが怖くて言えなかった言葉です。
   好きでした。
   ずっと、ずっと…昔から。
   だから。
   貴方の笑顔は…

■ エピローグ

 サンドリア王城が遠くに霞むその場所に、名前と碑文が刻まれた無数の墓石が並ぶ場所がある。
 そこを訪れるのは専ら旅慣れた冒険者達だ。
 彼等の仲間が眠る場所。サンドリア王国冒険者共同墓地。
 夕日が地平線を緋色に染め始めた時刻、その場所に一人のミスラが現れた。
 あれから、二年。
 傷だらけになった心をひたすら隠し続けた二年。
 隠し続けたが故に傷は増えていった二年。
 やっと心の整理がついて、彼女はこの場所にやってこれた。
 墓前で立ちつくす彼女に言葉はない。
 その代わり、碑文の文句をなぞってゆく。

『笑顔をくれた人よ、今は安らかに眠れ』

 その気持ちは、今も変わらずに心に残っている。

 彼女の名はメイプルリーフ。

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